Ràdio Moçambique (モザンビーク)


 モザンビークには今は短波放送はない。しかし昔は高出力の送信機を何台も備えたアフリカの常連局であった。現在の Ràdio Moçambique(RM)の前身である民営局Ràdio Clube de Moçambique(RCM)が初めて放送を開始したのは1933年の3月とかなり古いことである。そして翌年には250WのCollins社製送信機 を入手して早々と短波放送を 開始した。当時ポルトガルの植民地であったが、英語放送もその後開始、1948年には新しい放送局のビル(現在も使用されている)を落成、1956年には 当時の首都Lorenzo Marques郊外のMatolaに新たな短波送信所を開設し、100kW送信機を導入、国際放送も兼ねた本格的短波放送局となった。同国は1975年6 月25日に独立、首都の名称はLorezo MarquesからMaputoに変更された。Ràdio Clube de Moçambiqueも同年10月2日に新たな国営局Ràdio Moçambiqueとして再発足し、更に1990年の資本主義化以降は公社化された。Maputoに120kW1基(Philipps社製)、 100kW2基(Continental社、Brown Boveli社製)、7.5kW1基(RCA社製)、10kW2基(RCA社製)、Beiraに100kW1基(STC社製)、25kW1基 (Philipps社製)、10kW2基(RCA社製)、Nampulaに小出力機3基の何れも短波送信機を置く一大短波ネットワークを形成し、モザン ビーク向だけでなく英語による国際放送も行っていた。1980年代までは全国向放送(Emissão Nacional)、地方向放送(Emissão Interprovincial)、国際放送(Emissão Internacional)と3本立ての放送であった。

 モザンビークは独立後社会主義国家となり国名も「モザンビーク人民共和国」と称したが、政策の失敗で独立前よりも大幅に経済が悪化し、1982年からは 内戦状態となり国土が疲弊するとともにRàdio Moçambiqueの短波放送も弱体化して行った。1990年にはついに社会主義政権が崩壊し、自由主義政権となり国名も「モザンビーク共和国」になっ たが、疲弊状態は続き、短波のチャンネル数は減少して行った。1997年7月にはMatola送信所が盗賊に襲われアンテナ用ワイヤーを盗まれた。被害額 はわずか100ドル相当であったとされているが、政府はそれをきっかけに全国向短波放送を止めてしまい、以降実質的に短波放送はなくなった。その後も 3210 9639v 11818v 15295vkHzなどの周波数には出ていた事があったらしいが、2001年に政府は短波放送の全面廃止を宣言した。現在は主要都市 での中波(50kW送信機が多い)とFM(ごく小電力)だけの放送となった。しかし国土の広さ(日本の倍以上ある)に比べて極めて設備が貧弱であり中波放 送 でさえカバー率は94.4%(昼間、夜間は100%、総出力は全国でわずか705kW)、FMでは26.1%(総出力全国で90.3kW)をカバーしてい るに過ぎない。こういう状況を改善するにはまず全国を安定してカバーできる短波放送の方が有効なのだが、沢山の送信機を各都市に入れた方が売上が増 える欧米系送信機メーカーの思惑の方が先行してしまったようだ。なお金属泥棒はその後も出没し2002年にはMaputo局のケーブルが盗まれて首都での 放送が停止する事態になったこともある。

 上で述べたように社会主義政権の失政と内戦の結果同国では教育が大幅に遅れており、文盲率は現在でも男性41%、女性 71%に及ぶ。また部族毎に20以上の言語があり、共通語であるポルトガル語を理解できる人口はわずか25%である。このため現在Ràdio Moçambiqueは国内向放送をポルトガル語、英語を含めて何と22の言語で放送しているほどである。但し局員は全国で836人と少ない。

 1980年代以前は比較的良好に受信でき(Lorenzo Marquesは「レンズマー」と聞こえた!)、送信機やアンテナの整備状態も良く、10kW送信のものも世界中で受信されていた。また1950年代に発 行されたQSLカードのデザインは非常に洗練されたもので、世界中のDXerから好まれた。このカードは同じデザイン(色調は若干変わっている)で 1960年代末まで使用された。小生は1966年に初めてこの局を受信し、英語の受信報告を送り、最終バージョンに近いこのカードを得ることができた。そ の後は図柄が局舎の写真に変わった。ここに記載したのは1975年の独立寸前にBeira局にポルトガル語で送った受信報告に対して送られてきたもの で、局舎(まだ「RCM」と書いてある)とその前の銅像という極めて社会主義国的な色彩の強いデザインである。

 QSLカードはその後地図を描いた「Ràdio Moçambique」の局名が入ったものに改められたが、郵便事情の悪化、財政事情の悪化でだんだんと入手が難しくなった。短波放送が全廃されて10年 以上立つ今日では全く入手不可能であろう。

 現在ではインターネット上で聞く(現在サーバーが機能していないようである)か、現地受信(飛行機は最低でも2度乗り換え、行くだけでも大変である)し かな くなってしまった。アフリカの他 の国もそうであるが、郵便システムが機能しなくなっており事実上E-mailかFAXでしか連絡を取れないのが実情である。QSLカードに描かれたように 世界に放送する日は再び来るのであろうか?


 現在の宛先: Ràdio Moçambique, Rua da Ràdio n˚ 2, Maputo, Moçambique  または Caixa Postal 2000, Maputo, Moçambique
 E-mail: eamovota @ rm.co.mz
  FAX:   +258 21 321816
  TEL:   +258 21 431687   +258 21 431688
  URL:    http://www.rm.co.mz/


 
1966年の旧QSLカード 最終バージョンに近い 色調は明確 裏は英語で書かれている  サインと共に局印が押されている 大きさ 145×92mm
 


1975年のQSLカード Beira局の受信に対してLorenzo Marquesの本局から返信があった 裏は英語/ポルトガル語併記
1948年建設の局舎とその前の銅像の写真だが社会主義的なイメージが強い 
サインと共に局印が押されている 大きさ  145×98mm
  


(左)1950年代のRCMカード 全体的に赤っぽい マカオの町を見ればわかるがポルトガル人はこういう色調が好きだ! 
(右)1980年代のQSLカード デザインは昔のものを一応継承しつつも欧州的 になっている

  



(左)現在のロゴ  (右)海から見たMaputo市街 何となくムンバイに似ている
  


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