澳門廣播電台
Rádio Macau

  マカオ(広東語では澳門〈オウムン〉)は香港と並ぶ中国の特別行政区である。1999年に施政権が中国に移るまでは極東で唯一ポルトガルの植民地であっ たところであり、現在もポルトガル語が 公用語の一つで、通りの名前もポルトガル語である。マカオ半島と南の島からなるマカオは香港より更に小さく、北端にある中国国境の關門(Portas do Cerco、隣は中国広東 省の珠海市)から南端のコロアネ島まで車で1時間で行ってしまう。その間に半島北部のごちゃごちゃした中国風の町、半島南部の世界遺産になっているポルト ガル風の美しい町、半島との間の橋を渡りタイパ島北部のラスベガスのような大型ホテルと新しいカジノ、更にトロピカルな南端コロアネ島等、著しく景色が変 化し、アジアと西洋の接点で あることを実感させられる。本場のポルトガル料理が味わえること、税金の関係でポルトガルワインが本国より安いことなど魅力も大きい。タイパ島の東側に飛 行場があり、日本から直接航空便 も飛んでいるが、香港から半島東側の港へ高速船で行くルートも人気があり、港からの入国体験をすることができる場所でもある。言葉は広東語であり、英語、 中国語もあまり通じ ないの で筆談に頼ることになる!

 マカオで放送電波が初めて出たのは1933年8月26日のことで、マカオ在住のポルトガルのアマチュア無線家を中心に民間局「澳門第一家電台」が設立さ れ、Almeida Ribeiro通にある郵電廰(現在の中央郵便局)の庁舎内から「CQN-MACAU」のコールサインで放送した。コールサインは後に「CRY-9- MACAU」に改称され、ポルトガル語のニュースと音楽を流した。その後経営問題で1937年には一次停波したが、翌年すぐに復活して、1941年には局 名を「澳門廣播会(Rádio Clube de Macau)」に改称し戦後まで放送を続けた。1947年版のWRTHによればこの時周波数は何と短波の9235kHz(コールサインCR8AA、出力 200W)であった。戦後すぐBCLを行っていた人の中には短波でマカオを聞いた方がおられるかも知れない。戦後の1948年にはポルトガル政府の直営と なり現在と同じ名称「澳門廣播電台」として、甲台  CR9XL 1005kHz 3KW 広東語/ポルトガル語/英語、乙台 CR9XM  250W 1200kHz ポルトガル語、の2系列による放送を開始した。1952-1964年には別の民間局である緑屯廣播電台(Emissora Vila Verde)の配下で放送を行っていた。この間短波で試験電波を発射したことも あった。1964年には独立した局に戻りEmissora de Radiodifusão de Macauとなった、そして中波は1200kHzのみとなりFMの98.0MHzが 新設され放送の重点はFM放送に移された。1973年にはマカオ政府の「旅遊中心」の管理下に入り、1976年には政府の一公共部門となった。 1980年にはポルトガル本国の Rádio e Teledifusão de Portuguesaの支局となった。1982年に中波放送を廃止して現在のFM2波(広東語/中国語 100.7MHz、ポルトガル語 98.0MHz)体制となった。1983年には「澳門廣播電視公司」が設立されTVとラジオを統合したマカオ政府直営局になり、その後1988年に 半民営化されて「澳門廣播電視股份有限公司」(Teledifusão de Macau S.A.、略称TDM)となり現在に至っている。従って現在は「澳門廣播電視股份有限公司」のラジオ部門という位置づけである。出力は2.5kWと弱く、 香港でもうまく受信できない場合がある。日本ではごく稀にEスポで受信される程度である ので、現地受信が実際的である。広東語、ポルトガル語共に24時間放送だが、ポルトガル語の方は月−金の現地時間07:00-22:00、土日の08: 00-20:00以外の夜間・早朝は現在でもポルトガル本国RDPのAntena1をそのまま中継している。98.0MHzを聴いていると一日中ポルトガ ルの雰囲気が味わえるのである。

 とはいうもののご多分に漏れず、TDMも全体としては赤字で、2006年と比べて2009年には赤字が2倍になるなど深刻化している。設備の老朽化、人 件費の高さ等に加えて番組が陳腐化しているとの批判があり、内部にワーキンググループを作って2010年12月初めに改善案を政府に提出したところであ る。その中ではラジオ放送についてもwebsiteやpodcastの充実、内容は音楽、ニュースに特化すべきで、中国語、英語の放送も行うべきとしてい る。

 現在ラジオ局はマカオ半島東南端の新口岸(Zona de Aferos do Porto Exterior)地区のDr. Rodrigo Rodrigues通にある「南光大廈」(1990年建設の雑居ビル)に入居している。送信所はTVと共通でマカオ半島の最高峰(海抜90m)で観光地で もある東望洋山の頂上、ギア灯台(Senhora da Guia)の裏手にある。

 今年3月十数年ぶりにマカオと訪れた折、7パタカ(澳圓)切手及びPFC同封で中国語(繁体字)による受信報告を帰国後に送付したところ2ヵ月後に返信 があった。


 受信報告の宛先: 澳門羅理基博士大馬路223-225號 南光大廈 七樓
       葡文ではAv.Dr.Rodrigo Rodrigues No.223-225, Edif."Nam Kwong" 7 andar, Macau
 E-mail:  it @ tdm.com.mo
 URL: http://www.tdm.com.mo/



PFC利用で送られてきたQSLカード 発行元は「電台節目製作科」





(左)最初に放送が行われたセナド広場に面した旧マカオ郵電廰(現在中央郵便局)のビル (右)現在の放送局がある南光大廈、最上階が放送 局  屋上にはTDMの マークが 
(何れもWikipediaより)

         


(左)東望洋山の頂上にあるアンテナ鉄塔(パラボラは衛星放送用) 観光地として有名なギア灯台の右後方にある 手前にあるのは衛星放送用パラボラアンテナ 今では背後のビルの方が山頂より高くなってしまった ビルの隙間 から は海を隔てて中国大陸が見える (右)TDMのロゴマーク 
(何れもWikipediaより)
     



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