Voice of the People of Ho Chi Min City (ベトナム)
Đài Tiếng nói Nhân dân TPHCM
 


 ベトナムは社会主義国であるため現在も放送は原則国営のVoice of Vietnam(VOV:Đài Tiếng nói Vit Nam)によって行われている。勿論開放経済体制で あるためコマーシャルは放送されている。その中で唯一VOV以外によって行われている 放送がHo Chi Minh City (長いので現地ではTPHCMと略される)で行われているVoice of the People of Ho Chi Minh City(略称VOH:Đài Tiếng nói Nhân dân TPHCMĐài 台 Tiếng nói  言語 Nhân dân 人民)である。この局はホーチミン市 共産党委員会とホーチミン市文化通信部の共同運営によるもので、VOVの中継も行っているがVOV配 下ではなく公営局といえるものである。現在のベトナムの首都はハノイであり、ホーチミンは人口最大の商業都市ということになっているが、1975年に南北 ベトナムが統一されるまではサイゴン(Saigon)という名称で、北緯17度線(38度線はまだ残っているがこちらはもはや死語となってしまった!)で 分割 された南ベトナムの首都であり、それ以前はフランス領インドシナの首都でもあった。サイゴンの名前は現在でも鉄道の駅名や中央郵便局、大教会の名称に残っ ている。 旧南ベトナムの首都であったため放送も特別に公営が認められているのである。

 この局の前身は通称「Radio Saigon」と言われた旧南ベトナム政府局VTVN(Đài Vô tuyến Việt Nam:ベトナム放送という意味である)で、開局はフランス統治からベトナムが独立した翌年の1950年に遡る。フランス統治時代フランス は 当地からRadio France en Extreme-Orientという放送を行っていたが、これとは別にベトナム政府局Voice of Vietnam(現在のVOVとは異なる)が設立され、6180kHz出力わずか1kWを放送を開始した。フランスの放送はその後Radio France Asieと名称を変えて1954年まで行われていたので古いDXerでは覚えている人もあるだろう。Voice of Vietnamは翌年にはRadiodiffusion Nacional du Vietnamと名称を変え、新たに中波2波、短波3波に増強され、更にDalat、Hue、Hanoi(この頃のベトナムは統一されていた)には支局を 設立した。1954年にフランスがディエンビエンフーの戦いでホーチミンの率いる共産軍に敗北するとベトナムは17度線で共産主義の北ベトナムと資本主義 の南ベトナムに分断され、サイゴンは南ベトナムの首都となり、局名はVTVNとなり、同時に海外放送も開始した。フランスに代わり米国が新たに共産軍との 戦闘に加わりベトナム戦争が開始されたが、その中で放送は重要な宣伝手段とされ、米国の援助の元VTVNは増強されて行った。1963年には通常の国内 向、海外向に加えてベトナム軍向放送も開始され、中波の610kHzで夜間には全土をカバーした。1975年4月30日北ベトナム軍とベトナム民族解放戦 線がサイゴンを開放し、同日現地時間の11:30を以てVTVNは終焉した。設備は北ベトナム側に接収され、短波放送はすべて中止され、国内向放送のみが VOVによって行われた。Hue、Dalat等の地方局はすべてVOVの支局となったが旧サイゴン局だけは上記のようにVOHとなり現在に至っている。放 送局の所在地や周 波数は変更され、またFM波が大幅に増強されたが、旧南ベトナム軍向の610kHzのみはそのまま受け継がれ、200kWと高出力なため現在でも夜間はベ トナム全国で受信されてい る。現在はVOVの国内向第1〜第5放送を中継する他に独自番組を610kHz(現地時間04:00-00:00)、95.9/99.9MHz(ホーチミ ン市内では24時間放送、メコンデルタ を含む周辺にも多数のFM中継局あり)で流している。VOVの番組より面白いのでファンが多いという。2009年1月には英語・仏語・中国語による外国語 放 送も開始、将来は日本語でも放送するという。

 社会主義国として統一されて37年が経ち、開放経済でベトナム全体は著しく近代化されたが、17度線より南は資本主義的で、北は社会主義的であるという 気質はあまり変わらない。特に摩天楼の並ぶホーチミンは首都ハノイと比べて豊かで開放的な都市である。日本は1940〜1945年には仏印進駐でこの地域 を占領し、戦後は南ベトナムと、統一後は統一ベトナムと極めて密接な関係にある。ベトナムは統一後も中国と数度の戦争を体験し、現在も南シナ海の領有権問 題でにら み合っており、社会主義国ではあるが隣の中国との関係は良くない。従って統一後のベトナムの復興には日本が重要な役割を果たしており、ホーチミン市訪問で 最初にお世話になるタンソ ン ニュット空港を始め、 高速道路、各 地の橋やトンネル−ハイヴァントンネルなど−から通信回線に至るまで日本の資金で建設されている。

  Voice of the People of Ho Chi Min Cityは短波を使用していないので、日本で直接受信するのはなかなか難しい。ホーチミンに出掛けて行って受信するのが目下のところ簡単である。そんな折 り、今年の4月初めに同市を 訪 れる機会があった。ところが何とこんな時期に想定外の台風(通常台風は夏か秋)に遭ってしまい暴風雨で外出できなくなってしまった。ホテルに缶詰になって いた時つれづれを紛ら わすために同局を受信、後で観光地にもなっているサイゴン中央郵便局を訪れて返信用に10500ドン切手を購入、帰国後PFCと切手を同封して英語で受信 報告を送ったとこ ろ 日後に返信が来た。ベトナムは旧フランス領であるためかってはフランス語が公用語であった(現在でもフランス人観光客は多い、パンはフランスパン、 コー ヒーもフレンチである、どちらも本家のフランスより美味)が、ベトナム戦争を経た現在ではどこでも英語が通じる。なお放送局自体はホーチミン市中心 街、歴史 博物館の西側のグエンディンチュウ通とグエンビンキエム通の交差点付近にある。

 なお今では貴重品となったVTVNの受信証も参考に掲載しておく。
 
 受信報告の宛先: Số 03 Nguyễn Đình Chiểu, Quận 1, TP Hồ Chí Minh, Vietnam

  URL:  http://www.voh.com.vn (すべてベトナム語)

 電話: +84 8 38298473


(左)VOHの現地受信(99.9MHz) PFC利用のQSLカード 発行者は高級行政室長(すごい職名だ!)のNguyen Ngoc Phu氏
(中)VOHの建物 周囲には古い建物が多い
(右)局のロゴ細部 VOHのロゴ細部 昔のVTVNはこんな建物であったような気もする
        


1967年に短波9620kHz(200kW)を受信して得た当時の南ベトナムVTVNのQSLカード 大きさ97×156mm
住所は現在の放送局からずっと西の川を越えた場所にあった
当時のサイゴン局は610kHzなど中波5波、4877kHzなど短波7波を使用していた




TopPage