夜ヲ走ル
自動車の窓から見える夜の風景が好きだ。
運転席からでもいいのだけれど、どちらかというと、助手席から見える風景の方が好きかもしれない。
流れるテールランプの赤。
信号の青。
ずっと続く街灯は仄かにオレンジ。
「眠いんだったら、寝てていいよ。着いたら起こすから」
木村の声に中居は首を横に小さく振った。
「ん・・・・平気。そんなに眠くねぇし」
「そう?」
そう言ったきり、けれども木村は中居を気遣うように口を閉じてしまった。カーステレオからは、聞こえるか聞こえないかくらいに小さく洋楽が流れていて、
「平和だなぁ・・・・」
なんて、不意にそんな言葉が中居の頭に浮かぶ。
信号待ちの間に木村が煙草に火を点けて、一瞬車内がほんわりと明るくなる。
「なぁ、最近、またやせたんじゃねぇ?」
少しためらいながら、木村が口を開く。その一言で、今日、収録を終えた楽屋に、いるはずのない木村がいたことや、わざわざアッシーをかってでようとしてくれたことや、そんなことの全ての理由が中居に伝わってしまう。
「大丈夫。そんなに無理はしてねぇよ。マジで」
以前だったら、そんな木村を中居がうっとおしがって、その一言でも大げんかに発展しそうになったものだけれど。十年が経って、ようやく肩の力を抜いて木村の前に立てるようになった、と中居は自分を分析する。弱みを見せたくはないし、女にするみたいに守られたいとも思わないのは、今でも変わらないけど。でも・・・・。
「もしかして、心配かけた?ごめん」
そんな風に言えてしまうのは、お互い触れるほど近くにいて、でも表情なんかははっきりと窺えない、今の時間帯の魔法なのかもしれない。少しだけ木村の驚いた様子が中居に伝わってきて、でもすぐに
「何、謝ってんだよ?」
軽い調子で返された。
そしてまた、二人の間から会話が消える。
「あの二人はあまり口をきこうとしない。だから仲が悪い」
あまりに何度も繰り返された強引な記事が、ふと思い出されて、中居は苦笑した。
だったら今もそう言うことになるのだろうか?あまりに気持ちよくて、口を開くのが惜しい位なのに。眠くてたまらないんだけれど、寝てしまうのがもったいなくて起きている、そんな時間なのに。
「何、見てんの?」
ずっと前を向いて外を眺めている中居に木村が声をかける。
「うん、何見てるわけでもねぇんだけど、こうやってぼんやり夜の街見てるのって、何か好きなのよ、俺」
「ふぅん・・・・」
「特にさ・・・・助手席で見てるのっていいな・・・・って思う」
夜の風景が好きだ。
ただ何をするわけでもなく
木村の気配を感じながら見る、夜の風景が。
END