円盤発売記念
「君の名は。」を深掘る(3) 序盤で発見された項目
「夢灯籠」が流れ終わり、いよいよストーリーの本編に入っていく。
序盤から正直、大問題が発生するとは思っていなかったのだが、これはストーリーをすんなり動かしていけば気づく点でもあった。
○入れ替わり端緒の日は、9月5日ではない?! どころか曜日固定の可能性も
ひとまず当方の結論を先に書かせてもらう。
結論:
当初は、携帯に残った日記の日付=お互いが入れ替わった日 と認識しており、それが三葉が瀧に入った日=9月5日 がスタートだとしていた。ところがそれ以前にも入れ替わりが発生している事実が発覚した。
よって、この部分に関しては、「同一日付」にとらわれず、あたかも時系列にのっとって描写しているように見せ、後で整合性を取ることにした、強引な手法でつじつまを合わせたと考える。
まさかの「ユキちゃん先生」の授業シーンが、そもそもの始まりであり、ここから解析しておくべきだったと後悔している。
そう。この日は…
2013年 9 月 3 日(火曜日)
なのである。
ウワ、やっちまったよ、とこの文字が目に飛び込んだ時に当方は頭を抱えてしまった。無理もない。「9月5日が入れ替わり初日」と信じて疑わなかったからである。
どうしてそう思ったか?そう。三葉の入った瀧のスマフォは9月5日と高らかに、そしてこれ見よがしに表示しているからである。
そこで気になるのは、入れ替わりが勃発した当初、お互いのことを常に意識している彼らではない、ということだ。
何が言いたいのか、というと、入れ替わりの日々の描かれ方に圧倒的な差が存在する。三葉に憑依した瀧サイドの記述は恐ろしいほどにない。最初に出てくる女体化した自分を見て驚くシーンだけが提示されているだけであり、学校での奇行などは伝聞レベルでとどまっている。当該の古典の授業の際にも、自分の名前を忘れているところを突っ込まれるなど、とにかく観客には彼女がおかしくなった部分を極力見せないようにしてあった。ところが瀧に憑依した三葉は、トイレでのひともんちゃく(小説には詳細に書かれている)も含めて、登校途上→学校→カフェ→バイト先→帰宅途上→自宅に至るまで詳細に描かれている。
この時間帯。以前には、「時系列に追っていないからおかしい」としていたわけなのだが、
2013年9月2日(月) 初の入れ替わり(ただし瀧の憑依のみ描かれる)
2013年9月3日(火) 奇行を知らされる/ノートに落書き発見※日付は確定
口噛み酒作成の儀→神社から叫ぶシーン
2016年9月5日(月) 三葉が瀧に憑依する(三葉側の初の入れ替わり)
深夜に帰宅後、「ノートの文字」を思い出し手のひらに「みつは」と書く※日付は確定
2016年9月6日(火) 瀧本人に戻り、手のひらや服、スマフォ日記に愕然とする。
と日付も全て確定できることとなった。
そして面白いことに気が付く。月と日だけを見るときれいに起こった出来事が順番に書かれている。
これこそが、見ている人たちに「時系列通りで物事が進んでいる」と誤認させる仕掛けと考える。初見の人を煙に巻く、うまい演出手法である。
ところがこの時点の書かれ方も含めて、お互いがお互いの入れ替わりをまともに認識するのは端緒の時期ではなく、数回の入れ替わりを経験してからのことである。
精神が入れ替わるとするならば、相手方には対象の人物の精神が入っていないと、宙ぶらりんとなってしまう。2016年9月2日に瀧側に何も起こっていない部分が引っ掛かるし、月日だけの設定で考えるのもこの場合矛盾が出てきてしまう。現に入れ替わりの日付はお互い同一の日付である(スマフォに残った日記で証明できる)。
そこで考えたのが当初に書いた「結論」である。
ストーリーの前半部分では、時系列通りに事が運んでいると誤認させる意味合い/旨い具合に日付が並ぶことを逆手にとって、こうした手法を取った。なのでノートの文字に反応して「みつは」と書いたのは二人の存在している年代が違うと認識していてもしていなくても「可能」な風にしてあるというわけだ。
ところが曜日一致で考えると、カレンダー上の日付の矛盾が出てきてしまう。それはそうだ。年代が違えばほぼ一致することは6年程度経過しないと無理である(ちなみに2016年9-10月と同じ曜日回りになるのは、2011年9-10月………5歳も年を離れさせるわけにもいかず、以下にも上げる、携帯の機種の設定にも齟齬が出る)
なのであえて序盤の導出部分はそういう設定→二人が入れ替わりを認識し出した時点で同一の日付に入れ替わっていると設定しなおす/画面上では追認する形でスマフォ日記の日付をあわせる と考えると、ストーリー的に無駄なく(余計な説明なく)進めることが可能になると判断してのことではないかと思うのである。
確かに混乱してしまった。だって、二人が同一日付で入れ替わらないと物理の法則を捻じ曲げてしまうからである。だが、ストーリーをとっとと動かすことに傾注する序盤では「そんなこまけぇことはいいんだよ」と製作者サイドが突っ走ったことは想像に難くない。現に入れ替わりを認識するシークエンスの正味時間は1/3にも満たない。歴史改変/二人のラブストーリーを醸し出すいわば発酵の前段階。丁寧に書きすぎないことがのちの感動を呼び起こしているとは考え過ぎだろうか?
○未来の機種に疑問を抱かなかった三葉
ギアとしての携帯絡みではこの疑問が最も重要な視点である。瀧が使っていたと思われるのは、限りなくA社の最新機種に近いもの。ところが、発売はおろか、開発もされていない2013年には売られていない機種であることに三葉は気が付いていない。その逆…三葉に憑依した瀧は、「結構物持ちいいな」程度でしか三葉の携帯を触っていないとみる。それは過去に異動した、という概念そのものが欠落していたからに他ならない。
また日記の書き方や残し方も異様である。瀧になった三葉は、そのたびごとにいろいろと問題を振りまきながら記事をしたためていたのだが、自身が日記を書くことはしていない。その証拠に同じような日記アプリを使ってはいるものの、三葉の日記アプリのエントリーは瀧のものだけである。
解析結果:
三葉も瀧もA社製スマフォの持ち主。2013年には出てもいなかった新機種の携帯に気が付かない三葉は、どちらかというと機械音痴的なところがあったのか?
○町長選挙の選挙期間があまりに長い件
入れ替わりが始まったのは9月初旬。選挙活動をしている実父に「三葉、胸張って歩かんか!」(p.24)とどやされるシーンがあるわけだが、実は『来月二十日に行われる、糸守町町長選挙について(略)』(p.18)となっている。
エっっっ?! てことは何か、あのどやされた日は、上記でも書いてある通り、2013年9月3日。投票日はなんと一か月以上先なのである。すでに選挙ポスターを張る看板がおったっているのも画面上で確認もできているので、準備期間中の立ち合いでもない。
そう思って実在する町の選挙はどうなっているか、と思って調べてみると…→参考にしました。
ほぼすべての町で右に倣え。知事レベルでようやく2週間程度の選挙期間があるものの、町長レベルなら、長くて一週間、5日あたりがほとんどだった。
これも選挙制度をかじりでもしさえすれば、わかるような出来事。
解析結果:
よもやの一か月以上の選挙戦。これは完全に「やらかしましたwww」。たぶん、このことを指摘しているブロガーはそんなにいないはず。