円盤発売記念
  「君の名は。」を深掘る
(14) 三葉が髪を切ったわけ

瀧にとっては、望んでもいない、奥寺先輩との人生初デートがほぼ失敗に終わり、それを報告したい一心で三葉の携帯を鳴らそうとする瀧。
刹那、三葉の携帯が鳴る。もちろん場面は糸守/三葉の自宅。だが、相手はテッシーだった。
(初見の段階で、んなまさかぁ、と一瞬思っているあたりは、まんまとしてやられていたりするが…)彗星が見える/お祭りがあることで、誘われる三葉。だがすでにそこにはあのロングは存在していない。

瀧の入った三葉も協力してできたカフェ(ただのバス停)での待ち合わせ。そこでテッシーとサヤちんは髪を切った三葉を認めて驚愕する。そこからあとは…まあ、ご存知の通りww

とはいえ、この髪を切る経緯というものは、実は口噛み酒トリップをした瀧をはじめ、我々もその回想という形で見知っている。そして小説にもその記述はある。

    「お祖母ちゃん、お願いがあるんやけど・・・・・・」
    三葉の長い髪が、ばっさりと断ち切られる。この三葉を、俺は知らない。(p.151)

展開はそのままである。もちろん、これは「瀧に会いに行った、しかも本人に会えているのに『知らない』といわれたことが余程ショックだったから」というのが、ほぼすべての人の思い描く三葉の気持ちだろうと思う。実際、彼女は(第一の時間軸上で)一日学校を休んでいる。
恋敗れた乙女が髪を切る。よくあるシチュエーション過ぎる。だいたい、彼女はそもそも東京に何しに行ったのか、を考えるところから入らないといけない。その後に彼女の思いを瀧が想像している記述も小説上にはあるが(p.192-193)、それは「瀧が思ったこと」。三葉サイドの心情はどこにも語られていない。

ところが!
13縄目。普通に口噛み酒トリップを観ていた私に衝撃が走った。髪を切るお願いをしている三葉の頬が赤みを差しているのを認めてしまったのだ。今までどうして気が付かなかったのだろう…少なくとも泣いている/しょげている風には感じられない。しかも、初めて髪を切った姿をテシサヤに認められたときは、これまた照れたような表情を浮かべている。「やっぱ、変かな?」のセリフも、振られてすっきりしたくて、という意味合いには受け取れない。
この情景だと、ほとんどの人の思い描いた彼女の心情とは真逆である。そう。監督氏は、ここでもまた「普通の女の子ならこうしたであろう」という想定を裏切る表現を取っているのである。

<仮説>
「失恋した」と考えるのではなく、「思いを伝えることができた」から髪を切ったとする。瀧は当初「誰、お前」といって知らぬそぶりを見せながら、電車を降りるときに名前を聞こうとした。そのときに組紐が二人をムスビつけ、入れ替わりを可能にしたのだ

人によっては、三葉の中に入っている瀧がこの場面を思い出しているときに涙腺崩壊してしまう人もいるだろう(マアワタシモソノヒトリナンデスガネwwカンゼンニホウカイスルノハアトノ「アノ」シーンデスケド)。この映画の根底に流れる、「ムスビ」の概念。これがここで見事に描かれるわけだ。彼女は、ほぼ反射的に髪を結っていた組紐をほどき、瀧に渡せている。周りが白く描かれ、瀧の右手がその「色」をつかむ。このシーンが持つ意味はひたすらに大きい。

そもそも「振られた」わけではない。「知らない」という予想もしない返答が返ってきたのである。それは無理もない話。3年後の2016年の瀧としか入れ替わっていないのだから。もちろん、彼女にも、未来の瀧くんと入れ替わっていた(2013年の瀧が三葉を見知っているはずがない)ことに気が付くはずがない(とはいうものの、背格好がほぼ同じの14歳の瀧を見て、あっという表情はしている)。だが、瀧は、このとき

 「このおかしな女の子は、もしかしたら、俺が知るべき人なのかもしれない。」(p.191-192/ブログ表記の強調は小説中では傍点) 

から、名前を聞こうとしたのだ。
相手に名前が伝わった。知らないといった相手なのに名前を聞かれた。これで「思いを伝えることができた」とするには確かに弱いだろう。だが、普通、見ず知らずの人から「おぼえてない?」と聞かれたとしても、相手の名前を確認するまでには至らないだろう。無視を決め込むのがごく当たり前の対処である。だが瀧はそれをしなかった。
「あのさぁ」と声をかけられて、顔を上げる三葉の表情はなかなかにグッとくる。もうすべて終わりだ、と思っていたところにかけられる救いの声。だから彼女は涙ぐみながら、組紐を彼に渡したのだ。
そして名前をお互いに交換する。それも2013年に。映画のタイトルの真の意味がここで明らかにされるわけである。2013年の出来事で忘れてしまっている瀧。翌日には未曽有の大災害に直面する三葉。二人がこのときに出会い、組紐を通してまるで、三葉が3年間も瀧を想い続けたかのように見せる珠玉の演出でもある。
その後本当に出会い、誰も死なない結末を確定させていくハッピーエンド的な流れにほっとしつつ、あの記憶の断絶を見せつけられて、またしても我々観客の心は言いようのない喪失感と瀧の心の叫びに胸を締め付けられてしまうのである。

いま文章にしながら二人の心境を想像し、忖度しているだけで、感情がこみ上げてくる。
何度も何度も書いているので食傷気味かもしれないが、この作品は、どこまでも味のするガム、スルメ、ハイチュウのような、深さを兼ね備えている。解析厨たる小生が、この作品の恐ろしいまでの深みにはまってしまったのもうかがい知れるところである。

解析結果(自信あり):
失恋/振られたという局面とは言い難い。最初知らないといわれた相手が名前を聞いてきた、それだけで、想いが伝わったから、そしてその人に組紐を渡したから髪を切ったとしたい。
祖母の前で髪を切るお願いをしているときに、頬を赤らめて恥ずかしそうにしている三葉が描かれているので、もしかすると、想いを伝えた人ができた時に髪を切るという宮水家のしきたりが存在していた可能性も微レ存。