第1回  年末年始を振り返って その1
 
 今まで、このコーナーでは、年末年始の起こった出来事に対して、たいしたフォローもしてこなかった。
 勿論、そういう時期に新規エントリーを立てられるほど暇ではないし、年末だから、と言うわけで重要なニュースも軽くあしらわれがちである。
 そんな中にあって、ビッグもビックなニュースが、オウム関連の手配者の一人である、平田容疑者の出頭と、まさに2011年を締めくくるにふさわしい内容になった。
 まずはこのことをいろいろと書いてみたい。
 
 初期の、平田容疑者に対する対応が、各警察署や警官個人で異なっていたと言うことがクローズアップされているが、折もおり、大晦日に出頭とは、どう考えてもいたずらか、悪い冗談、よくて酔っ払いのたわごとと受け取られることは致し方ない。私は、彼らを責める気には到底ならない。顔の相が異なっていたことや、あまりに年月が経ちすぎて、警官の世代交代とともに事件も風化していることを浮き彫りにしていると思われる。
 さて、世の人々は、「どうして今なのか」と言うところに意外と無関心である。たとえば当の本人がいった、「別の事件の時効に伴う誤認逮捕がなくなったから」を理由に挙げているが、結果的に誤認であれなんであれ、かかわっていないのなら(無実であると立証できるのなら)、堂々とでてくるべきである。又、公証役場事件の際にも、運転していただけと言うのなら、共謀したとはいえ実行犯でないのだから罪は相当軽くなるはず。しかし、実際は、長年にわたり逃亡し続けたのだから、罪を自認していたと考えざるを得ないし、出頭してきたとはいえ、警察を手間取らせたのは間違いないから、かなりの重罪に処せられるだろう。
 また「死刑囚になった教祖の執行を遅らせる狙い」と言う人もいるのだが、これは正直的外れだろう。そもそも現政権は、死刑をする気がない政権だ。教祖とそれほど近しい関係者でもない容疑者が出てきたところで、延命につながると言う人は、死刑制度そのものを曲解している。まして冤罪の疑いようもない死刑囚なので、本来であれば結審したら6ヶ月以内に速やかに執行するのが実際の法律だ。正直生かしておく意味が感じられない。

 とにかく「どうして2011年の年末だったのか」と言う部分は、今後の捜査待ちだろう。本人が本人の言葉で供述しない限り、出頭時期のなぞは解明しない。

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