第8回  3月11日を何の日にするか
 
 東日本大震災からついに1年が来た。
 何の被害も受けていない人間からすれば「もう1年かよ」ということになるのだが、被災された方々にとって見れば、「まだ一年」という感じが濃厚とされていることと思う。
 そう。正直スタートラインに立っていらっしゃる方のほうがごく少数ではないかと思うのである。すべてを失い、生きなければならない人の数は、阪神・淡路をはるかに越えている。

 その上で、われわれは、今の現状をどう見ればいいのだろうか?いろいろな面で復興して行っている、と素直に感じ取っている人はどのくらいいるのだろうか?
 過半数の人が、「全然だめではないか」と見ていると思われる。そもそも、瓦礫の処分問題ですら、確実な一歩が踏み出せないでいる。反対意見を言う人は、口を開けば「放射線が」というのだが、燃やしたところでどれほど濃縮されるというのだろうか?又、自然界に存在する放射線の量もそこそこあるはずであり、さらに言えば、中国が核実験を大気中でやっていたころには、確実に浮遊している放射線の量は今より多いはずである。これで、政府の決めた線量でも多いというのなら、もう日本に住めなくなってしまう。そういう方は、どうぞほかの「より安全な」土地に移住していただくよりほかはない。

 私は、地震や津波の死者のこともさることながら、今を生きている被災者の側に立った行政がほとんど機能していない/スピードが遅いことに苛立ちを覚えている。確かに「あれ」が引っ掻き回したおかげで福島原発は未曾有の災害に襲われてしまった。だから、より問題は複雑になってしまっているわけだが、だからといって時間ばかりをかけるのは決して賢いやり方とはいえない。瓦礫に関していえば、有無を言わさず受け入れさせるような、それこそ消費税増税と同じように強行してでも「やっつける」という気概があってしかるべきであり、どぜう氏は、明らかに力点を間違っている。

 その意味で考えても、この「3月11日」を「政府に、まじめに震災に向かい合っていただく日」にしてもらいたいのである。増税論議や議員定数削減など、どうでもいい、というより優先順位が間違っている。震災に関する事柄をいの一番に持ってこずして、そういったことが受け入れられるはずもない。さすがどぜう脳。小さすぎてそういったこともわからないと見える。

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