「公共の役割を最低限に絞った国」 レンヌ(フランス) 2002. 10
仏が誇る高速鉄道、TGVで、ブルターニュ州の州都レンヌからパリに戻るチケットを買った時のことだった。
「席の変更はできません。あなたが唯一選べるのは、Smokingの車両 かNon Smokingの車両か、だけです。」
窓口のおばさんは、当り前のことを聞くな、という感じで機械のようにすばやく応答した。
私は新幹線に乗るとき、出入り口付近の席ではなく、なるべくまん中に近い窓側の席を予約する。本を読むにも弁当を食べるにもPC作業をするにも、とにかく出入り口付近だと、ドアの開閉と人の出入りのせいで集中できないからだ。
レンヌからパリまで、優に2時間はある上に、行きも出入り口付近で不愉快だったので、いつものように変更を要求したのだった。
しかし、日本では当り前に変更がきくが、フランスでは通用しなかった。その時は、まあそんなものか、と納得したが、サービス面を中心に、日仏で、かなり根本的なレベルで異なっていることは、旅を通じて感じていた。
◇ ◇ ◇
TGVについて言えば、まず座席が狭い。「のぞみ」の3分の2くらいのスペースしかなく窮屈だ。その上、座席が固定されており、回転できない。両方の出入り口を背にして車両の真ん中に向き合う固定座席なので、常に乗客の半分は、長時間であっても後ろ向きに走ることを強いられてしまう。もちろん、席を回して4人で談笑しながら、とはいかない。
デザインがダサい。外観は、流線形の新幹線と比べて、重量感はあるが、あまり未来志向の洗練されたデザインとはとても言えない。内装も、布製が中心で配色も暗い。暖房機器が出っ張っていて掃除しやすい設計にもなっておらず、清潔さに欠ける。とても機能的とは思えないのだ。
更に、これは高速鉄道だけでなく地下鉄などにも言えることだが、車内アナウンスがない。駅が近付いても教えてくれないから不安である。また、車内販売がない。食堂車はあるが、日本の新幹線のような押付けがましいが便利な車内販売の売り子は来るはずもないのだ。
驚くのは、駅に無料のトイレがないことである。有料トイレはあり、レンヌでは0.4ユーロ(※1ユーロ=125円)で、アヴィニヨンでは0.5ユーロ(約60円)の使用料。専任の徴集担当者が配置されている。街中にもトイレがないためか、そこら中がションベン臭い。生理現象にまでカネを払わせるとは、と思ったものだ。
こうした不便さは、SNCF(フランス国有鉄道)経営主体の問題、つまり民営化されていないが故の怠慢かとも思ったが、日本の車内販売や無料トイレなどのサービスは国鉄時代から変わらないし、SNCFも近年は累積赤字が減っているらしい。
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これらは、よく考えてみれば、いずれも我慢できる範囲内であろう。日本人である私は、すべて、生まれた時から享受しているからこそ違いに気付くのであって、フランス人にとっては「我慢」でもなく、不満というほどのものはないのだと思う。
むしろ特筆すべきは、その価格設定である。パリ−レンヌ間(330キロ)で一般席が45ユーロ(約5500円)。東京−名古屋間とほぼ同じ距離であるが、新幹線は約2倍の価格をとられる。それを考えれば、果たしてサービスレベルに2倍ほどの差があるだろうか。むしろ、損をしているのではないか。我々は過剰サービスを押し付けられた上に、不等に高い料金を巻き上げられているのではないか。
フランスは、公共の役割を最低限に絞り、少なくとも、日本よりは相応の価格で提供している。最低限のことは政府が安い価格で提供するが、あとはご自由に、という印象だ。個人主義の表れといえよう。TGVを足の代わりと考える人は最低価格で乗るだろうし、よりリッチな旅として利用したければ、グリーン車に相当する席も用意されている。食堂車でリッチな食事もできるし、カネを払えば駅の綺麗なトイレも使える。日本のように、一般の人まで巻き込んで、人頭税のごとく、全員に高い料金をふっかけることはしない。そう考えると、むしろフランス方式のほうが、利用者・消費者の立場からは、合理的に見えてきたのである。
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日本は1993年6月、韓国の高速鉄道建設計画(ソウル―釜山間409キロを90分で結ぶ)で、新幹線「ひかり」の300系車両をベースにした計画案によって、初の海外輸出を目指していたが、フランスに負けてしまった。
6年後の99年12月、台湾では勝利した。台北〜高雄間(345km)を90分(現在4時間半)で結び、2005年10月の開業を目指す「台湾高速鉄道」の車体や信号システムに、日本の新幹線技術が採用されることになった。今、高速鉄道輸出競争における第三ラウンドの舞台は、中国に移っている。
今の新幹線とTGVが、そのままの料金とサービスレベルで輸入できるとしたら、私ならどちらを選ぶだろうか?断然、新幹線だ。趣味の問題である。私は多少高くとも、より機能的で、清潔・快適で、デザイン性に優れたものを好むからだ。ただ、より幅広い層に満足度の高いサービスを提供するという政府の社会政策の観点からは、フランス方式もありだとは思う。
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