「アメリカ・ジャーナリズム」/下山進/95年、丸善ライブラリー

◆情報自由法がないことこそ日本に調査報道が根付かない原因、とする著者の主張に同感。この点の深刻さを理解できていない記者が日本には多すぎる。夜回りなどする前に、まずは権力と対等の立場に立つための武器として情報公開を法制化するよう訴えるべきだ。記者同士で調査報道の取材ノウハウ共有化を試みるIRE、80年代にメディアコングラマリットに買収され株式上場し、ウォールストリートの論理でジャーナリスティック度を下げ「USA TODAY」化が進む米国の新聞業界、また所得階層の二分化の結果として質を維持し続けるウォールストリート・ジャーナルやタイム。なんとも、日本の新聞業界の行く末を議論する時、示唆に富む指摘が多かった。業界全体をマクロで見直すことができる一冊と言える。

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「アメリカのジャーナリストに数多くあって感じたのは、自分の会社で出世のために仕事をしているという人は少ないということだった。自分の追っているネタのためならば、上司との衝突など日常茶飯事で、仕事に関しては自分の意見をはっきりと言う。」

「ジャーナリストが自分の頭で考えず、会社のサラリーマンとして、上司に言われたことはたとえ理不尽なことであっても疑問をさしはさまずやる、これはどう考えてもおかしいし、ジャーナリズムにとってもよくない。商売上でもそうである。自分の頭で考える編集者、記者が、どんどんいろんな角度からネタを持ってきた方が、雑誌も面白くなるし、売れるに決まっている。」 

「同じコロンビア大学の東アジア研究所に留学していた永野健二日本経済新聞編集委員とよくこんなことを離した。『日本のメディアには、会社員はいるが、ジャーナリストはいない。あるいは、データマンはいるが、ジャーナリストはいない』」(永野健二、日経編集委員) 

「『政局と政治は違う。アメリカの多くのメディアはワシントンの政治的駆け引きを、過大に取り扱いすぎだ。本当に重要なことは、政治家に何が起こっているのかではなく、人々に何が起こっているかだ』」(ハルバースタム)

「アメリカの少し長めの記事だと、アネクドートと言われる、象徴的なエピソードをワンパラグラフ、ついで、事件がいったいどういうことなのかというまとめにワンパラグラフ。そして、それぞれの当事者の言い分。こうした書き方を習うことは無駄にはならない。なぜなら、そのスタイルが長年の試行錯誤の結果、もっとも読みやすいスタイルだとわかっているからである。」 

「IREは調査報道を伝統とするアメリカのジャーナリズムが生んだ素晴らしいジャーナリストの集団である。調査報道とは、政府や官庁の発表によらずメディア独自の取材で権力の不正を暴くという報道手法で、フリープレスの国アメリカで生まれた。この調査報道の情報とテクニックを交換するというのがIREの趣旨だった。現在、全米3200人のジャーナリストが加盟し、年に4回の大会を全米の各地で開いている。…日本の場合、記者は、その取材テクニックを先輩から徒弟制度の中で覚えていくから、誰にでも公開されているソースでさえ他の記者に教えるのを嫌がる傾向にある。この点、アメリカの記者は、互いにその情報とテクニックを交換し、無駄をはぶき、常に創造的な取材を試みようとしていた。」

「今や、コンピューターはアメリカのジャーナリストの体の一部になっている。たとえば、電子メール。電子メールとは、コンピューターの端末間でメッセージを交換できるシステムで、編集長が何か記者全員にメッセージがあれば、全員の端末にメッセージを送っておけばよい。特別な記者にだけのメッセージももちろんできる。…日本のデータベースとの最大の違いは、行政情報があるかないかである。アメリカのデーターベースの場合、様々な種類の行政情報が引き出せるようになっている。」 

「同じ犯罪を侵しても、黒人の方が白人の方より重い判決が下っているのではないかという不満はしばしば聞かれていた。実際何人かの黒人のケースをとりあげた記事もあったが、こうした記事の弱点は『それが特異なケースではないか』という批判に反証できない点だった。ようするにアネクドータル・ジャーナリズムだったわけだ。そこで2人は、過去におこった何百件もの判例を被告の年齢、収入、地位、人種などによって整理し比較した。…さて、日本でこうしたコンピュータ補助報道が応用できるかとなると、現時点ではある限界がある。それは、日本では情報公開法がなく、アメリカのように税のデータをコンピュータのディスクごと入手するなんてことは絶対できないからである。日本では、情報公開法が制定されていないため、どの情報を出すか、どの情報を出さないかは官僚の胸先3寸で決まる。アメリカでは、情報自由法(Freedom of Information Act)が制定され、行政が公開を拒むことのできる情報が決められている。それは、国防などにかかわる秘密、個人のプライバシーに関するものなどで、それ以外は、原則求められれば公開しなければならない。…アメリカでは情報公開法にもとづき行政側に資料を請求すれば、行政側は2週間以内に公開の可否を通知しなければならない。もし公開を拒む場合は、その理由も示される。請求側がその理由が不当だと考えれば、情報自由法に基づき訴訟を起こすこともできる。」 

「変化のポイントは3つある。1つは、アメリカのほとんどの都市で、2紙並立体制が崩れ、一紙独占体制へと移行していったこと。2つめは、アメリカのほとんどの新聞が、ガネット、ナイトリダー、トンプソン、タイムズミラー、トリビューン・カンパニー、ワシントン・ポスト・カンパニー、といった新聞チェーンに買収され、こうしたチェーンが、テレビ局、ラジオ局も買収し、巨大なメディアコングラマリットを形成していったこと。3つめは、こうしたコングラマリットが自社の株をニューヨーク取引市場に上場していったことである。70年代以降、この3条件が重なり合って現在のアメリカの新聞ジャーナリズムの構造的転換を促したのだが、中でも、株の上場は、アメリカの新聞史上、決定的な転換点となった。アメリカの新聞チェーンは、創業者から2代目に帝国を引き継ぐ際の膨大な相続税の問題をクリアするために、60年代の終わりから一斉に株を上場しはじめた。そうすることで、一族は所有の株をマーケットで吐き出し、含み益を手に入れ相続税を支払ったのである。」 

「地方における独占市場を次々に手に入れて経営の基盤を磐石にしたニューハースが次に挑んだのが、アメリカ初の全国紙『USAトゥディ』だったのである。」 

「アメリカの場合、記者、編集者が最高経営責任者まで上り詰めるケースは皆無だ。役員の多くもビジネススクール出身者、もしくはロースクール出身者で占められる。」 

「1950年にはアメリカの家庭は1家庭あたり1,2紙の新聞をとっていたが、92年にはこの数字は0・6紙にまで落ち込んでいる、ようするに市場は半分に収縮してしまったのだ。」 

「『タイムズ』や『ウォールストリート・ジャーナル』は質の高い報道を維持することが、高所得者の読者層を獲得することに繋がり、高い広告レートを設定できる根拠になっている。例えば、タイムズの最近の読者調査によれば、『タイムズ』の読者の平均実質所得は、80年代、90年代でも年を追って上がっていっているという。」

「日本でなぜこれだけの大部数が成り立つかといえば、日本の所得分布がぐっと中流によっており、共通の関心、利害にたつそれだけの読者層がいるからである。アメリカもかつてはそうだった。」