「微妙な安定」 プノンペン(カンボジア) '95 . 9
"CAPITOL INN" というホテルがある。ホテルと言っても、プノンペンで最低料金で泊まれる宿、バックパッカーの情報基地である。ここに行けば、カンボジアをチープに旅する情報がノートや人から集まる。
日本人旅行者は思ったより多い。色々情報交換していると、この国はまだまだ治安が悪いことを実感する。確かに警官が多いのであるが、政府からのペイが悪いために、ポルポト派に買収されたり、時には警官が賄賂を要求してくるのだ。
1泊3ドルで泊まったが、宿の1階の食堂では、警官が入ってきて、宿の人達とビールを飲んで乾杯を始めた。仕事中なのに、どうどうと飲んでいる。士気が低いのは見ればわかる。
アンコールワットのある町、シェム・リアプへ向かう船とても安全とは言えず、2週間前に警官に1人撃たれた人がいるとのこと。つまり、警察が船を乗っ取り、金品を要求するのである。撃たれたのはカンボジア人で、威嚇射撃が足に当たってしまったらしい。
警察を安易に増やすのも問題である。特にいわゆる途上国では、資金難や訓練施設の不備から、適正な数を過ぎて増やすと、治安が悪くなるようだ。税率と税収の関係を示すラッファー曲線と同じだ。増やしすぎると返って効果が低くなる。
どうも、アンコールワット周辺の安全も確実ではないらしい。雨期だからまだいいが、乾期になるとポルポト派の前線が南下してきて、警察がいない夜に、地雷を埋めることもあるというから怖い。
しかし、ポルポト派よりもポリスの方が怖いのが現状だ。1週間前には、警察の検問を無視して突破しようとした外国人が撃たれて重傷を負っているという情報も聞く。
治安というのは、微妙な関係の上に保たれているものだ。
ポルポト派にすれば、アンコールワット周辺の治安を悪くして、政府にダメージを与えたいだろう。しかし政府とすれば、2日で1人あたり40ドルというアンコール周辺の破格の拝観料は貴重な外貨収入である。
ポルポト派がポリスを買収できるような収入は、どこから入っているのかといえば、中国も考えられるが、やはり政府から裏金が行っていることも十分考えられる。だから大人しくしているのだ。
ポルポト派は金が欲しい。政府は外貨が欲しい。両者の利益のために、政府は裏金を渡す。ポルポトは金がなくなると、アンコールワットの治安を悪くして、金をせびる。政府はポリスを増やすが、ペイが悪いので買収されてしまう。アンコールの収入を守るために、仕方なく裏金を渡す。ポリスの質を上げるためにも外貨は必要なのだ。
以上はあくまで、現地の生情報に私の推測を加えたものであるが、こういった社会の暗部との微妙な関係は、どこの国にも多かれ少なかれ存在するものだ。
それまで、なあなあで来た暴力団と警察の微妙な関係が、暴力団新法が施行された結果として崩れ、結果的に銃を使った凶悪犯罪が増えてしまったと言われる昨今の日本も、例に漏れないのである。