「同質性の力」  ホーチミン(ベトナム)   '95 . 8

 ホーチミンからバスで3時間くらい揺られ、クチに行った。

 ここはベトナム戦争時代に開放戦線の地下基地であったトンネルがあり、現在ではその一部を観光用に開放している。ビデオや写真、模型などで分かりやすく説明を受けた後、実際にトンネルに入った。

 本当にせまくて、蒸し暑い。パン一個で4日間地下に入り詰めだったこともしばしば、という話も聞く。普通の人間なら気が狂ってしまいそうだ。

「最も狭いところでは高さが35cmしかなくて、ここで米兵はつっかえるんだよ」などとジョークまじりで説明する案内係。

 迷路のようなトンネルには、落し穴など様々な仕掛けがあり、川へとつながり、脱出できるような仕組にもなっている。蟻の巣も顔負けの複雑な地下要塞は、全長が東京ー名古屋間と同じくらいもあるというから、極限状態における人間の生きる力の凄まじさを感じざるを得ない。

 それにしても、同様の事態に追い込まれた時に、日本人やアメリカ人がここまで粘り強い対応ができただろうか。ユダヤ人なら何かしらやりそうだが、これはベトナム人に特有の我慢強さ、知恵深さではないかと思う。世界で唯一、米国に勝利したベトナム人の本質を感じるのであった。            

 ベトナムは、人口7千万を擁する大国だ。そして、9割以上を同一の民族で占める、世界でも稀な同質性の高い国である。「人口5千万人以上で、最もホモジニアスな単一民族国家は、世界の中でも韓国と日本だけで、これは経済成長に都合がいい」と佐藤誠三郎教授が述べていた。ベトナムもこれに近いものがある。

 同質性の高さは重要だ。道を歩いていても、安心感がある。治安の面で絶対的に有利だ。違う言語を話していたり、肌の色が違ったりすると、それだけで不安だし、偏見から犯罪も起こりやすい。

 ベトナムが、人類史上でも初めてとも言える壮絶な抵抗戦で米国に勝利した原因として、ベトナム人以外の外国人を1人たりとも前線に加えることがなかったことが挙げられるが、これも、同質性の高さが力に直結している1つの例だろう。

 アメリカやニュージーランドを旅すると、必ず、車のハンドルに防犯用の器材が取り付けられているのを見かける。車泥棒を防ぐためである。日本では考えられないことであるが、私は実際にサンフランシスコで被害に合った人も知っている。

 非生産的なものに金をかけなくていいのだから、それだけ生産的な経済構造になるのである。イスラエルのように、シェルターを造らねばならないような地域環境にもない。

 同質性が高い上に人口が多いことも有利だ。国内市場が大きいということは、それだけ経済規模も大きくなる。

 宗教に関しては、一応80%が仏教徒ということになっているが、日本と同じくらいいい加減で、原理主義派の動きもみられず、影響力は弱そうだ。確かに一部にはカオダイ教のような信心深い者もいるのだが、日常生活には、ほとんど浸透していない印象を受けた。

 同じ民族で、同じ言語を使い、宗教も偏在せず、しかも人口が多い国、ベトナム。まさにNATION-STATE を地で行くこの国の人たちは、勤勉な国民性で肌の色も近く、どこか日本人に似ている。

 ホアンキエム湖周辺の物売りの子供たちは、貧しいが、仲が良かった。仲間意識が高く、客を奪い合ってまで自分の利益を得ようという意識は弱いようだった。日本の戦後復興の過程でも同質性の高さは、無駄な対立を避けて連帯意識を強めた点で、かなり有効だったのではないか。

 ベトナム民族の同質性の高さが、ベトナムを活気づけ、発展させる一助となっているのは、間違いなく思えたのだった。            

 


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