被 告 日本経済新聞社
2001年7月17日
東京地方裁判所
民事第19部ハ係 御中
原告ら訴訟代理人
弁 護士 塚 原 英 治
同 山 口 泉
同 早 瀬 薫
準 備 書 面 (1)
被告準備書面1に対する認否及び反論
第1 本件処分の事実経過について
1 原告のホームページの発覚について
(1)第1段は不知。
(2)第2段のうち、守屋部長から事情を聞かれたのは、3回である。
(3)守屋部長から取材源の秘匿の話をされ、HPを閉じるように言われたことは認めるが、その余は否認する。
原告は、内容に問題があるのであればその部分のみ削除すればよいと反論したが、守屋部長はあくまでHPの全面閉鎖を命じた。この際、守屋部長から、1から5のようなHPの具体的問題点な指摘は一切なかった。また、取材源の秘匿に関する一般的説明はあったが、会社機密を漏らしているという問題は指摘されなかった。守屋部長は、主に原告がHP上で会社を批判していることを問題視していた。
(4)第4段は否認する。
(5)第5段のうち、日経に対する批判について指摘があったことは認め、その余は否認する。原告はこれに対して、事実しか記しておらず全く不適切な指摘であると反論した。
(6)第6段は否認する。
(7)第7段は否認する。原告は「問題のある行為」だなどとは言っていない。守屋部長が人事権を盾に「言うことを聞かないなら君の希望を聞けない」という脅したため、HPを「閉じます」と約束したにすぎない。原告が納得などしていないことは、後に提出した文書からも明らかである(乙25、26)。
(8)原告がHPを「閉じます」と約束したことはあるが、それは「会社が基準を作ること」が条件であって、基準が出来るまでの一時的な措置との認識であった(乙26)。
2 HP続行発覚までの1年8ヶ月間について
(1)「『閉鎖中です』と出ているとの報告を受けていた」との点及び「98年3月に守屋部長が全部員に新聞手帳を配布し、精読を指示した」との点は否認し、その余は不知。
(2)守屋部長は原告に対し、HPに「閉鎖中です」という文字を出すことさえ禁止し(乙9、10参照。これは当時メーリングリストに載せたもの)、「まったくつながらない状態にしろ」と命令してきたため、原告はこれに従っていた。原告は個人的にプロバイダーと契約してホームページを開くことを100%禁じられるという、重大な市民権の制限が続いていたわけであるが、納得のいく説明はなかった。
3 HP続行の発覚について
(1)第1段は不知。
(2)第2段は不知。
(3)第3段は不知。
(4)第4段は日付の点を除き認める。
(5)第5段は認める。
(6)第6段は否認する。1から5のような具体的な指摘は一切なかった。
(7)第7段は不知。
(8)第8段は認める。人事権を盾にした命令に、やむを得ず従ったものである。
(9)第9段のうち、「反省と釈明」という文書を提出したこと及びその記載については認めるが、その余は不知ないし否認する。
1月13日に、守屋部長から反省文を書くように一方的に命じられたが、「事情聴取」はなかった。
「すべてのネット上のファイルを削除する」旨の記載がされているが、これは「そのような内容にしないと受け付けないからな」といわれて記載したものである。「原告は、プロバイダーとの契約を解除すると言った」とあるが、自発的に言ったことはない。「解除しないと許さないからな」と脅迫されたためやむなく同意したのである。
「反省と釈明」にもあるように、原告は一貫して、表現の自由を一方的に侵害する行為に異を唱え、話し合いを求めて来たのであり、検討さえしない被告の不誠実で強権的な対応を批判していた(乙25)。
1月22日に、原告は守屋部長から一方的に「まだ消えていない」と言われたが、事情を聴かれるようなことはなかった。
(10)第10段は不知。
(11)第11段は認める。
全面閉鎖を約束する「誓約書」は、「全面閉鎖を約束する内容にしないと受け付けない」といわれて記載したものである。
(12)第12段のうち、デスクからの指摘の点を否認し、その余は認める。
4 99年2月17日の事情聴取について
(1)第1段は認める。
(2)第2段・第3段について
監禁状態でなかったこと、顛末書や上申書は自分の机で書いたことは認め、その余は争う。
「事情聴取」は午後1時頃から始まった。応接室ではパソコンの電源が無く、また机が低く書きにくいため、一時的に席に戻って書類を書いたにすぎない。監禁とはいえないとしても、威圧的な言動はひどかった。原告が書いたものを、守屋部長等がこれではだめだと突き返し、また書き直すという作業が続いた。顛末書を自分の意思で書いたわけではなく、「こういう内容を書かないと絶対に許さないからな」と、森と丹羽が盛り込むべき文面を読み上げ、それをもとに書くという半強制的なものだった。深夜まで時間がかかったが、原告は夕食をとっていない。
(3)第4段について
取材源の秘匿に関して、原告が「それはわかっています」と言ったとの点は否認する。
(4)第5段について
この日に、初めて口頭でホームページの具体的内容についての指摘がなされたが、「原告も納得して非を認めて、不特定多数の人に見せるつもりはなかった。これは事故だった」などと言ったとの点は否認する。原告は、表現の自由を侵害する被告側の問題点を指摘した。
(5)第6段のやりとりについては認める。
「悪魔との契約」云々についてのやりとりは、全体の文脈を無視しており、事実と異なる。ここで書いたことは、ホームページを一方的に全面閉鎖させ、記者の表現の自由の権利を奪う行為は、表現の自由を守るべき新聞社の自殺行為であり、それは悪魔と言われても当然で、その会社にいることは悪魔と契約しているに等しいということであり、むしろ「日経の信用問題」になり得るものは会社側の行為のほうである、と主張した。
(6)第7段については否認する。
丹羽は「懲戒免職か依願退職の二者択一しかない」「上申書を書かないと懲戒免職だ」とはっきり発言しており、これは当日書いて知人らに送った電子メールや3月7日に送ったメールにはっきり記されている(甲8−1、2)。
(7)第8段について
強制的に顛末書や上申書を書かされている間も「内容を強制するのはおかしい」などと議論は続いていたが、守屋らは、「とにかく我々の言う内容でないと受け入れない。社長に出すんだから一方的に非を認めたものでないとダメだ」などと強制した。このため、原告はやむを得ず何回か書き直した上で、最終的に相手方から良いと言われたものを清書した。
(8)第9段について、書いた場所は自分の席であったことは認めるが、便宜上そのようにしたにすぎない。
「上申書を書き始めたのは午後6時ころ」とあるが、一連の書き直し作業が始まったのが6時ころであったにすぎない。また、この程度の文書を書くために、深夜までかかるはずはなく(被告の主張によってもB5で1枚の上申書を書くのに午前0時までかかっていることになる)、議論が平行線のまま続いたたからこそ、その程度の時間が必要だったのである。
(9)第10段について、守屋部長等が食事に出かけたことは認めるが、午後9時か9時30分ぐらいから、事情聴取を再開したことは否認する。守屋部長等は8時30分頃には戻ってきた。原告は食事も取らず文章を書き直していた。
(10)第11段について、事情聴取と称する脅迫行為が終わったときには2月18日午前2時半を過ぎていた。原告が当日タクシーで20分かかる自宅に帰り何本か書いたメールの中で、12時間ほど説教された云々と書いており(甲8−1。送信時刻 2月18日午前3時27分)、3月7日により詳細に送ったメールで、解放されたのが午前2時半だと書いているとおりである(甲8−2)。
3対1で、原告側には弁護人はおらず、第三者の関与が全くない状態で「懲戒免職か依願退職だ」と12時間脅迫することは「弁明」などとはいえない。そもそも処分に値するような問題はなかったのである。
5 本件処分決定まで
(1)第1段は不知
(2)第2段は認める。
(3)第3段のうち、守屋部長も処分を受けたことは認める。
(4)第4段は認める。
(5)第5段は認める。
(6)第6段のうち、原告が辞令を見せて下さいと言って、初めて見せられたことは認める。「抗議はなかった」とあるが、もちろん納得したわけではない。
(7)第7段は不知。
6 資料部への異動
(1)第1段は不知。
(2)第2段は認める。
(3)第3段は不知ないし否認する。「異動は処分とリンクしていない」というのは嘘である。20代の記者が資料部に異動になった例はない。
(4)第4段は認める。
7 資料部着任から退職届提出まで
(1)第1段は認める。
(2)第2段は認める。
(3)第3段は否認する。「LAN回線でつなぎ・・・」については聞いたことはなく、全くの作り話である。
(4)第4段は争う。朝は定時に出社していたが、業務自体が殆どなかったのである。
(5)第5段は認める。
(6)第6段は否認する。事前に有給休暇をとることを伝えてある。
(7)第7段は概ね認める。
(8)第8段のような原告の発言があったことは認めるが、その余は否認する。原告の発言は有給休暇をとる際になされたものである。また、「この日以降、原告は殆ど出社しなかった」とあるが、9月末の退社までの期間を有給休暇で処理したにすぎない。事前に有給休暇をとることは伝えてある。
8 退職届提出から退社まで
(1)第1段は認める(甲9)。
(2)第2段は否認する。原告は、自分の私物は全て運び出している。
(3)第3段は認める。
なお、9月21日に、原告は質問状を出して、3月の処分の理由を尋ねた(甲10)。これは、それまで処分理由が具体的に文書で示されたことがなかったからである。これに対し佐々部長も必ず具体的に答えると約束していた。しかし、10月1日付けで郵送された回答は、理由を具体的に示さないものであった(甲11)。
(4)第4段は認める。
第2 本件処分について
1 処分内容は争いがない。
2 処分理由
被告は原告に対し、処分理由を具体的に明らかにしてこなかった(甲10、11参照)。本書面において、処分理由として明記されたので、被告が原告を処分した理由は、ここに掲記された事項に限定されると理解し、以下認否反論する。
前段は否認し、争う。「責任者の命に従わないとき」に当たると言うが、処分が許されるのは「責任者の命」が法律上有効な場合に限られる。責任者が「基準を作る」という約束を反古にしており、表現の自由を侵す命令に従わなかったことは適正な処分理由に当たらない。
就業規則違反との点は下記の通りである。
(1)会社の経営方針・編集方針違反
@「取材源の秘匿」が会社の経営方針だというが、それは既に述べたように国際常識ではない。取材先が権力である場合は、それを特定できる表現にしようが、秘匿の約束がない場合には問題はない。「新聞記者の良心宣言」でも原則公開であることがうたわれている。被告の主張は、経営方針を一方的に押し付けるもので不当である。
A「社内的立場」(乙14)は、原告が記事を書いたことにより情報提供者の社内的立場に問題が生じたという体験を書いたものである。これは、取材先会社においても取材源が特定され、既に解決されたことを、いわば体験談として書いたものであり、取材源保護の問題は生じない。
B「真実を報道する」というのが経営方針だというが、上司の圧力によって時にはねつ造に近い記事が書かれているという取材現場の実態を公開したことは、まさに真実を報道したことになる。
原告の「捏造記事」(乙18)全体としては、新聞社が載せたいと思っているネタを無理に記事の形にあてはめるやり方を批判するものであり、この一部だけ引用して原告を批判することは不適切である。
(2)「会社の機密をもらさないこと」の違反
指摘されている、採用の方針や部署ごとの人員、各版の締め切り時間など、社外秘になり得るような重要な情報では全くない。夕刊の締め切り時間など原告代理人でさえ知っている(記者会見をする機会があるため、日程調整の常識になっている)。普通の企業で機密扱いになることはあり得ない。もしこのようなものが機密だというなら、他企業のこうした情報をつかんだら一面トップで報じるだろうか。新聞社は権力に情報公開を迫るべき存在なのだから、新聞社が自らの情報を一切秘匿するのはおかしいのであって、全く処分の対象となるものではない。
(3)流言禁止違反
指摘の点は、いずれも「流言」にはあたらない。表現の自由は守られるべきものである。個人の表現の自由を侵し、ネット上での表現を全面禁止した行為に対して、表現の自由を守るべき新聞社が行う行為としては最低最悪の自殺行為で、これは悪魔と言われても仕方がない、と述べることは「流言」なのか。全体の主旨を無視して言葉じりのみを抜き出して「流言」とするのは全く不適当である。
表現が適切かどうかは問題があるとしても、このようなことを問題とするのは「駆け出しの人間が何かをいうことに目くじらを立てるような大人げないまね」というしかない(乙7参照)。
第3 求釈明
被告に対し、次の通り釈明を求める。
1 処分理由について
@処分理由は、被告準備書面(1)第2に記載された事項に限られるのか。
A同書面2頁の2,3,4,5は含まれるのか。
B同書面4頁の1,2,3は含まれるのか。
2 記者職について
被告は職種限定契約ではないと主張するが、採用においては、「募集職種」として、「1 新聞記者部門 一般記者」と明記し、他の出版編集部門の出版編集者、技術部門のITエンジニア等と区別している(甲15)。
被告の主張は、採用広告においては「職種」を明記するが、実際の採用においては職種を限定せずに配転を可能にしているという趣旨か。明らかにされたい。
3 資料部について
@1999年3月当時の資料部の人員・年齢・性別。
A過去において20代の記者職の者が資料部に配置されたことはあるか。
第4 原告の主張
1 会社が個人のHP作成を規制することはできない
情報社会においてHP開設は重要な市民権の1つである。特に新聞社のように表現の自由・言論の自由を守るべき組織は、その規制に慎重にならねばならない。原告がHPを開設した当時も本件処分時も社内規定さえなかったのである。
2 新聞記者の自社批判の自由(公共性の高い新聞社は社内批判に寛容でなければならない)
(1)山陽新聞社事件
山陽新聞社の労組が経営方針を批判するビラをまいたことを理由に組合役員が解雇された事件に関する広島高裁岡山支部昭和43年5月31日判決は、報道機関において会社の信用を害する内容のビラを配布してもその内容が労使関係に関し真実を伝える限り正当な組合活動といえるとして、解雇を無効とした。そこでは、「企業が公共的性格をもつ場合にはその営業方針は直接・間接に国民生活に影響を与えるものであり、その企業内事情を暴露することは公益に関する行為として、それが真実に基づくかぎり企業はこれを受忍すべきである」と判示されている(判例時報547号89頁)。
組合が配布したビラには見出に「真実の報道を要求しよう」と書かれ、1 経営者は(新聞作成上)「少々かなづかいがおかしくてもほっておけ」「読者へのサービスが低下してもいたしかたない、紙面もいいかげんでいいといっている」、2 百万都市推進の宣伝をくる日もくる日も気狂いのように続けている、3 記者の書いた原稿を書きなおし、白を黒にしたウソの報道をしたり、百万都市や一月大合併への皆さんの疑問や反対の声を正しく伝えることをこばんでいる、4 独占本位の三木県政のご用をうけたまわる広報紙になりさがつている、5 良心的な記者が不当な配転を押しつけられている、6 山陽新聞を兵営や刑務所のようにしようとするファッショ的な就業規則、などと記されていた。
(2)一般企業に於いても、管理職の経営批判を理由とする懲戒解雇が無効とされた事例がある(日本臓器製薬事件・大阪地裁平成12年1月7日決定労働判例789号39頁)。管理職も言論の自由をもっているから、批判自体を否定できないのは当然である(香川孝三評釈・ジュリスト1205号150頁)。
(3)自社の公害を告発する闘争を行った日本計算器峰山製作所事件でも、組合役員の解雇が無効とされている(京都地裁峰山支部昭和46年3月10日判決労民集22巻2号187頁)。
3 取材源秘匿義務は約束がない場合には及ばない
被告は、全ての取材源を秘匿することを「取材の鉄則」などと勘違いしている。読者は本来情報源を知ることで情報の意味を判断するのだが、それがほとんどの場合に隠されるため、どうにも判断できない。それは権力にとっては都合が良い。広告が記事として出ることで広告効果が大きいからだ。世界の新聞の常識はそうではない(甲12)。
新聞労連は「秘匿の約束がある場合のみ」に守秘義務を負い、それがない限り取材源は明らかにすべきとの見解をとっている(甲6 15頁)。原告はそれに加え、「情報提供者が権力に対して明らかに弱い立場にある者であり、取材源がオープンになるとその人の立場が危うくなると考えられる場合」は秘匿すべきであると考える。原告が書いた対象は、すべて「権力そのもの」についてであり、勿論、秘匿の約束などしていない。
4 HPの全体を見るべきである
原告がホームページに掲載した100本を超える文書の全体の主旨は、記者クラブの閉鎖性や新聞社の旧態依然とした体質を批判するものであり、被告が処分理由とした箇所も、その全体の文脈のなかの一部の文書の、さらに一部の構成要素として使われたに過ぎない。そもそも、取材源を特定してニュースを流すという性格のものでは全くなく、被告が、従順でない記者に対し、処分の理由を強引に探し出したものというしかない。