「日本・権力構造の謎(上)」/カレル・ヴァン・ウォルフレン/ハヤカワ文庫

◆学生時代に読んだが、もう一度読み返した。ウォルフレンのいう先端のないピラミッドである「システム」は、確かに存在する気がする。他にも、日本の企業社会の分析や「仕方がない」というキーワード、また、この共同体の利益を個人の欲望より優先させる仕組は歴史的に、政治的に作られてきたという分析は詳読に値する。日本の忘れやすい国民性も、その通りだと思う。既得権を得ると忘れる。受験が終わると忘れるのも同様だ。ただ、少し大ざっぱな分析も見られるため、ケーススタディを行う際に、概念的な問題点や大枠を考える際に適している本なのではないか。
 
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「日頃大事に考えているテーマに関して、自己の思索の跡を一貫性と永続性のある形にまとめたかっただけである。」

「私は、この本を書くにあたって以下のような確信を持っていた。ある政治体制に従属している個人やその維持に力を貸している個人について道徳上の判断を下すことなく、その政治体制とそれに寄与していいる社会条件の分析は可能だ、という確信である。…個々人は直接的に体制の性格には責任がない」

「国民が共に行うことについては、何事によらずその失敗や欠陥は、集団としての国民全体の責任であることはいうまでもない」

「私の描いた絵は1つの政治体制の姿であって、それは、エリートも含めてその中にいる人々がある意味では自分の力では体制を変革できないために犠牲になっているそうした政治体制の図像である。」

「日本の国民はもっといい生活をしていいはずだ。概して、勤勉さがより満足な環境によって報いられることもない。」

「日本の政治を語る上で欠かせない表現である『仕方がない』という言葉を放逐することに、本書がいささかなりとも役立てばと願っている」

「外国人の目に映る限り、たいていの日本人が、日々の生活の中で共同体の利害を個人の欲望や利害より優先させるという日本社会の要求を、おとなしく受け入れているように見える。ところが、この顕著な集団志向は、実は、300年以上も前の為政者によって作為的に社会に組み込まれた政治的所産なのである。」→企業献金はやめるべきだ。

「どのような状況にも普遍的に通用する真理や法則、基本概念や倫理がありうるという考え方が、に日本にはほとんど存在しない…社会的な身分職業や権力者たちの要求といった俗世界リアリティを超えたところに、独立の普遍的真理、不変の宗教的信条があるという概念は、もちろん日本にも入ってきたのだが、現在の世界観の中には根付かなかった。…儒教および仏教の本来の教えに含まれていた、社会・政治上の方便としての現実を超越した思想・概念は、日本の支配エリートにとってつねに歓迎されざる思想であり続けた。…日本は常に新しい宗教をきわめて寛大に迎かえ入れてきたというのが定説になっているが、そう言えるのは、その宗教や教理体系が既存の政治体制を脅かすことがないとみなされた場合だけである」

「西欧の知的・倫理的な伝統は、普遍的に通用する何らかの信念があるという前提に深く根差しているので、このような前提を欠く文化がありうるとは、とても考えおよばない。西欧では子供を教育するのに、人間の欲望や気紛れな考えとは関係のないところに宇宙を支配する究極的な論理があるという前提を、それとなく教え込むのが、暗黙のうちに了解されている一般的な慣行である」

「たとえば日本語でわかってください、というのは、『私の言っていることが客観的に正しいかどうかはともかく、当方の言うことを受け入れてください』という意味の『ご理解下さい』なのである…日本語の理解は、同意するという意味になる」

「6世紀には、政治的な理由によるという説明の下に、日本の為政者は仏教を取り入れている。その後まもなく中国の国家統治(律令)制度をモデルとして導入したのも、明らかに政治的な目的があってのことだった。」

1401年、義満が明朝との貿易を再開。南部では中国文化の浸透がすすむ。16世紀半ばにポルトガル人が宗教を持ってきた。17世紀初め、忠誠心が神の方に転ずるおそれがあると気付き、将軍は逆転。19世紀なかばまで鎖国政策は保たれた。1868年、明治維新では、古来からの伝統を宣伝しはじめた。天皇を日本という家族国家の大家長にまつりあげる思想であった。45年まで、危険思想を排除する特別高等警察を擁していた。

「1つの答えは、日本の歴史的な孤立性にある」

「日本の権力は高度の分散型で、それゆえ浸透力はいっそう強い」

「彼等は、教育制度や支配者によって、まるで庭師が生け垣の手入れをするのと同じ取扱いを受ける。個性を少しでも出すと、ちょきんと切り取られてしまうのだ。個人としての人間に対し思いやりのない政治システム」

「日本人が生活する姿は、失敗作の劇をみるようだ。役者のいうセリフと役柄を表現するはずの衣装とがちぐはぐなのだ」→消費者団体が保護貿易を支持、立法府は法律を制定しない、自民党は自由でも民主でもない

「いたる所で、普通に使っている用語を定義し直した方がよいのではないかと思わせられる。」

「閣議は、ものの10分か15分ですんでしまうまったく儀式的なものだ。その前日の次官会議で決まった法改正案などを、正式に認めることがその日の閣議の唯一の目的である」

明治時代、「天皇には公式な主権があったが、統治しないことになっていた」

「大和魂」

「アメリカを第2次大戦にひき入れた日本の奇襲は、陸軍と海軍の対立が直接引き起こした結果だったといえるだろう」

「先端のないピラミッド」政官業、マスコミ、暴力団、農協

「日本の公務員の数は、住民100人につき4、4人で、これは英国の1/3、米国や西ドイツの1/2を少し上回るだけという数字」

規制、行政指導によるあいまいな公私の境界
「郵便貯金の原資による予算は事実上、議会のコントロールを受けないので、人目を引かずに、官僚の特定の目的を遂行するために支出することができる」

「ヒエラルキーの複合組織はその最下位に、いまだ1日10時間も働くような零細工場にまで及ぶ、無数の下請け企業を養っている。…これらの零細企業は、今も、大きなリスクをみずから負う企業家によって経営されている」

「日本人は、自分が生活していく上での大部分のことはだれかが決めて管理してくれるという考え方を、子供のときから無意識のうちに教え込まれる」

「日本人は、つきあう相手の学歴を熟知している…筆者は早稲田大学で4年間教えたことがあるが、その時に知ったのは、学内の最上位にランクされている政経学部でも、学生はほとんど何も勉強しないということだ…有名大学で4年間何もしなかった学生の方が、能力はあるがランクが下の大学を出た者よりは、つねに、上位ランクの就職先を見つけられるのである」

「スキャンダルが暴露されると、人々は一瞬にして、毎日、毎週、新聞、雑誌、テレビなどから溢れ出る暴露の洪水に首までひたされる」

「各紙の編集者が他紙の早版に大急ぎで目を通し、自社の新聞を点検するのだ。だから、貴重な特ダネ記事は通常、都市部で発行される最終版までとっておかれる。早版に載せてしまっては、それが特ダネとはだれにも分かってもられないからだ」

「適度に検閲できる器量のことを、日本では、通常、ジャーナリストとしての『おとなの考え方』という」→一罰百戒、ガス抜きへ

「組の組織がなければ反社会的な若者は行くところがなく、社会の厄介者が増えて困ることになると自信を持って主張する…やくざの組はひどい差別を受けている日本の少数派、被差別部落出身者や在日韓国・朝鮮人を迎え入れる、数少ない組織の1つである。なぜ多くの組が、京都、大阪、神戸をとりまく関西地域に生まれたかの理由の1つであろうが、この地域にはそうしたコミュニティが集中している」

「たいがいの日本人には、弱い者の味方として美化されているやくざのロビン・フッド的イメージと、あまりいただけない実態との区別がつけにくい…システムの不文律では、やくざは、用心棒、売春とそれに関連する不法な稼業はいいが、拳銃所持と麻薬取引は御法度とされている」

「総会屋は、1970年代に目立ち始めたビジネスマン・タイプの恐喝やくざである」

有害産業廃棄物の被害者が株主に。「彼らを痛めつける役として会社側が株主総会にやくざを呼びいれたのが、総会屋のそもそものはじまりである」

「友好的な総会屋との関係を断ってしまったら、敵対的な総会屋からだれが守ってくれるであろう?」

「建設省の威信は、大蔵、外務、通産ほど高くない。だが国の一般会計予算をこれらの省より多く(総予算の8〜14%)割り当てられるし、いわゆる第2の予算のおよそ1/4を得ている。これは他のどの省庁よりも多い。」

「建設省には、建設業者の事業免許の許認可権がある。また、直接に、232の各種工事事務所と654の出張所を擁している」

「建設投資は、毎年、GNPの15〜16%を占め、建設産業従事者は530万人にのぼる」

「事務官と技官のバランスを保つため、約1万人の技官グループと約1万3千人の事務官とがほぼ均衡を保って巧妙に棲み分けている。事務官と技官が交代で省内の最高ポストである次官に就任する」

「70年代以来、自民党の政治家は、建設業界の有力者の子息と婚姻関係を結ぼうと一生懸命である。中曽根元首相の娘は鹿島建設の社長の息子と結婚している。竹下も、ひじょうに心地よく建設業界の内にいる。竹下の長女は、金丸の長男と結婚し、竹下の秘書をしている弟は、福田組の社長の娘と結婚、さらに3女は、竹中工務店の前社長の次男と結婚している。」

「74年のヤミカルテル事件では、その前年の石油危機に際し価格を協定したとして、石油連盟と12の石油元売り会社の幹部が告発された。石油連盟は、通産省の指示に従っただけだと弁明した。だが、この弁論には東京高裁を説得するだけの効果がなく、罰金と石油会社の重役に執行猶予つきの刑を科すという判決をもって、10年後にこの事件は落着した。通産省と大企業の関係は、大蔵省と銀行の関係と同じく、きわめて非公式で私的な人間関係による要素が強い」→日経の上司と部下の関係にも似ている

「経済界は、局長を通して省とつながっており、局長が各方面の経済団体の会長に電話をかけて指示を出すこともある」「逆に企業側が通産省に力をかけようとする時は、政治家を通す」

「政治家の力でおこなわれた利益誘導による土木開発事業が、これほどまであからさまに見られる所は、おそらく新潟以外地球上どこにもないであろう…なにしろ、80年代なかばで新潟県民1人あたりの国税からの支出は、全国平均より60%も多いのである」

「個人的な魅力と官僚がご執心の計画に大いに興味を示したためだったが、とりわけ重要だったのはその驚異的な記憶力である。法律の条項や抜け穴、また、官界でも最高レベルのエキスパートとの会話を通して集めた無数の情報を、彼はすべて記憶していた…75年までは、新婚カップルと80歳以上の老人の誕生日には、田中本人が著名したお祝いの色紙が贈られていた」

「確実な平均額を出すのは不可能だが、選挙区で自分の存在を示すためには、80年代なかばの選挙のない年で、4億円かかると筆者は推定している」

「日本の政治論評は、もっぱら、政治家のだれがだれにどんな働きかけをしたのかなどの密室の権謀術数のごく狭い話題に限られ、憶測ゲームをはてしなく続けるばかりである。政策案への言及は皆無である」

「大臣には、自分の邪魔になる高級官僚を任意に解任できる権限があり、これが大きな武器になる。…通算大臣は、退官していく事務次官が指名する者を後任に任命するケースが9割以上になる」

「審議会は、官僚の計画に対して予想される反対をぼかしたり、骨抜きにしたりするのに役にたつのだ」

「政府の政策に関する資料を通して、自民党の議員を誘導するのが高級官僚の重要な仕事の1部になっている。通産省の場合、課長級は勤務時間の約半分、局長級は約1/3をこれに費やすという」

「自民党の政治家が族に属するのは、主として金と票のためであり、日本には新しい優先事項が必要であり、それに従って新しい政策を打ち出すべきだと突然気付いたからではない」

「日本のイエの共同体的特徴は、自然の成り行きとしてではなく、念入りに作り上げられた社会管理制度の一貫として徳川幕府が強制した結果できたものである。約350年前に、きわめて意図的に、イエは1つの政治的単位に変身させられたのである。当初はそれを武家だけに、後に、村の素封家や町の商家にも適用されるようになった。財産は個人が所有するのではなく、イエに属した。…徳川時代および明治初期には、事業に従事する当事者は法律上の規定ではイエであった。今世紀初頭に、管理者タイプの経営者が起業家的な企業家にとってかわりはじめた時、彼らがイエの概念をふたたび取り入れ、もともと概念的な政治的構築物であったものを自分たちの会社に適用したのである。今日、多くの大企業で、伝説的な創業者やそのすぐ後を継いだ社長たちが先祖のごとく崇められている。…自社紹介パンフレットで、この経営理念や社訓についての説明がなされる。このようなパンフレットに謳われているのは、商業的な利益追及は、日本の経営者の関心時ではないとでもいいたげな表現である。…今日のイエは大企業の中の労働グループとして存在する」

「近代的大企業のひとつの重要な象徴は、昔の由緒ある家の家紋(ヨーロッパの盾形紋章にあたる)を思い出させる社章である」

「まず第一に、日本人の忠誠心はもっぱら集団や人に対するものであり、信条や抽象的概念には向けられない。そして、システムに敵対する可能性のある組織は、ほとんど完全に社会から排除されているから、日本人の忠誠心は既存の社会・政治的秩序を直接的に支える力となる。忠誠心は「孝行」と並べて口にされることが多い。どちらも儒教の中核をなす倫理的概念で、その昔、日本の貴族政治家が自分たちの権力の理論的支えとして中国から取り入れたものである。」

「親孝行と天皇への忠誠は同じ1つのことであると布告した」

「中世ヨーロッパにおいては、騎士は神の名にかけて自分の領主を見捨てることができたし、自分固有の権利も明確化されていた」

「大企業の社員大半の、上役に対する不満が極限に達したとしても、彼等は『忠節な』部下でありつづけるしかない。というのは、これまで見たように、勤め先に辞表を出してもほかに今と同等の給料がもらえる転職先がない」

「自営労働者と家内労働者(主に女性)が日本の労働人口の29%を占めているが、これが英国では8%、アメリカでは9%、西ドイツでは14%、フランスでは17%である。…多くの零細企業が破産するが、ほぼ同じ数だけまた新会社ができる。同じ企業家が別の業種で事業を始めるのである」

「日本のテレビ番組は平均精神年齢8、9才に合わせている。…電通はほとんどすべてのものを最低レベルまで引き下げるのに成功している。…電通の広告扱い高は、日本の総広告費の約1/4にあたる。…電通は、自社の子会社のみならず大手新聞社、全国・地方テレビ局、その他マスメディア関連会社に社長やトップ・クラスの役員として人材を供給する。電通出身者の落ち着き先の1つは、テレビ番組の人気度を評価する視聴率調査会社、ビデオ・リサーチ社である。」

「36年から45年まで独占的な政府の宣伝機関であった同盟通信社と一体だったこと、また、どちらも戦時中の同盟通信社の末裔である共同通信社と時事通信社という、日本に2大通信社と非常に緊密な関係にあることにも起因する。このつながりは株式の相互持ち合いによって強化されている。共同が扱うニュースについては、つねに電通に情報が入る。」

「原子力発電所の安全性にの宣伝や、さまざまな省庁の企画に関する宣伝なども扱っている。70年代後半に、1連の野党系市長や知事を退陣させる政治的策動をとりまとめ、政治的に重大な地方消費者運動や反公害運動に対抗する反キャンペーンを展開したのも、電通である。…このような官庁および自民党のための仕事は、主に電通の『第9連絡局』でおこなわれ、ここには、建設省、運輸省、農水省、総理府などの各省を担当する別々の課がある。ここは総理府の広報予算の1/3以上、他の省庁の同40%を吸収する。また、自民党の広報宣伝予算についても、電通が独占に近い形で自由に使っている」

「東急グループの総帥で、87年まで日本商工会議所の会頭だった五島昇(89年死去)が、東大の同期生・中曽根を、彼の人脈の頂点においていたからである」

「サラリーマン生活は、明らかに軍隊の伝統を彷彿させる。…憲法によって交戦権を否認している世界で唯一の国であり、その公式スポークスマンが、平和を愛するよう世界に訴えることができる国だと言ってはばからず、いつ、どこで、だれに戦争をしかけられても武力の行使を放棄しているという国が、軍隊組織を想定させるのは皮肉である…日本が軍人によって長い期間統治されてきた過去を考えれば、これも驚くべきことではない。」

「仏教研究家・森岡清美がいうように、日本の仏教はひとつの独立した倫理体系を発展させず、『人々を社会の圧力や伝統から解き放つという仏教のもっとも重要な力はほとんど完全に失われてしまった』。聖徳太子にしても、彼の後継者にしても、神道、儒教、仏教の併存には教義が根本的に相容れないところがあっても、それらの教義が自分たちの政治目的に役立つかぎり、いっこうに気にしなかった」

「日本の歴史のどこを見ても、日本の一般市民に法律が自分たちを護るためにあるという考え方はななかった。伝統的な日本の法律は、合理的で哲学的な正義の原理を積み上げて法体系を作り上げたのではなく、民衆を盲従させるための命令を一覧表にしたとしかいえないものであった」

「司法修習生になるための、毎年おこなわれる司法試験は、極端に合格率の低い難関なのである。合格率は約2%…75年に司法試験を受けた日本人の数は、総人口で見ると、司法試験を受けたアメリカ人の数よりわずかながら多い。アメリカではその年の受験者の74%が合格したのに対し、日本のほうの合格率が1.7%だったから、実際には、法律家になりたい希望者は日本のほうがはるかに多いことになる。」

「最高裁の判事15人のうち2/3が生え抜きの裁判官ではなく、多くが各省庁の官僚OBである。彼等は短期間しか判事職を務めない(90年3月現在、最高裁判事15人中、公式には裁判官出身と称せられる6人のなかのたった2人が実質的に裁判官の実務経験者である。ほかの人たちは、実際には司法官僚である)」

「日本の検察官の問題な点は、いったん起訴を決めると、誤りを指摘されても認めようとしないことなのである。…検察官は神になろうとするのである。日本の検察官は、欧米諸国の検察官と比べて、無罪をよしとしない気風がはるかに強い。…彼等が起訴すれば、有罪判決率は99.8%である。1986年に刑事訴訟の第一審で裁かれた者6万3204人のうち、無罪になったのはわずか67人である。これはどこから見ても検察官が事実上の裁判官であることを示している」