「ポリスのパラドックス」     イスファハン(イラン) '95.11

 『やばい』と思った時には、もう遅かった。明らかにそれとわかる警官が、何やら叫びながら駆け寄ってくる。それも、4、5人だ。勿論、ライフルを肩に掛けている。ガイドブック(lonely planet)に「ポリスのチェックが厳しい」とあったので覚悟はしていたが、早くも3日めの朝、捕まってしまった。

 夜行列車でイスファハンという都市に到着した朝のことだった。朝焼けが美しく、気分が良かったので、記念に写真に収めておこうと、プラットフォームにたたずむ降りたばかりの立派な列車を写したのだ。それだけなのに、腕を捕まれ、駅の交番のような場所まで連行されてしまった。

 ペルシャ語なので何を言っているのか聞取れないが、ジェスチャーと「フィルム、フィルム」という言葉から、どうやら、撮影禁止だからフィルムを抜いて渡せ、と言っているようだ。一瞬、悪いことをしてしまったとの錯覚に陥るが、よくよく考えれば、私が一体何をしたというのだ。単に列車を写しただけではないか。

 それにしても、人間というのは危機に際し、色々なことを瞬時に考えるものである。写していないと言い張ろうか、いや確かにフラッシュが焚かれていたはずだ、このまま振り切って逃げようか、いや彼等は銃を持っているので下手をすると撃たれるかもしれない…、などと様々なシミュレーションが頭を駆け巡る。

 とりあえず、カメラを渡さないで粘るしかなかった。冗談ではない。軍事施設ならともかく、単なる列車ではないか。既に撮影した20枚以上のフィルムが無駄になるのはどうしても納得できない。何が問題だというのだ!などと必死で食い下がり、英語とジェスチャーで主張し続けた。でも、お互い言葉が通じないので、らちがあかない。「下らん因縁をつけるなら警察を呼ぼう」という論理は勿論、通用しない。彼らはどう考えても、正真正銘の警察官にしか見えないのだった。

 そこに、どこからともなく、イラン人の初老のおじいさんが割って入ってきた。思わぬ助っ人の登場だ。今度はペルシャ語の応酬が始まる。必死に説得してくれているようだ。心の中で応援しながらも、私は立ち尽すしかなかった。そして数分後、私はしぶしぶ、解放された。

 そのおじいさんとは、何とお礼を言って良いやらわからぬうちに、握手を交し別れた。その後すぐに「あっ」と思い出した。その人は、夜行列車で向いの席にいた2人のうちの1人だった。話はしなかったが、私が普通の旅行者であることはわかってくれたのだろう。それにしても、ポリスよりも一般の人の方が頼りになる、というパラドックスがどうにもおかしくて、考えさせるものがあった。「ポリスによる警戒が厳しいが、旅行者にとって、それは魅力でもある」。ロンプラの解説ではこう締めくくられていた。書き手の気持ちが何となくわかるような気がした。


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