日本経済新聞社             1999年8月31日

 代表取締役社長 鶴田卓彦 様

            退職届

 公益企業としての新聞社の問題点を指摘した記者を安易に処分する絶望的な経営姿勢に抗議するため、1999年9月末日をもって退職しますのでお届け致します。同時に、処分の取り消しと発生した損失分の返還を求めます。応じない場合は、司法の場での決着を考えます。本件の不当性を雑誌メディアやインターネット上で詳細に訴え、広く社会にその妥当性を問う所存です。

(↓実物コピー)


会社側の見解(佐々・人事部長とのやりとり<録音済>)

――あなたが出した退職届の中身について、詳しく聞きたい

 書いてある通り、処分について不当だと思っているので、抗議するために退職する

――処分の何が不当だと思っているのか。君は既に上申書を出しているはずだ

 あれは脅迫されて書かされたもので、全く本意ではない。3対1で、懲戒免職か依願退社の二者択一だと脅され、12時間も外部と接触できない状態で上申書を書かされた。五回以上も添削され、文面も強制された。後日、懲戒免職など法的に絶対にできないことだと知った

――会社としては、取材源の秘匿が倫理上、重大な問題だと判断したと聞いている

 それは処分の理由のなかの一部であるはずだ。「経営方針を害した」「機密を漏らした」など就業規則の該当箇所がいくつか示されている。就業規則には取材源の秘匿に関して触れている条文はないし、就業規則にない処分は労働契約上、できないはずだ

――しかし、処分を決定した理由は、取材源の秘匿に関するところだけだ、と聞いているが

 もし具体的な企業名を出したことを問題としているならば、それに該当するのは100近いファイルの中の、せいぜい数カ所に過ぎないし、内容も秘匿すべき重大なものではないと認識している。そもそも、HP全体の主旨は、接待や記者クラブといった取材倫理の話がメインであり、企業名や固有名詞などは、主張を展開するための根拠として、たまたま利用した材料にすぎない。重箱の隅を突くようなものであり、処分は全く不当だ

――取材源秘匿は、記者の基本的な倫理違反で、日経としては一部でも重大だと判断したのだ

 そもそも取材源を100%秘匿すべきかどうかには議論があって、欧米は日本の新聞の『秘匿しすぎ』を批判している。秘匿することが、読者や公の利益に反することがあるからだ。それは程度問題であり、当時のインターネット普及率や、書いた内容から判断して、あの程度なら、日経の信用を害するとは思わないと判断した。倫理違反を言うなら、接待や記者クラブのほうが、よほど問題だと思う

――取材源の秘匿は記者の鉄則だというのが会社の判断なんだ

 それは一方的な経営の論理であって、時と場合によると思う。取材源であるNTTから我々記者クラブ員が1人7万円もの接待を受けた実態について、社名を挙げて書いたのは確かだ。それが不特定多数の目に触れれば、日経もNTTも、批判されるかも知れない。NTTから取材拒否される可能性もある。しかし、両者とも公的企業であるし、取材倫理上、度を過ぎた癒着は問題があると考え、こうした事実をHP上で批判することは社会合理性があると判断した。経営の論理よりも、記者の倫理観や公の利益を優先させた

――HPで主張を展開する前に、社内で議論をしたのか

 常に議論はしていた。部長には接待を受けたら半額返す仕組みを作ってほしいと言っていたし、記者クラブの話も、デスクと飲みながら議論したことが何回もある。実名を挙げてもいい。しかし、彼等が決まって言うことは、『それは経営者が決めることであって、末端のおまえは黙って仕事をしていればいい』で、諦めるしかなかった。労組には取材倫理について議論する場さえ存在しない。書記長によれば、過去に議論をしたこともないそうだ。そもそも、日経の『御用労組』ぶりは、業界でも有名だ

――部内でダメなら、局次長や本社の責任者に意見をぶつければいいじゃないか

 まず、所属部長が『どうして俺を飛び越すんだ』と怒って報復人事を仕掛けてくるリスクが極めて高い。それに、今回の件でも、記者の言論の自由という重大な問題なので、言論の責任者である論説主幹の小島氏に、私と同期の記者が意見を書いて送ったが、無視されている。つまり、記者の良心や倫理観を守る手段がどこにもない。最後の手段としてHPを利用した

――それでは、あのページは全く問題がないというのか

 100%ということはないと思っている。当時は社内規定がなかった訳だし、確かに、行き過ぎた面が一部であったかもしれない。しかし、それは、それを契機に議論の材料となって前進すればいいと考えていたし、突然、懲戒処分する会社のやり方は全く予期せぬことで、理解できない行動だ。せいぜい、けん責までなら許容できたと思う。だいたい、あなたは私のページを見たのか。あのページの主旨は、情報漏えいを目的としているわけでは全くなくて、取材倫理の問題点の指摘と改革案についての主張であることは、一目瞭然だ。記者クラブ改革案(A4で5ページにわたる)まで提示している。処分は、経営の論理に反抗的な記者を、若いうちに芽を摘むため、排除するために、重箱の隅を突いたとしか言いようがない

――どうして今ごろになって処分に文句を言い出すんだ

 会社が折れて、九月の異動で取材現場に戻されるなら、もう少しの間、泣き寝入りすることも考えていた。しかし、異動がなく、会社の『飼い殺しにして辞めさせよう』という意志を明確に感じたので、会社を辞めて戦うことにした。(編集局総務の)丹羽氏にも『どちらかが100%正しいなんてことは、この問題に限ってありえないのだから、お互い、最悪の結末は避けてるべきだ』と提案したが、丹羽氏は『会社が100%正しい』と言い張った。私は、それだけは許せない。会社が絶対に折れないというなら、私も徹底的に最後まで戦う。私も裁判費用がかかるので、これは両者にとって、最悪の結末かもしれないが、仕方がない。すべてを明らかにして、週刊誌メディアやインターネット上でキャンペーンを張る。それでも日経を読みますか、と問いかける。読者がどちらを支持するかは明らかだと思っている。五万部は減らす自信がある

――日経は処分と人事は切り離すのが方針だ。あなたの人事も、処分とは関係ない通常の人事だ

 笑わせないでくれ。議論の余地のないことを言わないで欲しい。あなたは人事部長なのにそんなことも認識できていないのか。記者に無記名でアンケート調査してみたらいい。今回の人事は、処分がなくても行われたのかどうか、この人事は報復人事ではないのか、と。結果は明らかだ。「見せしめ」もいいところじゃないか。この会社で報復人事が横行している事実は、先輩からも幾度となく聞いている