「ルネッサンス」/カルロス・ゴーン/2001年、ダイヤモンド社


 この本には、ゴーンの数々の力強い言葉が散りばめられている。「私の経験では、企業の持つ、あるいは育むべき最も大切なものはモチベーションである」「確信を持って断言するが、他人からプレッシャーをかけられたときよりも、自分で自分を駆り立てるときのほうが、人は遥かに大きなことをやってのける」「実行こそ全て――これが私の持論である。アイディアは課題克服の5パーセントに過ぎない」‥‥。実際に実行し成果を挙げてきた人だけに説得力があり、共感するところが非常に多かった。
 「人間らしい、人間臭い」とは、しばしば失敗や弱さを意味する表現である。その点では、エントロピー増大の法則に真っ向から反する正確無比なゴーンの生き方は、まるで生きた機械のような無機質な印象があり、人間らしさはない。しかし一方で、生き物のなかでは最も進化した最高の知的生命体、つまり無秩序さとは対極にある「超人」とも言えるのではないか。
 ゴーンが得意とする現場主義、クロスファンクショナルチームによる問題解決は、様々な社会問題を解決する上で、大きなヒントとなるだろう。日本の構造問題を担当するCEOとして迎え入れたいくらいである。(2001.11)

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 ありがたいことに、私の通った学校には優れた教師がたくさんいた。‥‥ラグロヴォール神父はその後の人生にも十分通じる教訓を与えてくれた。物事には明晰さ、完結さが必要だという教訓である。‥‥『アマチュアは問題を複雑にし、プロは明晰さと簡潔さを求める』『まず耳を澄ませなさい。考えるのはそれからです。大事なのは、自分の考えを可能な限り分かりやすい方法で表現するように努め、何事も簡潔にし、自分でやると言ったことは必ずやり遂げることです』

 当時の体験を振り返ってみると、管理者が現場の状況を把握していないとどうなるかがよく分かる。生産現場についてのマネジメント側の認識は現場の実情とはほど遠く、私は管理者の役割について疑問を感じないわけにはいかなかった。‥‥私はこの経験から、従業員たちが知識や教育を心から渇望していることに気づいた。上に立つ人々はその事実に気づいていなかったし、気づいていたとしても対応しようとはしていなかった。従業員が出世の道を拓き会社にもっと貢献できるような訓練をどれだけ切実に求めているか、このときに限らず私は何度も痛感した。私は生産現場の現実とマネジメント側の認識のギャップが、沈滞した労働環境を作り出していると感じた。

 ブラジルでの経験は、革新的で、厳しく、そして報いも大きかった。‥‥このとき私は、スピードと正確な分析の重要性を学んだ。遅れ、先送り、決断のための会議招集といったぜいたくは許されなかった。

 たしかに植林は収益の面では会社に恩恵をもたらさなかったが、絶滅の危機に瀕した樹木の保存、そしてこの地方の気候と環境の改善には大いに役に立った。それにもまして重要なのは、会社と労働者とマネジメント・チームのあいだに心の絆が生まれたことだ。これは無形の資産ではあるが、ミシュランにとっては非常に貴重な長期的な資産である。

 アードモア滞在中に私は、今回の災害で工場関係者が失職する心配はないとの声明を新聞に発表した。‥‥アードモアの災厄を経て、私の中に確固たる信念が生まれた。リーダーはみずから現場に出て、部下を心から案じ、支えようとしていることを伝えなければならないという信念である。過酷な状況では、とくにそれが大切だ。口先で何を言っても従業員は受け入れはしない。  
 私には、CFTが、行き詰まった状況や力不足の状況を打開する唯一の方法に思えた。さまざまな部門の人々を集めて特定の課題――たとえばコスト削減、品質向上、リードタイム短縮、収益改善など――を与えさえすれば、あとは彼らが大いに力を発揮するのを見守っているだけでいい。

 2ヶ月のあいだ、私はルノーという会社について、さらには人々が何を考えているかを知るために、工場を訪ね、サプライヤーと話し、欧州の販売拠点を回った。これは問題の核心を把握するとき私が常に取る手段である。

 『そのアイディアは3年前に試してみましたが、うまくいきませんでした』この種の反応は、ルノーの人々が、アイディアそのものは重視するものの、それを実行するという部分を軽視していることを物語っていた。彼らはアイディアにほれ込み、延々と議論するくせに、実行のための詳細を十分に検討することもなければ、進捗状況を厳密にモニターするということを怠っていた。実行こそ全て――これが私の持論である。アイディアは課題克服の5パーセントに過ぎない。私は社員に、以前に試して良い成果を得られなかったとしても、それは必ずしもアイディアが悪かったという証拠にはならない、実行方法が不適切だったのかもしれない、と言い聞かせた。

 日本では伝統的に副社長が長々と熱弁をふるうことはない。話すとしても、時折口をはさんで言葉少なに意見を言う程度だ。会社のナンバーツーが上着を脱ぎ、ワイシャツの袖をたくし上げて、自分で作った図表を指しながら説明するという光景は珍しかったようだ。3時間のあいだ、私の頭の中は伝えたい事実と数字でいっぱいだった。そんな様子がある種の感銘を与えたのかもしれない。

 私はマネジメントの責任とは、会社が持つ潜在能力を開発し、それを100%具現化することだと考えている。‥‥ガイドラインや優先順位の設定もマネジメントの仕事だ。私のマネジメント・スタイルはフォローしやすく一貫性があると評されることがある。事実そうだとすれば、できるだけ明確なガイドラインを示し、重要度に従ってやるべきことの優先順位を決めるようにしているからである。こうすれば社員にも物事がはっきり見え、効果的な行動を取ることができる。社長の仕事は、会社の中に見落とされがちな部分や曖昧な部分を残さないことにある。可能な限りあらゆる場所に光を当て、トップが会社のあらゆる分野を公平に扱っていることを示していかねばならない。日産社員の多くは、私がなぜ会社運営のあらゆる面にそこまで首を突っ込むのか戸惑っていた。しかし、私はミシュラン入社当初に工場で働いた経験から、マネジメントが会社の現状を詳細に把握していなければ会社を正しく導くのは難しいと思っていた。私は人からもらうデータや情報だけに依存するつもりはない、と全社員に言った。

 日産は細かな部分であれこれと経費削減に努めていた。エグゼクティブ経費にもメスが入れられ、たとえば海外出張時にビジネスクラスを使うのをやめたりした。社内でも紙や事務用品の節約を呼びかけ、冷暖房も過度の使用を控え、夕方ある時刻以降休止する措置まで導入した。こうした措置は、実際には社員に罰を与えているだけで、本質的な問題解決につながるものではない。暖房の設定温度を一度下げるのは、コスト削減のための優先順位設定からの逃避である。冷暖房費の削減をするのもいいが、問題の核心に手を着けないのなら、いつまでたっても財政難から脱出することはできない。優先順位を決め、それに従って行動するべきである。どこに問題の核心があるかを知るには、損益計算書を見なくてはならない。調達コストが総コストの60%を占めているなら、まずその分野を優先順位に従って徹底的に分析しなくてはならない。‥‥優先順位を正しく設定し直すためには、2つのステップが必要である。第一に、プランニングを中央集権化すること。第二に、実施に際しての明確な責任系統の確立である。社員全員が一点のあいまいさもなく、誰が意思決定し、誰が実施責任を負うのかを分かっていなければならない。

 日産リバイバルプラン(NRP)の作成を外部コンサルタントに依頼するのは、明らかにおかど違いというものだった。何度かのディスカッションのあと、私たちは次の合意に達した。『信頼性を確保するためにも、この計画は日産内部で作成する。そうすれば、これは我々が立てた計画だ、これは我々のものだ、と胸を張って言うことができる。』では、どのようにして作成するか?答えはクロス・ファンクショナル・チーム(CFT)の設立だった。‥‥そもそも顧客の要求はクロス・ファンクショナルなものである。コストにせよ、品質にせよ、納期にせよ、ひとつの機能やひとつの部門だけで応えられるものではない。どんな会社でも、最大の能力は部門と部門の相互作用の中に秘められている。しかし、どの会社にも概してこの隠された能力を無視する傾向がある。‥‥CFTには現状を変えたいという意欲を持つ、有能で見識のある人材を投入しなくてはならない。適任者をCFTに集めたら、次にマネジメントとCFTのあいだに適切なバランスを保たなくてはならない。CFTが強すぎると、マネジメント側は『彼らがやりたいなら、私たちとは無関係にやらせてみればいい』と言ってあまり協力しなくなる。逆にマネジメント側が強すぎると、CFTは何か提案するたびに壁に跳ね返される気がして、やるだけ時間の無駄と感じるようになる。両者のあいだにはほどよいバランスが必要だ。これこそが優れたマネジメントの要諦である。

 私たちは9つのクロスファンクショナルチームを作った。取組んだテーマは、@事業の発展、A購買、B製造・物流、C研究開発、Dマーケティング・販売、E一般管理費、F財務コスト、G車種削減、H組織と意思決定プロセス――である。さらに、リバイバルプラン発表後に設備投資を担当する10番目のCFTが加わった。

 1984年、コマツとの仕事で日本に行くことになった。日本では同社の人たちと打ち合わせをしたり、掘削機の組立て現場を見せて貰ったりしたが、初めての訪日で特に印象に残ったことが2つあった。ひとつは全従業員がユニフォームを着ていたことである。ミーティングはテーブルを囲んで行われたが、みなが同じ服を着ていて、来訪者には誰が誰なのか、どの人が管理職なのか、見た目ではまったく識別できなかった。会議中、話をしたのはおもに若手社員で、上司たちはほとんど口を開かずただ聞いているだけだった。‥‥ボスが話し、他の人たちは聞くだけでほとんど口をはさまないフランスの会議風景とはまったく正反対だった。もうひとつ驚いたのは、工場のオペレ―ションが非常にシンプルだったことである。ヨーロッパでは生産力とテクノロジーが複雑に結びついているというイメージが強いが、日本ではこの2つが実に簡潔に結びついていた。

 アイデンティティーを過度に重視するとシナジーを生み出すことが難しくなる。逆に、シナジーばかりを重視してアイデンティティを軽んじれば、モチベーションを損なうことになる。私の経験では、企業の持つ、あるいは育むべき最も大切なものはモチベーションである。モチベーションは会社のすべてを左右する。そして、モチベーションはアイデンティティと帰属意識から生まれる。社員は自分の会社を大切に思い、会社に帰属感を感じられるようでなくてはならない。そうでなければ、残業したり、昼夜を徹して問題に取り組んだりしない。モチベーションの源たるアイデンティティが失われれば、ことなかれ主義がはびこり、業績に悪影響が生じる。‥‥私たちは両社のアイデンティティの維持にとりわけ配慮をしている。

 ルノー株の取得は日産の一部の人々の感情的な問題だということは理解できる。しかし、私たちはビジネスの世界にいるわけで、感情に引きずられた決断はすべきではない。決断は価値創造と優先順位の観点から行われるべきだ。そして、現在の日産の最優先課題はコア・ビジネスの再建なのである。

 2001年初頭に、日産の労働組合と春闘の交渉を行ったときのことだ。私は交渉半ばにして彼らの要求するボーナス額を承諾してみなを驚かせた。承諾したのは彼らが要求が妥当に思えたからだ。私は日産リバイバルプランが株主だけではなく、社員のためにもなることを示す意思表示をしようと考え、要求額に『OK』を出した。ところが、交渉団のメンバーは、もう2週間ほどボーナス交渉を続けなければならないと主張した。『何のために?』とたずねながら、私はまだほかに要求があるのかと思った。すると、とくに要求はないが、あと2週間話し合って、決められた集中回答日まで待つのがいままでの手順だと言う。‥‥私たちに無駄なことをしている余裕はない。

 業務の遂行を任せるということは、制約のない権限委譲をすることではない。会社には守らなければならないガイドラインや優先順位や重要目的があり、これが社員全員の活動や行動を導く。明確なガイドラインや優先順位もなく、権限だけを与えたりしたら、各人が別々に好き勝手な方向に進むことになるだろう。これでは個性も意欲も情熱もない会社になってしまい、部門間の衝突が多発し、領主同士が争う封建制度さながらの状態になるだろう。これでは会社の業績は上がりようがない。

 私たちは新しいマトリックス組織モデルを導入した。日産が事業を行っている地域を日本、北米、欧州、その他の4つに分け、これを地域軸とした。それとは別に、職務内容によって日産をマーケティング・販売、商品企画、技術・開発、生産、購買、経理・財務、人事、コーポレート・サポートなどに分けて、これを機能軸とした。この2つの軸が交差してできるマトリックスに従って世界の日産を運営していこうというのがマトリックス組織である。2つの軸があるために、社員は2つの責任を負う(2人の上司を持つ)ことになる。‥‥目標に到達できなければ、給料やボーナスはもちろんのこと、本人の総合的な評価にまで響いてくるため、プログラム・ディレクターは事態を深刻に受け止め、この問題について地域マネジャーと話し合うことになる。地域マネジャーも同じ状況にある。このように、現在の日産の組織モデルは、あらゆる問題や対立を表面化させることで、会社の成長を確かにする解決策を導き出そうとしているものである。

 確信を持って断言するが、他人からプレッシャーをかけられたときよりも、自分で自分を駆り立てるときのほうが、人は遥かに大きなことをやってのける。私はミシュラン時代に、得難い体験を2つさせてもらった。ひとつは、若いうちに大きな責任を任され、やり遂げたことである。‥‥2つ目は、フランソワミシュランが私に全面的な権限を与えてくれたことである。‥‥これは人を動かし、会社を率いる方法として、実に適切な方法である。戦略を中央集権化し、ガイドラインや基準を確立し、重要な目標を明確に示し、長期目標を立てる。この作業が終わったら、しかるべき担当者を選んで、あとはそのチームにバトンを渡して走らせればいい。