「やりたいことは全部やれ!」大前研一/2002年1月、講談社

 大前さんほどにグローバルな活躍をし、かつ、グローバルに遊んで来た人も珍しいと思うので、こうした情報は共有されるべきだし、後進にとって参考になる。「死に場所」論は面白い。それにしても、大金持ちだからこそできることではあるが、、、。(2002.1)

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 当時ヤマハの正式な社名は「日本楽器製造」であった。しかし楽器のブランドはヤマハで、発動機もヤマハブランドを使っていた。源一さんからすると、両方とも自分が技術を育てて作って来た兄弟会社だから、何も問題はないじゃないか、ということになる。しかし、世界企業としてはそうはいかない。同じブランドを2つの会社が使ってれば、PLなどで問題となったとき、両社とも当然甚大な影響を受ける。実際、東芝機械のココム違反事件では、親会社の東芝の社長と会長が引責辞任をさせられている。そうしたことから、私はいずれ両社がホールディングカンパニー(持株会社)を形成し、1つになることが望ましい、と思っていた。‥‥

 プエルト・アマロ(マデロ港)。全長6キロもある運河に沿った赤レンガのモールである。‥ここには、私の大好きなアルゼンチンの肉料理屋がある。クリントン前大統領もご贔屓にしたという「カバナ・ラス・リラス」という店である。半分は室内だが、残る半分は運河沿いのプロムナードに面した屋外に席がある。アルゼンチンでは牛肉のほうが鶏肉よりも脂肪が少なく健康にもよい、というのが定説となっているが、それをまさに実感させてくれるのがこの店である。

 ‥南米のジャングルの中にあるイグアスの滝も、おそらくそういうところなのだろう。でも、正直言って私は2度も行ってしまった。そして、見るものも、することも、食事も、すべて大満足だった一回目と同じことをした。‥さてイグアスに行って、イタイプ河で命の危険にさらされながらも、そこまでして滝を見る価値があるのか、というとこれが大ありなのである。

 ‥大前さんはいろいろなところに行っているが、いちばん珍しいところはどこですか、と聞かれれば、私は躊躇なくアイスランドと答える。アイルランドではない。アイスランドである。‥アイスランドの首都は、米ソ冷戦の終わりの頃にゴルバチョフとレーガンが会談した場所として有名なレイキャビクである。このアイスランドは、先進国で構成されるOECDの立派なメンバーであり、1人あたりのGNPも世界でトップクラスにある。しかし、人口は28万人しかいない。神奈川県の平塚市と同じ規模である。‥人口あたりの美人の数、という統計をどこかで見かけた。‥これで見ると、アイスランドはダントツ世界一。桁1つ他を圧倒している。‥ちなみに、このような統計でいつも上位に出てくるのは、南米のベネズエラかコロンビアである。アメリカ、イギリス、日本などはあまり縁がない。‥彼等いわく、『この国は火山と氷河に覆われた、世界でもっとも厳しい地形と天候に恵まれ≠トいる』。この覚悟はすごい。厳しさに恵まれている、というのは、日本の漁師や農民に、いや日本人すべてに贈りたい言葉だ。‥2度行きたいとは思わないが、一度ゆっくり行ったおかげで、国とは何か、人々はどんなところでどのような生活をしているのかということについて、改めて考えさせられた。今まで私の持っていたすべてのマトリックス(知識の網)の外側に、1つの大きな点をプロットさせてもらった。

 ‥そうこうしている間にドバイに入り、ジャメイラビーチホテルに着いた。と、まあこれがド派手なホテルなのだ。私も世界中の一流ホテルにはほとんど行ったことがあるが、これぞまさしく、現存する世界のホテルの中でも折り紙つきの超豪華絢爛世界第一位間違いなし、という感じである。

 ‥地球を歩き回ってきた経験からすれば、世界には絶対にここしかない、というユニークな場所と、どこか他のところで見たような場所だな、という2通りがあることが次第にわかってくる。たとえば、フィヨルドなら誰でもノルウェーと言うが、似たようなところはチリ南部にもカナダの北東部にもある。パラオの、水際がくびれたマッシュルーム状の岩や島はまことにユニークで、水の透明度とともにまさに地球上でもっとも美しいものの1つだと思うが、フィリピンの南西にあるパラワン島の北部、エル・ニドあたりではまったく同じ光景に出くわす。

 ‥ほとんどの日本人は、牛肉は和牛がおいしいと思い込んでいる。しかし大半の霜降り肉は、アルゼンチンやオーストラリアの「本場」では、脂肪過多の病気の肉と思われている。事実、オーストラリアでは日本向けに育てられた牛は、国内では販売を禁じられている。‥アルゼンチンでは牛肉は野菜よりも体によいと思われているが、それはすべて赤身の肉で脂肪がないからである。これに岩塩をふりかけ、串刺しにして炭火で焼いたものは、うまくて柔らかい。赤ワインはこういう時のためにあるのか、と思わせる。日本ではアルゼンチンからの肉の輸入が禁止されているのでどうしようもないのだが、現地とほとんど同じ味のものを食わせるところが一軒だけある。銀座の「グレタ・ガンボ」という店である。しかし、いつでも食べられるわけではないので、あらかじめ電話して「あれわるかい?」と聞いてから出かけなくてはならない。‥今は、ロスの南に約40分行ったハンチントンハーバーにある「キャプテン・ジャックス」が一推しである。‥昼間見ると難破船かと思うくらい汚いが、夜になればろうそくの薄明かりの中で、いい雰囲気を醸し出す。‥ここではクラム(蛤)の鉄瓶蒸しを注文しよう。日本人ならこれがこたえられないほどうまい、と感じるはずである。‥メインディッシュはローストビーフだ。これが何と5センチほども厚さがある。‥私はここにすでに何十回も通っているが、じつはもう1つ食べてもらいたい料理がある。アラスカガニ(アラスカン・クラブ)である。‥フロリダのストーンクラブ(日本ではジョーズとして東京、大阪でも食べられるようになった)も感激するが、これは冷たいものにマヨネーズ風のソースをかけて食べる。このキャプテン・ジャックスのアラスカガニは、熱いまま、塩とバターを溶かしたソースで食べる。何もつけなくても肉自身に旨味がある。

 ‥それで世界中を旅行して、これこそ「死に場所」と思ったところがいくつかある。‥第一に思い浮かぶところが、オーストラリアの西の端、パースから北へ車で2時間くらい行ったところ、ランセリンという小さな町だ。ここから海岸に出るのである。海岸はそこから北に向かって続いている。この美しさ、寂しさは半端じゃない。‥東海岸にもフレイザー島やストラッドブルック島などに白砂の美しい海岸はあるが、西海岸はその美しさに加えてメランコリックなのである。おそらく文明からいちばん遠く、美しくても訪れる人のいないところ。もしかしたら人の住む場所じゃない、いや神が住む場所かもしれない、という感覚が自然に芽生えてくるくらい、ここはスポイルされていない。

 ‥日本の中では4箇所で、その1つは徳島の鳴門の渦の見える丘の上である。‥2つ目もやはり四国で、四万十川流域である。ここは大自然が残っており、清流でしかも暖かい。人が少ないのも、またしばらくは過疎が続くであろう現状も気に入っている理由である。‥3箇所目はなんと本州最南端、開聞岳の麓である。ここは、死ぬタイミングが一月末なら決定、というくらいのお奨めの場所である。なにしろ、東京あたりではまだまだ寒い1月に菜の花がいっぱい!なのである。‥4番目はどこか。これは言わずとしれた蓼科(長野県)だ。私が蓼科をどのくらい好きかといういと、もう20年以上にわたって毎年何十日も行っている。‥オーストラリアのゴールドコースト付近には、たくさんの美しい島がある。ここは、私にとっては海外での「死に場所」の1つである。この10年くらいの間にほとんどの島を訪れたが、いずれも森の青さと砂浜の白さが特徴的だ。ゴールドコーストに行くと、一日観光コースでサウス・ストラッドブルック島に行く人が増えてきた。観光船で行くのは内海だけだが、じつはこの島の外側の砂浜がすばらしい。誰もいない兵他な砂浜が20キロくらい続いているのだ。‥そして、この島の北のはずれが、私の「死に場所」候補地である。ここにはいつ行ってもペリカンがたくさんいる。

 ‥親は子供より早く生まれたぶん、人生経験が豊富だ。だが、世の中が大きく変化し、それまで当たり前とされてきた前提自体が崩れている時代では、経験を持っていること自体がマイナスに働く。明治維新がいい例だ。300年近く続いた江戸幕府の中枢にいた人たちは、過去に束縛され、何も改革できなかった。維新の中心は20代の浪人、しかも土佐、薩摩、長州など江戸から遠く離れた「田舎」の人間である。彼等は経験がないからこそ自由であり、改革の担い手になれたのだ。

 ‥子供には、「自分のやりたいことを貫け」「自分の考えを優先しろ」というほうが彼らのためになる。なぜなら、子供のほうが時代の息吹きに敏感であり、子供が感じている世界のほうが正しいからだ。今の時代に大事なことは、「上を見ないで下を見る」ことだ。

 ‥私が息子たちに強調したのは、「自分に対する責任、家族に対する責任、社会に対する責任、日本人として日本という国に対する責任――この4つの責任だけはつねに自覚していろ。あとは自分の好きなことをやれ、自分の人生は自分で決めろ」ということだ。大事なのは子供の能力を信じてあげることだ。子供の能力とはどんな社会になっても生き抜く能力であり、それは学校では身につかない。

 ‥具体的には、たとえばハミガキ粉はクリニカ、シャンプーはメリット、シェービングクリームはシックのジェル、頭髪クリームはオリジン、髭剃りはジレットの3枚刃、目薬はアスティ、口臭防止はリステリン、リップクリームはメンソレータム、ガムはブラック&ブラック、と決まっているのである。‥当時は、朝食に永谷園のお茶漬けの素と朝日食品の瓶詰めのシャケを御飯に混ぜ、梅干し一つ落としてお湯を注いで食べる、と書いた。それから15年以上になるが、その習慣はいまだに変わっていない。‥手帳に関しては、もう20年近く能率手帳を使っている。‥ここ10年愛用しているTUMIは、同じものばかり3回続けて買っている。‥私のコンセプトは、座ったまますべての用が足せることで、当時からすでにパソコン用に少し低くした渡り板を使っていた。‥さて、私が本来それほど重要ではないことに、このようなこだわりを持つには理由がある。あくまで生活を簡単にし、ものを忘れたり、いちいちどうしようかと迷わなくてすむからである。

 ‥だいたい不動産の総価値と一国の経済規模とは相関がある、と考えるのが常識である。なぜなら、土地は価値を生むための手段だからだ。よほど特殊な場所でないかぎり、これは商売をやった場合の得べかりし利益の現在価値(専門用語ではこれを収益還元価格という)で決まる。日本の不動産の総価値は10年間で約800兆円下落して、現在約1600兆円と試算されている。それでも、日本のGDPはおよそ500兆円だから、まだその3倍もあることになる。‥自分の人生、自分の人生、とお経みたいに唱えてもらいたい。