頭痛の種

――――この船には無茶をするヤツばかりが乗っている。
もっともその無茶に見合うだけの化け物じみた連中揃いではあるのだが、もちろん人間である以上その化け物っ振りにも限界ってモンがあって、ルフィはクロコダイルから受けた毒で二日間意識不明だった。ゾロは相変わらず寸暇を惜しんで?寝ている。そして…――――


 長かったアラバスタでの戦いが終わり、偉大なる航路に突入以来旅を共にしたビビと涙の別れをし、ミス・オールサンデーことニコ・ロビンが加わり、記録を空島に奪われ、変なサルに出会って、巨大な化け物に遭遇して、目下GW号はサルから盗んだ永久指針に従ってジャヤという島に向かっている。

 ジャヤは春島らしく、ぽかぽかいい陽気だ。気候が安定してきたので見張り以外のクルーたちは思い思いの場所でのんびり過ごしている。
 冬島育ちのチョッパーは初めての『春』に目を輝かせている。ドクター・ヒルルクからよく聴かされた桜の咲く季節だ。
憧れの季節を満喫すべく船首で日向ぼっこをしながらもチョッパーの身体は常に船室のほうを向いている。
ここなら正面からキッチンの扉が見えるからである。
 現在キッチンにはその主であるサンジが待機して、というか押し込められている。


 ひとしきり騒いでジャヤへと進路を定めた後、サンジの不調に気付いたのはゾロだった。
いつものように小競り合いを繰り返していたゾロは襟首を引っ張るサンジの手首を掴んだ途端眉を顰めた。そのまま手をもぎ離すとチョッパーの方へ突き飛ばす。

「「うわああああ!!!」」

 折り重なってひっくり返る二人にクルーたちが笑い声を上げる。
だが見事にサンジの下敷きになったチッョパーは、重なったサンジの体の熱さに目を見開いた。本来サンジはあの血の気の多さが信じられないほど体温が低い。
「ああ、悪りぃ」
苦笑しながら謝る息も熱い。
立ち上がって仕返しに行こうとするサンジの手をチッョパーはとっさに捕まえる。
「?何だ」
脈も速い。明らかに熱がある。
「サンジ!お前熱あるぞ!!」
「あ?」
ホントに判らない、といった顔で首をひねられる。

「何だ?サンジびょーきか?」
ナミが倒れて以来、熱とか病気とかいう単語に反応するようになったルフィが羊の頭から飛び降りてくる。
「いや、違うだろ?」
本人にまったく自覚が無いのだから始末に負えない。
「ゴムゴムの〜〜〜熱測り」
みよん、と伸びた手がサンジの額に当てられる。
「うおっ!サンジ熱いぞ!?ナミん時より冷たいけど熱ィ!!」

――――きっと傷と疲労からくる発熱だ。
チョッパーは自分の見落としに唇を噛み締める。
 この船に乗っているものは皆無茶をする者ばかりだ。だがその中でも無理をするのがサンジだった。
他の連中も同じように無茶をするがそれと同じくらい己の体の欲求にも正直だ。自分の身体に必要な休息を知っている。ルフィは戦いと食事以外は遊んでいるようなものだし、非常識な鍛錬を繰り返すゾロもそれ以外は大抵寝ている。
唯一の例外がサンジだ。タフさだけなら下手をすればゾロよりも上かもしれないこの料理人はその頑強さが仇になっている。
なまじ動けてしまうだけに己の身体を省みないのだ。
 考えてみればチョッパーが仲間になった時、既にサンジは重傷を負っていた。雪崩に巻き込まれたと言っていたが、チョッパーが治療をしたあばらはおそらくそれより前にも折れていた形跡があった。
その後アラバスタでもかなりダメージを負っていたはずだ。手当をしたアラバスタの医師から説明を受けただけだが、骨折と無数のヒビ、内臓も傷付いていたらしい。

 それでもサンジはいつも通り振舞っていたので、いつものタフさから考えて大丈夫なのだとチョッパーも思い込んでいたのだ。
確かに気を張っている間は本当に平気だったのだろう。だが危険な海域を抜け緊張が解けた途端忘れていたダメージが一気に降りかかってきたのだろう。

船医である自分がしっかり休息を取らせるべきだったのだ。

「サンジ、休まなきゃダメだ!」
部屋へ連れて行こうとするとするりとかわされる。
「でもオレそろそろおやつ作ろーかと」
「そーだぞサンジ。休んでおやつとメシ作ってくれ!!」
「いや意味わかんねーから…」
「一日くらいおやつ無くてもいいから寝てなさいよ」
「んなもん寝りゃあ治る」

 口々に叫ぶクルーたちにサンジはバツが悪そうな顔をしている。他人に心配される、というのが不本意なのだ。
「オレすぐ薬調合するからっ」
「…んだよ。どって事ねェよ、これくらい」
「でもっ、でもっ オレサンジが怪我してんの知ってたのに…のにっっ」
後悔から大きな目を潤ませるチョッパーに困ったようにサンジが笑いかける。

「判ったよ、じゃあキッチンで大人しくしてっからメシだけは作らせてくれよ、な?」
別に立ってられない訳じゃないし、と少し譲歩したサンジにチョッパーは渋々うなづく。
「薬も飲むんだぞ!」
「判ったから泣くなって」
「泣いてねェぞ!!」
「はいはい」


 そんな訳で、今キッチンにはサンジが休んでいる。あの賑やかなコックが静かなのは薬を飲ませたから眠っているのかもしれない。
チョッパーは退屈したサンジが働き出さないように見張っているのだ。

あー…それにしても
「春はいい気候だな。カモメも気持ちよさそうだ」

 そしてそのカモメが突然何者かに撃ち落されて新しい騒動が幕を開ける。










余談
 嬉々としてモックタウンに上陸したルフィとゾロを追ってナミが駆け出した途端、静まり返っていたキッチンのドアが開く。どんなに体調が悪くともラブコックの探知機能は衰えないらしい。

「何だよ、ナミさんが行くんならおれも行くぞ!」

「「お前はいくなぁ!!!」」
ウソップとチッョパーの叫びが気持ちよく晴れ上がった空にこだました。


 
2002.04.22 HINO TAKAMURA

この後チョッパーは泣き落としでサンジを引き止める技を覚えたようです(笑)
何で熱ネタかというと、私が熱を出したから。