岩湧山登山

  ある日「金剛・葛城」の地図を広げていた。和泉山脈の山々が掲載されている。和泉山脈は大阪、奈良、和歌山の県境を南北へ縦走する山脈である。尾根には「ダイヤモンド・トレール」という登山道が整備されている。こうして山の地図を眺めているだけでも楽しい。
  北から二上山、大和葛城山、金剛山とかつて登った山々を巡って行くと、次に岩湧山(いわわきやま)が目に留まった。大阪府河内長野市に聳える標高897mの山である。
  近畿のいろんな登山愛好者のhpを見ていると、大抵の方が登っている。私は未踏であった。地図で確認すると、四方八方にいろんなヴァリエーション・ルートがあって面白そうだ。
登山日:2004年1月10日 (晴れ)

コース:野外活動広場駐車場 10:10 〜 10:15 野外活動広場 10:25 〜 10:27 岩湧寺 10:27 〜 10:33 急坂の道登山口 10:33 〜 11:23 東峰 11:28 〜 11:35 岩湧山山頂 12:13 〜 12:18 東峰 12:18 〜 12:35 紀見峠への分岐 12:35 〜 12:55 水場(昼食) 13:40 〜 14:00 急坂道との分岐 14:00 〜 14:08 四季彩館(休憩) 14:18 〜 14:30 駐車場



第1駐車場
  岩湧山へは大阪府、和歌山県どちら側からでも登れるが、今回は一番最短のコースである、大阪府河内長野市の野外活動広場から登ることにした。
  しかし我が家から河内長野市は遠い。河内と名が付くが、もう位置的には泉州に近い。同じ近畿圏内とはいえ、泉州へは滅多に行く機会がないのだ。朝6時半頃に家を出て、国道24号線、同25号線、170号線と走って、県道を岩湧山麓へまっすぐ道なりに進んで行くと、次第に道が細くなり出した。谷間の集落をいくつか過ぎて、川に沿ってクネクネと走り、野外活動広場下の第6駐車場の標識が見えたが、一番上の第1駐車場を目指した。各駐車場にはちらほら車が停まっている。
 第1駐車場には既に2台の車が停まっていた。
  準備運動をして、出発する。野外活動広場へは舗装道路を歩いて行く。あとで気がついたことであったが、下の第2駐車場前から林の中を通る石畳の散策路が広場へ通じていたのだ。道理で第2駐車場には車の数が多かったわけだ。

野外活動広場へ


野外活動広場へ
  野外活動広場はキャンプができる。シーズンオフの今は誰もキャンプをしていないようで、テントサイトは閑散としていた。

  この辺りは岩湧ノ森と称され、1995年に散策路や広場、施設等が整備された。
  広場からさらに舗装道路が登山口へ延びていたが、近道するべく、四季彩館への階段を上っていくことにした。まだ古くない木製の階段が心地よい。

四季彩館へ


四季彩館
  四季彩館は岩湧山の自然を紹介する施設で、いろんな動植物の写真、図書等が展示されていて、中で休憩できる。建物の外では、これから岩湧山へ登る中高年のご夫婦が地図を広げて、ルートの確認をしていた。私は挨拶を交わして、先へ進んだ。
  四季彩館の上に岩湧寺がある。四季彩館前の階段を上って、立派な杉に導かれるように歩いて行く。

岩湧寺へ


岩湧寺
 岩湧寺は大宝年間(701〜704)に役小角(えんのおずぬ)が開基した古刹である。 山伏たちの修験道の道場として栄え、境内には本堂、多宝 塔、庫裏が建ち、中でも三間二層の多宝塔は重要文化財に指定 されている。
  境内では麓の集落から走ってきたマラソンの人達が一息ついていた。
  寺の上に登山口があった。道はすぐにいわわき道と急坂道に分岐している。どちらからでも山頂へ行けるが、急坂道は文字通り、急坂できついらしい。いわわき道は比較的緩やかな登りでそれ故遠回りであるが、家族連れはこちらを上りに選ぶようだ。私は下山をのんびり歩きたかったので、上りに急坂道、下山にいわわき道を選択した。

  登山道(散策路)は他にも「みはらしの道」や「ぎょうじゃの道」等がある。


急坂道登山口で(私の右から
急坂道、後ろにいわわき道)


きつい登り
  最初からきつかった。木で造られた階段をゆっくり登って行く。後から先ほど四季彩館の前で地図を広げていたご夫婦が登って来た。いわわき道の分岐でどちらから登ろうか思案されていた様子だったが、急坂道を選ばれた。
  季節を通して、ほとんど変化がない針葉樹と、色褪せた雑木の間を登って行く。汗がドンドン顔を滴り落ちて行く。天気は薄曇で、時折寒そうな風が木々を揺らせて通り抜けて行く。
  天気は崩れるのであろうか。不安な色の空だ。
  早くも下山してくる登山者が1人、2人とすれ違った。




途中で見かけた看板
 ヤマウルシの木についての注意書きがあった。私自身はまだウルシに触ったことも被れたこともない。登山道にこのような手書きの看板があるのは何となく嬉しい。単なる登山道だけではなく、自然を観察する道なのである。

  植林が途切れて、道は自然林の中を九十九折に登って行く。すっかり葉を落とした広葉樹の林の中はは隅々まで光が届いていて明るい。枯葉が地面を敷き詰め、歩くとカサカサ鳴って心地よい。これらの木は何の木だろう。ガイドブックにはブナ、アカシデ、ミズキ等と書いてあったが。
  木々を通して、麓の河内長野市が見渡せる。






自然林の中へ



東峰
  別にデッドヒートを繰り広げている訳ではないが(笑)、先ほどのご夫婦と抜きつ、抜かれつ、急坂道を登って行った。
  やがて最後に杉林の中の急坂を登り詰めるとようやく、東峰と呼ばれる尾根へ出た。ダイヤモンド・トレールに突き当たる。右は岩湧山山頂へ、左は紀見峠を経て金剛山へ向かう。
  ダイヤモンド・トレールとは北は屯鶴峰(どんずるぼう)から南は槙尾山(まきおさん)まで、和泉山脈の山々を尾根伝いに結ぶ総延長約45kmの自然歩道である。かつて登った二上山、大和葛城山、金剛山もこの自然歩道で結ばれている。 
  (以下、ダイ・トレと略す)
  尾根は人通りが多い。紀見峠へ向かう人、紀見峠からやって来た人、いわわき道へ向かう人等、人が途切れることがなかった。
  ここから岩湧山山頂へはすぐである。薄暗いが、直立する杉木立が整然としていて、気持ちよい。


岩湧山山頂へダイ・トレを行く


鞍部へ
  すぐに木の階段を下る。前方が明るい。山頂へは一旦下って登り返すようだった。
  鞍部には軽トラックが3、4台停まっていた。ここまで車道が通じているようである。モーターの音が聞こえてくるので、何か作業しているのであろうか。この時点ではその作業が何であるかはわからなかった。

  鞍部からは、カヤ原の開けた登りとなる。もう山頂はすぐそこであった。


山頂へ


岩湧山山頂の三角点と
  山頂は標識と三角点があったが、狭かった。三角点は道の真ん中にあるような感じである。
  側に木製のベンチがあった。
  山頂付近は一面カヤの草原である。穏やかな風景だ。春夏にはグリーン一色に染まってさぞかし、長閑な景色が展開されることだろう。
  ただ遮るものがないので、今は冷たい風が吹き荒んでいた。
 山頂の南側に展望台があり、こちらの方は広くてベンチが幾つかあった。そちらの方へ向かうことにした。
  猛々しい数人のおばちゃんの笑い声が聞こえてくる。よく見ると展望台下のカヤ原の中で、6、7人の中高年女性のパーティーが食事をとっていた。グループ中に男性が2人混じっていたが、おばちゃん達の声が大き過ぎるのか、2人の声が消されて聞こえてこない(^^;。


展望台


三国山
  展望台からは北、西、南への展望が開けている。東側は植林に遮られていた。
  南側へもまだ和泉山脈の尾根が続いていた。一番高く聳えているのは三国山(標高885m)であろうか。ダイ・トレはあの山まで行かずに、手前の槇尾山で終わっている。

北西への展望

  北西への展望は文句なかった。あいにく遠方は霞んでいるが、申し分ない展望である。右側手前から金剛山、大和葛城山がデンと構えている。そしてその左端に小さな二上山が消えかかっているように見える。ダイ・トレはあそこまで続いている。
  眼下には河内長野市を中心に大阪府の郊外が限りなく広がっている。
  ベンチに腰掛けて、熱い紅茶とパンを食べながら、しばらくこの風景を楽しんだ。

  そこへ例の中高年女性パーティーの中の男性がやってきて、すまないがシャッターを押して下れないかと頼んだ。快く引き受けて、カメラを受け取ると、既におばちゃん達が山頂標識の前に整列している。それだけで強いオーラを感じてしまった(^^;。ブレないように慎重にシャッターボタンを押した。パーティーはまた猛々しい笑いを残して、山頂を下りて行った。。。


刈り取ったカヤを積む
  カヤに火が燃え移ると、たちまち大火災になってしまうので山頂付近は火気厳禁であった(それなのに、展望台には焚き火の跡があったが、、、)。
  それ故、下から昼食用の鍋焼きうどんを背負って来ていた私は、下山途中で昼食を取る事に決め、山頂を後にした。

  鞍部へ下りると、先ほどの軽トラックの荷台に刈られたカヤが積まれていた。カヤはご存知のとおり、カヤ葺き屋根等に使われる。モーターの音は、青色の運搬機のエンジン音であった。斜面で刈り取ったカヤを運搬機へ積んで、この鞍部まで運んで来るのである。
  ちょうど昼時で作業員達は皆昼寝をしていた。ここは風があたらないので、それほど寒くはないのであろう。


再びダイ・トレへ
  東峰へ向かい、そこから急坂の道を下りずに、しばらくダイ・トレを歩いて、いわわきの道を下ることにする。ところが途中昼食を取るのに適した場所がない。杉林の中は薄暗くて食事を取るのには陰鬱だし、東峰のベンチは人通りが多くて注目を浴びる。急坂の道でデッド・ヒートを演じたご夫婦は東峰から少し外れた林の中で弁当を広げていた。私はもう少し先へ歩いてみることにした。
  しばらく歩いていくと、沿道にコンクリート製の建物が現れた。地図には展望台のように記されていたが。。。しかしご覧のとおり杉林に囲まれていて、全く展望はない。下は雨宿りに使えそうだが、中は暗くて少々気味が悪い。

展望台?


いわわき道への分岐
  昼食場所が定まらないまま、いわわき道への分岐が見えた。右がダイ・トレ、左がいわわき道である。山頂にいた中高年女性パーティーが休憩していたが、すぐにダイ・トレを紀見峠方面へ向かって行った。紀見峠下には紀伊見温泉と南海電車紀見峠駅があるから、下山後には温泉で汗を流してから、電車で帰路につくのであろう。

  ここにもベンチがあったが、まだまだ登ってくる登山者がいる。いわわき道の途中に水場があるので、そこで昼食を取ることにした。
  やはりいわわき道は家族連れが多かった。登って来る家族中にはまだ園児にも満たない小さな子供もいたが、親が登山熟練者みたいだったので、支障はないのであろう。
  ただ比較的緩やかな登山道ではあったが、途中に岩場があり、滑らないように手摺代わりのロープが張られていた。雨の日は用心しないと滑落する箇所である。


いわわき道を下る


水場と展望台
  崩壊していて通行止めの「みはらしの道」への分岐を過ぎて、ズンズン下って行くと前方に展望台らしきものが見えた。あれが水場だろうか。水とベンチがあり、昼食には最適の場所であった。

  下から道が合流している。地図で調べると、第2駐車場から延びている「ぎょうじゃの道」であった。昔山へ修行をするために、修験者達に歩かれた道らしい。
  水は2箇所流れている。どちらも桝からパイプが突き出ていて、水が流れ出ていた。手と顔を洗ったが、あまりの冷たさで、背筋が伸び切ってしまうほどだった。

水場


昼食
  ザックからコンビニで買った冷凍鍋焼きうどんを取り出すと、何とダシが溶けかけて、容器から流れ出ていた。完全な密封ではないし、ダシも当然袋入りではなく、そのまま火に掛けられるように具と麺と一緒に凍らせてあったのだ。ナイロン袋に入れてしっかり口を閉めてあったのは正解であった。
  うどんを作っていると、「ぎょうじゃの道」から60代ぐらいの女性が登って来た。私の向かい側のベンチに腰を下ろして清涼飲料水を飲んだ。挨拶をして、話をした。
  女性は和泉市からやって来たそうで、この岩湧山へは何度も登っているとのことであった。今日は「ぎょうじゃの道」を登って来て、山頂へは行かずにこれから「いわわきの道」へ下って四季彩館で昼食を取ると言う。時間があれば後で四季彩館に寄りなさいと言われた。


昼食中


水場の展望台から
  かなりの標高まで下ってきたが、展望は良かった。手前下に四季彩館の屋根が見えている。
  食事を終えて、熱い紅茶を飲んでいると、何人かが下って来た。山頂で展望を楽しんだので、皆ここは通り過ぎて行く。デッド・ヒートのご夫婦も通り過ぎて行った。


いわわき道
  45分の食事休憩を終えて、またいわわき道を下って行った。植林帯から自然林の緩やかな道に変わる。やはりサクサクと道を覆い尽くす落ち葉を踏みしめる音は、冬でしか聞けない風物詩だろう。
  途中で大きなザックを背負った大学生風の3人組にすれ違った。訓練登山だろうか、それともダイ・トレ縦走だろうか。
  やがて前方に舗装道路が見え、左から急坂の道が合流するとゴールである。往路はここから急坂の道を登って行った。

急坂の道、そして林道へ合流


薪ストーブ
  水場で出会った和泉市の女性の薦めに従って、四季彩館へ立ち寄った。中には女性が館員と歓談しながら、弁当を食べていた。デッド・ヒートのご夫婦もいた。
  館員は30代の女性であった。河内長野市の職員であろうか。登山服姿であった。

  室内には薪ストーブが炊かれていた。薪はこの辺の倒木を利用しているとのこと。四季彩館の建物の側には薪が山積みされている。
  室内には岩湧山の植物の写真や説明、いろんな木の落ち葉、鳥の巣等の展示物や、自然に関する図書等が並べられている。
  館員はデッド・ヒートのご夫婦からの植物に関する質問に答えていた。

  しばらく見学して、館を後にした。

  駐車場へ戻り、着替えを済ませて帰路についた。途中温泉へ立ち寄ろうと考えたが、道路も温泉も混み合っていそうな感じがしたので、まっすぐ帰宅した。


鳥の巣
  古い史跡があり、野外活動の施設が充実していて、しかも変化に富んだコースがいくつかあり、期待以上にいい山だった。穏やかなカヤ原の山頂からの展望も素晴らしかった。また機会があれば、今度は縦走で登ってみたい。

  実はこのあと、麓の河内長野市にお住まいの西原さんという方からメールを頂いた。西原さんは岩湧山とそこに生息する植物に詳しく、季節ごとに違った様相を見せる山や草花等をご自身のHPで紹介されている。
  私が岩湧山へ登った日に何と、私が以前登ったことがある和歌山県の雲雀山へ登っておられたそうである。何たる奇遇か。

  西原さんのサイトは「岩湧山の花」である。

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