御嶽山登山

 9月の連休には常念山脈を登山しようと考えていたが、雨で実現しなかった。その代わりにせめて日帰りで登れる山をとガイドブックをめくっていたら、御嶽山(標高3,067m)の名前が目に留まった。今まで登った数々の山から、大抵はこの山が見えていた。私には富士山以上に存在感がある山である。その山頂を極めて、今度は逆に今まで登頂した山々を見渡してみたい、そんな欲望に駆られた。

登山日:2003年9月10日(金) 晴れ

コース:田の原駐車場 6:45 〜 8:10 八合目石室 8:15 〜 10:00 王滝頂上 10:10 〜 10:50 剣ヶ峰 11:45 〜  12:45 九合目石室(昼食) 13:00 〜 14:45 田の原駐車場


 いつものとおり前夜のうちに自宅を出発した。途中スーパーに立ち寄り買物を済ませて、国道163号、名阪国道、東名阪自動車道、名神自動車道、中央自動車道と乗り継いで、中津川から国道19号線を北上した。木曽川に沿い、一部中山道と重なるこの道はかつて歩いたことがある。だが、夜のこの道はトラック専用自動車道かと思うほど、トラックの行き来が多かった。一般車両はほとんど見かけなかった。道端のパーキングやドライブインはほとんどトラックで埋め尽くされていた。トラックに前後を挟まれながらクネクネした国道を走り、木曽福島町で川を渡って、ダム湖に沿って御嶽山へ走る。

 王滝村の中心街から急な上り坂となり、シーズンオフでひっそりとしているスキー場の中を通って、午前1時半に田の原駐車場に到着した。広々とした駐車場に車は2台程。登山者の者であろうか。車の気温計を見ると気温は5℃であった。外は凍てつくように寒い。ここで既に標高2,200mの高さなのだ。後部座席のシートを倒して、寝袋に包まって仮眠をとろうとしたが、寒くて眠れない。長袖シャツとジャケットを羽織って、ようやく眠りについた。

 早朝6時頃何台かの車が到着する気配で目を覚ました。空はまずまずの晴天であった。パンと缶コーヒーの朝食を済ませて、準備運動をした。吐く息が白い。駐車場にある公衆トイレは何と自動ドアであった。水洗でとても清潔である。

      

左:登山口、右:御嶽山全貌

 駐車場にある鳥居が登山口であった。御嶽山が既に顔を見せている。これを潜り抜けると平坦な登山道が山裾まで続いていた。登山道の先には御嶽山がどっしりと構えている。とても大らかだ。まるで自信に満ちているような様子である。左肩には昭和59年の大地震による崩壊の跡がまだ残っている。すっぱりと切れた傷口のようだ。

 3,000m級の山は一昨年の富士山以来であった。あの時のようにまた高山病の前兆に悩まされるのであろうかとか、山頂からの展望はどうだろうかとか、不安と期待が入り混じった気分で歩を進めた。

 5、6人のパーティーや単独の登山者等いろんな人がこれから山頂へ向かっている。今日は平日故、それほど多くないのだろうか。

 さすがに信仰の山だけあって、祠が多い。御嶽山は古くは
「みやま」とか「みたけ」と呼ばれていた。御嶽信仰が普及す
るにつれて、「おんたけ」と呼ばれるようになったらしい。今
の時期は登山者がほとんどらしいが、7、8月は御嶽教の信
者さんが圧倒的に多いそうだ。
 山裾一体はダケカンバが多く、既に黄色く色づき始めてい
た。スクッと背筋を伸ばしたように姿勢の良い緑のカラマツ
とは形も色も対照的だ。女性的な木である。
 もう晩秋の気配がしていた。


ダケカンバ
 平坦な道が終わり、木で仕切られた階段が現われると緩
やかな上りとなった。道は整備されて歩きやすい。

 案内板に書いてあったが、明治初期まで、これ以降は女
人禁制だったらしい。今でも軽装の人達はここで参拝を済
ませて、駐車場へ引き返すようだ。
 これから先は樹林帯の中を歩く。


大江権現


あかっぱげ

 道は段々傾斜を増していき、「あかっぱげ」と呼ばれる地肌
がむき出しになったところへ出た。崩壊した旧道が右に平行
していると思ったら、よく見ると堰堤のようだった。
 樹林帯がまばらになり、森林限界が近いようだ。

       

金剛童子

 樹林帯を抜けると剥き出しの岩がゴロゴロしている金剛童子へ到達した。祠の中に仏像が祀られている。祭神はイザナギノミコト。昭和30年頃までは信者さん達はここで草鞋を新しいものに履き替えたそうである。

 後ろを振り返ると、今まで歩いてきた道と駐車場が見えた。

      

左:八合目の石室、右:八合目から見上げた風景

 ゴロゴロ転がっている大きな石は溶岩であろうか。中には軽石のようなものもある。昔の噴火の名残だ。石の上は少々歩きにくい。張られたロープに沿うようにして登る。

 八合目には木造の石室があった。入口から中を覗くと、細長い構造で、中で休憩ができる。悪天候時は非難小屋の代わりになるのだろう。

 八合目から見上げると稜線は遙か上にある。王滝頂上小屋の白い建物が小さく見える。目指す御嶽山最高峰の剣ヶ峰(標高3,067m)はここからでは見えない。ちなみに八合目は標高2,470m、王滝頂上は2,937mである。

      

左:八合目から見下ろした風景、右:富士見岩付近を登る

 後ろを振り返ると徐々に高度が増している。さっき通った金剛童子が真下に小さく見える。その向こうに田の原の駐車場と裾を思いっきり広げたような三笠山(標高2,256m)が見下ろせた。そして雲海を挟んでその奥に木曽山脈(木曽駒ヶ岳、空木岳)と赤石山脈(北岳、仙丈岳等)が平行している。とても壮大なスケールの眺めである。

 8合目から少し登ったところに富士見岩という岩があった。恐らくここから富士山が眺められるから、そう命名されたのであろうが、しかし富士山はよく見えない。

          

一口水

 富士見岩から上、9合目の手前、道脇に「一口水」と呼ばれる水場があった。地肌が濡れているので、人目でわかる。けれども地中に挿されたパイプからは一滴の水も流れていなかった。辛うじて地肌が湧き水で濡れている程度である。とても喉を潤すことはできない。時期的に涸れているのだろうか。

 水を十分持参してきて幸いであった。この水場を当てにしているとひどい目に遭うところだった。



9合目
 9合目にも中で休憩できる石室があった。この辺で、高知
からやって来たというシニア5人のパーティーに追いついた。
土佐弁はすぐにわかる。彼らは昨夜高知を発って高速道路を
走って来たと言う。
 9合目を越えると足取りが重くなった。空気が一層薄くなっ
てくる。
 やっとのことで王滝頂上小屋が間近に迫ってきた。手前を
行くご夫婦も苦しそうだ。
 あのピークに登り立てば、向こう側が見えるのだろうか。
期待感が重い足取りを奮い立たせた。


王滝頂上小屋


御嶽神社奥宮
 やっとのことで王滝頂上小屋へ到達すると、やはり小屋は
閉ざされていた。ガイドブック等によれば御嶽山のほとんどの
小屋は8月一杯で営業を終えてしまう。
 小屋の前に御嶽神社の奥宮があった。比較的新しい建物
であった。
 硫黄の匂いが漂ってくる。この山の地中ではまだマグマが
活動しているのであろう。山の西側にガスを噴出す泉が数箇
所あるらしい。そこから風に運ばれて匂いが漂ってくるのだ。

 この辺りで標高2,936mである。しかしここはまだ御嶽山
頂ではなかった。。。奥宮から見えたある光景に愕然とした。
 その光景とは。。。奥宮からさらに奥に聳える異様なピーク
だった。。。それが御嶽山最高峰の剣ヶ峰(標高3,067m)
だ。「威風堂々」というよりも「異様な」という表現をしたのは、
今までとは違って草木が一本も生えていないこと。それに
奥宮から剣ヶ峰へ向かって歩んで行くと、強烈な横風に襲
われたこと。「八丁だるみ」と呼ばれる剣ヶ峰までの一帯は
風の通り道らしい。冷たい風で一辺に汗がひいて寒さを覚え
た。ザックからジャケットを取り出して着込んだ。

 王滝山頂とは標高差が130m程しかないのに、登りがとて
も長く感じた。今までとは違って空気がかなり薄い。ゆっくり
足を運ばないと頭がクラクラする。
 歯を食いしばって最後の登りに挑んだ。


剣ヶ峰


剣ヶ峰旭館
 苦しい登りを踏ん張りぬいて、何とか山頂直下の山小屋ま
で登りつめた。石で造られた階段と石垣に囲まれた2つの山
小屋、「剣ヶ峰旭館」と「御嶽頂上小屋」もどちらも閉館してい
た。人気の無い建物は極めて無情で、空虚な印象を受けた。
営業期間中なら暖かい労いの言葉や飲み物で疲れが癒さ
れるのだろうが。ハードな試練に喘いでいる登山者に無関心
を装っているような。。。

 山小屋の間の石段を上がって、いよいよラストスパートの
階段である。とても他人に見せられるような顔ではなかった
かもしれない。持てる力を全て足に集中させて、一歩一歩
登って行った。


山頂への石段


剣ヶ峰山頂

 鳥居を潜って、ついに御嶽山最高峰の剣ヶ峰である。
 山頂を踏んだ途端、一気に力が抜けた。
 頂上には社と、三角点と山頂標識のあるスペースがあった。
5、6人の登山者が展望を楽しんでいた。

        

山頂にて(左:三角点と)

 「感激」以外の言葉が見当たらない。苦労して登りつめた山頂は素晴らしかった。これが今までいろんな山々から眺めてきた御嶽山の最高点なのか。心の中で子供のようにはしゃいだ私だった。

剣ヶ峰からの展望



北東の眺め
 
  遮るものがない。大展望だ。360°見渡せた。白っぽく濁った水色のニの池の向こうには乗鞍岳(標高3,026m)
が聳え立つ。その後ろには北アルプスの山々が続いている。
  そして右側遠方には8月に登った八ヶ岳が連なっている




南側
 
  さっきまでいた王滝頂上の御嶽神社奥宮と喘いで登って来た八丁だるみが見下ろせる。何とここから眺めると八丁
だるみは奥宮から荒々しい岩の稜線となって地獄谷へと落ち込んでいるではないか。
  さらに王滝頂上から遙か下に田の原駐車場と三笠山がある。標高2,256mの三笠山がとても小さい。駐車場から
は王滝の右肩越しにこちらが見えていたわけだ。




南東の眺め
 
  木曽駒ヶ岳や空木岳を中心とした中央アルプスの山並みの向こうに薄っすらと南アルプスの山々が平行している。
南アルプスは北岳(標高3,192m)や間ノ岳(3,189m)を主として3千m級の山々が連なっているが、こちらも高さ
では負けていない。しかもこちらは完全な独立峰である。




山頂のすぐ北側
 
  山頂のすぐ北側は噴火口の名残である一の池(中央)と二の池(右)が展望を占めていた。この池をぐるりと回って
お鉢巡りができる。またさらに池の北側には摩利支天山や継子岳など御嶽山を構成する峰が連なっていて、登山道も
4コースある。

 天気に恵まれ、十分展望を腹いっぱい楽しんだ後昼食をとることにしたが、ここでは寒いので、少し下った所でとることにした。

 ところが、頂上小屋のトイレを借りた後に気分が悪くなった。胸のムカつき、だるさ、吐き気、眩暈等を覚えた。高山病にかかったと思った。こんな時は下山するのが一番である。下山して行けば回復すると、本で読んだことがある。

 ゆっくりとノロノロした足取りで降りて行った。王滝頂上で少し休んで、さらに9合目の石室まで下りた。その間にも下から登って来る登山者達とすれ違った。午後になって空は雲ってきたようだった。9合目付近も冷たい風が吹き始めた。午後1時を回ったのに今から剣ヶ峰を目指すのだろうか、軽装なので王滝頂上で引き返すのか、等とふらつく足取りでも余計な心配をした。

 食欲はなかったが、9合目の石室で握り飯1個とビスケット数個を水で流し込んだ。少し休んで、再び重い足取りで下山した。ところが8合目まで下りてくると今までの症状が嘘みたいに、すーっと楽になった。足取りが軽い。やっぱり何らかの拍子で高山病にかかり始めたのだろう。そんな時は下山するのが一番である。

 しかし最近登山をしている最中に体調に異変が起きるのが多いような気がする。先日の荒島岳での鼻血もそうだ。深夜運転をして、車中で仮眠をとるのは身体によくないのであろうか。

        

紅葉

 無事下山した。帰りに御岳ドライブウェイで眺めた紅葉は美しかった。標高2,000m付近は少し華やかだった。


        

左上:代山温泉「木曾宿」、中上:夕食、右上:松茸の土瓶蒸し

左下:松茸の吸い物、中下:陶板焼き、右下:キノコのおろし和え

      

 そのまま帰宅するのは体力的に辛いものがあったので、木曽福島町の代山温泉「木曽宿」に泊まった。以前、中山道を歩いた時に一度泊まっている。建物も食事も「豪華さ」とは無縁の「質素」という言葉がピッタリの宿であるが、私はこの宿が気に入っている。建物は古く、余計なサービスはないが、温泉(含鉄・塩化物炭酸水素冷鉱泉)は常に一定の温度が保たれているし、食事が意外にうまい。この日の夕食には何と松茸の料理が3品出た。陶板焼きにもおろし和えにもキノコがふんだんに使われていた。温泉で汗を流した後のビールはうまい。料理はどれもうまかった。

 この日の宿泊客は私以外に男性が一人だけであった。風呂で一緒になったその男性も聞けば登山が目的で東京からやって来たという。夜行バスで来て、今日乗鞍岳へ登って、明日御嶽山に登るそうだ。ただ、今まで自分が登った北アルプスの山々のことを機関銃のようにまくし立てるので、適当に相槌を打って引き上げた。

 夕食後再び温泉に浸かったら、眠気を催し、すうっと眠りに陥った。その晩はぐっすり眠って、翌朝も朝風呂を浴びた。登山の疲れはすっかり癒されたようだった。朝食もきれいに平らげ、宿代を支払って帰途に就いた。


 御嶽山は登り応えのある山であった。信仰の色が強くて、自然が豊かで、何よりも展望が素晴らしい。冒頭にも述べたが、周囲のいろんな山からいつも見えていた御嶽山、今度は逆に見回してみたら、とても爽快な気分だった。

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