八ヶ岳登山

その1

 7月に夏期休暇を2日取って信州へ出かけたが、梅雨が明けきれずに悲惨な目にあった。1ヶ月が経ち、また信州へ出かけたくなった。どの山にしようか、何週間も前からあれこれ地図とガイドブックを引っ張り出して思案していた。ふと頭に浮かんだのが八ヶ岳であった。昨年も登ろうと考えていて、結局果たせなかった。思い立つとすぐ行動に移す人間なので、登山計画を立て、荷造りを済ませると、あとは出発だけとなった。仕事も予め片付けておいて、夏期休暇を申請し、当日を迎えた。

登山日第1日目:2003年8月21日(木) 

コース:桜平駐車場 6:15 〜 6:45 夏沢鉱泉 6:50 〜 7:55 オーレン小屋 8:10 〜 9:40 赤岩の頭分岐 10:00 〜 10:20 硫黄岳山頂 10:30 〜 11:15 硫黄岳山荘 11:15 〜 12:10 カニの横ばい手前(昼食) 12:30 〜 12:50 横岳山頂 13:00 〜 13:20 三又峰 13:30 〜 14:40 地蔵仏 14:40 〜 14:50 赤岳天望荘(宿泊)


 8月20日夕方仕事が終わって、K町のグラウンドまで少年野球チームの車を取りに行く”山の徹人”さんを乗せて行き、そのまま信州へと向かった。国道163号線を三重県上野市まで走り、コンビニで食料などを仕入れていると、雨が降ってきた。全く星が見えない、厚い雲に覆われた夜空を見上げながら、明日の登山が不安になった。夏に入ってからの登山は晴天に恵まれたことがほとんどない。

 上野市から名阪国道と東名阪自動車道を順調に走り、名古屋市の清洲東ICで一旦国道22号線へ降り、名神一宮ICで名神に乗り、小牧JCTから中央自動車道に入った。諏訪ICで高速を降り、不明瞭な道路地図(100円均一で購入した)を頼りに、八ヶ岳登山口である、桜平駐車場へ向かった。

 山麓へ近づくに連れて、別荘地の中を通った。多摩や品川等関東方面ナンバーの車が目立つ。夏沢鉱泉へ向かう道路標識からは未舗装の道路が続いた。狭い道をクネクネと走り、意外にも道に迷うことなく、スムーズに登山口へ着いた。日付が変わる寸前であった。桜平駐車場は、車止ゲートから坂道を100m程上がったところにあった。車が2台とオートバイが1台停まっていた。持ち主達は今頃山小屋で休んでいるところだろうか。私も2列目と3列目のシートを片付けて、眠りに就いた。静かな夜であった。

          

左:桜平駐車場、中:車止ゲートの前で、右:シラナギ沢を渡る

 翌朝、5時半頃目覚めた。他の車は昨夜のままである。車内から外へ出てみると、ひんやりした朝の冷気がボーッとした頭を刺激する。朝早いせいで食欲は全くないが、パンを無理やり缶コーヒーで流し込み、準備運動をして出発した。

 山にガスがかかり、晴天ではないが、まずまずの天気である。桜平駐車場から、登山口である車止ゲートへ下って行くと、今しがた到着したばかりであろうか、車が路肩に停まっていて、側で男性4人が朝食を食べていた。挨拶をして通り過ぎた。

 車止ゲートを越えてもまだ先へ車道が続いている。どこまで続いているのであろうか。少し下ってシラナギ沢と鳴岩川の合流点に差し掛かり、川を越えた。丸太橋の側には仮設トイレがあった。これから鳴岩川に沿って道を登って行く。

          

左上:キバナノヤマオダマキ、中:ヤマトリカブト、右上:キオンとトリアシショウマ

左下:ヤマハハコ、右下:ヤマホタルブクロ

     

登山道で出会った花々

 登山道を歩いていて、針状の葉を持つ木々が多いのに気がついた。カラマツである。ブナやミズナラを期待していたが、予想外であった。そのカラマツ林にもいろんな山野草が咲いていた。その中でヤマトリカブトは初めて見る花であった。青紫色の花が美しいが、アコニチン系アルカロイドを含む毒草である。その反面、漢方薬として、心臓病の治療等に用いられるそうだ。世界に約500種類あるらしい。花の形が舞楽の時に被る「鳥兜」に似ているところから、そのように名づけられたという。

            

 車道はしばらく続いた。タイヤの跡があるので、実際車が通行するのであろう。傾斜は緩やかで、清清しいカラマツ林の中と、清らかな鳴岩川を渡る。快適な歩きが続いた。

          

夏沢鉱泉と鳴岩川

 約30分程で一軒宿が現われた。夏沢鉱泉である。もう登山者達は出発したのであろうか。とても静かである。宿舎の前に四駆の車が停めてあったので、車道の意味がやっとわかった。宿の従業員専用の車道だったのである。

 明日下山した時にこの宿に泊まる予定である。

     

 夏沢鉱泉を過ぎると道はようやく登山道らしくなった。緩やかな登りなので、快適だ。鳴岩川が段々細くなっていく。

 周囲の風景を撮っていると、先ほど車止ゲートで朝食を食べていた男性4人が追い越して行った。いずれも軽装なので、硫黄岳か、天狗岳へ日帰り登山をするのであろう。

          

 途中、ほんの小さな沢を横切った。よく見るとカラマツの木々の間を流れている。新しくできた水道なのであろうか。カラマツにとっては迷惑な話だ。

 鳴岩川を渡ると、道は少し急になり、折り返しの道が幾重にも続いた。川は段々遠のいていった。

          

オーレン小屋

 やがて道の向こうに山小屋が見えた。オーレン小屋である。ここも登山者達はもう出発したのか、静まりかえっている。それとも盆が過ぎて、登山者が少なくなったのであろうか。先ほど追い越して行った4人が小屋の前で休憩していたが、天狗岳の方へ登って行った。

 ここから見上げられるはずの硫黄岳はガスで全く見えない。もしかして天候は崩れるのであろうか。心配になってきた。

     

左:鳴岩川、右:強清水

 小屋の前で再び鳴岩川と合流した。とても小さなせせらぎだった。水がとても美しい。水場もあった。ふと標識に「名水 強清水」と書いてあったので、その方へ行ってみると湧き水があった。柄杓ですくって飲んでみるとまるで冷蔵庫で冷やしてあったかのような冷たさだった。とてもうまい。滾々と湧いて、すぐ側の川へ流れ出て行く。

        

赤岩の頭への登り道

 オーレン小屋からは道が3つに分かれている。一つは天狗岳方面の道、あとの二つは硫黄岳方面である。私は、丸太橋を渡って、赤岩の頭経由で登ることにした。丸太橋を渡ると小屋のテントサイトがあった。昨夜はここでテン泊したらしい、高校生ぐらいの男女のグループがいた。私と入れ違いに下山して行った。

 道はすぐにカラマツ林の中へ入る。鬱蒼とはしているが、虫が寄り付かず、また胸をつくような急な傾斜もないので、快適だ。木の根元に密生している草や苔類が瑞々しい。

 ここでも下山する単独の若者とすれ違った。

 

          

 どんどん高度を稼いで行くと、立ち枯れの木が目立ってきた。近畿の大台ケ原でも見られる現象だ。あちらは鹿の食害によるのであるが、ここもそうなのか。重く漂っているガスと相まって幻想的な風景であるが、立ち枯れが進んでしまうとどうなるのだろうか。

 標高2,500mを越えた辺りから、樹木が途切れて、代わりに低いハイマツが目立つようになる。と同時に空気が薄く、呼吸がしにくくなってきた。高山病の前兆か。このような場合は深く呼吸をする腹式呼吸が効果的だと聞いているので、その通り実践したら、やがて楽になった。また急ぐことなく、ゆっくり歩を進めた。

 やがて道の向こうに道標が見えた。赤岩の頭分岐である。

      

赤岩の頭分岐(左:硫黄岳方面、右:赤岩の頭)

 ちょうど硫黄岳から派生した稜線に登りつめた。白い砂地の分岐点である。ここから硫黄岳へは稜線を登って行く。硫黄岳とは反対側へ数十m離れたところに、道標等が立っているが、あそこが赤岩の頭なのであろう。峰の松目(標高2,567m)と赤岳鉱泉への下山道が分岐している。赤岳鉱泉から登って来た夫婦連れが、標識の側で休憩している。私もここで持参した握り飯を食べ、水を飲んで休憩した。

 しかし、オーレン小屋から見上げた時より一層深くガスがかかっている。ここから眺められるはずの硫黄岳、横岳、赤岳等の主峰はおろか、数百m先すら見えない状態である。微かに硫黄の匂いがする。じっとしていると寒いので、ジャケットを着込んだ。

            

硫黄岳への尾根道

 20分程休憩した後、私は重い腰を上げた。というのもこんな状態では山頂へ登ったところで展望はないことがわかっていたからだ。はるばる遠いところを時間をかけてやってきたのに、この天候は何だと腹立たしくも思った。それでも山頂を踏んでおきたかったので、やり場のない嘆きと怒りを胸に抱えたまま、歩き出した。ケルンを通り過ぎると、大きな岩場に差し掛かった。道は岩場を巻いている。ガレ場があり、浮石に乗ってバランスを崩せば、遥か下へ転落しそうな箇所があった。慎重に歩いた。遥か下がガスで見えないのはラッキーなのだろうか?

硫黄岳から横岳、赤岳天望荘へ

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