04/12/26 Sun 11:50 pm
『マイ・ボディガード』『世界の中心で、愛をさけぶ』
Shade7.5を買った。Professional版ではなくStandard版である。今までR4のProfessional版を使っていたのだが、ちょっとここでは言えない方法で手に入れたものだったのだ(笑)
Shadeもバージョンを重ねて7になり使いかってもR4と比べて良くなっているようなので思い切って自腹を切ったのだ(本来これが当たり前なのだが(笑))
それにあわせて今までパソコンの内蔵HDの方に入れていたOS9をOSXに入れ替え、OS9を外付けHDに移した。これで今後ほぼOSX環境オンリーになる予定である。
 
『マイ・ボディガード』を劇場で観てきた。
デンゼル・ワシントン、良い役者だと思うのだがどうもオイラと相性が悪いらしい。前に観たのは『トレーニングデイ』だった。
つまり今回の『マイ・ボディガード』も含めオイラが観た彼の主演映画はどれもオモシロクなかったのだ。
監督のトニー・スコット、兄貴のリドリー同様に屋内でのライティングは見事に美しい。さすがスモークと逆光派。天窓から入る光(多分当然ライティングだろうが)がスポットライトみたいに登場人物を照らしたりと非常に凝っている。
ただカメラが屋外に出るといきなり凡庸な映像になってしまう。ドキュメンタリー風の演出をしているのだが、頻繁に挿入される画像ブレやFlash Frameもどきの演出はミュージックビデオのようで鬱陶しい。なによりドラマに没入する気が削がれるのだ。
そのドラマ自体もツッコみどころ満載で、だいたい町中の民家の2階から、しかもそばに住人の老夫婦がいる前でRPGを撃っちゃってる。
主演がスタローンだったら『ランボー』だって言っても通用してしまう展開。
ディティールがこれほどいい加減だと、その時点でまともに観る気がなくなる。たとえストーリーがどんなに練られていたとしても。つーか練られていたとは思えないのですけどね。
『レオン』みたいな話だと思っていたのだけど、足下にも及ばない愚作であった。
 
『世界の中心で、愛をさけぶ』をレンタルDVDで観る。
世界の中心までいって「バカヤロ」と叫びたくなる原作小説のタイトルは、ハーラン・エリスンの『世界の中心で、愛をさけんだけもの』という魅力的なタイトルのパクリである。
『エヴァンゲリオン』で庵野監督もこのタイトルをもじって使っていたが、これはまったくの確信犯。引用を自覚的に行っていたのは一目瞭然であった。
が、この小説のタイトルは違う。あたかもオリジナルで生み出したがごとく付けられた恥知らずなものである。
作者自信は別のタイトルをつけていたそうだが、出版社の担当がこのタイトルの方がわかりやすいという理由で勝手に付けてしまったらしい。
作者も出版社担当も同罪である。お前ら自分が恥知らずにパクッたと自覚しろよな。それで売れちゃったこともな。そう、この小説が売れちゃったから始末におえない。
こんな調子であったので映画館で観るつもりはさらさらなく、ビデオやDVDが出ても観るつもりはなかったのだ。
観てしまったのは撮影監督の篠田昇の遺作であるということ。宣伝の映像が魅力的だった為だ。
んで、観たら.........面白かったんだよ、悔しい事に。
サク(森山未來)と朔太郎(大沢たかお)の顔が見事に似てる。
この朔太郎の高校生の時のシーンがすごくよい。サク役の森山未來と亜紀役の長澤まさみのからみが良いのだ。二人とも自然な演技をしていて、観ているこちらも自然に入り込めた。
写真館で撮ったサクの固くなったポーズが印象にのこった。他は知らないけど、高校時代ってこんな緊張した瞬間の連続で思い出ができているんだよね。少なくともオイラはそう(笑)白いワンピースと原チャリがオイラのつぼでした(笑)
それに輪をかけて映像の美しいこと。遠い記憶というのは滲んだ光の中にあるものだと信じたい。
このメイキングの為だけにDVD買おうかな。篠田さんの撮影風景を観てみたいと思ってる。岩井俊二の作品のDVDでもそれはあるのだが、観れるものは全て観ておきたいと思ってる。
ストーリーはどうってことないと言えばそれまでのような内容だと思う。
偏見を含んでいると思うが少女漫画風の筋立てだと思った。
どの辺がそう思ったかと言うと、登場人物の人間関係が実はすべて線で繋がってたという筋立てが少女漫画風だと思ったのだ。
偶然に自分をめぐる人間関係が知らないところで意外な人と結びついていたという幻想。関わる人間は全くの他人ではなく、子供の時に助けられたとか、隣に住んでいたとかいう幻想に女性は憧れがあるのだろうか?
まったくの見ず知らずの人間と関係を築く事への恐れというものがあるのかな?
ありていに言えば、運命の出会いというものにとらわれているというのか。
まあ、多くの現実をみればそれらが幻想であるという事も女性達は自覚しているのかもしれないが。
高校時代の二人が良すぎて、青年になったシーンは、まあ大沢たかおは良いとしても柴咲コウは雰囲気、演技ともに浮いていた気がした。
気がしただけかもしれん。オイラが柴咲コウ、苦手な所為かもしれんしね(笑)
04/12/19 Sun 10:43 pm
『Mr.インクレディブル』『コールド・マウンテン』
『マイ・ボディガード』を観ようとしていたのだが床屋に行ってたら開演に間に合わず、『エイリンVSプレデター』を観ようと思ったら「......」ビデオでも良いかな?と思い直して、一番最初の予定どうり『Mr.インクレディブル』を観る事にした。

ピクサーにハズレなし、といっても全てのピクサーの映画を観ているわけではないのであるが、やはり『Mr.インクレディブル』は良かった。
『カリオストロの城』をちょっとだけ思い出したりした。
宮崎 駿が、もしかしたらもう出来ないかもしれないアハハと笑って大団円になる"漫画映画"の醍醐味は、しっかりとピクサーが持っていたのだ。
ピクサーのCGの進化の仕方はものつごい事になっとる(笑)質感というか手触を表現する幅が一作ごとに広くなってきて、今回は人肌の質感を魅力的に出していた。
リアルな実際の人肌に近いという意味ではなく、"漫画映画"のキャラクターとして、物語にマッチした、観る者に魅力的だと感じさせる表現であり、選択であった。
CGでのリアルな<実写の映像に近いという意味>皮膚の表現というのは、やろうと思えば達成できる技術はあると思われる。これから問われるのは、如何に物語にマッチした表現を選択できるかという、作る側のセンスの問題になるだろう。
なんでもかんでもアニメーションは実写に近付けばいいというものではない。
この映画の監督、ブラッド・バードのは『アイアン・ジャイアント』というのをDVDで観た。コレも面白かったが、物語の途中子供とロボットが「BANZAAAI」(ちゃんと英語で言っていた)と言いながら池に飛び込むシーンは、まあ日本人の感覚としてちょっぴしイヤな気分にはなった。まあ、日本人だって無神経に他の国の気分を逆撫ですることをやってると思うので、それは差し引くことにする。
しっかし、このスーパーマンの家族で一番強いのは、どう考えてもママのインクレディブル婦人だな(笑)
楽しい映画で良かった。DVD、買うであろう。

『コールド・マウンテン』をDVDでレンタルして観た。
率直な感想としてものすごく甘いメロドラマという感じがした。
別段メロドラマを嫌悪しているわけではない。
アメリカの南北戦争が時代背景になっていて、しかも主人公達は南部の人間だ。
自分の乏しい知識で言えば南部は黒人を奴隷として働かせていた悪い奴らの集まりで、それをリンカーンと北軍が解放し勝利した、というものであった。
この映画、時代背景に南北戦争を置きながら黒人のそのような問題をほぼ完璧にスルーして、戦時下のメロドラマを臆面も無くやってのけたのだ。
この映画を黒人や奴隷制度を無視した片手落ちの映画とみるか、それとも一人の男と一人の女が一途に愛し合う清教徒的なドラマとしてみるべきなのか、よく分からない。
観終わって良かったと思った事は、相変わらずニコール・キッドマンは美乳だなということと、彼女のヘアが見えてちょっぴし幸せだった事だ(笑)。ヘアのシーンは一度スロー再生して静止させちゃったからなあ(笑)
アカデミー賞にノミネートされたわけだからツマラない事はないのだろうけど、オイラには向かない映画だと思った。
したがって『風とともに去りぬ』も一生観ないだろうし良さもわからんのだろうな。
『コールド・マウンテン』の監督、アンソニー・ミンゲラのだったら『イングリッシュ・ペイシェント』が良かったと思うけど、オイラの知らない方向から見ればこの映画もどこかしら歪んでいるのかもしれん。
04/12/08 Wed 11:22 pm
踊れおどれ!!日本は北朝鮮にバカがつくほど良い国だと思われているぞ。
"経済大国"というみっともなく恥ずかしい言葉を褒め言葉と勘違いして浮かれ続けていたこの日本と言う国が、国として、そして一人ひとりの顔の見えないワンオブゼムとしての国民として、アメリカからも中国からも舐められ続けて来た事は思い上がって来た罰として受け入れよう。
しかし国民としてではなく、間違いなく顔の見えいる横田さん夫妻に対し、更に子を持ち子を待つ親に対してこのような愚劣な事をして心は痛まないのか。
顔の見えない"日本国民"に対してはどんな舐めた事をしても騙された方が悪いと、私は思う。外交というものはそういうこともあるだろう。
年老いた夫婦、娘を待つ夫婦の存在を知りながら良心の呵責なくやっているのなら、もはや 同じ人類とは認めん。日本が如何に戦中に卑劣は行為をしていたかを認めた上でいう。
お前らは戦中の日本兵以下だ。
舐めるなよ北朝鮮。それと小泉首相、そして北朝鮮ルートの利権政治家。
経済制裁なんて生温い。こんな時こそCIAでもMI6でもモサドでも、金を使って金を補足してミサイルでも打ち込んでまえ。
金に一刻も早く、拷問による緩慢な死を願う。
04/12/05 Sun 9:41 pm
『スパイダーマン2』
早いものでもう年末ですな。オイラとしては今年の3月以来、年に最低2回はひく風邪で先週2日ほど会社を休んだりした。毎度の事だが喉が痛くなるのが一番ツライねえ。おかげで床屋、年賀状の作成、観ようと思っていた映画、HPへの画像のアップ、これら全て棚上げであった。
 
病院に行ったついでに『スパイダーマン2』のDVDを買った。
映画館でも観ているので新たな感想はないのだが、非常に丁寧に作られた映画であることは間違いないと思った。
丁寧にというのはストーリーに破綻がないと言い換えてもいいだろう。すくなくとも自分には眼に見える破綻は感じられなかった。
主人公のピーター・パーカーが普段どんな生活をしているのかというのを丁寧に追っかけるのは、かなり面倒なものであるはずなのだ。
スパイダーマンとしての正義を行う事でバイトは馘首になり、好きな女の子との約束を守れず愛想をつかされ、貧乏で家賃も払えず、スパイダースーツは色落ちして、学校の先生にも怒られる。挙げ句の果てにつもりつもったストレスでスパイダーマンとしての身体能力まで損なってしまう。
『バットマン』のブルース・ウェインのように大富豪で衣食住の心配を観客にもさせずに話を作れば、当然物語の作りは楽で破綻もなかろう。あと身内がいるというのもこうしたヒーローものではかなり重い足枷で、だいたい主人公は天涯孤独か身内が皆殺しにあって一人孤独であったりするのだ。
『スパイダーマン』はそのようなヒーローものの禁じ手を使い、そして誰もが共感できる映画にしている。そんな難しいストーリーの構築をした上で娯楽映画のツボも外していないのだ。
サム・ライミ監督、あんたはエライ(笑)
特殊な蜘蛛に噛まれて特殊な能力を身に付けたとはいっても、空を飛べるわけではなく、ターザンのように糸をつかってビルからビルを渡ってるようなもので、己の体術を使って動く様は見ていて感動物だ。
好きなシーンはやはりアレだな電車上での所だ。細かいとこだけどスパイダーマンが一回目の蜘蛛の糸で電車を止める件のところ。スパイダーマン主観の前進移動の画像がトラックズームしてた。時間軸が進むにしたがって遠景のビルが小さくなっていったから望遠から広角への切り替えだろう。これはさすがにCGでの処理だろうが、こういうところでCGを使って表現の幅をきかせる見本ができれば、通常の<SF以外の>ドラマで使用しても画面に厚みがでるだろうな。
それはそうと、ヒロインのMJは、酷いね(笑)ピーターが命をかけて守るに値すんのか、あの女(笑)。演じてる女優もあまり好みではないのだが、それをおいても作ってる側はMJに愛情をもってるとは思えないんだなあ、気のせいかもしれんが(笑)それ以外の女性達の方がヒロインぽいよな。新聞社の秘書、大家の娘、メイおばさん。どうも悪意でMJを演出してる気がする。
ウィレム・デフォーもあんな短いシーンで出演したところに好感がもてた。
蛇足だが1と2であれば、1の方が好きだったりする。どっちも好きなんだけど、あえて言えば、ということである。 パート3が楽しみだ。
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