異聞・灰かぶり姫 前編


 

 

昔々、あるところに『天竺』という国がありました。

 

 その国の名門の家に、ある時一人の子供が貰われてきました。

子供の名は『孫悟空』(シンデレラ)と云い、とても可愛らしい子でした。

あまりにも可愛いらしかったので、それを妬んだ継兄と継姉に────

 

 「…………っつぅっ!」

 「だ、大丈夫ですか?悟空さん?」

 「八百鼡ねーちゃん…へーき、ちょっと針が刺さっただけだよ。」

 「繕い物は私がやりますから、悟空さんは外で遊んでらしてくださいな。」

 「えっ、で、でも……」

 「たっだいま〜!悟空──っ、肉屋の独角から肉まんもらったから、一緒に

食べよーっ!」

 「李厘っ!うんっ、食べるっ!」

 「…では、俺は茶でもいれよう。」

 「紅孩児さま…それでしたら、私が──」

 

 ――継兄と継姉に、それはそれは可愛いがられていました。

 ある日のことです。

お城から舞踏会の招待状が家に届きました。

 なんでも、二十三になってもお妃のいない女嫌いの王子の為に、盛大なお見合い

パーティが開催されることになったのです。

 それで年頃の娘のいる名家は強制的に召集令状が配達されたのでした。

 「……むぅ………」

 紅孩児(継兄)は悩みました。

国王命令なので出席しないわけにはいきません。

 女嫌いで有名な王子ですから、とりあえず八百鼡と李厘は連れていっても大丈夫

でしょう。しかし…

 問題は、悟空です。

悩みました。悟空は普段から男女の別なく人を惹きつける妙な才能があります。

 うっかり外に出して、ヤバい人達に攫われかかったのも一度や二度ではありません。

(その度に紅孩児が相手を半殺しにしてきましたが)

 連れて行くと、何かとんでもない事になる…保護者の直感が、紅孩児の脳裏にダメ

押しブザーをけたたましく鳴らします。

 この手のカンは外したことのない紅孩児です。

 「────よし」

 決めました。可哀想ですが、悟空を連れてはいけません。

何かあってからでは──キズモノになってからでは、遅いのです。

 『後悔先に立たず』と昔の人も云っていますしね。

 お留守番を言い付けると、案の定悟空はむくれました。

 「え〜っ、なんで俺だけ………?」

 大きな金の瞳が、うるうると上目使いに紅孩児を見つめます。

 あまりの『らぶりぃ』さに鉄の決心がぐらぐらと揺れましたが、紅孩児はかろうじて

耐えました。

 「城には可愛い男の子を苛める鬼畜生臭坊主がいるんだ。お前が怪我でもしたら

大変だ。」

 「でもぉ…ごちそう……」

 「悟空さんの分の御馳走は折り詰めにして貰ってきますから…」 

 「たくさん貰ってくるねっ悟空っ!」

 「 ──…、わかった」

 三人がかりで説得されては、悟空も諦めざるえません。

お土産を貰ってくるという条件で、悟空は留守番をすることになりました。

 「あ〜あぁ…たいくつ……」

 広いベットの上でごろりと横になり、悟空はふて腐れます。

 そのままごろごろとしていると、聞き慣れた声が耳に入りました。

 「どうしたんですか、悟空?」

 「八戒──っ!」

 ぱぁっと悟空の顔が輝きます。

屋根裏に住むネズミの『八戒』は悟空の一番の友達です。

悟空のおなかがすいて切なくなると、何処からともなく現れては沢山の御馳走を

作ってくれるのです。

 「も〜、聞いてよ。お城でパーティがあるってのにさ、紅孩児ったら俺だけ留守番

させるんだよ」

 「そうでしたか。それはひどいですね」

 表面上は悟空に合わせて相槌をうっていましたが、八戒は内心紅孩児の判断に

拍手を送っていました。

 (さすが保護者…危険を察知するのは得意ですね)

 「それよりも、おなか空いてませんか?僕がおいしいものを作りますよ。」

 「ほんとっ?」

 がぱっと悟空が起き上がります。

パーティからさりげなく話題をそらす事に成功したようです。

 「さ、いきましょう」

 にっこり笑うと、八戒は悟空をともなって階下(した)の台所に降りようとしました。

 その時です。

 「ちょおっっっと待ったぁっ!」

 叫び声が聞こえたかと思うと、大きな音を立てて窓が開きました。

 「なっなに…?」

 びっくりして悟空が振り返ると、そこには怪しいマントを羽織った魔法使いの

おばーさ──……

 「お・兄・さ・んだっ!」

 ……赤毛のおにーさんが、不敵な笑みを浮かべて立っていました。

 「…………悟浄、なにやってんの?」

 「ん、いや〜ちょっとしたアルバイト…ってちっげーよ、俺は魔法使いのお兄さんっ!

パーティに行けない可哀想なお前を、特別に俺が連れてってやるよ。」

 「え〜、でも八戒が飯作ってくれるってゆーし…」

 「城にはお前の見たことのない果物やお菓子が、たんまりあるんだぜ?」

 「いくっ!」

 『お菓子』に反応して子猿の瞳がきらりんと輝きます。さすが魔法使い、子供を騙す

のはお手の物ですね。

 「んじゃ、まずは城までのアシがねーとな…よし、ジープっ!」

 悟浄が叫ぶと、どっから現れたのか目の前に四輪駆動の馬車(?)が出現しました。

 「お次ぎは運転手だな。よっと…」

 悟浄は悟空の手から八戒をつまみ上げると、持っていた杖で叩きました。

 「うわっ、何するんですかっ悟浄っ!…って、え…?」

 次の瞬間、悟空の前に優しい面差しの青年が現れました。

モノクルをかけたその瞳は、透き通るような翡翠色をしています。

 「もしかして…八戒?」

 「そう──みたいです。」

 悟空はもちろん、当の八戒も驚きを隠せません。

 「これでアシはばっちりだな。後は、お前だ」

 にやりと意地悪そうな笑みを作り、悟浄は悟空を別室へと連れ出しました。

 「なにすんだよっ!」

 「まーまー、黙ってなって…」

 騒ぐ悟空を適当に宥めて、悟浄はなにやら呪文を唱えました。

 「──っとっ!」

 「わっ…」

 ぼわんという音と一緒に、もくもくと溢れた煙が視界を覆います。

 しばらくして、煙が晴れた後。

目に映った自分の姿に、悟空は絶叫しました。

 「なんだよっコレっ!」

 悟空が身につけていたのは、沢山のフリルとレースをあしらった純白のドレスでした。

 しかも短かったはずの髪は腰まで伸びています。

ふわふわと風に靡くその姿は、どこから見ても『お姫さま』のようです。

 「おしっ成功っ!」

 「成功っじゃねーよっ!」

 悟空は全身を逆立てて、スケベ笑いを浮かべる悟浄につかみ掛かりました。

 「なんでこんなカッコしなきゃいけないんだよっ」

 「だってパーティなんだぜ?それなりの格好しなきゃ入れてくれるわけないだろ。」

 「だからって───」

 「それに、女は会費無料で食べ放題なんだぜ?」

 悟浄の言葉に、ぐっ喉がつまります。

『無料(タダ)』──いい響きです。

 大食らいで家計を圧迫している自覚のある悟空としては、この言葉には逆らえ

ません。

 「……わかったよ」

 ため息をつくと、悟空はうっとおしいドレスの裾を持ち上げて立ち上がりました。

 そのまま外に出ようとして──

 「ちょいまち」

 悟浄の大きな手に止められました。

 「?なんだよ?」

 「行く前に写真をとらなきゃな」

 「写真?なんでっ…?」

 悟空は目を剥きました。

ただでさえ恥ずかしいのに、何故写真など撮らないといけないのでしょう。

 第一、もしそれが紅孩児に見つかったら、きっと泣かれてしまいます。

いえ、おやつを止められてしまうかもしれません。それは困ります。

 悟空の抗議に、悟浄はちっちっちっと指を振りました。

 「お前なぁ〜、タダでアシを用意してやった上に服まで揃えてやったんだぜ?

それくらい応じても罰はあたらねーよ」

 「う゛っ……」

 当然と云うような顔をしていけしゃあしゃあとまくし立てられると、悟空も反論

出来ません。

 「すぐ済むって…」

 「う゛う゛〜〜〜」

 仕方なく、悟空は写真を撮ることを了承しました。これも御馳走の為です。

 「よしよし…いーかんじ……」

 悟浄の云うのままに、なんだか恥ずかしいポーズまでつけて、全部で二十枚ほど

撮影しました。

 

 「んじゃ、いってらっしゃ〜い」

 撮影が終わって、どことなく疲れた悟空を乗せてジープは城まで爆走していきます。

 ジープの影が見えなくなると、悟浄はにやにやと人の悪い微笑みを浮かべて一人

呟きました。

 「──さ、帰ってコレを現像しなきゃな」

…何に使うんでしょうね、この人。