異聞・灰かぶり姫 中編



 

 お城の舞踏会は、それはそれは盛大なものでした。

沢山のテーブルの上には、古今東西のあらゆる料理が並び招かれた人々の舌を

楽しませました。

 また国中の美姫を集めただけあって、城の大広間はさながら春の花園のように華や

かな雰囲気に包まれています。

 しかしそんな中で唯一人不機嫌な人物がいました。

このパーティの主役である三蔵王子(23歳・独身)です。

 何に不満があるのか、人を射殺しかねないほど凶悪な目付きで周囲に睨みを効かせて

います。

 あまりの物騒な空気にお見合いパーティであるにも関わらず、招かれた姫達は誰ひとり

として王子の側に近づこうとしません。

 「………いい加減にしろ」

 息子のあんまりな態度に、父である金蝉国王は厳しく諌めました。これでは何のために

舞踏会を開いたのか意味がありません。

しかし王子の態度は変わりません。

 コピー機で複写したようにそっくりな父の顔をちらりと一瞥し「けっ」とだけ呟いて、また

無言でガンを飛ばしています。

可愛げのかけらもない仏頂面に、国王は深々とため息を漏らしました。

 「まったく、…誰に似たのだか…妃はあんなに素直で単純なバカ猿だったのに……」

 国王の言葉に『それは貴方でっしゃろ』とその場に居たお付きの者達全員が心の中で

突っ込みをいれましたが、幸いにも口に出す命知らずはいませんでした。

 「……ひまだ。───ん?」

 近寄ろうとする女達を威圧していた王子の視線が、左の立食スペースに向けられます。

 其処には悟空の継妹李厘が、人外魔境な勢いで並べられた料理を平らげていました。

三蔵王子は執事の二郎真君を顎で呼び付けました。

 「……あれは何処の娘だ。」

 「はっ……牛魔王家のご息女かと───」

 「食べた料理を全部リストアップして、後で請求書を回せ。」

 すわっお妃決定かと期待した二郎真君は、がっくり肩を落としました。

 ………意外と吝嗇(ケチ)な王子です。

再び会場にガンを飛ばした三蔵王子の視界に、またしても驚異的なスピードで料理に

食いついている人物が映りました。今度は右の立食スペースです。

 「……今度は誰だ。」

 「はぁ……それが……生憎とどちらのご息女が判らないのです。」

 「ぁあ?」

 ぴくりと王子の柳眉が吊り上がります。

 「何寝言ほざいてる。此処に来たからには招待状を持って来てるんだろう?」

 『てめぇの頭は飾りモンか?』とあからさまに侮蔑の表情を浮かべる王子に、逞しい

体躯をこれ以上ないほど縮こまらせながら二郎真君は続けました。

 「そ、それはそうなのですが…招待状がいつの間にか紛失しまして…──」

 「ちっ、使えんな」

 吐き捨てると、三蔵王子は玉座から立ち上がりました。

 「おっ王子、どちらへ……?」

 「うちの食いもんを喰い尽くされてはかなわんからな。…シメてくる。」

 「王子ぃ〜〜〜〜〜〜〜っ!」

 『それよりも花嫁を見つけて下さい』と二郎真君は叫びましたが、三蔵王子は人波を

かき分け──と云うより王子の凶悪な眼光に人々がひびって道を開けるのですが──

御馳走を食い荒らす人物へと近づいていきました。

 

 

 「…んぐっ…うまいなコレ……」

 口一杯に料理を頬ばり、悟空は幸せを噛み締めていました。

 悟浄の云った通り、城のご飯は豪勢な物でした。

八戒の作る料理に比べたら味はやや劣りましたが、それでも異国の御馳走は悟空の

舌を充分楽しませてくれます。

 「ん〜…あとコレとコレと…あっ、コレは持って帰って二人で食べようっと…」

 城の外で待っている八戒を思い出し、悟空は珍しい焼き菓子を手早く紙に包んで蔵い

ました。

 先程つまんだそれはちょっとほろ苦くて、でも口当たりの良い味でした。八戒好みの

程よい甘さでしたから、きっと気に入ってくれるでしょう。

 それに、二人で食べれはもっと美味しい筈です。だって八戒と一緒に食べていると、

悟空はとても幸せな気分になるのですから。

  八戒の優しい笑顔を思い出し、さらに何かないかとテーブルに手を伸ばした時です。

 ドスのきいた声が、背後から聞こえました。

 「…………おい」

 「ほえ?」

 呼ばれてくるりと振り向くと、視界いっぱいに金色の光が輝いていました。

 …いいえ、金の髪のとても奇麗な男の人が立っていました。

 ちょっと怖そうですが、すごく奇麗です。

人間になった八戒も奇麗でしたが、この人はまた違った雰囲気があります。

 「…たいようみたいだ……」

 突然現れたその人物に、悟空は食べるのも忘れて見惚れました。

 一方、三蔵王子も目の前の可憐な姫(笑)に釘付けになっていました。

 振り向いた顔は思った以上に幼く、大変可愛いらしく見えます。また不思議なことに、

今は亡き最愛の母『斉天大聖』王妃に瓜二つです。(←マザコン…?)

 数秒前までシメようとしていたのも忘れ、王子は悟空に話しかけました。

 「………お前、名は?」

 「えっ……悟空…孫悟空……」

 「悟空か………こい」

 悟空の腕を鷲掴みにすると、三蔵王子は例のごとく人垣を蹴散らして誰もいない

バルコニーへと連れ出しました。

 「ちょっ……ちょっとっ……」

 ぼーっと見惚れたまま拉致られてしまった悟空でしたが、人気のない場所に連行された

事に気づき今更ながら慌てました。

 「何すんだよっアンタっ!」

 キャンキャンと悟空が喚くと、紫電の瞳がじぃーっと見下ろします。

叱られている時みたいな居心地の悪さに、悟空はつい怯んでしまいました。

 「な……なん、だよぉ…………」

上目使いに見上げていた薄い口唇が、僅かに動きました。

 「お前、俺のもんになれ」

 「─────はぁっ?」

 告げられた言葉に、悟空の瞳がこれでもかと開きました。

 驚く悟空に、三蔵王子は再び短く告げます。

 「聞こえなかったか?俺の物になれと云ったんだ、このバカ猿」

 「────っ!ふざけんなっ!!」

 あんまりな三蔵の態度に、悟空はとうとうキレました。何故、初めて会った相手にここ

まで云われなければならないのでしょう。しかも自分が一番嫌いな『バカ猿』などと…

 (ちょっと奇麗だと思って───っ)

 「なんで俺がアンタの物になんなきゃいけないんだよっ!」

 きっと怒鳴りつけようとして──間近に迫る秀麗な顔に、悟空は息を呑みました。

 「……判らないのか?」

 「……な……に………」

 「お前、俺のことずっと呼んでただろう」

 「…俺…呼んでなんか………」

 「嘘だね。俺にはずっと聞こえてた」

 淡々と、三蔵王子は語ります。

一般人にはイマイチ理解出来ませんが、どうやら口説いている模様です。

 三蔵王子のラヴラヴ攻撃──と云うより有無をいわせない威圧に、悟空はただただ

混乱するしか出来ません。

先程自分が見惚れた顔が段々と近づいてきても、金縛りにあったようにぴくりとも動け

ないのです。

 もう少しで唇が重なる…その少し手前で。

冷ややかな声が静寂を切り裂きいて響きました。

 「そこまでです」

 「っ!誰だっ!」

 突然沸き上がった気配に、三蔵王子は振り返ります。

しかしちくりと痛みを感じた瞬間、糸が切れた人形のようにその場に倒れました。

 「まったく、油断も隙もありませんね」

 意識を失った王子を厳しく誰何して、八戒は呟きました。右手には小さな注射器が鈍く

輝いています。

 まるで某社会主義国の秘密警察のようなその姿に、しかし悟空は安堵の息を漏らして

抱き着きました。

 「八戒ぃ────っ!」

 小刻みに震える体を、八戒は力いっぱい抱き締めます。優しく背中を撫でると、悟空は

首に巻き付けた腕に更に力を込めました。

 「もう大丈夫ですよ、悟空」

 「…うん。怖かったよぉ…」

 えぐえぐと涙ぐむ頬に、八戒は何度も口づけます。

悟空が落ち着くまで、それは幾度も繰り返されました。

 「…ね、紅孩児の云った通りお城は怖い所だったでしょう?」

 「…ひっく…うん……」

 「さぁ、もう家に帰りましょう」

 優しい八戒の微笑みに、悟空はこくりと頷きました。

腕の中の小さな体を壊れ物を扱うように丁寧に抱き抱え、八戒は城を後にしました。

 ──当然、不埒な虫は放ったままで。