夢幻泡影
〜焔編〜
ちょこん、と。 目の前に座る物体に、焔は軽くない頭痛を覚えた。 零れ落ちそうなくらい大きな、金色の瞳。幼児らしい丸みをおびた顔と、柔らか 部下の紫鴛が先程『プレゼントです』と云って持ち込んだ、鎖に繋がれた小さな
最新科学が生み出した、奇跡の生命──『カーレイ』
それは、数年前にある華僑系グループが作り出し一躍脚光を浴びた。 …そう。人と変わらぬ高い知能を持ち、人を凌駕する身体能力を持ちながら、 人間に似せて作られた、新たな愛玩動物(ペット)の誕生。 伝説のホムンクルスを彷彿とさせるその生命体は『カーレイ(傀儡)』と命名 それでも、少しずつ…だが確実にその数は増えつつあった。
目の前の子供…いや、『カーレイ』を眺めつつ焔は盛大な溜め息を吐いた。 面相に似合わず小動物好きな紫鴛は、これまでにも焔の屋敷に様々な物を なんぼなんでも『これ』はまずいだろう。 いくら愛玩用に作られているとはいっても、こんな子供にしか見えない生物をどう 犬の世話すらしたことのない輩に、どうやって育てろというのか。 鉄面皮の下の焔の苦悩を知ってか知らずか──いや絶対判っている筈なの 『プレゼント』などと云っていたが、絶対違うと焔は思う。いや断言できる。 この子供は、紫鴛が気に入って欲しかったから買ってきたのだ。そして敷地だけ 「──ということですから、きちんと世話をして下さいね」 はい、と分厚い説明書を焔の胸に押し付け紫鴛は立ち上がる。 「………おい」 「これから毎日様子を見に来ますから、くれぐれも放置して餓死させるなんて 「紫鴛、おい…」 「闇夜に紛れてこっそり捨てるなんてのはもっての外ですよ、人として」 細い双眸をかっと開き、常に無い凄みをたたえて睥睨する。鬼気迫る紫鴛の 反論のはの字も言えない彼を尻目に 「では、悟空。また明日会いましょうね」 お菓子もたくさん持ってきますから、と薄ら寒くなるほど猫なで声を子供にかけ、 残ったのは、何も判っていない子供と焔の困惑だけ。 「……………」 「…………」 どうしていいのか判らぬまま、焔は途方にくれる。 紫鴛の言うとおり、犬猫とは違うのだから捨てるわけにもいかないし、安易に かといって、製造された研究所に返品しようものなら、その後どんな末路を 先程紫鴛が漏らしていた話では、この子は製造された直後に飼主になる筈 『カーレイ』は原則として注文生産だ。主を失えば──研究所に戻され、新しい 少しでも哀れだと思うなら、此処で飼ってやる方がまだましだろう。しかし…… 懊悩しさ迷う焔の視線が、ふと子供の大きな瞳とぶつかる。自分と同じ色の 「……っ!」 どくん、と心臓が跳ねる。 汚れを知らぬ、この世の奇麗なものだけで出来たような…そんな笑顔に。 呆然と。ただ、呆然と見惚れる。 眼が離せない。心が、知らず引き寄せられてしまう。
「…お前、名前は?」 掠れた問いが、焔の口をつく。 渡された説明書を読めば、名前などすぐに知れる。けれど、何故だかこの子の 新たな主の問いかけに、子供は無条件に喜びを露にする。桜の花をおもわせる 「…ゴ…クウ…悟空…」 |