知らない過去と宣戦布告・悟浄編
シラナイカコトセンセンフコク・ゴジョウヘン


 

 「ほえぇぇえぇ〜〜〜〜…」

 奇妙な奇声を発して、悟空が俺の膝に倒れ込む。

おいおい、もう酔い潰れたのかよ。まだ三杯目だろう?

 「おいサル……」

 「……ぅ……」

 軽く頬を叩いてみる。が、意識はないみたいだ。

ちっ、ざまぁねーな。だからお子ちゃまはほどほどにしとけって云ってんだろうが。

 「オイっ、悟空っ。寝んならテメェの部屋で寝れ。」

 がつがつと肩を掴んで揺さぶってみる。

けど赤い顔して『ふにゃあ』とか『はにゃ〜ん』とか、わけワカんねぇ言葉を呟くばっかで、

ちっとも起きやしない。

 それどころか、寝苦しいのかどうか知らないが、人の膝の上でゴロゴロと寝返りを繰り

返してる。…って、こら馬鹿ザルっへんなトコ触るんじゃねえよっ!

 そこは美人でナイスバディのイイ女以外触っちゃイケナイ場所なんだよっ!

 ………はぁ。仕方ねー。

 俺は悟空を抱き上げると、勢いよく立ち上がった。

 「…悟浄?」

 「コイツ、部屋に置いてくるわ。」

 「じゃあ、僕はその間につまみを追加しておきます。」

 向かいで飲んでた八戒が席を立ち、奥の厨房へと消える。

 それを見送り、俺も部屋へ向かおうとして──剣呑な視線とぶつかった。

 「…………なんだよ」

 「………別に。」

 それが『別に』っつぅ面かよ。眉間に皺寄りまくってんじゃねーか。

 三蔵様ときたら、家庭内害虫でも見るような目付きでこっち──…っつーか、俺を睨んで

らっしゃるよ。

 マジ、視線で人が殺せそうなくらい凶悪な顔だな。

これで仏教界有数の最高僧ってんだから、世も末だね。

 まあ、だから俺達が天竺に行くわけだけど。

 「別に取って喰うわけじゃないから安心しろよ、保護者さん。」

 「───殺す。」

 三蔵が愛用の小銃を引き抜き、俺に数発発砲する。

それを難無く避けて、俺は早々に宿の食堂兼酒場を抜け出した。

 「まったく……」

 当たったらどうすんだよ、あのくそ坊主。

素直じゃないって云うか、根性ひん曲がってるって云うか──ペットが可愛いなら、そういう

態度を見せろっての。

 …それはれで、寒いし俺としても面白くないけど。

 しっかし、コイツも大変だよな。あんな嫉妬深くて凶悪な飼い主に拾われちまって。

 そんな取り留めない事を考えてたせいか、気が付くと俺は悟空の部屋にたどり着いていた。

 「…よっと」

 足で扉を開け、どかどかと中に入る。

安宿にしては質の良いベットに近づき、悟空を寝かせた。

 「…んっ………」

 気持ちよさげに寝てんなぁ、コイツ。

こっちは銃の的にされかかったってのにさ。

 ありがたく思えよ。全部避けてやったあげくに、ここまで運んでやったんだからさ。

俺にしちゃ、出血大サービスだぜ?

 このまま戻るのも癪だし、コイツで遊んでくっかな。

そう決めると、俺はベットに腰掛けた。

 とたん、許容量スレスレの重さにスプリングがぎぎぃっと悲鳴をあげる。

 けっこうな音量だったが、悟空はころんと寝返りをうっただけで、全然目を覚ます

気配はない。

 それにほっとしたものの、ちょっと面白くなくて、俺は悟空のほっぺたをつねってみた。

 ぷにぷにぷにぷにぷに………

相変わらず、ぷくぷくしてんな〜。とても十八には見えないぜ、絶対。

 …もっとも、初めて出会った時も十五には見えんかったけどな。

 しっかし、あれだけ毎日食ってんのに、なんでコイツは成長しないワケ?

 あの量は一体何処へ消えるんだよ。謎だ。

悟空の腕をとり、俺のと並べてみる。

 こうして見ると筋肉も(運動量に比べて)ついてないしな…これで一番パワフルなんだから、

詐欺だぜ。

 …なんてことを考えながら、ぷらぷらと揺らして遊んでいた悟空の指が、ごく僅かに俺の唇に

触れた。

 その瞬間。

 「──んぅっ…」

 安らかな寝息をたてていた悟空の口元が、いままで聞いたこともないくらい、甘い声を上げる。

 どき…ん。

 「…って、待てや、こら」

 なにトキメいてんだよ、俺。

正気か?相手は、あの馬鹿ザルだぞ、オイッ

 俺の守備範囲は下は十五、上は三十五までのとびきりナイスバディ美人だろうが。

 なんで悟空なんか───そりゃ、あの鬼畜生臭坊主や『笑うつっこみ大魔神』の八戒が

甘やかしてるだけあって素直で単純だから、からかって遊ぶには楽しいけどよ。

 さっきのときめきは、気の迷いだ。うん。

そう思いたくて、確認のために覗き込んだ悟空の寝顔に──俺は再び固まった。

 酔ってるせいか頬は桜色に染まり、半開きの唇はうっすらと濡れて誘うように浅い呼吸を

繰り返している。

 いつものガキっぽさ丸出しの金瞳が隠れてしまって、普段とは違う成長過渡期の危うい

色気が全開で、俺の本能を激しく揺さぶった。

 ───あ、ヤバい。

考えるより先に、正直な俺の唇は馬鹿ザルのそれにしっかりと喰いついた。

 「……ん……」

 予想以上に柔らかい唇から、コイツの呑んでた桃酒の甘い味が伝わる。

 その蠱惑的な舌触りに侵されたように、俺は夢中で悟空を貪った。

 何度も角度をかえて口づけ、子供っぽさの抜けない頬や首筋にキスを降らせる。

 流石に跡を付けるとマズイんで、軽く触れるくらいしか出来ないけど。それでも触れる度に、

悟空の口からは俺の脳を蕩かすような吐息が、途切れることなく溢れた。

 「…はぁ…ぅ……」

 背筋がゾクゾクするほど、悟空の声が耳に響く。

ヤッベェな…起ってきちまったよ。

 なんでコイツ、こんなに色っぽいんだ。

 マジで止まんねぇ…焦りながらも、悟空の鎖骨に舌を這わせた、その時。

 「んっ…やぁ…だ…くすぐったいよぉ…ケン兄ちゃん………」

 ……………………………………

ちょっと待て。ケン兄ちゃんって誰だよっ

 いや、そうじゃなくて─────

悟空、お前ひょっとして経験アリかっ?!

 信じられない事実に、俺はめいいっぱい混乱した。

相手は誰だ?三蔵か?

 いや、なら奴の名を呼ぶな……

でも、出て来たのは『ケン兄ちゃん』。

 あの嫉妬深い三蔵が悟空がキズモノになるのを黙ってるわけないし───

 奴も、知らない………としたら、五行山に閉じ込められる五百年前とやらか?

 ──五百年前の男に負けてるわけ、俺?

冗談じゃない。そんなジジィに負けてたまるかよっ!

 過去がどうだか知らねぇが、いまコイツの側にいるのは俺だ。

 「…絶対、俺の名を呼ばしてやる…」

 決意もあらわに、再度悟空の鎖骨に顔を埋めようとして───

 「はい、そこまでです。」

 のんびりとした声とともに、俺の項にヒヤリとした金属の感触が伝わった。

 …あの、八戒さん…なんで包丁なんか持ってるわけ?

 「ああ、これですか?魚をさばいてたんですよ」

 俺の疑問の眼差しに、八戒は爽やかな微笑みで応える。

けど、目は笑ってない。

 ………マズイ。マジで怒ってる

 「なかなか帰ってこないから、心配になって来て見れば……案の定ですね。」

 じり。

一歩また一歩と、八戒が近づいてくる。

 「抵抗出来ない相手の寝込みを襲うなんて『最低』って、自分で云ってませんでしたか、悟浄?」

 「そんなこと云ったっけな…ゴメン、覚えてないわ」

 「じゃあ、思い出させてあげますよ。これからね」

 間髪入れずに即答され、俺の額に冷や汗が滲んだ。

  ──え、遠慮したいんすけど…。

すっかり逃げ場を封じられ内心パニクってる俺に、八戒は厳かに宣言した。

 「まぁなんにせよ悟空に手をだしたければ、まず僕を倒してからにすることですね。」

 ごっつ悪役っぽい科白をさらりと流して、自称保父さんは手にした包丁を俺の顔に

ぴたりと付けた。

 「僕、人形(ヒトガタ)をおろすのは初めてなんですけど…」

 八戒が困ったように眉を寄せ、片手を頬に当てる。

あ〜、女の子がやったら可愛いポーズなんだけどよ、ソレ。

 お前がやったら不気味で仕方ねーよ。

俺の心の声なぞ聞こえるはずもない保父さんは、翡翠の瞳に鮮やかな殺意を宿して

首を傾げる。

 「河童の刺し身って、美味しいんでしょうかねぇ?」

 にっこりとそら恐ろしい囁きを宣う八戒を前に、俺は引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

 

 ──ケン兄ちゃんよりも、まずはコイツをなんとかしなきゃな…… 

 とりあえず明日の朝陽が拝めるか、謎だ。