giuramento
「……本当にあいつはラッキーだよな」
しみじみと呟くルキーノの視線の先にいるのは、彼が溺れるように愛してやまない
唯一の主。今日もこの男にピカピカに磨かれ、どこに出しても恥ずかしくない二代目
ぶりで見るものを魅了する。それが誇らしくてたまらないといった笑みを浮かべて、
赤毛の伊達男は目を細めた。
「あの金髪と顔で、俺に喰われるまでまっさらってんだから驚くぜ」
正確にいうと掘った経験はあるらしいが、そこは敢えてカウントしない。健康な
青年にそこまで貞節を求めるのは野暮だ。イヴァンじゃあるまいし。
「……いや、あいつじゃなくて俺のほうがラッキーってことか」
あんな可愛い金髪わんわんの初めての男になれたんだからな。
そうルキーノが嘯いているのにも気づかず、金色の子犬は無心に懐いてくる狂犬と、
素直じゃない野良の二匹を相手に仲良くじゃれあっている。年下ふたりを前にして
少々お兄ちゃんぶってるところは、自分と接するときとはまた違って、それはそれで
可愛いらしい。ジュリオの恋する乙女なまなざしと、イヴァンの燃える下心は
ムカつくけれど。
だがそれも、こいつのハニーダーリンに比べれば可愛いものだ。ふっと笑みを
消したルキーノは挑むように部屋の主人を睨みつける。それまで牽制の混じった
ノロケを延々聞かされていた彼は射るような視線に気づいて顔をあげ、ちらりと隣に
立つ赤毛ライオンを一瞥すると心底呆れたようにため息をついた。
「なんだよ」
訝しむルキーノには答えず、この部屋の主――電話の王様は机の引き出しから
革張りのノートを取り出す。
「それ、見てみろ」
ぽん、と目の前に投げて寄越された古めかしいそれを、困惑顔でルキーノは受け
取る。ぱらりぱらりと捲るページにびっしり書かているのは、数字の羅列ばかり。
わけがわからずベルナルドに顔をもどすと、いつになく鋭い眼光とぶつかった。
「それは――ムショでジャンにつけていた護衛代、牢主への付け届け、看守への
賄賂……約8年分の帳簿だ」
「は、……8年?」
さらりと告げられた言葉に息を呑み、ルキーノはあらためて手元のノートに目を
落とす。この数字の単位が$だとしたら、とんでもない額だ。デイバンの一等地に
プールつきの家が建つ。
「白人で金髪、くわえて見た目もいい若い男がムショに入って無事なわけないだろう」
――馬鹿か、お前。
言外に微かな嘲りの色を滲ませて、黒縁の眼鏡の奥で眇められた瞳が冷ややかに
ルキーノを貫く。
「いくらあいつがラッキードッグなんて呼ばれていてもな、なんでも運だけで乗り
切れるわけじゃない。守る為にはそれなりの代価が必要なんだよ」
ジャンにはけして見せることのない表情で、ベルナルドは胸内に隠し持つ鈍色の
牙を突き立てる。
いつも穏やかに微笑んで無用な衝突を避けたがる彼の、けれど、だからこそ心に
秘めた烈しさを顕すような鋭利で容赦のない一撃。それがルキーノの頬を強かに
打ちすえ、浮ついた気持ちを一瞬で薙ぎ払う。
「ボスの――俺の宝を、横からかっ攫っていったんだからな。覚悟しろよ」
ジャンを泣かせたら、絶対許さん。
まるで娘を嫁がせる父親のような台詞を、言葉にできないほどの深い想いを込めて
ベルナルドが呟く。
自分以外の男がジャンを密かに想っている。普段のルキーノなら強烈な嫌悪を
感じるのに、なぜだろう。不思議と怒りも嫉妬も沸いてこない。それどころか、
泣きたくなるような切なさと苦さが胸にこみあげる。
この男は、こんなにもジャンを慈しんで、自分の人生を捧げても良いと思うほど
溺れているのに、けれども願うのは己の恋が叶うことではなくて。ただジャンが
幸せであることを、なによりも望んでいる。
もし……もしベルナルドが、自身の感情を優先していたら。果たして彼に勝てた
だろうか。柄にもなく弱気になっている自分に自嘲し、ルキーノは頭を振った。
「いちおう後学のために聞いておくが、もし俺がジャンを悲しませたらどうする?」
「もちろん、全力で奪還する。ジャンが泣いて止めても、たとえお前を殺しでもな」
こともなげにそう言い切ってベルナルドは笑う。意地の悪い、実にコーサ・ノストラ
らしい顔で。
ジャンを泣かせることなんて絶対できないくせに、この嘘つきめ。
喉元まで出かかった言葉を呑み込んで、ルキーノもまた不敵に微笑む。言い方は
悪いが、要はジャンを任せられると、そうこの男に認められたのだ。なかなか
気の利いた誕生日プレゼントじゃないか。
「肝に銘じておくよ、お義兄さま」
淑女達が失神しそうなほど華やかな笑顔で、ルキーノがウインクすれば。
途端に渋面になったベルナルドが小さく舌打ちしてつぶやいた。
「……ソレは止めてくれ。お前が言うとキモいから」
(2009/7/29)