※この話はパラレルシリーズ「Mescolare」の番外編です。
コチラの設定をご覧になった上でお読みください
孤高のクー・フーリン
この世界に紛れ込んで一ヶ月も経てば、さすがに少しは慣れてくる。年齢と
位階の入れ替わった幹部たちに最初は戸惑ったけれど、今はそこそこうまく
やってると思う。……ちょっと、仲良くなりすぎたヤツもいるけど。
真剣そのものといった表情でイヴァンが小さな器具を自在に操る。分解され
ピカピカに磨かれた鉄の塊は、あっという間にこいつが信頼する相棒の姿へと
戻った。その手際の良さに、じっと眺めていた俺の唇からつい溜息が洩れる。
いつも思うけど、イヴァンって銃の扱いはスッゲー熱心だよな。人間相手より
よっぽど懇切丁寧じゃん。俺には無茶ばっか要求するくせにさ。
――なんて心の声が聞こえちゃったのか、怪訝そうな顔でイヴァンが振り返った。
「……なんだよ」
「へっ? いや、すごく丁寧に扱うなぁと思って」
急に見つめられて焦った俺はソファに肘をついておどけてみせる。すると
イヴァンはバカにしたように片眉を吊り上げて鼻を鳴らした。
「ハァ? 当たり前だろうが。テメェの命を守るもんだぞ」
「ウン、ソウデスネ。でも店の女の子たちとかマダムよりも大事に扱ってるじゃん」
ワタシ妬けちゃうわぁ、とウインクつきで軽口を叩けば、眉間に皺を寄せた
イヴァンが不機嫌そうにそっぽを向く。ん、お決まりのスラングはどうしたの
イヴァンちゃん。何故そこでだんまり? あれ、もしかして地雷踏んじゃったのけ?
いつもならファックとかシットとか連呼するくせに、その反応はなんですか。
あまり見慣れないリアクションに戸惑う俺の耳を、ごく小さな声が掠めた。
「……銃は手入れさえ怠らなきゃ、裏切ったりしねえからな」
淡々とイヴァンが呟いた言葉。その裏に隠された重みが、鋭い棘となって
俺の胸に深く突き刺さる。
考えてみれば、今の幹部の中にイヴァンの味方ってのはいなかった。向こう
でも俺がカポになるまで浮いた存在だったけれど、こっちではそれが更に顕著だ。
やっぱり出自が問題なのだろう。
トスカニーニ一家からCR:5へと生まれ変わり、イタリア系以外の移民でも受け
入れるようになったといっても人はそんな簡単には変われない。幹部の中ですら
明確な境界線が存在している。それは配下の兵隊を見れば一目瞭然だ。
ジュリオやルキーノの部下はイタリア系のみ。それも三代は遡れる程度の
身元のしっかりした奴が殆どだ。ベルナルドのところは有能であれば非イタリア系
でもいいけど、やっぱり比率は低い。たぶん1割もいないと思う。
すでに組織の半数を占めるまでに膨れあがった非イタリア系構成員が身を
立てようと思ったら、必然的にイヴァンのとこしか選択の余地はない。他の幹部の
ところじゃ受け入れてくれさえしないんだから。本来ならもう1人の幹部枠があった
けれど、それを引き継いだ俺はシマもシノギも持っていなかったし、俺が2代目に
就任してからは空位のままだ。そして未だに埋まる予定もない。
親父やカヴァッリ爺様としては、あとひとりくらい非イタリア系の幹部を、と
考えているようだけれど、役員たちが渋ってて難航してるみたいだ。それも仕方
ない。父親がイタリア系移民のイヴァンですらアレッサンドロ親父の強い後押しが
なければ幹部にはなれなかったし、就いて二年経った今でも役員会のジジィどもは
粗探しを止めず、隙あらば失脚させようと狙ってる。GDとの抗争で炙り出した
造反者を処分して影響力を削いだことと、他の幹部たちとの関係が改善された
から、いまんとこは大丈夫だけれど。
そもそも、そこまで血に固執する理由が俺には正直理解できない。
俺のいた孤児院は基本的にカトリックなら元の国籍がどこでであろうと受け
入れていたから、血統とか特に意識したことはなかった。多少言葉や顔立ちが
違っても、みんな守ってくれる親と帰る場所をなくした孤児で、神様の前では
平等だったから。
だから順調に悪ガキに育って、当然の成り行きで組織に入った時はすこし
戸惑った。
ファミーリアの中に厳然と存在する、血の格差。目まぐるしく変動する世界
情勢の中で最早「純血」を保つのは難しい、広く門戸を開かなければ組織も
縄張りも守れないと理解していながら、けれど「家族」と認めることは拒絶し続ける
頑迷さ。上がそんな態度をとり続ければ、下っ端たちだって右へ倣う。同じ組織の
中で二手に分かれてヤンキー、イタ公と啀み合っているのだから、そこをGDに
つけ込まれたのはある意味当然かもしれない。
お世辞にも居心地が良いとはいえないCR:5に、それでもなぜ非イタリア系が
集まり、残り続けるのか。「血」の区別がないぶんGDのほうが待遇は良いかも
しれないのに、どうして。俺の疑問は、すぐに氷解した。だってその理由が隣に
いたから。
血の誇りがなくても、上にいける。そんな夢みたいなことをイヴァンが実現した
からだ。半端者、卑しい混血とどれほど蔑まれようとも、こいつはけして下を
向かなかった。いつだって昂然と顔をあげ、嘲笑には結果で応えてきた。自分の
背を見て後に続く者たちの為に、どんな屈辱や痛みも我慢して。
こっちのイヴァンが幹部になって5年。そんなにも長い間、こいつはずっと1人で
踏ん張ってきたんだ。誰も味方のいない中で、非イタリア系構成員の期待と
命運を背負って。それは、どんなに重圧だったろう。ジュリオやルキーノのような
血筋や家柄という後ろ盾もなく、引き立ててくれたカヴァッリ爺様や先代カボの
アレッサンドロの親父は頼れない、そんな厳しい状況で自分を曲げずに立ち続ける
なんて、俺が想像するよりずっと辛かったはずだ。ホントはすっげー寂しがり屋な
くせに、無理しやがって。
ふいに泣きたくなるような切なさがこみ上げて、それを誤魔化すために俺は
ソファ越しにイヴァンを抱き締めた。
「っ、おい」
銃持ってんのに危ねぇだろ、と叱るイヴァンの肩口に顔を埋め、鼻先を押しつける。
あ、まずい。イヴァンの匂いを嗅いだら安心して、余計泣きたくなってきた。
こっちに来てから俺の調子は狂いっぱなしだ。なんかすごく涙もろくなって、
些細なことで感情が昂ぶって堪えられなくなっちまう。まるで、母親の後を
追っかけて泣く五つのガキみたいに。
「ジャン……?」
低音で男らしくて、ちょっとセクシーな声音に案じるような色を滲ませ、イヴァンが
俺を呼ぶ。敵対者には視線だけで射殺せるんじゃね? ってくらい凶悪な
まなざしを、今は蜂蜜でコーティングしたみたいに甘ったるく弛ませて。それが
また俺の胸をざわめかせる。
「アンタが、CR:5に……俺の側にいてくれて、良かった」
気がつけば、誤魔化しきれないほど潤んだ声でそう囁いていた。こんなふうに
面と向かって口にするのはすごく恥ずかしいけど、でも本当にそう思うんだ。
こいつがいなかったら、きっとファミーリアは崩壊していた。
イヴァンが俺たちを信じて残ってくれたからこそ、いまのCR:5がある。瀕死の
状態だった組織も持ち直し、何度も死ぬような目に遭いながら俺も生き延びた。
全部、この大きな背中が守ってくれたからだ。狡猾で非道なGDから、襲いくる
銃弾の雨から、そして突然2代目カポに選ばれた幸運を妬む「家族」からも。
背後から抱き竦める俺の頭を、節榑れたごつい手がそっと撫でる。壊れ物を
あつかうみたいな優しい仕草にうっとりとしたのも束の間、髪から肩に移動した
イヴァンの手がガシッと俺の二の腕を掴んだ。
「う、わっ」
ぐっと腕を力任せに引っ張られた途端、視界がくるりと反転して背中に固いものが
当たる。それがイヴァンの膝だと気づいた時にはもう、吐息が触れ合うほど間近に
精悍な顔が迫っていた。
「ちょ、なにす……ん、ふ……」
俺の抗議の言葉はすべてイヴァンの口内に呑み込まれてしまう。わずかな隙間も
ないくらい唇を塞がれ、強引にもぐりこんできた肉厚の舌が俺の口腔を舐め回し、
うまく飲み込めず溢れた唾液を啜る。
貪るような激しいキスに酸欠寸前まで翻弄され、漸く唇が離れたときには、俺は
ソファの上でふにゃふにゃになっていた。イヴァンが抱きかかえていなければ、
そのままずるりと下の絨毯に滑り落ちちまうくらいに。
ああ、クソッ! マジで身体に力が入らねぇ。つーか、ここ何所だと思ってんだ、
この馬鹿は。デイバン・ホテルの最上階サロンですよ! 俺たちから見える
ところにはいないけど、それぞれの幹部直属の兵隊さんがフロアに散らばって
警護してるんだぜ? 声聞かれて踏み込まれたらどーすんだ。
「な、んで、急に」
こんなとこでスイッチ入れんだよ、と涙目で文句を言えば
「……んな可愛いこと言われたら、我慢できなくなるだろ」
煽るんじゃねえよ、バカ、と。拗ねたように唇を尖らせたイヴァンが小さく唸る。
あ、やべ。いまの顔、スッゲーきた。不覚にもときめいちまったじゃねーか。
俺より二つも年上で、俺の知ってるアイツよりずっと大きくて強くて格好良く
なったのに、こんなところだけは全然変わらなくて。俺だけに見せてくれる子供っぽい
表情が、すごく可愛いくて――いとおしい。悔しいけど。
だから、むすっとして照れてるイヴァンの首に腕を回した俺は、今度は自分から
口づけた。唇が触れる寸前「ベッドまで運んでくれたら、我慢しなくていいぜ?」と、
しっかり煽ることも忘れずに。
(09/11/21)