frutto proibito
『私がいなくなっても、きっと天使さまがお前を守ってくださるからね』
そういって、かあさんは死んだ。おれの4つの誕生日の夜に。
目が覚めたら、しらない男の人がいて。
びっくりするおれの頭をなでながら、そのひとはいった。おまえの
父さんだよ、と。
それから、その男の人は『おやかたさま』となにか話して、俺の手を
引いて館を出た。かあさんが死んだから、おれはもうここにいたら
いけないんだって。これから父さんと暮らすんだよと言われ、おれは
かなしくてバスの中でずっと泣いた。はじめての外がこわかった。
かあさんと住んでいたあの部屋に、もう戻れないのがさびしかった。
館からたったひとつ持ち出せた黄色い犬のぬいぐるみをぎゅっと
抱きしめ、田舎道をとぼとぼと歩く。バス停から男の人の後をずっと
追いかけ足の裏が痛くなりはじめたころ、ようやく小さな家が見えた。
「おーい、帰ったぞジャン」
乱暴にドアが開け放たれ、手を引っ張られて中に入る。突然あらわれた
俺と男の人に、中にいた人はおどろいたように振り返った。その顔を
見て俺はもっとびっくりした。だって絵本の天使さまが、そこにいたんだ。
くらい部屋の中で、その人はきらきらと光っていた。
おひさまみたいな、きんいろのかみ。かあさんがいちばん好きだった
指輪の石とおなじ、はちみつ色の目。女の人みたいに白い肌と、うすい
もも色のくちびるはつやつやとしていて、かあさんよりも――ううん、
館で見たどんな人よりもきれいだった。
「これはジャン。今日から一緒に暮らす、お前の兄さんだ」
男の人の言葉におれは目を丸くする。
このひとが、おれのにいさん? こんなきれいな人が?
おどろきすぎて声も出ないおれに、そのひとはにっこりと笑いかけた。
「はじめまして。俺はジャンっていうんだ」
君は? と聞かれて、おれはまっかになって下をむく。
だってほっぺたには泣いたあとがのこっているし、さっきころんだから
服には泥がついていて、きたなくて、すごくはずかしい。でもそのひとは、
とてもやさしい目でおれをみつめていて。だから、おれはゆうきを
だして口をひらいた。
「る……ルキーノ・ガブリエーレ……」
ちいさなちいさなおれのへんじに、にいさんはぱちくりと瞬いて。すぐに
花が咲くように笑って、「いい名前だな」とほめてくれた。それだけじゃ
なくて、頭もなでてくれた。
「これからよろしくな、ルキーノ」
やさしい声でそうささやいて、にいさんがおれのほっぺたにくちづける。
――きっとこのひとが、かあさんのいってた天使さまなんだ。
今日からこの天使さまが、ずっとおれのそばにいてくれる。夢みたいで、
でも夢じゃないと思いたくて、おれはにいさんにぎゅっと抱きついた。
ありったけのちからをこめて。
2010/09/07