Under the Rose
ベルナルドがジャンの教育係となって、一年ほど過ぎた頃。
普段はあまり顔をあわせることのない父が、小さな男の子を
連れて現れた。
『今日からお前の友達になるジュリオだ』
そう言われて紹介された子供は、見とれるほど綺麗な顔立ち
とは裏腹に陰気でつまらない奴だった。なにを聞いてもろくに
答えず、俯いてばかりで顔をあげようとしない。これなら一人で
遊んだほうがマシだ。
だから、かくれんぼをしようと外に誘い出し森の中に置き去りに
した。けれど屋敷に戻った途端、守役のベルナルドに見つかって
しまい、こっぴどく叱られた。
『ジュリオは両親を亡くしたばかりで、ひとりぼっちなんだ。ジャン、
お前だって母さんを亡くした時は悲しくて寂しかっただろう?』
心の奥まで見透かすような緑の瞳に覗き込まれて、いたたまれず
俯いたジャンは唇を噛みしめる。
ずるい、そんな言い方は。微かにしか覚えていない母のことを持ち
出されたら反抗できない。それに、いつも自分には甘いベルナルドの
厳しい表情が少し怖かった。
彼に懇々と諭され、しぶしぶ戻った森の茂みでジャンは目を瞠った。
もういないだろうと思っていたジュリオが待っていたから。ジャンが
置き去りにしてから二時間は経っているのに、別れた時のままで
そこに居た。膝を抱えて蹲り、なにかに耐えるような儚い姿に、心の
隅に追いやっていた罪悪感が急速に膨らんでジャンを責めたてる。
自分のしたことが恥ずかしくて、いたたまれなくて。疚しさを振り
払うようにわざと大きな音を立てて茂みをかき分けて彼に近づいた。
物音に驚いて顔をあげたジュリオは、現れたジャンを見て更に
目を丸くした。こぼれ落ちそうなほど大きく瞠った夕闇色の瞳が、
なぜと問いかける。どうして君は戻ってきたの、と。
信じられないような表情で見上げるジュリオに向けて、ジャンは
ぶっきらぼうに手を差し出す。目の前に突き出された掌にびくん、と
肩を震わせて。戸惑うように何度も視線を彷徨わせて、やがて
おずおずとジュリオの手がジャンの手に重なった。
「……帰ろ」
小さなぬくもりをしっかりと掴んで、屋敷へと戻る。ジュリオは
なにも言わなかった。けれど歩いていくうち、ジャンの手の中で
震えていた彼の手がぎゅっと握り返してきたから、ジャンも自分の
手に力を込めた。
それから、ジャンはジュリオの一番になった。どこに行くにも、
必ず彼が付き随う。躾けられた犬のように従順な彼の態度はときに
鬱陶しいと感じることもあったが、無心に慕う姿はやはり可愛いと思う。
いつだって甘やかしてくれる年上のベルナルドとは違う、同じ感覚を
共有する同年代の気安さが心地よかった。
大人達の思惑など何一つ知らずに、ふたりはたくさんの時間を共に
過ごした。ときには保護者代わりのベルナルドも交えて。成長した
ジュリオが組織の戦闘員となり狂犬と呼ばれるようになっても、ジャンの
前では優しくて恥ずかしがり屋の弟分のままだった。それがずっと
続くものだと思っていた。
彼とジャンの体に明確な違いがあらわれるまでは。