libido


 これは夢だ。うん、絶対そうだ。

ズキズキと痛む頭を片手で抑えながら、アキラはむりやり自分を納得させる。

 最近ずっと睡眠不足で疲れていたから、こんな突拍子もない夢を見ているのだ。

そうでなければリンの声が多重音声で聞こえるはずがない。ついでにふたりに見えるうえに、

自分を間に挟んで罵りあっているのも。

「ちょっとッ! アキラから離れろって!」

「ハァッ? お前こそアキラにまとわりつくなよ、チビ」

 いくら夢とはいえ自分自身に向かってチビはないだろう、もとは5年前のお前じゃないか。

 アキラはそう突っ込みを入れたかったが、あいにく身動きも出来ないほどしっかりとリン(大)に

抱きしめられているせいで喋ることもままならない。文句を言っても、ぐぐもった意味不明な

うなり声になってしまう。

 そんな彼をリン(大)は殊更見せつけるように深く抱きしめる。アキラの形の良い耳の

ふちを舌でゆっくりとなぞり、柔らかな耳朶をちゅ、とわざと音を立てて吸った。

「リ……ッ!」

「アキラに触れるなっ!!」

 不埒な行為をアキラが叱りつけるよりも早く、鋭い怒号がぶつけられる。驚いて身を捩れば、

激しい殺気を全身から吹き出すリン(小)が仁王立ちしていた。

「俺のアキラから離れろ」

 爛々と双眸を輝かせて睨むその姿は息を呑むほど凄まじい迫力があり、おもわずアキラは

立ち竦む。けれど彼を抱きしめたままのリン(大)はまったく動じることもなく、むしろ馬鹿に

したように喉を鳴らして嗤った。

「……俺の? っざけんなっての。アキラは俺のもんだ。だいたい、お前は知らないだろ? 

アキラのことはなにひとつ」

 冷ややかな瞳で過去の自分を睥睨して、嘲笑うようにリン(大)は口の端をつり上げる。

その容赦のない言葉の針に一瞬顔を歪ませたリン(小)を、更に追い打ちをかけるような

悪意の鞭で打ち据えた。

 口ぶりだけはどこまでも穏やかに、けれど仕込まれた棘には猛毒をたっぷりと塗り込めて。

「どこをどういうふうに触れたら、アキラが悦ぶか。兄貴の背中ばっかり追いかけてたお前

には、わからないだろう? でも、俺は知ってる」

「リン、もう止め……ンッ」

 ちくちくと昔の自分を嬲り続ける彼を諫めよとしたアキラの頤を掴み、リン(大)の唇が

強引に重なる。

 驚いて逃れようとするアキラの抵抗を全て封じ、リン(大)は柔らかな口唇を何度も啄む。

引き結んだ口の上を濡れた舌でなぞり、僅かに緩んだ隙間からもぐり込み、あまやかな

アキラの口内を思う存分味わう。強張った彼の体から力が抜け、その腕が自分に縋って

くるまで。

「ッ、ハ……ァ………」

 意識を失う寸前まで貪られた唇が新鮮な空気を求めて喘ぐ。幼い過去の自分に向ける

剣呑さとは明らかに違う、愛情に蕩けた笑顔を浮かべてリン(大)は独り言のように囁いた。

「アキラは、ココが弱いよね」

 鼓膜を震わす低声に、ぞくりと背筋を揺らしたアキラの耳の付け根をリン(大)の舌が

ねっとりと舐め、うなじの柔らかな皮膚に歯を立てる。肌に突き刺さる痛みと一握りの快感に

たまらず細い悲鳴をもらしたアキラのシャツをたくし上げ、薄い胸板に実る突起に指を

絡めた。

「ここも、ここも……それに、ここ」

 ぷっくりと固くなったふくらみを強く弄びながら、熱をおびた舌が息を乱すアキラの肩口や

鎖骨の窪みを這う。自分の見つけたアキラの感じる場所を執拗に指摘しつつ、リン(大)は

紅い痕を刻み続けた。ふたりの間に漂う淫蕩な空気に気圧されたようにして立ちつくす、もう

ひとりの自分へ見せつける為に。

「あとは……」

 露わになったアキラの腹部をいやらしく撫でていた手がジーンズに触れ、あっという間に

前を寛げて股下までずらしまう。力をなくした体を一方の腕で支えつつ、もう一方の手は

薄い布地の隙間をわって引き締まった双丘を掴んだ。

「痛ッ」

 無防備な窄まりを、節高な指で貫かれたアキラの背が弓のように撓る。まだなんの潤いも

なく、馴らされてもいない秘部をいきなり襲った痛みにアキラはたまらず呻き声を上げた。

「い、……リンッ、止め……」

 眦にうっすらと涙を滲ませアキラは縋るように懇願する。けれど意地悪な恋人はただ薄く

微笑むばかりで、むしろアキラが哀願すればするほど強く、激しく中をかき回した。

「やぁっ……リ、ンッ……いた……い」

「少しぐらい痛いほうが、アキラはイイんでしょ?」

「ち、違ッ……あ、アァッ!」

「嘘ばっかり。じゃあさ、なんで勃起ってんの」

 弱々しく頭を振って否定の言葉を吐くアキラを、甘い声が優しく追い詰める。からかうような

リン(大)のつぶやきは、快楽に溶けはじめたアキラの意識を少しだけ引き戻す。

「ちょっと強引なくらいのほうがアキラは好きなんだよね。今だって、俺の指をすごく美味し

そうに飲み込んでるし」

「……っ」

 咄嗟に違う、と唇が震えたけれど。下肢に集まる熱が、立ち上がりかけた昂ぶりの存在が、

アキラから反論を奪う。

 悔しいけれど、リン(大)の言葉は嘘じゃない。最初は固く拒んでいた蕾も、荒っぽい指の

動きにも瞬く間に馴れ、今は逆に奥へ引き込もうと絶妙な締めつけでリン(大)を煽って誘い

込む。指が抜き差しするたびに感じた痛みは眩暈のするような疼きに姿を替え、戸惑う

アキラを激しく翻弄する。わずかに残る理性のひとかけらさえ、残らず奪い尽くそうとでも

いうように。

「んっ……」

 声を噛み殺すアキラの耳穴にたっぷり唾液を乗せた舌がねじ込まれる。下肢を嬲る指を

真似るような、卑猥な舌の動き。それに歯を食いしばって耐えるアキラをあだっぽい目で

眺めながら、彼だけに聞こえるようリン(大)は密やかにささやいた。

「ね……アイツにさ、アキラがイク時の可愛い顔を見せてやろうよ」

 そうしたら、アキラが俺のだって彼奴も諦めがつくだろう。

楽しげに喉を震わせて意地悪な提案を示すリン(大)の言葉に、赤らんだ目尻いっぱいに

涙を浮かべてアキラはいやいやと首をふった。

 出会ったころのリン(小)の前でこうして半裸にされ、いやらしく身悶える様を見られている

ことすら恥ずかしくてたまらないのに。そのうえ人の手で浅ましく達する姿を晒すことなど、

ぜったい無理だ。耐えられない。

 潤んだ眼差しで切々と許しを請うが、アキラを見下ろすリン(大)の表情は揺るがない。

口元には緩く笑みを刻んだまま、どこか空恐ろしいと感じる双眸にアキラだけを映して、

静かに告げた。

「アキラができないのなら、俺がしてあげる」

「えっ……あ、いっ……ヤッ」

 それまでいくらか控え目に中を探っていた指が、突然はげしく抜き差しをはじめる。

すこしひやりとする指が三本に増やされ、とろとろに溶けて柔らかくなった蕾を荒々しく

攪拌し、理性と本能の間で揺れるアキラを性急に高みへと追い上げる。媚態を晒しながら

それでも最後の一線を拒み続ける彼に苛立ちをぶつけるかのごとく。

「やぁっ……く、っ……」

「ほらほら、其処でよーく見てろよ。アキラの一番イイ顔を」

 くつくつと低く笑いながらリン(大)はアキラの膝を割り開いて広げる。あらわになった

アキラの下肢を、そこで淫らな滴を滲ませて息づく昂ぶりを、昔の自分によりよく見える

ように。

 ごくり、と唾を飲み込む音と。突き刺さるような熱い視線を感じ、アキラはいたたまれなく

なって固く目を瞑る。それでも膚にまとわりつく眼差しが、胸に痛くて。アキラの眦にあらたな

雫が浮かぶ。 

 やめてくれ、見ないでくれ。

そう叫びたかったけれども口をひらけば零れるのは、耳を塞ぎたくなるようなあられもない

嬌声ばかり。愛されることに慣れきった体は、アキラの心よりもずっと素直に、リン(大)が

与える快感を求めて燃えさかる。

「ゥ、んん……ッ」

 長い指が薄紅の窄まりを抉るように深々と貫き、アキラの顎が仰け反る。リン(大)の整った

爪先に快楽の源をごりごりと擦られ、其処から生み出された強烈な刺激に全身を痙攣させて

アキラは絶頂を迎えた。

「くっ……!」

 ガクガクと膝が震え、はち切れそうになっていた若茎から半透明の蜜が溢れて内股を濡らす。

体中から生気が搾り取られたような疲労感に襲われ、アキラはずるずるとその場に崩れ

落ちた。

「は……っ……」

 ずっと噛みしめていた唇から、淡い吐息が零れ闇に消える。解放の余韻が隅々まで広がり、

アキラの体だけでなく心までも侵していく。

 その波にのまれてしまえば、楽になれる。リンを裏切ってしまったような罪悪感を感じる

こともない。そう思うのに、けれど未だに残る理性がアキラに意識を飛ばすことを許さない。

 重い瞼をうっすらと開けば、昏い炎を宿した青い目がアキラを食い入るように凝視している

のが見えた。ひどく傷ついたようなその光に、どうしようもないほど胸を締め付けられた

アキラは重い腕を持ち上げ、リン(小)にむかってゆっくりと手を伸ばす。だが。

 細い指先を少年が手に取るよりも先、固く節だった手がアキラの手首をきつく掴んだ。

「ダメだよ、アキラ」

「ッ、……リン」

 おっとりと告げる声はとても優しい。けれど、輝くばかりの笑顔で見下ろすその目に浮かぶ

のは全てを灼き尽くすような強く静かな怒り。トシマで晒して以来、一度としてみせることの

なかったそれが、いまアキラと――その向こうにいるもうひとりの自分に向け、容赦なく襲い

かかる。

「俺以外を見たら許さないって、いつも言ってるだろ」

「でも、あれは――あれだってリ…‥つっ」

 言い募ろうとしたアキラの手に鈍い痛みが走る。アキラが顔を顰めるほど強い力で手首を

締め上げながらリン(大)はゆっくりと首を振った。

「誰にも、アキラは渡さない。たとえ昔の俺にだって」

 すっ、と潮が引くようにリン(大)の顔から笑みが消える。

甘やかな表情を剥ぎ取った下から現れた、冷たくも激しい狂気の宿ったそれに。理屈では

ない本能的な恐怖を覚えてアキラは抵抗も忘れ、凍りつく。

 抗いの中に生じた一瞬の隙を見逃さず、細い腰に手を添えて持ち上げるとリン(大)は

熟れてぽってりと朱に色づいた蕾を引き裂いた。

「ッ!」

 かっ、とアキラの眼窩で火花が散る。

充分馴らされたとはいえ、窄まりを塞ぐ熱はあまりにも大きい。圧倒的な質量を保つ凶器で、

一気に根元まで貫かれた衝撃にアキラは息をつめる。それが余計に中を侵すリン(大)を

喰い締めてしまうとも気づかずに。

「あっ……く……ああッ……」

 ゆるいリズムを刻みながらリンの剛直が抜き差しを始める。入るときこそ強引だったけれど、

そのあとは驚くほど繊細な動きでアキラの躯をかき乱した。

「んっ……ゥンッ……」

 内部を押し上げられる息苦しさと、繋がった部分から生まれる底なしの快楽がアキラの

心を突き崩してゆく。逃れようと浮かした腰は、いつの間にか続きを強請るように揺らめき

始め。小刻みに蠢く肉洞が、攻めているはずのリン(大)を逆に翻弄する。

「あ…ァ……」

 いつもより深い場所でリン(大)の熱を受け止めるアキラの表情が、次第に何かを堪える

ような苦しげなものから淫靡で艶めいたものへと移ろう。印象的な瞳は徐々に意思の光を

失い、かわりにけぶるような欲望で満たされていく。

 後ろから激しく揺さ振られ最早正気すら手放しかけたアキラの頬に、ふと冷たい感触が

当たる。蕩けた頭でなんだろうと考えた彼の下肢に突如ぬるりと湿ったものが絡みついた。

「……、ヒ……ッ」

 アキラの脳天を甘く澱んだ衝撃が突き抜ける。

リン(大)の責め苦で再び立ち上がった昂ぶりを直に弄られて、少しだけ正気の戻った

アキラが自らの下肢に目をやれば。そこには思い詰めたような表情のリン(小)が、彼の

若茎をその口に咥えていた。

「んぅっ……ふっ……」

 じわりと蜜を滲ます先端を含み、リン(小)はそこからしたたるものを舌で舐め取り、啜る。

その間も細い指はアキラの幹を擦り、小さな2つのふくらみをやわやわと揉みしだく。

 卑猥で手慣れた技巧に一瞬我を忘れたアキラも、自分が何をされているのか漸く理解し

慌てて身を捩った。

「り、リンっ!止め……ろッ」

 同時に急所を責められ絶えず生まれる快楽に半ば意識を支配されながらも、アキラは

残り火のような儚い理性で少年を諫める。けれどそんなアキラの懇願も、嫉妬でどす黒く

塗り潰された心にはまったく届かない。むしろアキラが嫌がるば嫌がるほど、むきになって

リン(小)は行為に没頭する。

「リンっ」

「……俺だって、アキラを悦ばすことぐらいできる」

 低くそう呟いて、解放を求めて震える昂ぶりをリン(小)は喉の奥まで呑み込み、口全体で

吸いたてる。まるで背後からアキラを呵むリン(大)と、どちらがよりアキラを溺れさせられる

のか張り合っているかのように。

「くっ……んんっ……」

 蕾をリン(大)の逞しい肉茎にかき回され、前はリン(小)に咥えられて。暗い、果ての

見えない快楽の底へとアキラの意識は沈んでいく。

 2人分の妄執と激情に身動きもできぬほど雁字搦めにされながら、けれどその強すぎる

縛めにどこか安堵を覚えつつアキラは進んで深淵へと落ちていった。二度と這い上がる

ことのできないだろう、闇の淵へ。






「……ッ」

 声にならない悲鳴をあげてアキラは飛び起きた。

「あ……」

 早鐘のように脈打つ心臓の音が、耳の奥のほうで谺する。

暗い闇のなか胸を両手で押さえながら深呼吸を幾度も繰り返して、漸くアキラは落ち着きを

取り戻した。

 体がいつも以上に重い。それにひどく喉が渇いている。無性に水が欲しくて、サイドボードの

――リンと同居を始めてから、常に寝るときは用意するようになった――ミネラルウォーター

のペットボトルを手探りで探すうち、指先に固い感触が当たった。

 不思議に思って薄闇のなか目を凝らせば、手のひらほどの人形が3つ置いてある。なんで

こんなものが、と首を捻ったアキラの脳裏に昨夜の記憶が甦った。

 夕飯の材料を買いに出たリンが、何かのおまけだと貰ってきて。部屋が殺風景だからと、

家主であるアキラの返事も待たずに飾ったのだ。この人形たちが自分とアキラに似てる、

と頑強に言い張って。そして何故かアキラ似の人形をリンに似た2体で間に挟むという、

妙な拘りの配置で。

 当のリンは、隣で安らかな寝息をたてて眠っている。アキラの体に腕を絡め、非常に

すっりきりとした表情で眠りを貪る姿に愛しさを感じないでもなかったが、いま胸を占める

のはふつふつと湧き上がる、やり場のない怒りだ。

 理不尽だとは、自分でも思う。けれどもあんな夢を見てしまったのには、リンにだって

少なからず責任はあるはず。毎夜アキラが気絶するまで続く荒淫が、まったくの無関係

とはとても思えない。

 それにしても、なんて夢だったのだろう。

ため息とともに蘇った生々しい映像に、首筋まで朱を散らしてアキラは赤面した。あれは

現実ではなかったはずなのに、まだ2人のリンの指が、熱い舌が、体中を這い回ってる

ような粘ついた感触が残っている。いつも以上に腰が重いような気がして、どこまでが本当で

どこからが夢なのかわからない。

 下肢に残る気怠さは間違いなく現実で、隣で眠るリンのせいだけれども。

 ひとしきり赤くなったり青くなったりを幾度か繰り返して。やがて、アキラはもぞもぞと

布団に潜り込む。

 あれが夢で本当によかった。もし現実だったらと思うと、とてもじゃないが体がもたない。

いまですら手に余っていっぱいいっぱいの状態なのだから。

 しつこくまとわりつく淫夢の余韻を振り払い、アキラは目を閉じる。

あたたかいリンの胸元に頬を埋めて眠りに落ちる寸前、薄れゆく意識の中でアキラは固く

胸に誓った。

 ――明日になったらあの人形は処分しよう、と。