パッ、と。

目映いほどの光がはじけ、部屋を照らす。瞼に突き刺さるような眩しさに、つい反射的に

幾度か瞬いてアキラはあたりをぐるりと見回した。

 
しあわせのおんど

 


 
 しん、と耳が痛くなるような静寂がアキラを包む。

リンはまだ帰ってきてない。今日はアキラのほうが早く終わったようで、冷えきった部屋の

玄関には1人分の靴しかなかった。

「……っ、さむ」

 身体の芯まで染み込むような寒さにふる、と肩を震わせアキラはストーブに手を伸ばす。

悴んだ指で小さなスイッチを押すと、ほどなくオレンジ色の光が灯り柔らかな熱がじわりと

部屋中に広がった。

 少しずつ温かくなる室内にほっと息をついて。けれど、うっすらと胸にはりついたまま、

溶けることのない寂しさにアキラは戸惑う。

 こんなにも、この部屋は静かだっただろうか。

唐突に湧き上がった疑問がアキラの中で幾重にも重なりあって谺する。記憶に残って

いない孤児院時代を除けば、一番長く住んでいるはずなのに。まるで見知らぬ場所の

ような不安に襲われて、それを紛らわすため、普段なら自分では殆どつけることのない

テレビに手をのばした。

 パチッ、と起動音がして灰色のモニターに鮮やかな色彩が踊り、スピーカーからは

賑やかな音が部屋中に溢れ出す。けれどそれで気が紛れたのはほんの一瞬で、

すぐにまたもやもやとした薄暗い霧がアキラの心を覆い隠してゆく。

 暖房をつけ、部屋中に響くほど音量を上げても消えることのなく胸に広がり続ける、

ひそやかな不安。なぜ、ひとりでいることがこんなにも心細いのだろう。

 ほんの1ヶ月前ほどまで、アキラはひとりだった。時折、身元引受人になってくれた

源泉が様子を見に訪ねてくることはあったけれども、内戦が終わって此処に腰を落ち

着けてからは働き口も見つけ、自分だけで生活してきた。いまはもうどこにもない街で

交わした、陽炎のような約束を信じて。

 それ以前だってひとりで暮らしてきたはずなのに、どうして急に違和感を感じるのだろう。

 こうしてじっと見回しても、特に変わったところはない。アキラが慣れ親しんだ、古ぼけた

小さな部屋。家具も壁紙も引っ越してきた時と寸分違わない。それでも1ヶ月前と違う点を

強いて挙げるなら、リンが戻ってから食器や衣服といった細々した生活道具が2人分に

増えた程度で――

 ふっ、と。小さな星のような閃きがアキラの中で唐突に生まれ。そして、ようやく自分が

感じ取った違和感の原因に辿り着き、目を瞠った。

 ああ、そうか。リンだ。

再会して、僅か一月あまり。時間になおしても720時間そこそこ。そう考えると長いような

気になるけれど、離れていた5年間と比べたらずっと短い。けれど、それは孤独に馴れて

いたアキラの意識を塗り替えてしまうには充分すぎるほどの時間だった。ほんのすこし

前の、リンがいなかった間の日常すら忘れかけるくらいに。

 何もない、空っぽだとアキラが思いこんでいた場所は、いつの間にかリンのぬくもりで

満たされていたのだ。彼が隣にいることが当たり前で、姿がないことがこんなにも不安に

なるほど。

 甘酸っぱいような、何ともいえない感情でいっぱいになったアキラの耳に、ふいに

近づいてくる人の気配と足音が聞こえる。迷うこともなく真っ直ぐにここを目指して階段を

昇るこれは――間違いなく、リンだ。

 リンが帰ってきた。

それだけで子供のように心が沸き立つ自分をどこか気恥ずかしく思いながら。それでも

胸底から尽きることなく溢れる優しい熱に頬を緩ませ、アキラは扉を開けた。
 

 
 
「おかえり、リン」
 
 

蕩けるように甘い笑顔を、ただひとりにむけて。