** メヌエット4 **




 一瞬、何が起きたのかアキラはわからなかった。

深い闇を色鮮やかな光で照らす花火に、目を奪われて。見つめていた空の端が翳ったと感じた

瞬間、唇に柔らかなものが押し当てられる。それがリンの口唇だと気がついた時にはもう、

深く口吻られていた。呼吸もままならぬほど、激しく。

「ッ、んっ!」

 歯列をこじ開け、熱く弾力のある舌がアキラの口腔にするりと入り込む。口蓋の裏を舌先で撫で、

貪るように中を侵し続けるそれにいつしかアキラ自身も舌を絡め、溢れる唾液を無心に啜る。まるで

主人の愛撫に応えようとする犬のように。

「んん、ふ……う」

 あがる息にようやくリンは唇を離し、目の前で美味しそうに震える細いうなじや形の良い耳を食み、

音を立てて吸いつく。闇夜でも鮮やかに浮かぶ白い肌に、所有の印を刻みつけるよう丹念に紅い

痕を散らした。

「ッン、あっ」

 じん、と背筋が痺れるような痛みが体を貫く。濃厚な口接けにぼうっと意識を混濁させ、リンの

なすがままになっていたアキラも、浴衣の袂から忍び込んだ手が生み出すむず痒い刺激に我に

返り、慌てて身を捩った。

「な、リンッ、やめ……ろッ」

 顔中にキスを繰り返しながら衣を剥いていくリンを押し止めようと、アキラは力の入らない拳で

自分を縛める男の胸をたたく。

そんなささやかな抵抗すら嘲笑うように、リンは乳暈を弄っていた手をするすると下に落として、

乱れた裾を捲り引き締まった内股の間へと指を伸ばした。

「アッ、い……ッ」

 下着越しに強く揉まれ、痺れるような痛みと一抹の快楽にアキラの眦がうっすらと潤む。

腕の中で怯え縮こまった身体を自らの膝に乗せ、背後から抱きすくめるような形で手早く抱え

なおすと、リンは下着の隙間から指を割り入れてアキラの昂ぶりを嬲りはじめた。

「ん……ふ、ぅ」

 リンの長く整った指先がまだ萎れたままの若茎を挟み、緩やかな愛撫を施してゆく。楽器でも

奏でるような繊細で執拗な動きに、アキラの雄は瞬く間に成長し、先を強請るようにリンの掌で

ふるふると戦慄き、踊る。綻んだ先端から、悦びの雫をぽろぽろと滲ませて。

「はッ、んんっ」

「アキラ、気持ちいい?」

 ほうっておけば勝手に漏れ出すあえやかな悲鳴を、袖を噛み締めてこらえるアキラの耳元に

ねっとりと欲情した吐息がかかる。体の奥で眠る欲望を掻き立てる囁きに惹かれ、瞑っていた瞼を

そうっと開けば。眦を意地悪く細め、淫らに口元を歪ませたリンと目が合い、アキラの頬にかっと

血がのぼった。

「リ、ン……っ」

 答えられないのは、はじめから判っているくせに。それでも、こうして尋ねるリンが憎らしい。

羞恥に悶えるアキラの反応が楽しくてしかたないのだ、彼は。だから言葉で、指で、吐息で

アキラを嬲り翻弄する。夜の闇の中ですら清浄な雰囲気を失わないアキラの理性を剥ぎ取り、

リンのことだけしか考えられないよう追い詰める。

 それがわかっていながら、けれど拒むことも、彼から逃げることもできなくて。はかない吐息を

噛み殺してアキラは耐える。下肢から沸きあがるゆるやかな快楽に、少しずつ意識を喰われ

ながら。

「気持ちイイよね……だって、もうこんなになってるもん」

 先走りの蜜を垂らす鈴口をリンは親指の腹でくりくりと撫で回し、火照ったアキラの耳朶を唇で

はむ。わざと音をたててしゃぶりながら、両手を使ってアキラの雄を扱く。ときに優しく、かと思えば

痛みを覚えるほど強く容赦のない力で。

「う、アァ、……ッ」

 固く張りつめた茎や、その下で震えるふたつの袋を揉まれ、或いは激しく擦られてアキラは

啼きながら腰を揺らす。

 こらえてもこらえても、漏れ出す声は止まらない。

こんなにも気持ちよいのに、けれど何故かその先に進めないのが辛い。快感が過ぎて拷問

みたいだ。イキたくて仕方ないのに、あと一歩のところで何かが邪魔をする。

 絶頂の間際で堰き止められる苦しさにアキラは啜り泣く。その口元を覆っていた手を、不意に

リンが掴み引き離した。

「――っ!」

「声、我慢しなくていいんだよ」

 背筋がゾクゾクするような甘い呟きが、アキラの鼓膜を犯す。

「こんなところ、俺たち以外だれもこないって。……もし誰か来たとしても、花火の音で何も

聞こえないよ」
 
 耳元で優しく響く言葉は、毒のようにじわじわとアキラの中に染みこんで。絶頂を拒んでいた

『なにか』――即ち、かすかに残っていた理性をぼろぼろと突き崩す。それはあたかも嵐に

晒された砂山のように。

「アキラの可愛い声は、俺にしか聞こえないから。……だから」

 ――イっちゃいなよ

 ぞわり、と体中の産毛が逆立つような甘い囁きと。先端の敏感な割れ目にぐりぐりと指先で

こじいれられ、アキラは瞬く間に上り詰め、達した。

「……っぁ、ああ……!」

 か細い悲鳴が闇に迸り、その後を追うように白い飛沫が宙に弾ける。頭が真っ白になるような

極上の快感と、漸く訪れた解放にアキラは弓なりに背を反らして全身を痙攣させ、やがてくたりと

リンの胸に倒れ込んだ。

「はっ、ぁ……」

 強ばりが解けてぐったりと弛緩した上半身とは対照的に、下肢は小刻みに震え、時折思い出した

ように熱の残滓をまき散らす。とめどなく流れるアキラの蜜で掌を濡らしたリンの顔を、歪んだ、

けれども見惚れるほど美しい微笑みが鮮やかに彩った。

「いっぱい出たね……ほら、お尻のほうまで垂れてるよ」

 くすりと笑って、リンはとろとろと蟻の戸渡りをつたう蜜の跡を指でなぞる。つぅーっと窄まりの

辺りまで滑らせると、自らの蜜で濡れぼそる薄紅の蕾をそっと押した。

「んぅっ」

 人目に触れてはいけない奥まった場所から、じわりと痺れるような快感がアキラの全身に広がる。

 周りを撫でられ、ほんの少し指先が中を探っただけなのに。それだけで秘孔から蕩けて

しまいそうな熱が生まれ、いまだ吐精の余韻の抜けないアキラの心と体を蝕んでゆく。

 気がつけば自分から腰を揺らし、奥を抉るリンの指に内部を擦りつけ快楽を強請る。もっとひどい

ことをして欲しい、と。

「ア……ッ、やっ、そ……こッ」

「すごいよ、アキラのココ。入れたときはまだ固かったのに、ちょっと弄ったら柔らかくなって……

ほら、こんなに美味しそうに咥えてるよ」

 腕の中で喘ぐアキラの愛らしい媚態に気をよくして、リンは蕾を掻き回す指を一本、また一本と

増やしていく。

「わかる? 三本入ってるの……もう、ぐちゃぐちゃだね」

 しっとりと欲の滲んだ含み笑いが、遠くで響きあう花火と重なってアキラの内耳であやしく谺する。

 リンの言うとおりだ。中で指がうごめくたびに、ぬちゅりと濡れた音が蕾から溢れてアキラの耳孔

を犯す。ただの排泄口でしかない器官が、リンの指によって性器へと作り替えられていく。彼を

受け入れ、悦ばす為の場所へと変えられてゆく。リンの望むままに。

 「あっ……リ、ン……もうッ」

 淫らに動く指に煽られ、再び張りつめたアキラの屹立の中をじわじわと蜜が迫り上がる。火の

ついた体の奥が疼いて仕方ない。眩暈のするような熱が全身を満たして、もどかしさで気が

狂ってしまいそうだ。決定的なものが欲しいのに、けれどリンはいたずらに期待を煽るばかりで、

けしてアキラが望む刺激を与えてはくれない。リンだって熱く昂ぶっているのは、密着した尾てい骨

のあたりに感じる固い膨らみが教えてくれているのに。

「リン、も、ア……ッ」

 間断なく蕾を責めたてるリンの手に、自らの指を絡めながらアキラは背後を見上げる。

戦慄く唇で、紅く濁った双眸で嬲り続けるリンに許しを請う。もうこれ以上の責め苦は、とても

耐えられそうになかった。

「俺が、欲しい?」

 耳を掠める優しい声音に促され、泣き腫らした顔でアキラはがくがくと頷く。
 
指よりももっと熱くて大きなもので、この乾きを埋めて欲しい。潤んだまなざしでそう懇願する

アキラの瞼にキスを落とし、眩いほど艶やかな微笑みを浮かべてリンは呟いた。

「じゃあ、アキラが自分で入れて?」

「――!」

 無情な一言にアキラの喉が引き攣り、吐息のような小さな悲鳴が薄く開いた口唇から溢れる。

信じられないことを耳にしたとでもいうように、翡翠の眸が大きく瞠り、リンを映して不安に揺れ動く。

悪戯のばれた子供のように戸惑うアキラの、頼りなげな様子が愛しくてリンはますます口許を

緩ませた。

「奥が疼いて、たまらないんでしょ? ……アキラが欲しいものはここだよ」

 途方にくれるアキラから一ミリも視線を外さぬまま、つとめて穏やかな声音でリンは誘う。

空いているほうの手でアキラの手を掴み、ジーンズの下で存在を主張する自分の昂ぶりを押し

当てると低く告げた。

「アキラが自分でしないと、いつまでもこのままだよ?」

「……ッ」

 どこまでも意地悪なリンの科白にアキラは俯き、キュッと下唇を噛みしめる。

羞恥と、餓えと、それを上回る欲望。複雑に絡み合ったそれが、せつない喘ぎを繰り返すアキラの

胸をチリ、と焦がして。伏せた睫に掛かっていた雫がぽろぽろと頬を滑り、はだけた胸の上に

降りそそぐ。そんなものにさえ、むず痒いような快感を覚える自分が嫌で。けれど高まる快楽が

アキラの精神を覆う最後の壁を淡雪のように溶かしてしまう。無防備になった心に、囁く声が

聞こえる。

 言うとおりにしなければ、きっとリンはこのまま指だけでアキラを苛み続けるだろう。それこそ、

いつまででも。こういう時、リンは絶対自分の言葉を曲げない。なまぬるい愛撫でよがらせ、虐め、

責め続ける。たとえアキラがどんなに懇願しても、けして聞いてはくれないのだ。

 数えきれぬほど重ねた夜の記憶と、耳朶を掠める熱い吐息が惑うアキラに受け入れてしまえ、

とひそやかに諭す。意地を張っても、苦しいのは自分だけだと。

「……」

 すん、と鼻を小さくすすり、零れる涙を堪えつつアキラはのろのろと腰を浮かす。立ち上がった

拍子にずるりと肉壁を擦って抜けた指の刺激に一瞬息を詰め、体を小刻みに震わせながら

ゆっくりとリンへ向き直った。

 アキラは意を決したように口許を引き締めて、大きく盛り上がったリンの下肢に指を伸ばす。

不器用な手つきでジーンズの金具を外し、ジッパーをゆっくりと引く。妙に響いて聞こえる

金属音に羞恥を煽られながら、それでも望むものを求めて下着の隙間へ手を差し入れた。

「あ……」

 潜り込んだ掌に、どくどくと脈打つ塊が触れる。

熱くて、固くて、はちきれそうなほど張りつめたソレ。天を突くような勢いでそそり立つ怒張が

もたらす快感を思い出して、アキラの喉がはしたない音をたてる。カラカラに乾いていたはずの

口内が、あさましい期待に潤みだす。

 ――欲しい。

驚くほど激しい衝動がアキラの裡に広がる。これで奥まで貫いて、掻き回して。爪先から頭まで

リンで満たしてほしい。胸で燃え盛る欲望がアキラを覆い尽くし、躊躇いがちだった手が明確な

意思を持って動き始める。

 愛おしむような仕草でリンの猛りを取り出し、蜜を滲ませた先端のまるみに口吻を落として。

そのまま口に含み、雁首から幹の根元まで満遍なく唾液を塗りたくる。口腔でたしかな鳴動を刻む

それを唇で挟み、苦みのある蜜を啜り、思いのままに育ててゆく。これが身の内に入ってくる一瞬を、

閉じた目裏で熱く待ちわびながら。

 ひとしきり舌を這わせて舐め清めるとアキラは名残惜しげに顔を上げ、流れるような動作でリンの

膝へと乗り上げた。

 引き締まったリンの太腿を跨ぎ、膝立ちのまま位置を調整する。反り返ったリンの昂ぶりに指を

絡めて自らの蕾まで導くと、アキラはそろそろと腰を落とした。

「ハ、……クッ」

 ぐ、と窄まりに圧力がかかる。火傷しそうなほど熱い楔が、濡れた媚肉を割りひらく。みちみち、

と埋め込まれていく感触にアキラの柳眉が歪む。

 どれほど受け入れても、迎える際のこの苦痛には慣れない。これを抜けた先には身も心も

蕩けるような快楽があると知っているのに、わずかに残る雄の本能が自らが捕食されることに恐れ

アキラを竦ませる。

 それでも逃げ出そうと思わないのは――相手がリンだから。彼が与えてくれるものなら、なにも

かもが愛おしい。

苦痛も圧迫感もすべて受け止め、アキラはリンの熱を根元までのみこむ。乱れた呼気を整え、

求めたものを手に入れた悦びでざわつく肉欲の命じるままに、ほっそりとした腰をくねらせる。

「んぅ……あっ」

 吐き出した吐息が、視界が、熱で滲む。

取り込んだリンの熱が全身を駆け巡る。どこもかしこも火で灼かれたように熱くて、どうにか

したくて、アキラは目の前のぬくもりを掻き抱く。みずから腰を揺らし、圧倒的な存在を主張する

それに中の肉を擦りつけ快楽を貪る。無心に、ただそれだけを。

「ハ……ァ、ン……ッア、……」

 啜り泣くような嬌声と、粘ついた卑猥な水音と、衣擦れの音が幾重にも重なってアキラを呑み

込んでいく。膝でリンの腰を挟み込む形でのまぐわいは奥まで貫かれてはいるものの、自分で

動かなければならない分だけ、どこかもどかしくて。ゆるやかすぎる高まりが苦しくてアキラは

助けを求める。

「ン、……リンッ、お、ねが……、ら」

 ――動いて。

逞しい肩口に頬を埋め、乱れた息の合間から頼りなく掠れた声で切れ切れに囁く。その瞬間、

蕾を埋め尽くした昂ぶりが大きく震え、えもいわれぬ刺激にアキラは喉を晒して仰け反った。

「ヒッ……!」

 おもわず浮き上がりかけたアキラの双丘を節立った手ががっしりと掴む。驚く間もなく、

熟れすぎた果実のようなアキラの内部をいきり立った剛直が激しく突き上げた。

「ふっ、あ、ああっ……」

 がつがつと突き刺すような律動が体の奥で響く。からみつく襞を容赦なく押し上げられ、奥まで

貫かれ、あるいは抜かれる。自分で動いていたときとはあまりにも違う愉悦の波が、怒濤の

勢いでアキラを襲いかかる。

「……、っく……ゥ、ハッ……」

 手加減なしの甘い責め苦に、開きっぱなしの唇から掠れた呻きがこぼれ、アキラの頬を大粒の

涙がつたう。

 間断なく抉られる体は、沸きあがる歓喜に戦慄くけれど。置き去りにされた心はついて行けず、

悲鳴をあげる。さきほどはもどかしくて辛かったのに、今度は感じすぎて辛い。リンに荒く揺すられる

度に、精神と身体がどんどん離れていく。自分がどこにいこうとしているのかわからなくて、怖い。

 過ぎた愉悦が恐ろしくて、いつの間にか泣きじゃくっていたアキラのすぐ後ろで。ふいに耳を

劈くような轟音が炸裂した。

「――!」

 あまりの大きさに驚いて、アキラは身の内で荒れ狂う疼きを一瞬忘れる。そこを狙い澄ました

ように背後で光が弾け、束の間、周囲の闇が払われた。

「あ……」

 花火で照らされた、僅かの間。

瞳に映ったものにアキラは声を失う。

 見下ろした先にある、リンの顔。そこにはハッとするほど淫靡で艶めかしい笑みが浮かんでいた。

硝子玉のように透き通った青い双眸にはあかあかと燃える情欲の火が灯り、ただアキラだけを

見つめる。瞬きさえも惜しい、とでもいうように。

 自分だけを求める狂おしい眼差しが、アキラの胸に名状しがたい感情を呼び起こす。

隔たりかけた心と身体が急速に寄り添い、境目すらわからぬほど深く混じり合う。

 ――ああ、そうか。

熱に蕩けた頭の片隅でアキラはひそやかに安堵する。

 怖かったのは、自分だけが翻弄されているような気がしたから。でもリンもちゃんと感じて、

昂ぶっているのだ。こんな、息が詰まりそうなくらい真剣な目で求めてくれている。他の誰でもなく、

アキラだけを。

 こみ上げる悦びが、茫洋としていたアキラの顔を喜色で染める。

きっと――この微熱のような行為が過ぎれば、自分は恥ずかしさで悶え苦しむだろう。……でも、

いまは。今は、このくるおしいリンの熱に融けてしまいたい。

 あふれる思いのまま、目の前にあるリンの薄い唇をアキラは舌でそっとなぞる。しっとりと濡れた

唇を緩く噛み、吸い、整った歯列をわって舌を絡める。胸を満たす想いをリンに伝えるために。

「ん……ふっ……んん」

 何度も繰り返されるアキラからの口づけに、なにかを感じ取ったのか。青い目が僅かに見開き、

やがてゆっくりと細められる。それとほぼ同時に体内を深く突き上げられ、アキラは短い悲鳴を

あげた。

「ひっ、あ……ッ!」

 ずん、と腹まで響くようなきつい刺激がアキラを襲う。しかもそれは一度きりではなく、リンが奥を

突く度に甘い波となってアキラの意識を蝕む。

 止まらぬ嬌声に煽られるようにリンの抽挿が速度を増す。内部を貫く昂ぶりが、それとわかるほど

体積を増してアキラの下肢を責め立てる。もう限界が近いのかもしれない。

 だが、それはアキラも同じだ。

「やっ……、ア……ッ」

 襞を擦りあげられ、その勢いでアキラの雄から蜜が零れ出る。絡み合う2人に挟まれたそれは

極限まで張りつめ、ふるふると震えては涙のような白いしずくを溢し、アキラの腹を汚す。

 果ては、すぐにやってきた。

「あ、あっ、――ッ!」

 ビクビク、と全身がふるえる。

もっとも奥深い場所を、続けざまに数度穿たれて。その刺激で内壁がこれ以上ないほど収縮して、

リンを離すまいと喰い締める。ぬめる肉に絞り出された屹立が抗うように膨らみ、次の瞬間には

リンの熱がアキラの体内に迸った。

「……んっ」

 真っ白な光がアキラの眼窩で弾け、思考を塗り潰す。

じわり、と身体の奥でひろがっていくリンの熱と。ふたりぶんの欲が混じり合った獣のニオイに、

アキラは壊れた笑みを浮かべて目を閉じた。心を満たしていくぬくもりを好ましく思いながら。






 月明かりが、人気のない路地をぼんやりと照らす。

薄暗い砂利道の上へ仄かに滲んだ影を追いながら、リンは前を行く恋人の名を呼んだ。

「アキラ〜、待ってよ」

「……」

甘く強請るような呼び声にびくん、と肩を震わせ、けれど立ち止まる気配はみせずに、アキラは

無言で先を急ぐ。もっとも、その足取りはひどく危うく緩慢で、あっという間にリンに追いつかれて

しまった。

「待ってってば」
 
 リンの手が伸び、無視し続けるアキラの腕を掴む。その拍子に大きくバランスが崩れ、アキラは

前のめりに蹌踉めいた。

「……ッ」

「――ッと」

 揺らぐ視界に息を詰めたアキラの身体を、逞しい腕が抱き留める。

地面に倒れ込まずにすんでほっとした反面、自分を抱き寄せたリンから香る匂いと体温に、少し

前までの荒淫を思い出したアキラの頬が朱に染まった。

「あっぶないなぁ……大丈夫?」

 気をつけなよ、と覗きこむリンの澄ました顔がまた憎たらしくて。

全部お前のせいじゃないかと恨みがましい目で彼を睨みつつアキラは唇を尖らせた。

「……誰のせいだよ」

 情交の名残が色濃く滲んだ、気怠げな緑翠の眼差しが詰るようにリンを見つめる。責めるような

掠れた声音さえ、せつなく求められてるような気がして。自分の気のせいだと頭では理解しても、

高鳴る鼓動を抑えきれずにリンは僅かに視線を逸らす。ともすれば、この場で押し倒して

啼かせたいという暗い衝動を抑える為に。

「え、えーと……ごめん」

「……」

 すっぽりと胸の中に収まったアキラの肩口に顔を埋めてリンは静かに謝る。裡で燻る激情を

押し隠し、腕の中のアキラが怯えぬよう優しくあまやかな声で。

「無茶させたのは、悪いと思ってる。……でも、我慢できなかったんだ」

 花火に照らされたアキラがあんまり綺麗で、色っぽかったから。

見た目よりもずっと柔らかで繊細な灰銀色の髪を指で梳きながら、自らの胸の内を吐き出すように

リンは密やかに囁く。

 この腕に抱き締めて、確かめたかった。彼がこんなに綺麗で幸せそうなのは、全部自分のせい

だと。リンと一緒だからこそ、息を呑むほど艶やかで匂い立つような色香を醸し出しているのだと。

「アキラが俺のものだって、感じたかった。言葉だけじゃなくて、心と体で」

 蕩けるような甘いささやきがアキラの鼓膜を震わせ、抱き締めていた腕がわずかに緩む。

縛めを解かれ恐る恐る顔をあげれば、じっと見下ろす青い瞳とぶつかる。

 魅入られたように視線を絡ませあううちに、息づまるような苦しさを覚えてアキラは唇を噛み

しめた。じんわりと心に広がる、鈍い痛みを堪えるように。

 リンは――ずるい。

こんな思い詰めた目で、頼りない声でそんなこと言われたら、怒るに怒れない。むしろアキラの

ほうが悪いような罪悪感さえ感じる。

 誰が見ているかもしれない外で、卑猥な言葉と愛撫で散々弄ばれ、泣き疲れて意識を失うまで

貪られた。思い返すだけで羞恥に悶えそうになる痴態を強いたのは、目の前にいるこの男だと

いうのに。

 それでも、アキラは彼を憎めない。この青い双眸に求められたら、応えずにはいられない。

どんなひどいことをされても、こうして抱き締められてしまえば、すべて許してしまいたくなる。

 胸底でさざめく感情をなんと呼べばいいのかわからないまま、アキラはしがみつくようにリンへ

身を押しつける。戸惑うように名を呼ぶ彼の胸に頬をうずめ、消え入るような声でそっと呟いた。

「……もう、あんなのは嫌だからな」

「アキラ?」

「あんなッ、そ、外で……なんて、絶対しないからなッ」

「えーっ! ……あ、いや、うん。そだねッ」

 あきらかに不満炸裂な悲鳴は、しかしギッと睨みつけたアキラの前で直ぐさま萎む。素早く空気を

読み取ったリンは取り繕うように引きつった笑顔を貼り付け、こくこくと頷いてみせた。

「アキラが嫌がることは、もうしない。誓うよ」

 ――でも、悦ぶことは絶対止めないけどね。

……と、心の中だけで付け足してリンはきっぱりと言い放つ。

 要するに外じゃ(恥ずかしくて)ダメなことも、室内なら(いくらしても)いいわけだ。

誠実そうな顔の下、すばやく――アキラが聞けば激怒するような――脳内変換を完了させて

ギュッと手を握る様は真剣で、よもや腹の中であれやらこれやら妄想しているとはとても思えない。

勿論アキラもそこまでは読めず、真摯なリンの様子に少しずつ態度を軟化させていく。

「……絶対、だな」

「うん、(たぶん)絶対」

 言質をとったことで漸く安心したのか、強張っていたアキラの表情がゆるやかに綻ぶ。不機嫌な

表情がみるみる解け、かわりに初咲きの花のように秘めやかな笑みが浮かんだ。

「約束だからな」

 ほんのりと頬に朱を散らし、アキラは照れとほんの少しの甘えが混じった声で念をおす。

見てるだけで心が潤びていくような、やわやわとしたその微笑みに。舌の根も乾かぬうちから

理性の針をぐらつかせつつ、リンはアキラを抱き寄せた。

 どう禁止されるのならもっと色々試しておけば良かった、と胸の中でこっそり――いや、激しく

後悔しながら。