玉響
『せっかくだからさ、行こうよ』
貰いものの年越しそばを食べ、テレビから流れる鐘の音にうとうとと舟を漕いでいた
アキラを起こし、そう説得して。リンが連れ出した場所は、寂れた小さな社だった。
星一つない闇の空から、はらりはらりと白いものが舞い落ちる。
大通りに面した全国展開のメジャー系統な神社と違い、地元の土地神を祀った社は
初詣客も疎らで、昨日から降り積もった雪が真っ新なまま参道を埋め尽くしていた。
僅かな幻灯と雪明かりに照らされた朱塗りの鳥居をアキラと並んでくぐる。神域に
漂う静謐な空気に気圧されたように、ふたりは無言で拝殿の前に進んだ。
一礼をしてから木箱に賽銭を投げ入れて鐘を鳴らし、柏手を打つ。胸内で願い事を
呟いたリンがちらりと隣を窺うと、思いのほか真剣な表情で祈るアキラがいた。
――やっぱり、綺麗だな
淡いオレンジ色の光に浮かぶ端正な横顔に、思わず見惚れてしまう。自分に
そそがれる視線に気づいたのかアキラは顔をあげ、恥ずかしそうに頬を赤らめた。
「……なんだよ」
「え、いや……すごく熱心に拝んでいたからさ――アキラ、なにお願いしたの?」
みとれていたことを誤魔化すように微笑んで訊ねれば、光の加減で白緑色に見える
双眸が狼狽えたように揺れ動き、ふっと視線を逸らす。そんな何気ない仕草さえ、
えもいわれぬ色気を感じて反応してしまう自分に呆れつつリンは子供のように強請った。
「ね、教えてよ。アキラの願い事」
「そんなの、人に話すことじゃないだろ」
追求から逃れるかのごとく踵を返して歩き出したアキラの背中を追いかけ、その腕に
自分のそれを搦める。ポケットにまで手を差し入れ絡まる指にびくりと肩を震わせ、
けれど振り払おうとはしないアキラに歩調を合わせながらリンはしつこく食い下がった。
「神様に頼むくらいならさ、俺に言ってよ。アキラの云うことなら、なーんでも
叶えてみせるって」
おどけた口ぶりで、あながち嘘でもない本音を織り交ぜてリンが甘く囁けば。
それに反応したように、前を行くアキラの足が急に止まった。
「アキラ?」
「――……」
「え、なに?」
俯いたままボソボソと喋る声が聞き取れず、回り込んでアキラの顔を覗き込む。
息が触れあうほど近づくリンを弱々しく押し戻しながら、アキラは自棄っぱちぎみに
叫んだ。
「……だからッ、その、……リンと一緒にいられますようにって」
苛立ったような声はどんどん尻窄み、最後のほうは口内で消えてしまったけれど。
しっかり聞こえた内容に今度はリンのほうがみっともないくらい狼狽える。だめだ、
動揺しすぎていつもみたいに言葉がでない。顔が火照ってくるのが自分でもわかる。
どんなクサイ科白も歯が浮くような睦言も、アキラになら幾らでも云える。むしろ
毎日でも望むところだ。でも自分が云われる側にまわるのは慣れてないから、こんな
不意打ちのように告げられると困る。嬉しいのと気恥ずかしいのと、どこから手を
つけていいのか判らないくらい混乱して、うまく思考が纏まらない。ああくそ、なんで
こんな絶妙のタイミングで可愛いこと云っちゃうのだ。
胸内から突き上げる熱い衝動のまま、俯くアキラをぎゅっと抱きしめる。腕の中で
身を強張らせる彼の髪に、額に、頬に執拗なほど口づけを落とし、リンはいつになく
真面目な声音で低くつぶやいた。
「それこそ、俺に直接言ってよ」
――俺が、アキラに「大好き」と愛しさを刷り込むように。
熱を帯びたリンの言葉が耳朶から染みこみ、固く張りつめたアキラの体がゆるやかに
弛緩する。縋るようにリンの背中へそっと腕を回し、小さく紡がれた囁きに紫苑の眦が
かすかに閃いて。次の瞬間、まだ赤みの残るリンの顔が雪割りの花のように嬉しげに
ほころび、ゆっくりとアキラの上に影を落とした。