意地悪バーテンダーはBl@starチャンプにご執心



 開店早々、乱暴に開かれたドアの音に俯き加減でシェイカーを振るっていたユキヒトは

手を止め、顔を上げた。

「聞いてくれよッ、ユキヒト〜! 実はさぁ」

「……また振られたんだろ」

 ユキヒトはうんざりとした表情で、店に入って来るなり泣き言を言い始めたトウヤの出鼻を

容赦なく挫く。今夜いちばん最初の客がこいつとはツイてない。しかもまた失恋の愚痴か。

今年に入って、これでもう何度目だろう。

 そもそも、どうしてこいつは女に振られるたびにうちへ来るのか。毎回毎回よくもまあ

飽きもせず女と別れたといっては泣きつき、新しい彼女が出来たといってはユキヒトに

見せびらかしに店に連れて来て自慢する。人の恋愛事情などまったく興味のない

ユキヒトからすれば、正直とても面倒くさい。いや本気で鬱陶しい。いまが仕事時間内で

なければ「ウザイ」と一発殴りたい気分だ。

 仏頂面でユキヒトはグラスに酒を注ぎ、とても客相手とは思えない荒っぽい手つきで

カウンターに置いた。

「本当におまえも懲りないな」

 真正面に座ったトウヤに早速きつい嫌みを吐きつつ、得意の底意地の悪い微笑みで

出迎える。優しさの欠片もないユキヒトの皮肉にぐっと喉を詰まらせ、けれど言い返す

こともできないまま、トウヤは花が萎れるようにカウンターに突っ伏した。

「はぁ……なんでみんな一回寝たら『ハイサヨナラ』になんだよ……俺の何が悪いんだ?」

 目の前に置かれたグラスの縁を指でなぞりながら、涙目でトウヤが弱々しく愚痴る。

いつものことだと右から左へと聞き流しつつ背を向けて仕事をしていたユキヒトはぴくりと

肩を震わせ、引きつった表情で振り返った。

「――おまえ、自分で気づいてないのか?」

 棘を含んだ冷ややかな物言いにも「なにが?」と不思議そうにトウヤは首を傾げる。

その様子にユキヒトはますます眉を寄せ、無防備に自分を見つめる友人を、それこそ

穴が空きそうなくらい凝視した。これは……もしかして、本当にわかっていないのだろうか。

トウヤ自身の好みが非常に狭く限定的なことに。

 少し年上の、しっとりとした肉感的な美人。聞き上手でそつがなく、ついでに遊び慣れた

感じのいわゆる「いい女」――トウヤが惚れるのはいつもこのタイプだ。そして一ヶ月以上

持ったためしがない。

 理由は簡単、どの女もトウヤとは「遊び」だから。見た目が良くて裏表のない好青年は

一夜限りの相手としてはよくても、長くつき合う対象にはいまいち向かないらしい。ぽつりと

そう洩らしたのは何番目の彼女だったか――どうでもいいことなので、ユキヒトのほうも

いちいち覚えてはいないけれど。

 てっきりトウヤのほうもそこらへんは承知で、そのうえで後腐れのない女ばかり相手に

しているのかと思っていたが、まさか素で気づいていなかったとは。アキラとは違う意味での

トウヤの天然ぶりにユキヒトは軽い目眩をおぼえて額をおさえる。これは本人に自覚が

ないぶん、質が悪いかもしれない。

「そりゃさ、俺はお前やアキラみてーに女が喜びそうな面じゃないけど、そこそこイイ線

いってると思うわけよ」

「いや問題はソレじゃないから」

すこしは気分が浮上したのか、或いは酒に酔ったのか口の軽くなったトウヤの呟きに

いつもの癖でユキヒトが即座に突っ込みを入れる。せっかく気持ちが落ち着いてきたのに、

また心ない一撃を食らったトウヤはキッと眦を吊り上げて「じゃあ何が悪いんだよッ」と

半泣きで睨んだ。

「なんでみーんな『楽しかったわ』なんてチョーいい笑顔で去ってくんだよッ! 俺に

なにが足りないんだッ」

 なぁ教えてくれよ、と縋りつくトウヤをユキヒトは複雑な顔で見下ろす。

 本当のことを言っていいが、それでこいつの趣味がいまさら改まるとか好みが変わるとは

思えない。一般的に、男の嗜好の傾向は第二次成長期から成人するまでにほぼ決定

されるのだ。それ以降に変化することは、まずあり得ない。

 自覚したところで変わらないのなら、言っても無駄。そう判断したユキヒトは、しつこく

食い下がるトウヤを適当にはぐらかして仕事に戻る。どうせ好きなだけ愚痴を吐き出して

しまえば、すぐに忘れて新しいのに興味が移るのだ。ほっといても問題ない。

 黙々と作業をこなす後ろ姿にとうとう諦めたのか、トウヤは再びカウンターに突っ伏して

ぼそぼそと喋りはじめた。

「ホントならさぁ、今日はミホちゃんと新しくできた店に行く予定だったんだよ」

「ミホ?」

「この前ここに連れてきただろ? 巻き髪で左の胸のとこに蝶のタトゥー入れてたコ」

「――ああ」

 特徴を上げられてようやく合点がいく。

あの甘ったるい煙草の女か。あれはこいつが連れてきた女たちの中でも特に質が

悪かった。トウヤそっちのけで接客中のユキヒトに絡んでくるわ、しつこく食い下がって

ユキヒトのプライベートに入り込もうとするわ、挙げ句の果てには隣に自分の男が居る

にもかかわらず、あからさまに色目を使ってきた。トウヤの女で一応客だから、と

あたりさわりのない対応で乗り切ったけれど、そうでなければ視界にもいれたくない

タイプだ。

 おまけに、あのきつい煙草臭を染みつかせて帰宅したせいでアキラがひどくむくれて、

機嫌を直すのに手間取った。一度臍を曲げると、アキラは強情だ。こっちの言うことなんて

聞きもしない。結局一晩かけて、じっくり(体で)話し合ったからそれほど後は引かなかった

けれど。

 不意にあの日のアキラが見せた痴態を思い出し、ユキヒトの口元が薄く綻ぶ。念入りに

愛撫したせいもあるだろうが、普段はあまり声を上げない彼が随分と啼いていた。ユキヒトを

受け入れた中もいつもより熱くて、アキラの求めるまま何度も達した。あんなに強請られた

のは初めてだ。ヤキモチをやかれたことも。

 好かれている自信は、いちおうある。一緒に暮らして、同じベッドで寝起きし、時折たがいの

存在を確かめるように深く繋がって――こんなこと、好きでなければアキラは受け入れない。

恥ずかしさから抵抗することはあっても、本気で拒まれたことはないから。少なくとも彼の

引いた境界線の内へ入ることを許されているとは思う。

 ただ、独占したいほど想われているかというと、あまり確信がない。ユキヒトも人のことは

言えないが、アキラはそれに輪を掛けて執着が薄い。自分以外にたいして臆病で壁を

作っているのだというのではなくて、本当に関心がないのだ。物も人も気に留めていない

から淡泊で、どこかつかみどころがない印象がある。それでもユキヒトと暮らすことで、

以前よりはいくらか改善してはいるけれど。

 あの時のアキラは、たしかに嫉妬していた。別の人間の跡をつけて帰ってきたユキヒトに、

その匂いの主に。自分のものだという執着がなければ、そんな感情は生まれない。自惚れ

でも勘違いでもない。間違いなくアキラはユキヒトに固執している。

 それが判っただけでも大きな前進だ。そこのところはトウヤに感謝してもいい。こいつが

あの女を連れてこなければ、はっきりと知ることはできなかった。

 そう思いながら「これは俺のおごりだ」と先ほどとはうって変わった柔らい笑みを浮かべて、

ユキヒトは出来たばかりのカクテルをトウヤの前に置いた。