皮下機械の少女

 

第1戦「初陣」

 

…アンドロイドは自立しなければならない。とおっしゃられるのはキサラにもわかるはなしです。
けれど、今の人権のあるアンドロイドのこれ以上の自立というのは、どういうことでしょう?
お父様と共にいるキサラの身を案じてくださっているのかもしれませんね。

次のお手紙ですけど、遅くなるかもしれません。
キサラもラグオルに降りることになりました…戦争なんてしたくないですけど。お父様のいいつけなら、仕方ありません。
こんなキサラをダメな子というかもしれませんね。
…それでは。

 

 

「あぶないっ!シェルティ様ァ!!」
巨竜の目は確実に眼前の少女を捉えていた。少女の背丈以上ある顎を長い首とともに振りかぶり、一薙ぎで柔らかい体を飲みこもうと振り下ろす…が、次の瞬間シェルティと呼ばれた少女の体は一気に前進、巨竜の腹部と対峙していた。背負った大剣を下段に構えると、気合とともに持ち上げ、切っ先を赤い腹に滑り込ませる。布を裂くかのような柔かな見た目とは違い、スブリと鈍い音が響き、炎のように熱い血が吹き出す。その血と反撃をかわす為、巨竜の腹部に刺さった屠龍大剣(ドラゴンスレイヤー)はそのままに前転。死角へと回避する。
一連の手馴れたシェルティの動きにキサラは呆然としていた。背負った大剣の重さを感じさせない俊敏な体さばきと剣術。傭兵隊「Fox Shrine」の2番隊長の肩書きは決して伊達ではない。
眼前の目標を見失った上に腹部に鋭い痛みを感じた巨竜は激痛の咆哮を炎と共に吐き出した。その先に、いまだ立ちすくむキサラがいる事を知っていた。
「バカがっ!!ボーッとしてんじゃないよ!!」
キサラの小さな体をかかえて、横に飛んだ女。「Fox Shrine」1番隊長にして総兵長、廻奈(かいな)はキサラを小脇に抱えると、竜の炎息をかわし、キサラをセントラルドーム−竜の巣−の外壁まで放り投げると腰から黄紅双剣をぬく、ラグオルの生物の腕をもぎとって作った小剣二振り、特殊テクニックを得意とする廻奈の職種「フォース」には似合わぬ武器。
炎はさらに廻奈を襲った、しかし廻奈は、まるでドレスのようなコスチュームを炎の餌食にすることなく、背転につぐ背転…幾度の回避の後に壁を蹴り攻勢へと向かい、そして大きく跳躍。炎を吐き尽くした巨竜の顎と目の前に現れたものは勝利を確信した廻奈の微笑であった。

「あーあー。廻奈も味方を放り投げる事もないでしょお??」
あまりのことに座り込み、泣き出したキサラをあやしつつシェルティは言った。
「ふん。役にたたないならせいぜい足手まといにはなって欲しくないんでね。まったくフィルナもとんだお荷物を押しつけたもんだね!だいたいその涙はなんだい、ロボットなんだろ?こいつ。」
廻奈はキサラの頭を叩きながら言う。アンドロイドに涙の意味はない。それだけでも、キサラの出自はイレギュラーだが、キサラのボディは法律で禁止されている人工皮膚を纏っていた。廻奈はその柔らかい皮膚をつまんで言う。
「まったく、フィルナが少女趣味とはねぇ…くすくすくす、代わりに犯してやろうかしら…」
「だ…だめですぅぅぅぅ」キサラはあわてて立ちあがる。笑い出すシェルティ。
「冗談だよ。それよりシェル、依頼人の探し物はみつかったか?」
言われてシェルティは笑いながら一振りの剣を出した。今回の仕事は巨竜の腹部に収まった剣の奪還であった。シェルティが巨竜の首を落とすことを優先させず腹部を大剣で切り裂いたのは竜の死後硬直が早いということを知っていた為である。
「こんな剣…とり返すほどのものじゃないと思うけどなァ…」シェルティが竜の腹から取り出した剣を叩いてつぶやく、シェルティたちにとってはとるに足らない武器であった。
「ふ。あたしらは金がもらえりゃなんだっていいだろ。いくらフィルナの頼みの子供のお守だって実益がなくちゃやってらんないしさ…さぁて、帰還するかぃ。」

キサラの父代わりである元ハンター、フィルナが何故養子のキサラをラグオルに降り立たせたかはわからなかった。フィルナの旧知を頼れとの言いつけのまま初陣を共にしたのは廻奈とシェルティ。キサラが銃の扱いにもたつく間にも二人はラグオルの原生生物の間をくぐりぬけ、確実に倒していく。新人だからとて敵は決して手加減はしない。「Fox Shrine」の二人もそれを知った上でキサラを気遣わなかった。キサラは泣きながらなんとか付いて行くのが精一杯だった。「Fox Shrine」にとっては散歩のような仕事でも、キサラにとっては死が眼前にある初陣。修羅場であった。

宇宙船パイオニア2の一角であるハンターズタウンですれ違う人々すべてが、キサラたちを見る。正確には「Fox Shrine」の二人を見ている。
人跡未踏の地、遺跡エリアに降り立った数少ないハンターであるという事、なおかつその地で最高のハンターと言われた妖刀ゾークの死を看取り妖刀を受け継いだという事はパイオニア2内での「Fox Shrine」の名声を確固たるものにしていた。その有名傭兵隊の1番隊と2番隊の隊長、それに荷物と呼ばれた少女は仕事仲介業ギルドを後にしたところだった。
「あのクソ親父。けっこうはずんでくれたじゃないか。」廻奈は手にした紙幣を数えて言う。
「親父さんがオファーだしたのに、廻奈が腰に手をのばしたからだよぉ、Fox Shrineの評判また悪くなっちゃうなぁ…」ボヤくのはシェルティである。
「あたしらは人気で商売するんじゃないんだ…おっと、お出迎えだよ。」
遠くから走ってきて廻奈達をとりかこんだのは1番隊のメンバー。通称「妖孤守護」である。
「おかえりなさいませぇ!!」
シェルティ曰く顔で選んだという妖孤守護の面々はいずれも女性であり、美少女ばかりであった。7人の守護すべてが廻奈に心酔しており、廻奈のためなら確実に命を投げ出す者達ばかりであった。
「あれぇぇ?この子は…もしかして新しい守護のメンバーって…」
妖孤守護の一人がキサラを指差して言う。
「あ、こいつは違う。こいつはフィルナの連れ子だよ。とんだ荷物でね、おまえ達には及びもつかないさ。」
「でも、かわいいのにぃぃ。」
妖孤守護の一人であるノートが言うと、幾人かは同意してうなづいた。
「やれやれ、おまえ達まで妖孤守護は顔で選んでると思ってるのかぃ。」あきれ顔の廻奈。
「でも、否定しないところが廻奈らしぃわ。はてさてぇ、今夜のお相手はどの娘かなぁぁ?」シェルティがころころと笑い出す。
ラグオル前線基地ともいえるハンターズタウンの中心でわらう女たちを見て、怪訝な表情をするものはいない、タウンにいる全てのハンターが、新米でないかぎり彼女等の戦場での凄まじさを知っている為である。「一騎当千」…それは今、キサラを指差して笑うノートという名の、あどけない紫髪の少女にも言えることであった。
「Fox Shrine、特に妖孤守護の女には手をだすな。手をだせばその手が次には斬られて落ちているぞ。」
新米ハンターが、酒場の親父からレクチャーされる一言目は必ずこの言葉であった。

惑星ラグオルの衛星軌道上に浮かぶ宇宙船パイオニア2の夜は、ラグオル星系の恒星がラグオル自身で隠れてしまう時とされている。しかし、移民が不可能かもしれぬというパイオニア2自治政府の発表による不安をかき消すかのように夜も昼とかわらぬ照明が街を照らし出していた。
しかし、そんな街の光が届かぬかのような一角もある。
「フィィーールナ!ひっさしーーぶりぃぃぃ」
暗くて見えぬドアノブを間違えることなくひねって入ってきた男一人。それをみた部屋の主らしい男は、いままで向かっていた机の引出しを開けフォトン製小銃の存在を確認すると、玄関の照明を点した。
「やはり、るるりんか…また飲んでいるとは、いい身分だな。ラグオル派遣ハンター監査役という仕事…よほど暇なのか…」
「ぼふぇふぇふぇ。まーーたぁ、憎まれ口たたかなーーいの。あーーしたからしばらくお休みなーの。」
るるりんと呼ばれた男はいかにも酒を飲んでいるという風で、よろめきながら部屋の主フィルナの前まで来ると「ぼふえーー」と息をはきかけた。フィルナの友人であり、かつては共にラグオル地表に降りたハンターでもあったが、どういうわけか今の身分は先にフィルナが話したとおりである。
「アンティドート(解毒剤)だ。シラフの時に話すべき話をもってきたんだろう?すぐに飲め、息が臭くてたまらん。」
フィルナは緑色の粒を2つほどるるりんに差し出しそうとしたが、受け取りたがらぬるるりんの顔をみて、口の中に強制的に叩きこんだ。

「軍の残骸が、見つかった。」
正気にもどったるるりんは話し始めた、移民船パイオニア2の先遣隊として送られた開拓船パイオニア1、そこには大規模な兵力も存在していた。しかし、今回のラグオルの爆発事故により、パイオニア1の開拓団もろとも、姿を消していたのであった。その兵器の残骸が見つかったというのだ。
「それと同時に坑道エリアの深部に迷い込んだグループが、この写真を撮ってきた。みてくれ。」
るるりんが差し出した写真には何かの機械を生産している工場ラインのような場所が写っていた。
「坑道エリア橋部より数十メートル下に落ちたそうだ、そこで見たらしい。次々と新しいのが作られているらしいな。坑道の機械どもが減らぬ理由がわかったというわけだ。」るるりんが解説をはじめる。
「しかしるるりん。問題はそこではないぞ。」
「そうだフィルナ。何故、いまだに活動しているかが問題だ。そして、この坑道エリアの根本的な存在理由も明らかになっていない。」
フィルナは酔い覚ましのコーヒーをカップに注ぎ始める。
「ふーーむ。…あぁ、それと軍の残骸が見つかったとか…坑道エリアか?」
「遺跡エリアに果敢にも挑んだ奴がFox Shrine以外にもいたよ。そいつが持って帰った情報で、残念ながらその報告がそいつの遺言になっちまった。しかも、まだ詳しい事は解らんというのが本当のところだな。フィルナ、ブランデーはないのか?」
るるりんはコーヒーの味に注文をつけた。フィルナは笑って首を振る。るるりんは一気に飲み干してしまった。
「坑道に残骸はないということだな?そして遺跡でようやく…か、妙だな、るるりん。」
「情報部じゃあ、坑道の残骸は現在も生産を続けている機械の材料になったという説が有力だがね。ま、明後日降りてみるさ。」
その言にフィルナは目を見開いてるるりんの顔を見た。
「おいおい大丈夫か?高級官僚まで降りなきゃならないほど、ハンターは不足しているのか?死んでもらっちゃ困るぞ。」
フィルナの心配顔にるるりんは笑って答える、
「はははははは。散歩だよ散歩。俺だってまだ死にたくないさ。傭兵も雇うし、深部までいかない。心配するほどの事はしないよ。」

「ただいま戻りましたぁ」
フィルナ宅に軽い声が響く。
「かわいい娘さんのお帰りだ、団らんの邪魔しちゃ悪いから俺はそろそろいくよ。」
キサラに軽く挨拶をして、るるりんはくしゃくしゃになった官庁支給のコートをはおると、表通りまで見送るというフィルナの言に甘え、共に部屋を出た。プライベートな雑談。昔の事、今の事。しかし、るるりんの別れ際の言葉は、
「SCATは順調か?」であった。フィルナはその問いにただ微笑むだけであった。

昼と変わらぬ夜がふけようとしていた。

 

つづく(と思う・笑)

 

 

戻る