皮下機械の少女
第10戦「遠足」
明日はピクニックです。楽しみです。
キサラは前も言ったようにご飯は食べられないんですけど、お料理は好きなので、みんなにお弁当を作っていくつもりで、咲夜ちゃんと一緒にお買い物をしました。
咲夜ちゃんはオムライスを作るみたいです。キサラも負けてられません。そういえばこの間教えてもらった ちんじゃおろーすー の作り方、ものすごく勉強になりました。ただ、やっぱりお肉は高くて高くて困ってしまいます。ほいこーろー もお肉を使うので、仕方なくふんぱつして買いました。
あなたもよかったら来てほしいんですけど、無理ですよね。この前街頭ビジョンであなたを見ましたけど、本当にお忙しそうでしたし。
かわりに、いつかキサラの ちんじゃおろーすー を持ってお邪魔したいんですが、いいですか?
遠足当日 9:00
廻奈を待っている間、本屋でたまたま手に取った雑誌の占い欄を、これまたたまたま見た綾乃は、そこに「宴会、会合は大凶。無理に理由をつけてでも欠席する事。」と書いてあるのを見て、くすりと笑ってその本を本棚に戻したのだが、後になって思えば、雑誌の占いというやつも、あながち馬鹿にはできぬものである。
遠足前日 18:00
悩み事があるのか?と養父フィルナが問うほどにキサラの顔は暗かったのではあるが、その理由である「SCATというハンドガンの出自」を聞くことは、キサラには出来なかった。
敬愛する父との間に、何か決定的な亀裂を作ってしまうような…そんな理由無き憶測が、キサラの心を縛っていた。
問うまでもなく、フィルナはその武器をキサラに渡す際「新型武器の研究」とその白いハンドガンの理由を語ったのではあり、実際キサラがもう一度問うても、フィルナは同じ回答をするであろうとは思う。戦場でのかのハンドガンの威力は絶大であり、それが結果としてキサラはもちろんの事廻奈や綾乃の命を救った事にもなった。父は、ただキサラの力になる事をしただけの事。ただそれだけの事と素直に信じていたかった。
「ん、大丈夫なのー。」
故にキサラはただそれだけを言った。
「では、これでいくらか元気になるかな?」
決してキサラの心を読んだわけでは無いが、キサラに元気が無いと見たフィルナはそう言って食事中のキサラの前にやや大きなリボン付きの箱を置いた。
「ほぇ?なんですかぁ?お父様。」
「あけてみるといい。」
言われてキサラはピンク色のリボンを解き、箱をあけてみた。中から出てきたのは「pri katz」と書かれた小さな札と、リボンと同じピンク色の洋服だった。「pri katz」とは子供服の有名ブランドである。
「お父様、これは…」
「お前と買い物に行ってわたしが用があって離れていた時、pri katzのショーウインドゥを見ていただろう?明日は廻奈の所の宴会の日だったな…良かったら着ていくと良い。」
「…」
「どうした?気に入らなかったか?ふーむ…てっきりお前はそれを見ていたものだとばかり…」
「ちがうの、お父様…ちがうの!!」
下を向いてしまい「違う」と言うキサラを見て、どうやら買ってくる品物を間違えたらしいと気付いたフィルナはさすがに残念な面持ちで、
「驚かせようと思ったのが裏目にでたみたいだな、今なら交換してもらえるだろう。」
と言い、ピンクの洋服を箱に戻そうとしたが、キサラがそれをさせなかった。キサラはフィルナのプレゼントを自分の方へ引っ張り込むと、それを抱きかかえ、顔をあげた。
「どうしたキサラ?何を泣いてる?」
フィルナがそういった通り、アンドロイドのキサラの目には涙がたまり、一筋、もう一筋と頬をつたっていた。
「キサラ…いいこじゃないの…なのに…」
キサラの内にある疑念を知らぬフィルナは、キサラが何故「いいこではない」というのか、その理由がわからなかった。さしずめ昨晩、皿を割った事くらいしか心あたりがなかった。
「キサラがいいこかそうでないかは、わたしが決める事だ。それに今日はお前の誕生日だろう?」
フィルナは涙で濡れたキサラの頬を指でなぞりながら言った。キサラの誕生日、つまり製造年月日は分かっていない、故にフィルナがキサラを保護した日が誕生日という事に決めていた。
「ごめんなさい…お父様。」
キサラは口で一度そう言い、養父に疑念を感じていた事を心の中で何度となく詫びた。
「キサラ、こういう時は ありがとう と言いなさい。」
微笑んだフィルナをみて、キサラも笑い、言われた通りの感謝の言葉を口にした。
遠足当日 10:00
「シェルティ様ー。そっちに行きましたー。お任せしまーす。」
「はーい、任されたー。」
ラグオル地表、森林エリア。シェルティは自分の方へ走ってくる巨大ヒヨコ「ラッピー」に狙いを定めた。しかし、手には武器を持っていない上に、体にはボディアーマーではなく、小さなネクタイ付きの青い洋服を着ていた。
ラッピーはその目にシェルティを捕えると、小さな足を可能な限り細かく動かし脇から逃走を試みたが、
「あっまいわねぇ、そんなんじゃいつか殺されちゃうぞっ。」
と言ったシェルティから足払いをもらい、地に鞠のように転がった、足だけは相変わらずこまかく動かしていたが、自らの襟首をシェルティに掴まれたと知ったラッピーは、無駄な抵抗をやめた。
「逃げるならもっと遠くに逃げて欲しーわけぇ。ごめんねぇ。」
シェルティはそう言うと、力任せにラッピーをぶん投げた。哀れな巨大な小鳥は「ピィィィィィ」と鳴きつつ、役にたたない小さな羽根をばたつかせながら砲丸投げの砲丸の如く消えていった。
さらにそれを追う様に、人間大の生物「ブーマ」が飛んでいった。紫髪の少女、妖孤守護の一人であるノートが投げたものであった。
「もいっちょ、いっきまーす。」
ノートは足元に伸びている犬と熊のあいのこのようなブーマの両足を掴むと、その場で回転、十分なスピードによる遠心力で、一体目と同じ方向へほうりなげた。ノートも外出用の洋服をきており、決して戦うための出で立ちではなかった。
「ノートちゃん、まだ一匹いるよっ!」
シェルティの言葉通り、回転を終了したノートの小柄な体格を覆うように、背後にブーマがいた。ブーマの鋭い爪、普通の人間であれば一撃で十分なほどの殺傷能力を持つ腕力。ワニほどとも言われる顎の力も当たらなければ意味が無い。そしてブーマの戦闘技術など、妖孤守護・ノートの前では、幼稚園のお遊戯に等しかった。「よっ」「とっ」と小さく発声して、その愛らしい顔に微笑みを浮かべながら最小の動作でかわしていく、その最小の回避動作に一つだけ「踏みこみ」という動きを付け加え、ブーマのみぞおちらしき個所に肘を当て、ひるんだブーマの顎に掌による打撃を与えた。本日三体目のブーマは、近くにあった木に寄りかかり気絶した。
「わたしにもやらせてー。」
そう言ってノートの元に駆けよってきたおかっぱ頭の少女も同じ妖孤守護、カメリアである、普段はFox Shrineの経理や営業を担当しているのだが、妖孤守護らしく、その戦闘能力は並ではなかった。
「カミィ、なにそれ?」
ノートが指差した先には、紙を幾重にも折りたたんだ、巨大な扇子のようなものがあった。
「ハリセンっていうのよ、今回の宴会芸で使おうと思って持ってきたんだけど、本番前に試してみたくて。」
「ふーーん。」
「ねぇ、アレで試してみてもいいかしら?」
カメリアが言うアレとは木にもたれて倒れているブーマの事である。
「まあ、あとは投げるだけだからいいけど。」
「じゃあ、早速。」
カメリアはハリセンと呼ばれた紙の握りの部分を確かめる様に慎重に握ると、あたかも野球でいうところのバッターのような構えをとった。目の前には当然、気絶したブーマが立っていた。
「それっ!」
その一言と同時にカメリアはフルスイング。「スパァァァン」という渇いた音があたり一面にひろがり、ブーマの姿はすでになかった。
「あはははは、ホームラーンってやつかしら?」
先の二体と同じく空へと飛んだブーマをみてカメリアはそのそばかすの顔をさらなる笑顔へと変えた。ノートもその外見とはうらはらなハリセンの威力に腹を抱えて笑っていた。
「ホームラーン。はいいんだけどぉ…カミィ、本気でそれ宴会芸で使う気なのぉ?」
笑っている二人とは違い、やや呆れ顔のシェルティがまだ笑っているカメリアに聞いた。
「くすくす…酔っ払った廻奈様に使いましょうか?」
遠足当日 11:30
「どうやら掃除は終ったみたいだね。みんな、準備しな。」
先の三人より遅れてやってきた廻奈が、後ろにいるFox Shrineのメンバーに指示を出した。咲夜そしてキサラ、車椅子に乗った綾乃、その他の妖孤守護のメンバーだけでなく、るるりんやリム、その他友人たち、知人のハンター達も廻奈たちに付いてきていた。しかも彼女ら全員が戦闘服ではなく、普通の服を着ており、手にはやはり武器ではなく、バスケットやバッグ、レジャー用のボールやパラソルなど、戦場には似合わぬものばかりを持っていた。中にはカラオケ用のスピーカーまでがあった。
皆が持ってきた敷物を敷き、その上に荷物を置いて腰を下ろし、荷を解き始めた。
キサラと咲夜が協力して敷いたハムスターの図柄入り敷物にはキサラ達自身が持ってきたバスケット等がおかれ、廻奈も自分の荷をそこへと預けた。廻奈の荷を解くと、そこからは数々の銘柄の洋酒が転がり出た。キサラのバスケットからは中華料理が、咲夜のバスケットからは大きなオムライスが顔をのぞかせた。皆が皆、それぞれがこれから食べ、飲むであろう物をバスケットやバッグに入れて持ってきていた。たちまち血なまぐさい戦場の一角は「傭兵隊Fox Shrineピクニック」の場となった。
「はい、みんな静かにして頂戴。Fox Shrine兵長、廻奈から話があります。」
車椅子の上から綾乃が言った。白い礼服のような姿の廻奈は全員にグラスが回ったのを確認し、カラオケ用のマイクを握った。皆が廻奈に注目する。
「えー。食べて飲んで歌って飲んで騒いで飲みましょう。以上、乾杯!」
「かんぱーーーい!!」
ガラスとガラスが触れ合う音が方々で響き、続けて笑い声が森に響きはじめた。この宴会を知らぬ人が後にシェルティに如何な物かと聞いたところ「ある意味戦場。」と答えた、そのピクニックが始まった。
遠足当日 12:30
「それにしても、キサラちゃんのお洋服、本当に可愛いです。」
キサラの作った中華料理を頬張りながら、フィルナからのプレゼントを咲夜はそう評価した。
「くすくす、お父様からの誕生日プレゼントなのー。」
「あ、そういえば咲夜からもプレゼントがあるんですよぉ。はい、お誕生日おめでとう。キサラちゃん。」
咲夜はバスケットの脇の紙包みをキサラにわたした。
「あ…ありがとーですぅ、咲夜ちゃん。あけてみていいですかぁ?」
「どーぞっ。」
包み紙を破かないようにそっと包装を解くと、茶色の布の塊が転がり出た、何かと思い引っ張り上げると、どうやら服らしいという事は解るのだが、いわゆるツナギのように上下がつながっており、しかも奇妙な事に背にチャックがついており、フードには、まるでぬいぐるみのような耳と目がついていた。
「咲夜ちゃん、これは…」
「くすくす…クマさんセットでーす。」
ぬいぐるみではなかった、着ぐるみであった。
「廻奈姉様が、きっとウケるからって選んでくれたんですけど…キサラちゃん、ダメですか?」
「きゃははははは、かわいいのー。」
キサラは本気でそう思っていた。
「よかったー。でー、今着てみて欲しいです。咲夜の分もありますから、お揃いで。」
「ほぇ?今?」
キサラはややためらいをみせた。
遠足当日 12:30
「宴会の時まで仮面をする事はないだろ。」
上司のるるりんに言われ、やや不安ながらも女性避けの仮面「蘭陵王」を置いて出てきたリムであったが、その不安は早くも的中した。
「リームくぅーん。にへへへへ、かわいー。」
すでに瓶5本を空にし、完全にできあがってしまった廻奈が、怯え顔のリムにまとわりついていた。リムの白い頬をペチペチと叩き、耳を引っ張り、自分の酒を無理やり飲ませようといしていた。
「姉様…リム君も困っているようですし…」
「だってぇ、かわいいんだもん、この子。男の子にしとくのもったいないわねぇ、にへへへへへへ。」
綾乃の制止は空振りに終った。
「ねーえ、リムくん、あっちでいい事しよーか。」
廻奈の攻勢にリムは硬直してしまっていた。
「あ…姉様!!こんな時にるるりん卿は何処に?」
「あー、るるりんも完全にイッちゃってたからねぇ、そこらで蝶々でも追っかけてるんじゃないのぉ?あいつのクセだしー。ねーリムくん。」
たしかに廻奈の言う通り、るるりんは千鳥足でそこらを飛んでいる蝶を追っていた。その脇ではシェルティが地に拳を叩きつけ、大笑いしていた。
「綾乃ちゃん。飲んでるー?」
「あ、ノート。いいところに来た。お前も姉様を止めてくれ。このままじゃ、とんでもない事に…。」
「ふーん。でも、もうOKだよ。ほら。」
ノートは廻奈の背後を指差した、そこにはハリセンを持ったカメリアがまるで営業の時のそれのような明るい笑顔を浮かべて立っていた。酒豪のノートにつきあって飲んでいたカメリアの足は、るるりんと同じように安定せず、完全に酔っているのは明白であった、そうでなければ妖孤守護が廻奈に、どんな形であれ手を上げる事は考えられなかったからである。カメリアにハリセンを譲ったのは、実は綾乃であった。日本刀しか使わぬ故に譲ったのではあるが、その意外性あふれる威力は体験済みであった。
「カミィ!!!」
綾乃はあわてて自らの腰を預けている車椅子を走らせた。ゆらゆらと揺れるバッティングフォームをとろうとするカメリアの前面に到達したが、その時すでにハリセンは振り下ろされていた。「スパァァァァァァン!!!」
実弾小銃の銃声のようにも聞こえ、幾人かを振り向かせた命中を告げる音があがっても、廻奈は相変わらずリムに抱き付いていたし、綾乃も無事であった。いや、綾乃に関して正確には「いままでが無事である。」であった。骨折した綾乃の脚であった車椅子は、ハリセンの直撃を受け、今や未練たらしく回転する車輪一つを残し空の彼方へと姿を消していた。
綾乃は自らへの被害を車椅子一つで食い止めたが、腰骨を骨折している彼女がハリセンを回避した後、立ちつづけていられる道理はなく、受身もろくに取れぬまま、その場に倒れこんでしまった。
「あ、綾乃ちゃんが倒れちゃったー。飲みすぎてたみたいですよー、姉様ー。」
ノートがいいかげんな主観を廻奈に報告し、廻奈はその報告を受けて、気だるい顔で綾乃の顔を覗きこんだ。
「あー、こりゃ飲みが足りないんだよ。もっと飲ませてあげな。」
「ちっ!ちが!!」
一滴も飲んでいない綾乃の反論を妨げたのは、廻奈のもってきた一升瓶であった。前後不覚なカメリアとノートが両手にめいめいの酒瓶をもって綾乃に襲いかかっていた。
カメリアが這って逃げようとする綾乃の和服を押さえつけ、ノートが上にのしかかった。
「あーやーのーちゃん、覚悟してねー。」とノート。
「綾乃先輩。次行きますよ。」とカメリア。
「な、なんでわたしがこんな目に…」
ハリセンの手から廻奈を守り、妖孤守護の任を遂行したといえる綾乃はもはや酔っ払い少女二人の玩具と化していた。
遠足当日 15:00
オムライスと中華料理をもって目の前に現われたキサラと咲夜を見た廻奈は、ようやくリムから離れた。
「あっはははははは、似合うじゃないか。二人とも。」
「クマさんセット」を着こんだ妖孤守護最年少はにこにこと笑いつづけ、同じ物を着た皮下機械の少女は恥ずかしそうに下を向きつづけた。
「ほっほー。フィルナが見たら喜ぶんじゃないの?」
そう感想を言ったのは酔い冷ましの蝶々追いを終了して廻奈の元に来ていたるるりんである。
「くすくす…まったくだよ。キサラ、今晩その格好でフィルナのベッドに忍んでみな、あっははははははは。いいかい、その時はあたしに電話入れな。すっ飛んで行くからね。」
真っ赤になって固まったアンドロイドのキサラの顔に自分の顔をできるだけ近づけて廻奈は言った。
「を、いいねぇ、俺も一枚かませてもらうぜ。フィルナの弱った顔が目に浮かぶようだ。」
るるりんは咲夜の頭をなでつつ同調する。
「そういえばフィルナ様、来ないんですね。」
咲夜はスプーンの上のオムライスを廻奈の口に運びながら言った。
「お父様はお忙しいらしいの…」
キサラは自作の肉とピーマンの細切り炒めを小皿に取り分けていた。
「あいつは来ても飲まないし、それにいくら飲んでも酔わないのさ。酔って羽目を外す事も無い。だから遠慮してるってのもあるんだよ、馬鹿みたいに気をつかってさ…あ、咲夜。オムライスの腕を上げたな。」
「だな、俺も奴が酔った所を見た事が無いしな。…ふむ、キサラちゃんの中華も見事なもんだ。」
廻奈とるるりんがフィルナ欠席の理由を推測し、幼い二人の料理を評価した。自分の料理を誉められたキサラは、クマの着ぐるみを着こんでから初めて笑顔を見せた。キサラのそんな愛らしさに、廻奈とるるりんはそろって「ほぅ…」と溜息のような言葉を洩らした。
遠足当日 16:20
花摘み、つまり小用をたすと言って、廻奈はうっそうと繁る木々の間に分け入りはしたが、着衣を取り払うでも、腰を屈めるでもなかった。かわりに一言、言葉を口にした。
「葉常、ご苦労。」
その言葉に誘われるかのように木々の間から、すい…と、人影が現われ出た。まるで死に装束にも見える白の和服。絹糸のような輝きを放つ長い黒髪。妖艶さをたたえる赤い唇。確かにそこにいるのだが、まるで存在を感じさせない儚さのようなものを持ち合わせる物腰。
妖孤守護・葉常。
他の妖孤守護とは一線を画し、完全に独立で行動する諜報、謀略を得意とする影のような存在。そう命令されれば、どんな困難な暗殺任務もやってのけるほどの優れた隠密性を持っていた。
「相変わらずお強いですわね、お酒。」
葉常は静かに言った。
「ふふ、解るかお前には。たしかに酔ったふりをしているだけだ、あれは。でなければ羽目もはずせぬ、我ながら不器用な事だよ、それより報告を聞こう。」
廻奈は木に背を預け、聞く態勢に入る。
「アナの所持していた液体。凝縮フォトンですわね。六花が追っていたのもそれでありましょう。」
葉常は細いが、力のある声で調査結果を報告した。どうやら、先に達成した家出人捜索任務について、調査依頼を受けていたようだった。
「アナの今回の行動の動機はどうだ?あたしの方では収穫無しだ、まさか依頼人の、その依頼品を拷問にかけるわけにもいかないしな。」
「わたくしの方でもあまり。申し訳ありません。」
廻奈は周りを気にして葉常に背を向け、葉常は表情を変えずに廻奈に答えた。
「廻奈姉、他に報告が二つ。」
「ふむ。」
「科学班主任、モンタギューが死亡しました、他殺です。総督府は市民の混乱を避けるため、秘匿としていますが。」
「ほぅ…まぁ当然だな。で、もう一つは?」
「もう一つは…」
葉常の言葉が一瞬詰まったかに見えた。
「どうした?」
「…六花米穀店の二人、帰還しておりません。」
「そうか…」
すらりと流して答えたような廻奈ではあったが、脇にある木に手を当て、目を細めた。目を細めるのは、彼女が深く思惟する時のクセであった。
「…葉常、モンタギューの件、もっと掘り下げてみてくれ。何故か気にかかる。あとアナの事も引き続き頼む。」
「承知致しました。で、六花の件はいかが致しましょう。」
廻奈は再び目を細めて
「それはこちらで処理する。」
と、言った。
任務を命じた廻奈は文字通り林立する木の間から出ようとしたが、袖を引く葉常の手に、その行動を遮られた。
「…?」
廻奈は振りかえった。
「廻奈姉、今夜も相手はしていただけないのでしょうか?」
葉常の表情は無表情のまま変わらずであったが、廻奈はその葉常の表情の奥に寂しさのようなものを感じ取り、小さな驚きの表情を微笑みに変えた。
「今は悪いがこれだけだ。」
廻奈はそういって、葉常の顎を優しくつかみ、その上の赤い唇に、自らの唇を重ねた。葉常の黒髪に廻奈の銀髪が重なって輝く。
軽い口づけが終ったとき、葉常はようやく笑顔を見せた。
「愛しています…廻奈姉。」
「ふふ、あたしもだ。しかし、今は行け。」
「はいっ。」廻奈が森の外へと歩き出した時、葉常の姿はもう無かった。
つづく