皮下機械の少女

 

第12戦「援護」

 

お父様がお手伝いさんを雇うかもしれない、といっていたんですけれど、その通りにライラさんというお手伝いさんが家にこられました。でも、いまキサラとお父様だけでも十分に家の事はできていたのに。
もちろんライラさんに来てほしくないと言うわけではないですけれど。
ライラさん自身は無口で静かな方です。でも無愛想ってわけじゃなくて、キサラ様とよんでくれて笑いかけてくれるのは、なんかキサラも楽しい気分になったりします。
キサラ様なんて呼ぶのはやめて、とお願いしたんですけど、そうですかとくすくす笑われるだけで、全然なおしてくれません。


「もぅ!どうなってるのよぉ!!」
汗だくの紫髪の少女の声が機械化されたフロアに響く。そのフロアにはかつて遭遇したことの無い虹色の敵が列をなしていた。
「とにかく逃げよう。ノートちゃん。ギフォイエで道作るから!」
ノートとは別のもう一人のそばかすの少女は、そう言ってテクニックドライブつきの右掌を地につけた。風がそばかすの少女・カメリアのおかっぱ髪を巻き上げ、それを中心として巻き起こる。カメリアは目をつむり精神を集中。少女を起点として回る風が徐々に熱を帯びてきた。紫髪の少女・ノートは自らの頬にあたる熱い風を感じると、自らの武器であるフォトン爪を最も近い浮遊スルメとでも形容すべき敵「クロー」の、その浮いた身体に叩き込むと、自身の小さな身体を、シェルティゆずりの体術で回転させ、カメリアの元へと戻った。
「カミィ、今!」
その声に導かれたカメリアがその地につけていた右手を次は天へと持ち上げると、その掌と地面の間に炎の柱が出現した。
「ノートちゃん、走るよ。」
二人の間を強く流れる風が、その炎の柱を拾って飛んだ。妖孤守護の二人へむけて集結しつつあったクローの大群。その脇をぬけ、もしくはクロー本体へと、寸断された炎柱が走って行く。炎の攻めにあったクローの陣形が乱れたのを見ると、少女二人はあたかも道案内をするかのような炎のあとを追って懸命に駆けて行った。

廻奈ほどではないにしろ、ノートにとってみても機械化された敵が襲い来る「坑道エリア」は一人で十分渡り合える所であった。が、やはりそれはそのエリアにいわゆる「坑道に出現するいつもの敵」つまり、ギルチックやシノワビート等、戦闘機械が出てくる場合であった。突然奥からあらわれた得体の知れない敵、廻奈やシェルティであったなら、それがさらなる深部に出現する「遺跡エリアの敵」であると判断できたが、かの地に足を踏み入れた事のない二人にはその敵の正体はおろか、対処法も解らなかった。
「戻ろう、ノートちゃん。ここは戻ってこの事を廻奈姉様に報告すべきだと思うの。」
「んー。口惜しいけど仕方ないねー。ちょっと二人じゃ苦しいし…って、カミィ、あれみてよ!ギルチックがあの変なのと戦ってるよ!」
息の荒いノートの指差す先、今現在二人がいる橋部の下では坑道エリアに出現する敵として知られている人型機械と、先ほどまでノートたちや廻奈たちが戦っていた虹色の「遺跡エリアの敵」が交戦していた。双方が相当な消耗戦を展開しており、特に坑道エリア常駐の戦闘機械は倒れても倒れても後詰めが到着するという通常の戦闘姿勢ではなかった。
「ギルチック達は坑道エリア上層から来てる。という事はこのまま帰還する道筋をとれば、機械だけを相手に出来るという事ね。ノートちゃん、あのピカピカの奴らが機械の陣を突破する前に帰ろう。」
カメリアがそう言って体を返した時だった。
「くすくす。そういう訳にもいきませんの。」
ふいのその声にカメリアは驚いて思わず身構えた、ノートも自分に気付かれずここまで接近した相手へフォトン爪を慌てて発光させ、それを向けたが、緊張したその顔をすぐに安心の顔へ変えた。
「葉常ちゃん!おどかしっこ無しだよぉ。それに、あれ?リムくん…だっけ?珍しいコンビじゃん。」
「そこでお会いいたしましたの。どうやら目的は同じようですので。」
遠足の時と変わらぬ純白の和服を纏った葉常の隣には、るるりんの部下である美少年・リムが「仮面は忘れた。」という後の説明の如く、素顔のままで立っていた。
「ふぅ。ピカピカの敵がまた出たのかと思いましたよー。本当にビックリ…」
「ごめん。驚かすつもりはなかったんだ。」
手持ちの精神増幅杖「アグニ」を両手にもったまま大きく息をつくカメリアにリムが詫びの言葉をいれた。
「ねーねー葉常ちゃん、あんたが表立って動くなんて珍しいよねー。」ノートが発光を止めた爪で自らの肩をトントンたたきながら言うと、
「わたしたちが帰ってはいけない理由か何かがあるんじゃないですか?葉常さん?」とカメリアが補足する。
誰に対しても屈託の無い態度のノートとは違い、妖孤守護にあってもその存在を感じさせぬ葉常に対するカメリアの態度はよそよそしいものがある。実際そんな葉常にはピンと張り詰めた凄みのようなものがあった。ノートとカメリアの問いに葉常は目だけを少し動かし、
「そうですわね、わたしがここに来たのは独断で廻奈姉は御存知ない事なんですけれど…しかも、わたしの推論が正しいという確証がないものですし。リムさんとはおおむね見解の一致をみたんですけれど。」
「僕のほうも確たる証拠があるわけじゃない。」
「推論が正しいかどうかは別としても、廻奈姉には急を要することですの。」
葉常やリムの回答はまったく要点を欠いていた、ノートもカメリアも共に眉をひそめたのを見た葉常は
「とにかくここは急ぎたいのです。追々お話しますから協力していただけないでしょうか?」と、表情を変えず言うと、
「廻奈姉様はこのエリアにいるのね?葉常ちゃん。それなら協力をこちらからもお願いしたいわ。なにしろ敵が普通じゃないの。」と、ノートが珍しく緊張した表情で答え。
「るるさんから聞いた遺跡エリアの敵に外見が良く似ている。もし、その通りならあまりいい状況じゃない。」と、リムがマシンガンを腰より取りだし
「とにかく急ぐなら、先に進みましょう。」と、カメリアが急かした。
そうして四者がそれぞれの言葉で共同戦線をはることに同意すると、そのタイミングを見計らったように、代表的な遺跡エリアの敵であるディメニアンの一隊が橋部端より姿を現した、先ほどまで坑道エリアの機械を相手にしていたらしく、その虹色の身体には機械油と細かいパーツが付着していた。
「早速来たわねっ…カミィにリムくんは援護をお願い!葉常ちゃん、斬り込むよっ!」
「ご油断なく。」
指示をだしたノートにそれを受けた葉常、前衛を務める事になった二人は敵の一隊に対しY字型に走る。敵・ディメニアンは突撃してくる二人を視認し、フォトン刃である右腕を持ち上げ、戦闘態勢をとった。
「パーティに最大の打撃力を与えなくちゃ。わたしは直接攻撃よりも。」
そう言ったカメリアの右腕のテクニックディスクドライブが光を放ち、カメリアが二手にわかれて走る二人へむけて腕をのばした。ノートと葉常の身体が一瞬赤く光った。
「体が熱い。カミィのテクニック、シフタね。」
一時的に肉体の筋組織を増強させる特殊テクニックはその実質的な効果以上に、それを受けた人間の精神面での効果がある。「先より確実に強くなった」という思いが恐怖による躊躇を無くすという事である。
その効果を試すより先にリムのマシンガンのフォトン弾が敵陣を崩した。数体はその援護射撃によって体内の生体フォトンを地に撒き散らしその自らが作ったフォトンの池に沈みこむ。
「残存はっ!」
リムの攻撃により被弾した一体のディメニアンの持ち上げた右腕、それが振り下ろされるより早くノートは光爪を敵の右腋下へ刺しこむ、武器を刺し込んだ事によって自らの武器を封じる結果となったノートに別のディメニアンが襲い来る。ノートの大きな目がその動きを完全に把握する。抜けるかどうか分からぬほど深く刺し込んだ爪を抜く動作を行うよりも、ノートはその小さな体に似合わぬ力とカメリアのテクニック・シフタの作用をもって、爪を刺したままのディメニアンを強制的に移動させると、それを盾にみたてて新たなディメニアンのフォトン刃を受けた。
「ええいっ!」
そして次には敵に刺さった右腕武器を復帰させるため、両の足をプロレスで言う「カンガルーキック」の要領で、すでに動かなくなったディメニアンの胸板を蹴ると、その力で爪を引き抜き、側転して逃れた。
「お甘いですわよ。ノートさん。」
側転後の無防備な状態のノートをまた別のディメニアンが襲っていた。それを止めたのは武器を所持していない葉常だった。
「葉常ちゃん!素手じゃ無理だよ。」
ノートの危惧をまるで無駄なものとするかのように葉常は動く。上段から振り下ろされる敵のフォトン刃を受けずに素手で流し、力をそがれバランスを崩した敵の背に手刀を当てる。うつ伏せに機械化された床に這いつくばったそのディメニアンの背に葉常は手を向けるだけであったが、瞬間、ディメニアンの五体が音も無く四散した。
「なに?今の…」
驚きの声をあげたカメリアには葉常がただ手を向けただけでディメニアンの手足がバラバラになったかに見えた。
「あれは、鋼線?」
そう言ったリムには、葉常の指先から敵との間に幾筋かの光の線が見えた。葉常の武器は極細の鋼の糸。それを時には硬く、時にはしなやかに、意のままに操って敵に武器の質を悟られる前に切り刻むのが葉常の戦い方であった。
「ノートさん、新手です。」
葉常が敵のバラバラ死体を作製している間、ノートはまた別の一体を処理しかかっていた、そのノートの前へと立ちはだかる敵を切り裂きつつ、そのついでにノートを仕留めようとした敵がいた。
「なに…こいつ、味方を自分の手で殺してまであたしを殺りたいわけぇ?いいじゃん、そういうの…嫌いじゃないよっ!」
ノートはその顔に微笑みを作ると、体を思いきり低くし、新たな敵−剣と盾を持ったかのようなスリムな敵・デルセイバー−へと突進した。敵の意識を下段に向けておいての跳躍、それから上段への攻撃と見せかけて背後へ。それが最初にあたる敵に対するノートの一種の奇襲戦術であったが、紫髪の少女がその時不審に思ったのは、自らの跳躍の後のデルセイバーが、その左手にある盾を上段に向けておらぬ事であった。防御の気が無いように見えた盾に遮られぬデルセイバーの顔、それはまるで迂闊な敵に対し、哀れみの微笑を与えているかに見えた。
そして、ノートが次に見たものは自分の着地地点で剣を構えている二体目のデルセイバーであった。

「ノートちゃん!!ノートちゃん!!」
カメリアの呼びかけに対するノートの答えはなかった。
リムの援護をうけ、葉常が辛くもデルセイバー二体の手の内よりノートを救い出した。が、着地前の落下速度とデルセイバー二体目の剣速の作り出した体を縦に流れる深い傷はノートの行動能力を完全に奪っていた。
「うふふ…これは只の敵とは違う様ですわね。」
そう言った葉常は、デルセイバー二体を前に独特の体さばきでなんとか凌いでいたが、攻撃に転じられぬ所をみると、「うふふ」と言うほど余裕があるわけではなさそうだった。
一体目の横なぐりの剣をかわし、その葉常の体の動きを見て二体目が攻撃を仕掛ける、一体一体が回転するかのように間断なく攻撃を加えてくる。そのバランスを崩すべく、リムが隙を見てマシンガンのトリガーを引く。その弾丸の到達は阻まれたが、それは三体目のデルセイバーによるものであった。
「その子はリバーサーで回復できるはず。早く復帰させないと葉常さんがもたない。」
リムが今だノートの脇にいて戦闘に参加していないカメリアに言ったが、カメリアに意識回復テクニック・リバーサーを使う気配はなかった。
リムの弾丸は一体、良くて二体の盾使用、即ち「足止め」に成功していた。その二体足止めの時に葉常に対する戦闘ローテーションが崩れる。ノートの復活及びカメリアの支援を期待していない葉常が攻勢に転じるには、この期をおいてなかった。
葉常に相対する一体が攻撃に転じ易いようにと、葉常は自らの動きに無駄を作った。それを見て、腹部へとせまるデルセイバーのフォトン刃。葉常の黒髪が、襲ったデルセイバーを愛撫するかのように、その虹色の体をなぞった瞬間、葉常の右手より流れる鋼線は光る敵の刃とそれが付いている右腕を愛撫していた。
たとえ最下層である遺跡エリアでの強敵とはいえ、武器を失い、右手に死角を作った時点で葉常の敵ではなかった。黒髪・白衣の妖孤守護は盾で防御される前に、武器を失った敵の顔と思しき部分を右手で掴む。そして、自らの意のままに動く鋼線に、その顔の破壊を命じた。「にちゃ…」まるで柔かな果実が砕ける様に哀れな敵の頭は砕けた、フォトン入り混じる体液を撒き散らして。
右手に流れるその体液を拭わぬまま、葉常はリムの脇まで後退した。そして座り込みつづけるカメリアの胸座を掴んで引き起こす。
「早くノートさんを起こしていただけないかしら?」
葉常の言葉だけをみれば、いくらか優しく思えようと、その表情は、いわば「冷たい殺気」をはなっていた、涙で赤く腫れたカメリアの目がいくらか怯えを見せる。
「急がねば廻奈姉が危険だという事は先にもお話致しました。しかしノートさんにリバーサーを使わぬままなら、廻奈姉の所へ行くどころか、わたしたち自身が危険なのはお解りでしょう。」
放るように葉常はカメリアをノートの脇へと落とした、カメリアは放られるままに両手両足を機械の地につけ、うつむいたまま何かを言おうとしていた。
「…ことが…の…」
「?」
残存の二体のデルセイバーはリムのマシンガンから放たれる弾筋を読む事ができる様になったかのように的確な回避を行いだしていた。リム一人ではこれ以上抑えきれぬと見て、葉常は敵へ向かって歩き出したものの、カメリアの不明瞭な言葉にやや足を止めた。そんな葉常に今度は叫ぶかのようにカメリアは言った。
「わたしはリバーサーを使う事ができないの!!」
リムの弾丸を回避ないし防御する事に余裕すら覚えたデルセイバー二体は、まるでカメリアの言葉を好機と見たかのように、攻撃へと体勢を転じ、葉常へむけて疾駆していた。

 

つづく

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