皮下機械の少女
第13戦「不審」
ごめんなさい。今日は時間がありませんから、VTPで少しだけです。
どうしてですか?と聞きたかったんです。でも、聞けませんでした。
だからこれから行って聞こうかと思うんです。大好きだから、聞きづらいって事、ありますよね?
あ、もう行かなくちゃ。
無事に戻ってこれたら。またお手紙します。
人間・アンドロイド・ニューマン。
それぞれの種が厭戦的になって来てはいたものの、ラグナロクという戦争の火は、あまりに長く燃えつづけ、広範囲にわたって燃え広がっていた為に大きな火が消えても小さな火がくすぶり返し、まだ完全鎮火にはほど遠かった。
廻奈が話したのは、そんな地球上最後といわれた戦争の終焉も近い時期の事であった。
「このラグオルでこうやって戦うのとさ、ラグナロクのように大きな戦争で戦うの、その大きな違いがわかるか?」
誰にともなく廻奈は問うた。
「非戦闘員の犠牲の大きさだよ…人間だけじゃない、アンドロイドだってそうさ。咲夜みたいな小さな娘も、キサラに良く似た非戦闘アンドロイドまでもが、体のどこかしらに大なり小なり傷をつくって、その体を引きずって逃げてたんだよ…難民としてね。」
廻奈が咲夜の肩を自らに引き寄せて言った、引き寄せられた咲夜が見上げたFoxShrine総兵長がようやく大人と呼ばれる年齢になったばかりの頃、彼女はラグナロクにより被災した難民を救出、安全な地を求めてさまよい歩いていた。
かつてシェルティが所属していたル・リエーほどの大きな組織ともなれば、確保した難民を一部だけでも一時的にでも保護できる施設を用意できたかもしれない。
「その時いたのはあたしと数人の仲間、それと六花…あたしの本当の血の繋がった妹だった。ドジでね、いつもなにか失敗してたっけ。でも、それでよかったのさ、そのままでよかった。だいたい難民を助けると言っても、使えそうな車両を見つけて、それに傷ついたヤツを乗せて安全だと思うところへ向けて発車させるだけの事さ…失敗なんてあっても大したモンじゃない。その戦争の悲惨さをみれば、なおさらさ。」
六花が連れて来た難民の一隊に、おもちゃのロボットをにぎりしめた人間の男の子がいた。いかな軍かもわからぬ部隊よりの空襲は、彼の家と両親を目の前から奪っていった。六花がその子を見つけた時、彼は大きく目を見開いたまま座り込み、六花の呼びかけにもまったく反応しなかった。
「六花、弟が欲しいって言ってたんだ。だからその子を弟と思ってたんだろうね。自分の事をほったらかして面倒みてた…実際、その子の目にもなんかこう…光が見えるというのか、顔にも生気みたいなのが戻ってきたんだよ。」
難民は戦地より産まれる。つまり廻奈や六花たちがいた所は遠からず戦地になっていた所である。その日、その言葉を裏付けるかのように廃墟と化した町を再び軍隊が襲った。
大型爆弾が作ったクレーターの脇を落ちないように進む、戦闘の爆発は遠くで起っていたが、その爆発によって生じた振動や細かい瓦礫の飛来は、決して遠くなかった。
「ちょっと六花が離れたんだ、その子から。その時大きな揺れがあったのさ、ほとんど絨毯砲撃といっても良いくらいだからね、着弾の距離がだんだん近づいてきてたのさ。幸い誰も穴に落ちる事は無かった、でもその子おもちゃのロボットは穴の斜面を転がっていたんだ。」
「それじゃ、その子は…」シェルティが息を飲むかのように思わず言葉を発した。
「自分から斜面を滑り降りて行ったんだ、結局その子が家族の形見を手にしたのは穴の底まで行ってからの事だった、その時に六花が気付いたんだ。自分の弟が危険だってね。」
廻奈の言葉通り、その時ローラーをかけるように念入りに爆発を続ける砲弾の雨は、六花の滑り降りるクレーターをさらに変形させようかとばかりに近づいてきていた。慌てていた六花は上手く滑る事ができず、頭から転がってしまう。爆発はそこまで来ている。
「六花が転がり終わって、頭を上げた時、男の子はいなかったんだ。千切れた右手と、おもちゃのロボット以外は。それからさ、しばらく六花はいなくなってて…帰ってきたらこの機械化された姿さ。わたしの妹のこいつは当然、前は肉をもった人間だったんだ。で、それから喧嘩別れさ…」
廻奈は目の前にある六花の青いボディを触って、そう言った。
ギルチックの光学兵器を受けたらしい左胸に大きな黒い穴があいており、すでに動く事は無かった。廻奈が左手首にまいている六花内部からの信号受信装置も、その動きを止めていた。
「帰還する為のトランスポート・パイプまでは遠いが、ちゃんと墓標をたててやりたいだろ?大変だが、二人とも連れて帰ろう。」
るるりんが、そう言って六花のパートナーとして死を共にしたユゥキを抱え上げ、廻奈が六花を持ち上げた時、六花の腰のポケットからなにか金属製の物が落ちた、それを拾い上げたのはシェルティだった。
「廻奈…まさか、これって…」
ススかなにかで黒ずんだおもちゃのロボット、それに付いている白い狐の小さなマスコット。廻奈は両腕の中にある破壊された六花を地に横たえると、その狐付きロボットをシェルティより受け取った。弟だと思った子の形見と、実の姉の象徴。
何かを言おうとするその口が、知らず知らずのうちに嗚咽を洩らしていた。FoxShrineリーダーとしての面子が、廻奈にその口を手で押さえさせる。目を大きく開いていた。今それをつぶれば涙があふれるのは必定だった。
「廻奈…泣いても、いいんだよ。」
シェルティの言葉にも廻奈は答えられなかった。長い銀髪がうつむいて座り込む廻奈の顔を隠す。その長い髪の内側より生まれ出でる透明な液体が、一筋、もう一筋と六花の傷ついたスカイブルーのボディに流れをつくった。
「しばらく、一人にしといてやろうか…」
重いユゥキを抱えたるるりんが「えぐっ、えぐっ」としゃくりあげる咲夜に声をかけた。シェルティは咲夜の背を軽く撫でると、そのまま押すようにその場所からの移動を促した。「大きな世界に目を向けると、自分がどんなに小さな存在か自覚する事もあるだろう。実際そうなのだ…個一人一人の命など、紙切れのように軽く、脆い。」
キサラと共に歩き出したフィルナがそう言うと。涙で瞳をぬらした皮下機械の少女は養父を見上げ、
「そ、そんなのは嫌ですぅ。キサラは誰にも死んで欲しくないの…。咲夜ちゃんもお父様も紙なんかじゃないの…」
じっと自らの目を見据えて話す養子の頬を掌で押さえ、フィルナは自宅で見せるような笑顔を作った。
「脆いからこそ、かけがえがない。弱いからこそ、愛しいと思う。それにねキサラ。キサラの掌に治まるような小さな石を投げるだけで、強そうに見える世界が壊れてしまう事だってある。」
「?」
「あははは。難しい事を言うことはないな。キサラの思う通りでいいんだ。好きだから死んで欲しくないと願う。それ以上の事はないだろうな。」
そう言って笑う父を理解しかねるかのように怪訝な表情をしたキサラは、それでもなお自らの横に有るフィルナの冷たい手を握りしめた。フィルナは養子のその手を左手で軽く握ると、マントの中に隠した右手を脇のポケットへいれた、紫色の液体の入ったシリンダー型のガラスケースが静かにポケットに収まっていた。アナが所持し、キリークが獲得し、六花が奪い、ユゥキが守ったシリンダーが、今はフィルナのポケットにあった。
二体目のデルセイバーは、切り刻まれたその傷口から大量のフォトン体液を吐き出して倒れた。結果、その虹色の飛沫は葉常の武器である鋼線の鋭さを鈍らせ、なおかつその特質である隠密性をも失わせた。見えない鋼線にフォトン液が絡みつき、その存在を露呈させたわけである。
自分の武器が、この先も続くであろう激戦に耐え得るものではなくなったと判断した葉常は、鋼線を即座に縮めてしまいこむと、切り離され地に転がったフォトンの光を失っていないデルセイバーの武器そのものである千切れた右腕を掴み、さらに増えた敵に相対した。
回避するほどの体力も失ったためフォトンの虹色に染まった白衣を纏う葉常の前には、また別の敵−ダークベルラ・古代遺跡のそれを思わせる巨大人形−がその巨体を揺らし近づいてきていた。
「くっ!こんな時にっ!!」
そう言ったリムがマシンガンを連射しつつ、葉常の脇へと走ってきた。しかしリムの弾丸は葉常の前方の虹色の敵に向けられているのではなかった。
「…!!」
葉常の口から言葉は出なかった、ただその日本人形のような切れ長の目をさらに細めただけだった。葉常やリム、ノートやカメリアの背後からは、この機械化エリアの真なる住人である戦闘機械が近づいてきていた、しかもその体躯にミサイルを満載した巨大戦闘機械ギャランゾであった。
「カメリアさんっ!ノートさんを捨てて退避をッ!」
戦闘意欲を失っているカメリアは丸腰に等しい、さらに護衛として機能していたリムは葉常の所にいて、敵との有効な攻撃間隔を確保していた。その位置は倒れたノート、うずくまるカメリアとはあまりに離れていた。
巨大戦闘機械の脇侍とでも言いたいのであろうか?ギャランゾの脇には「蒼い悪魔」シノワビートが自らの腕に収まっている二本の光剣を発光させていた。その頭の光る目は確実に真下の人間二人を捕えていた。シノワビートの脳内にある戦術計算機器は二本の剣それぞれが二人の命を奪う事を計算し終えていたが、結果としてそれは誤算となった。
「カミィ!!」
そう叫んでカメリアの体を抱え、飛んで襲い来る二本の剣を避けたのは、先ほどまで大量の血を流し、横たわっていたはずのノートであった。
「なにボーッとしてんのよ!戦闘中なのよ。あたしたちはぁ」
そういって叱るノートの目には瞼を濡らし、唖然としているカメリアがあった。
「ノートちゃん…大丈夫?」
「?あれ?わたし、どうしてたんだろ?」
自分が今までどんな戦闘をしていたのか思い出せないノートは、同じように唖然としてカメリアを見つめ返したが、いまだ戦闘状態にあるシノワビートの存在が目に入ると、発光していない理由がわからないフォトンクローを発光させた。ふいに、ノートの肩に誰かしらの手が置かれた。
「後方機械を重点攻撃、速攻!殲滅!」
その手の主がそう言うと。ノートの脇を風が走った。否、風ではなかった、なにしろその風は自らの身長の二倍もあろうかという体剣を背負っていたからであった。熟練の盗賊、コイルを凌駕した風のような斬り込み、FoxShrine二番隊長シェルティに照準を合わせることはシノワビートには不可能であった、絹布を鋭利な刃物で切り裂くように、青い金属体の股下から一息に真二つに斬り上げる。決して巨大剣に振りまわされることなく華麗に操り、蒼い悪魔の爆発から逃れるシェルティ。
部下が殺されたとでも思ったのだろうか?ギャランゾはミサイル倉を開放。弾幕を張るかのように一斉発射した。狙いは体勢を立て直そうとする無防備なシェルティ、機械床に水平に列を作って小型のミサイルが愛らしい微笑みをたたえた少女へ向け飛翔する。その飛翔へ向けて接近する一筋の紫色。るるりんは「紫光剣 ラヴィス・カノン」の能力を解放、ミサイル迎撃の光弾を飛ばしていた。シェルティへ向け、集結していたのが災いだった。フォトン刃の直撃をうけた数発の爆発にまきこまれ、全てのミサイルが打ち落とされた。
「ベルラへ向けて紡錘陣。フィルナ、先陣任せる!」
そう言い放つノートの肩上の手の主、それは廻奈であった。
「了解だ、中央の立てなおしくらいは楽にやらせてやる。」
そう言って葉常・リムの前へと背を向けて立ったフィルナの武器は、虹色の光剣ではなかった、二本の血の色の短剣、それを逆手に構える。シェルティ・るるりんが後方の機械を、フィルナが前方の虹色の敵を、廻奈が中央にいて指揮を執る。旧制FoxShrineが苦戦していた葉常たちを覆うように展開していた。
「残りは中央に集結!本隊の手を煩わすなッ。」
廻奈が叫んだその言葉に葉常やノートは、今起こっている事態を正確に理解した。
「姉様が、来てくれた…」
カメリアはそうつぶやくしか出来なかった。しかし、ノートも葉常もその言葉どおりの事を思っていた。
「るるさん、援護します。」
「余計だよ。オマエも自分の身だけ守ってろ。」
リムの要請をあっさり跳ね除けたるるりん…リムにはまったくそれが意外だったが、すぐにその理由を知る事になる。
廻奈の右腕のテクニックドライブがレスタのディスクを回す。
まるで空を斬るかのように右手で空間を薙ぐようにレスタを発動させる。慕っている盟主の癒しの技術は葉常をはじめとする妖孤守護を芯から安心させた。
「お父様…」
キサラは今こそ、自らの殺しの腕を義父の為に使いたかった。しかし廻奈がそれを許さなかった。咲夜と共に、自分の脇にいろと命令されていた。大きな目が養父フィルナを追う。追われているフィルナも敵の攻撃を受けようとしていた。
しかし、残っている一体のデルセイバーが剣を横に振う一動作の内に、フィルナはその武器を左手で受け、右手で確実に敵に止めをさすという二動作を終了していた。フォトン体液を流す事もなく、デルセイバーは地に崩れる。フィルナの2.5倍はあろうかという石人形のような外見を持つダークベルラ。それを倒すのに短剣では役不足と思ったのか、フィルナは黒い上掛けをとりはらうと、その裏にあった大剣を取り出した。
しかし、それは大剣というにはあまりに不恰好だった、機械で構成されたような大きな鉄板に小さいフォトン刃が、ノコギリのように並んでついている。まるで木材を切るためのチェーンソーのようであった、しかもシェルティの持つ大剣並の大きさの…
建設機械の一撃以上とも思われるダークベルラのパンチをフィルナは、ゆらりとした独特の体さばきでかわし、大きくチェーンソーの一撃を叩きこむ、がベルラの石人形のような皮膚が、その刃の進撃を阻止した。
「!!」
フィルナの攻撃が止められたと知ったキサラは息を飲んだ。以前は廻奈とともにラグオル地下で戦っていたとはいえ、キサラの脳内のメモリには、ペンを握って書物をする養父の姿が多く残っている。それは今の大剣を振う姿とはあまりにかけ離れていた。
しかしフィルナはそんな娘の懸念を払拭した。自分が持つ大型ノコギリの柄を軽く握りなおした刹那、フォトン製の小さなノコギリ刃が高速で回転を始めたのだ。
一つ一つの刃がダークベルラの身体を削っていく、火花と肉片と体液が細かい霧のようにフィルナの剣「チェーンソード」から生まれていく。無表情な石人形の顔が苦悶で歪んだかのように見えたその時、フィルナはダークベルラの上半身と下半身を分断していた。ずり落ちる上半身にさらに二撃・三撃と剣を叩きつける、空中で細切れになったフォトン体を、廻奈の氷結テクニックが襲う。
フィルナの方にはテクニックは不用だった。と悟った廻奈は別に集中を行っていた電撃のテクニックを後方のギャランゾへ向けた。が、こちらもるるりんがフォトン刃を叩きこみ、シェルティが大剣で止めを刺し終えたところであった。
「強い…ほんとに強いよ…廻奈姉様のサポートも必要としないなんて。」
「廻奈姉様がやられた同時に二つのテクニックを発動できるというのも…きいたことがないです。」
そう言って身震いしたノートとカメリアに
「ここまで来るのも楽々な感じだったんですよぉ。」
「咲夜はみてるだけでよかったんですぅ」
とキサラと咲夜がここまでの道程を話した。「ふぅー。やっぱりこの四人だとちがうねぇぇ。呼吸ピッタリだもんねー。」
シェルティが大剣を背負いつつ、るるりんと廻奈を見ていった。
「妖孤守護のメンバーも救出したし、とりあえずこれで終了かな。と、いうよりはこれで戻らなければ危ない。と言ったところだが…ん?どうした廻奈?」
そう言ったるるりんが見る先の廻奈は、先ほどまでフィルナが戦闘をしていた場所を見つめていた。そこには変わらず戦闘を終えたフィルナがいたが、不審だったのは、葉常がデルセイバーの右腕たるフォトン剣をフィルナに向けて立っている事であった。フィルナは、あたかもそれが彼のクセの一つであるかのように、興味なさげに葉常を見ているだけであった。
「な…なにするですかぁぁぁぁ!」
フィルナへ向けて駆け寄ろうとしていたキサラは何事か理解するよりも、ただ叫んでいた。しかし葉常はその言葉に答えることなく、
「フィルナ様。2、3質問が御座います。」
と冷酷とも見て取れる表情で静かにキサラの養父に話しかけた。
つづく