皮下機械の少女
第14戦「機械」
自分でやりたい事、やった事がそれぞれの役割であると信じたいんですけれど、その役割が活動する場所をどれだけ大きく定めるかによって視点がぜんぜん違ってくると思うんです。キサラも自分で何をいってるのかわかんなくて恥ずかしいです。
キサラから見て、悪いこと。が実は全然良いことだったり。もちろん、キサラには大きく世界をみるなんてできませんから、キサラや咲夜ちゃんが嫌だなと思う事は嫌なことだと思うんです。
嫌なことは無いほうがいいにきまってます。
「どういう事か、説明してくれ。葉常。」
フィルナにしがみついたキサラの肩に手をあて、廻奈は葉常がフィルナに問うより早く葉常に問いただした。
デルセイバーの右腕をキサラの養父に向けたままの葉常は凛とした顔を決して崩すことなく、廻奈の顔を見ると再びフィルナに目を合わせ、
「フィルナ様の武装解除を許可していただけますか?廻奈姉。」
と、回答の代わりに要望を出した。
何らかの確信があっての事と理解した廻奈は、
「悪いな、フィルナ。お前の武器を預かる。ノート、カメリア、フィルナの武器を受け取れ。」
フィルナはそう言った廻奈を見て「ふふっ」と子供のように微笑むと、自らを覆う黒いマントの内側から無造作に彼が持つ武器である赤い双剣、そしてダークベルラを解体した大剣「チェーンソード」を地面に落として、一言だけ言った。
「で、どうしたいんだ?」
「凝縮フォトンもお渡ししていただけますか?なんの事かは言わなくてもお解りかと思いますけれど。」
どういう状況なのかまるでわからないシェルティの目には微笑んでいたフィルナの顔が一瞬だが曇ったように見えた。
フィルナの問いに対し間髪いれぬ葉常の答えに廻奈は自分がキリークや六花が追っていた紫の液体の存在を忘れていた事を知った。と同時に葉常の言葉から、それが今何処にあるのかも知る事になった。
「フィルナ、葉常の言葉が正しいとして、どうしてオマエがフォトンを持っているのかが解らない。」
「廻奈姉!下がってください。その人は…」
葉常は自らの言葉を何故か中断させた、その葉常の目はフィルナの脇のキサラを見ていた。
その刹那…
「調べすぎたな。葉常嬢。借りるぞ、キサラっ。」
フィルナが動いた。葉常が自分から目をそらした隙をみて、フィルナはキサラの腰にある「白いハンドガン」を抜くと、葉常の死角に回り、かつて恋人シェフィを失ったシェルティを静めた時のように、左手を葉常の首筋に当てた。崩れ落ちる葉常を脇に見て、状況をようやく判断し始めた廻奈の背後を取った。
「悪いな廻奈。最後まで君らには気付いて欲しくなかったが…仕方ない。」
キリークの右腕を消失させた白いハンドガン、その銃口は廻奈の背にピッタリ張りついていた。
「ど…どーゆー事よ!フィルナ。」
廻奈のかわりにシェルティが叫んだ。全ての武器を奪われたはずのフィルナは、何処からか取り出した虹色の光剣を、ハンドガンだけでは役不足とでも思ったのか廻奈の脇腹に発光させる事無く突き付けた。
「理由を細かく話している時間が無い。ただ、Fox Shrineはこれ以上はわたしの邪魔にしかならん。」
フィルナは左手の光剣の柄に力を入れた、脇腹を強打された廻奈が地にうずくまる。廻奈は不審と怒りの混ざった表情をフィルナへと向ける。そんなFox Shrine兵長にフィルナは光剣を発光させる事で答えた。
「どう言う事かと聞くのか…シェル。なら答えるが、わたしはたとえどういう状況であれ、貪欲な人間は自らを覆う環境を食い尽くすという事が解った。だから少なくともこの新しい星で、わたしは人間の治世を許さない。それが君らから見たら造反とも思える行動の理由だろうな。」
「ダークファルスを解放するのか…フィルナ。SCATを作っていたのは俺に対するカモフラージュだったのか。反ダークファルスと思わせるための。」
「SCATは使うさ、るるりん。ただし、ダークファルスを束縛しているリコに使う。あの娘を苦役から解放してやるのさ。」
「リコがダークファルスを束縛している…?」
「そんなの理由になってないよ。変だよ!フィルナ。」
フィルナとるるりんのやり取りに号を煮やしたシェルティが言った。
「わたしはわたしの行動を狂気ととられるであろう事を理解している。君らに何を言っても止められるであろう事も…だから今の内に君らの足を止めねばならん。」
フィルナはシェルティやるるりんに向けていた目を自らの足元にある廻奈へ向けた。
「廻奈、お前は皆やわたしを従えるに相応しい人間だった。それだからこそ、Fox Shrineにとってお前を失う事は支柱を失う事に等しい。」
廻奈はフィルナの目に躊躇が無い事を見て取った。しかし、行動に隙の無いフィルナに抵抗する事は、この状況では不可能であった。フィルナの言葉の意を知った妖孤守護・カメリアやノート、そしてなんらかの恐怖におびえたような表情の咲夜も、自らの心の支えがフィルナの手の中にあるという状況ではなにも出来なかった。
しかし、何処からか飛来したフォトン弾丸が、フィルナの脇を走り。後方の壁を貫いた。
「やめてください…お父様。お父様だって、人間です…」
ライフルを腰にかまえるキサラの手は明らかに震えていた。まさか父に、父に銃口を向けるとは、わざと外した1発目を撃ってからもなお自分で信じられぬ事であったが、この養父の狂気を止める事ができるのは養子である自分しかいないと、キサラの脳髄は告げていた。
「わたしを撃つのか…キサラ…」
初めて見る、いや何年か前に地球で初めて父となる男に会った時に見た悲しいフィルナの表情。両手で抱える銃が突然重くなる。それでも銃口はいまだ養父を向いていた。
「お父様。こんなのウソですぅ。優しいお父様に戻ってくださいっ…廻奈様を、廻奈様を殺さないで…」
キサラの言葉が次第に涙声へと変わっていく。機械には不要な涙が目に溢れていく。何を思うのかフィルナが一瞬目をつぶり、目を大きく開いたとき。彼の持つ虹色の光剣は廻奈を貫いていた。
「わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
咲夜の叫びが辺り一面を包んだ、その叫びに押されるようにキサラの人差し指が動く…それに導かれた銃口を離れたライフルの弾丸はフィルナへと命中した。
フィルナは自らの左肩を押さえたまま動かなかった。間違いなく命中したはずの弾丸の衝撃に倒れる事も無かった。
「いつかキサラは、わたしがキサラを引き取った理由を聞いていたね。」
フィルナはまるで、その着弾を意に介さないように話し始めた。そのの言葉はまるで家にいる時のように、その響きは優しかった。涙を流し、震えるキサラにはそれがとてつもない違和感に感じた。言葉を続ける事を止めたフィルナは、左肩を押さえているその手を離した。破れた鎧、そして皮膚の下から機械の骨格が姿を現していた。
「同じなんだ、キサラ。わたしとお前は。かつてわたしも皮下機械の生命体としての苦しさを受けた。おなじモノとして、お前と一緒にいたかったんだ。地球での事はキサラの深い傷となっている。おなじ機械のわたしなら、それを癒せると思ったんだ。」
父の言葉を聞いても、なんと言っていいのか解らない。それどころか、自分の生身の部分の一つである脳が、止まっているのか、それとも狂ったように回転しているのか…喜ぶべきか悲しむべきか。キサラはただ、目を見開いたまま、フィルナの顔と、その肩の傷口を見ているだけだった。
シェルティやるるりんにとっても、まさに驚愕であった。フィルナの裏切り、そして彼が人間で無かった事。早く廻奈に意識回復テクニック・リバーサーを使用しなければ、危険である事は確実である。
しかし、何かが。もしくは混乱とでも呼べるであろうものが、シェルティ達の足をとめていた。
その混乱によって足を止めたのがシェルティ達であるならば、混乱によって、跳躍した小さな姿があった。
「よくもぉぉぉぉぉ!!」
叫んだノートが手にしているのはフィルナが落としたチェーンソードであった。どうやって使うのかは解らない。しかしなにより、紫髪の少女の頭には、その手にある武器を自分の主の敵にぶつける以外の考えが無かった。小柄な体格に似合わぬ力で機械剣を振った。
フィルナはキサラを見ていて、自分を意識していない。廻奈を傷つけた−殺したとは考えたくなかった−恨みを剣に乗せて叩きつけるその一瞬。
「貴様では、それを扱えぬ。」
ノートの目の前に出た紫のボディ。鈍く光る金属の左腕一本だけがチェーンソードの切っ先を止め。残る一本の腕だけで、ノートを彼方に突き飛ばした。
「フィルナ様。お急ぎになられませんと…」
奪い取ったチェーンソードをフィルナに差し出したのは、ブラックペーパーの首領・キリークだった。キサラが持っていたSCATによって溶解した腕は元に戻っていた。
フィルナは腰を屈め、キサラの顔を正面でとらえると。キサラを引き寄せ、抱きしめた。
「咲夜ちゃんと仲良く。元気で生きて、キサラ。」
いまだまともに反応できないキサラの頭を撫でると、フィルナは立ち上がり。キリークの差し出した大剣を受け取った。
「残り、追ってくるようであれば殺害も許可する。次は失敗するな。」
「御意に…」
守護者である紫のアンドロイドに行動を指示したフィルナは、そのキリークとキサラを残し、皆とは逆の方向へ歩き出した。目的は当然、最深奥・遺跡エリアである。
(このままじゃ、おいていかれちゃう。まって、お父様ァ!)
キサラの意志は言葉にならなかった。しかし、足を懸命に動かした。これで良いのかなんて解らなかったが、父との離別は考えたくなかった。よろよろと進むようなキサラの足。先を行く父は、歩みのスピードを緩めない。早く行かなくては…しかし、
「…キサラちゃんも行っちゃうですか…」
細く小さい咲夜の声をキサラの集音能力はしっかりと捕えていた。
後ろを振り返る。機械化した地面に座り込んでこちらをみている咲夜。目を赤く腫らした妖孤守護見習は、両手を地に付け、乞うかのようにキサラをみている。キサラにとってパイオニア2で初めての、生涯ただ一人の友達。見た事の無い悲しい表情がキサラの心を圧迫する。
父を見る、もはやその背は遠く小さくなっていた。
「ごめんなさい。キサラは一緒に行けません。」
今日幾度目かの涙を流し、キサラは友の元へ走っていった。
フィルナは、娘の別れの言葉を機械化された耳で、しっかりと聞いていた。
「カミィ!ノートを背負って。撤退準備よ!るるりん、あたしがヤツの気を引くわ。廻奈を確保して!」
「その案は却下させていただきますわ、シェルティ様。」
戦術に意義を唱えたのは、フィルナによって眠らされていた葉常であった。急ぎ黒髪を結び纏め、キリークに相対する。
「娘、邪魔だ。」
「フィルナ様より殺害も許可されているんでしょう?邪魔なら殺して御覧なさいな。」
静かに言うキリークに葉常は微笑んで答えた。様々な種の血液が葉常を妖艶に化粧していた。
「お早く!廻奈姉には時間がないのです!ここはわたしにお任せください。」
続いた葉常の叫びに呼応し、シェルティが跳ねた。出血を続けている廻奈を手早く背負い、るるりんを中心に集結しているFox Shrineの元へと戻る。
「葉常ちゃんの言う通り、廻奈に時間は無いわ。あたしたちは無事に戻ることをまず考えなくちゃ。葉常ちゃん、廻奈は無事に戻す。無駄死にはナシだよっ!さぁ、いくよっ!」
葉常を一人で残す事にためらいのあるカメリアやキサラたちを促して、シェルティ・るるりんは走り出した。自分たちがいる所は、いまだ戦闘機械のうろつく坑道エリアである。安全な場所など無いに等しかった。走ってパイオニア2へのトランスポート・パイプへ急ぐのが最良の策と思えた。「フィルナ様からの殺害許可は伊達ではないぞ、娘。」
「言葉で威圧するなど、噂に聞こえたキリークとはその程度?わたしを殺さねば、貴方が死ぬだけのことですのよ。さぁ、いらっしゃいな。」
キリークの鎌に対するは、葉常の短剣。フィルナが落とした血の色の短剣二振りであった。
「廻奈姉。あの世でお相手なんて言いません。是非にこの世で、もう一度だけでも…」
葉常のつぶやきは、鎌と剣との摩擦音に消されていた。
つづく