皮下機械の少女
第3戦「因縁」
今日はキサラのペットについてお話ししますね。名前はバイアキィ。
と、いっても動物じゃなくて、ラグオルに降りるハンター全員に支給される「マグ」という機械なんですけど。でも機械といってもちゃんとご飯をあげなくちゃいけないし、可愛がってあげなきゃ機嫌が悪くなっちゃうところが、ほんとの動物みたいで可愛いんです。
キサラのバイアキィは支給されたマグじゃなくて、お父様からいただいたもので、他の人のとは形が違います。しかもバイアキィと一緒にいると支給されたマグを連れているよりも元気が出てくるんです。不思議です。
お父様はその理由を難しく言ってたのでおぼえてないんですけど、なんかキサラ特別のマグらしいんです。
機会があったらあなたにも見せてあげたいんですけど、お仕事忙しそうですもんね。
また、お手紙します。
悪酔いしたハンターが迷惑を及ぼす事を考えてか、ラグオル調査前線基地・ハンターズタウンに酒場はない。もっとも出陣後に酒を呑むのであれば、タウンを出た後にすれば良い訳であるから、タウンに無理に酒場を開く意味もないのである。まさか出陣前に呑む酔狂なハンターもいないだろうという酒場経営側の判断はおおむね正しいといえる。
「おおむね」などと書いた理由は酔狂な例外が今朝も2杯目のグラスを傾け、さらに3杯目を要求しているからであった。
「お客さん、毎度のことですけどね。大丈夫なんですか?降りられるんでしょう?今日は?」
決して酔った風には見えないが、あまりの客の飲酒ペースに酒場のマスターも心配する。朝食を摂るハンターの為だけに店を開けているのだが、現在カウンターに腰をおろしている客は当然のように酒を注文した。まぁ、今朝が初めてでないということはマスターの口調からもわかる。
「うっさいねぇ…こんくらいの酒じゃ水と同じだよ。気付けだよ気付け!一杯呑んで気合い入れようってのよ!」
「一杯じゃないんですけど…」けして脆弱にみえぬ堂々とした体格のマスターはそう言おうとしたが、すわった目で睨み付けるすらりとした体格の女性ハンターに恐怖を感じ、その言葉を飲みこみ、3杯目のためのボトルを開けた。
「そういえばお客さん以外にも、出陣前に呑んでいくハンターがいましてねぇ…」
グラスに氷を入れ、差し出すとマスターは再度話し始めた…
「変わった剣をもったハンターでしてねぇ、なんでもラ…ラビスなんとかとか…」
「へーー…ひょっとしてラヴィス・カノンかぃ?」
「あぁ、そんな名前の剣でしたな。流石にFox Shrineの兵長さんです。よく御存知で…」
マスターの返答を聞いた廻奈は3杯目のグラスを手に取ったが、それを口に運ぶことなく少し動かし氷の擦れる音を一度聞くと、グラスから細い指を離した。意識もグラスの酒から思考へと移す。
”ラヴィス・カノン”通常のフォトンを帯びた剣は、そのフォトン自体が持つエネルギーと、そのフォトンに内蔵される精神素子の圧縮効率によるエネルギーの両面で破壊力を生み出すのだが、ラヴィス・カノンという剣はその二面に加え、空間中の微量のフォトンを凝縮し、飛び道具として使うという投刃(スライサー)の性質も併せ持つ特殊な剣であった。あまりに生産コストがかかる為、数本の試作以外には出回っておらず、おのずと所有者は限定される。
「ねぇマスター…そのハンターの名前って、るる…」
「ごめーーーーん廻奈。遅れちゃったーー。あーーまた呑んでるわ!!仕事を舐めてるね、絶対!」
廻奈の言葉を遮って廻奈の隣に座り、早口でまくし立てたのは傭兵隊「Fox Shrine」2番隊長シェルティである。さも迷惑そうに廻奈はシェルティの方を見たが、作った顔で怒るシェルティの顔をみると「これもいつもの事…」といった風に視線をグラスに戻した。廻奈の酒の強さを知っているシェルティもまた「いつもの事」とそれ以上追求しない。「このくらいの酒は水と同じ」この言葉は誇張ではないとFox Shrineの面々は知っているし、飲酒が戦場での悪影響になっていないとも知っていた。扉がさらに軽い音をたて、新しい客を迎え入れる。
ラグオルに降りるハンターは日に日に増えていた。名声、金銭、復讐、好奇心。ハンター志望の理由は様々であるが、その欲望を達しきれずに惑星ラグオル、はては自らの人生から去って行くハンターも増加の一途を辿っていた。しかしそれでもなお、退屈な宇宙船パイオニア2での生活を払拭せんと、もしくは新しい土地へのなんらかの期待をこめて、死と隣り合わせの旅に出る一般人は後を絶たなかった。
「綾乃とキサラが来たね、テーブルに移ろうか。」
新しく入ってきた客を見て、廻奈が言いつつ立ち上がると、シェルティも食べかけの朝食をもって店の中央のテーブルに移動する。新しく入店した女性と共に入ってきたキサラは初めて入る酒場の雰囲気に戸惑い機械内蔵の頭をしきりに動かしつつ、廻奈たちの座ったテーブルへと向かう。
「姉様(あねさま)、遅れまして…」
新しく入ってきた黒髪短髪の女性客もキサラと共に真っ直ぐ廻奈達のテーブルに向かうと詫びの言葉を述べた。
一見、廻奈とたいして変わらぬ年齢の女性は「妖孤守護・綾乃」。ハンター用の鎧の上に地球東洋の古い男性用礼服を纏い、腰にこれまた地球東洋の武器「カタナ」を差す男装趣味の麗人である。キサラの初陣以後の教育を任せられ、その落ちついた物腰と高い戦闘力と統率力、そして忠誠心は妖孤守護の中でも廻奈の強い信頼を得るに足り、作戦会議に出席することを許されていた。
「座って良い。シェルを起こすのに手間取ったようだからな、次から爆弾でも用意しておけ。」
冗談とはいえ、さらりと凶悪なセリフを放つ廻奈にシェルティは一旦スープを啜るスプーンの手を止めた。廻奈は「飲酒の邪魔した復讐してやったり」とでも言いたげに意地悪く微笑む。綾乃は廻奈の冗談交じりの許しを得ると、廻奈の隣に腰を下ろしたが、脇に立つキサラの存在を思い出すと、廻奈に相席の許可を得ようとした。
「キサラを会議に出席させるわけにはいかないよ、出席できない妖孤守護のことも考えておやりな。キサラ、あんたは表で待ってな。」
「ええーー、一人で待ってるなんて可愛そうだよぉ。キサラちゃんはFox Shrineじゃないんだしさ…いいじゃん、一人でも多いほうがご飯はおいしいよー。」
廻奈の言葉にシェルティが反論する。
「あのねぇ、あたしらは仲良しごっこやってんじゃないんだけどね!…でも、まぁ一人で待っててさらわれたなんて話になっちゃフィルナに申し訳が立たない…か、そこまで義理立てすることもないんだが…いいよキサラ、シェルの横にでも座りな。さて、今日の仕事の内容から始めるよ。」
初陣での廻奈の怖さを覚えているキサラは廻奈の許可を得ると慌ててシェルティの隣に腰をおろした、廻奈と顔をあわせ続けるよりは「表で待ってるほうがいいですぅ。」と言おうかとも思ったが、一種の薮蛇となることはさらに恐ろしかったので大人しく従ったわけである。キサラにとってラグオルの生物以上に容赦のない廻奈は「こわこわ」な存在として記憶されていた。そんなキサラの恐怖など知る由もない廻奈は懐からとりだした仕事内容のメモを読み上げ始めた。「つまり、そのアナとかいう娘を見つけて帰ってくれば良いわけぇ?」
食事を終えたシェルティが任務内容の確認をする。
「そう。家出人捜索でつまんない仕事だけどね、報酬が結構良いのよ。これが写真だよ。」
廻奈がシェルティの問いに返答しつつ写真をテーブルの中央に押し出す。ニューマンの幼さの残る少女が移っていた。それをシェルティと共に見た綾乃は、なにかを思い出したように顔を強ばらせた。
「綾乃、この娘を知ってるのかぃ?」
綾乃の変化を見逃すことなく廻奈は問い詰める。綾乃が返答する。
「一昨日ブラックペーパーを名乗る一団とトラブルになったんですが、その中にたしかこの娘が…」
「ほぇぇぇぇぇぇぇ!ブラックペーパーならキサラも知ってますぅぅ、泥棒さんの集団でぇ、一昨日だって綾乃様がやっつけなきゃ、こわこわなことになってたですぅぅぅ。」
「キサラはだまってな!!」
廻奈はキサラの発言を許さなかった、キサラはやはり廻奈は怖かったとばかりに「うぇぇ…」と泣きそうな顔になった。
いつもならここでシェルティが「よしよし」ばかりにキサラの頭をなでるなりして慰めるのだが、ブラックペーパーという言葉を綾乃の口から聞いたシェルティの表情は険しく、可愛らしい顔が転じて殺気を放つまでになっていた。
「ごめん廻奈。今回の仕事、2番隊単独行動でやらせてもらうわ。」
どんな会話をするにも明るくころころと話す2番隊長シェルティの口調が、殺気と共に重く変わった…そしてその理由、シェルティとブラックペーパーという盗賊団の確執を廻奈は知っていた。故に、
「ブラックペーパー絡みの可能性がある以上、シェルは今回外れてもらう。」と言ったのである。
その言葉にシェルティは抑えきれぬ殺気の片鱗を放出するかのように両の拳をテーブルに叩きつけ、今まで腰を預けていた椅子を跳ね飛ばしつつ立ち上がると「シェルティ卿!」と止める綾乃の体を跳ね飛ばし、はてには酒場の扉を蹴破り去っていった。
「シェル…まだふっきれてないんだねぇ。あの事…」
シェルティとブラックペーパーの因縁。シェルティが地球の兵士であることを止め、ラグオルのハンターとして駆け出しだった頃からの付き合いである廻奈も、この因縁によるシェルティの激情だけは止められなかった。
「さて、よけいな仕事が増えたね。シェルの捜索と援護。これも同時にやるよ。いいね?」
自然というものを一切排除した空間。そこから産まれる耳障りな不協和音。その不協和音を伴って襲い来る機械、機械。
援護の銃弾の間をぬって、るるりんは紫剣”ラヴィス・カノン”を最後の人型機械二体の一体目に叩きこむ、と同時に紫剣の特殊能力を発動、周囲の空間フォトンを凝縮。援護をうけ、銃弾の穴の開いた二体目の機械へと放った。一体目の残骸と共にフォトンの塊をうけた二体目の人型機械は、無残にも崩れた内蔵機関をぼろぼろと鈍く光る床にこぼし、それでもなお取り憑かれた様に攻撃態勢をとろうとするが、あえなく爆発、散開した。
「オーケーだ。ここは制圧したな、リム、周辺の探索へと入るぞ。」
機関銃を二挺構えていたるるりんの腹心の少年、リムはフォトンの摩擦で熱くなったその武器を腰のホルスターに収め、自らの顔に着けているまるで宗教儀式にでも使うような不気味な仮面「蘭陵王」を戦闘終結のため息と一緒に外した。仮面の下から現われた陶器で作られたかのように白く美しい顔。「女の子達に騒がれるのは嫌いなんです。」仮面装着の理由をそう語るリムにるるりんは茶々を入れるのだが、なるほど仮面を取ってみればパイオニア2の女性どもが騒ぐ理由も解ろうというものである。
「この端末は生きてますよ。るるさん、ホストにアクセスしてみますね。」
探索の末、部屋の端に準備完了の表示のある端末をみつけたリムはさっそく備え付けのキィを叩き始めた。他になんの収穫もなかったるるりんが、リムの脇へとかけよる。
「なんかのデータベースへの直通アクセスしか出来ないですね。しかもデータがほとんど壊されてる。」
るるりんの姿をみて、リムが説明をはじめる。
「読めるデータを片っ端からあたってみてくれ、とくに先遣隊との交信と時間的に近いほうが良い。」
さらにキィを叩くリム。日付で検索を開始する。一つのデータにぶち当たった。
「るるさん…パイオニア2とラグオル上セントラルドーム、最初で最後の通信記録が…」
その話を聞いたるるりんがモニターに身をのりだす。
「ビンゴ!ってやつか?リム。展開してみてくれ。」
リムは淡々と作業を進め、るるりんはその結果をみた。先遣開拓艦隊パイオニア1、そのラグオル上作業基地セントラルドームと移民艦隊パイオニア2との記念すべき第1回交信は、ドーム近辺の原因不明の爆発により数秒の接続確認後、中断されてしまっていた。が、接続確認前より緊急のため何らかの信号がパイオニア2へ送られていたらしい…という話もあったのだ。
「パイオニア1内部にて緊急事態発生…事態は深刻につき即時撤退されたし…か。緊急事態ねぇ…援軍要請もしないほどの深刻な事態なのか、パイオニア2に軍備があまりない事に対する思いやりなのか…」
るるりんは自問した。
「パイオニア1の人間がすっかりいなくなるほどの事態ですから、深刻とは言えるでしょうね。」
「パイオニア1の人間…か…」
リムの言葉に、さらに考え込んでしまったるるりんは最後の言葉を幾度となく反芻すると、なにかを思い当たったかのように伏せていた顔を上げ、言った。
「洞窟エリアに戻ってみるぞ、リム」
紫光剣ラヴィス・カノンを戦闘用に発光させたるるりんを見て、リムも再び仮面「蘭陵王」を白い顔に当て、機関銃の安全装置を解いた。
つづく(がんばるよー・笑)