皮下機械の少女
第4戦「凶兆」
綾乃さんというハンターさんはキサラにやさしいです。でも、教えてくれる事は殺し方なんです。
キサラが死なないようにというのはわかっているつもりなんですけど…でも、キサラに殺された動物たちにもお父様やお母様がいたり、かわいい子供がいるかもしれないと考えると銃の引金が引けなくなってしまいます。
キサラは殺したくない、だけどみんなは守りたい…いつも悩むんですけど、キサラが戦う事が、お父様のなさっている事の助けに少しでもなるのなら、敵を倒す事が綾乃さんを守る事になるのなら、つらくてもキサラは銃を取ろうと思うんです。
隣人がハンターである事が恐怖となる理由があるとすれば、過酷なラグオルの大地を生き抜くだけの兵装を所有しているという事が第一に挙げられるかもしれない。その武器の矛先が些細なトラブルで自分の身に向けられるかもしれぬ、という一般人の不安感を拭い去るためか、移民艦隊パイオニア2自治政府はハンターズタウンに武器管理格納施設を設置、ラグオルより帰還したハンターの武器、防具を一括して預かり、管理していた。
その管理施設・通称「チェックルーム」から自らの武器、防具、そしてハンターサポートデバイス「マグ」をうけとった綾乃はそれぞれになにかしらの誤りがない事を確認すると、先に行っているはずの廻奈との合流を果たすべく、ラグオル転送機入り口へと急いだ。
「キサラは補給物資購入ですこし遅れる様です。」
廻奈の姿を確認すると、綾乃は走って合流。いまだ合流せぬ皮下機械の少女の状況を報告した。シェルティが今回の仕事に参加できぬ為、本来なら別の任務を受け持つはずの綾乃とキサラが急きょ廻奈の隊に編入されていた。綾乃の報告を聞いた廻奈は綾乃を一瞥すると、その視線を綾乃から隠れる様に廻奈によりそって立つキサラと同じ位の背格好の少女に向けた。綾乃は自分の主の視線の動きによって、ようやくその少女の存在に気付き、誰何しようと顔を近づけたが、廻奈のすそを掴んだ少女はそのすそに隠れるように顔を引っ込めてしまった。
「ふふふ、あんたは相変わらずだねぇ。先輩にちゃんと御挨拶しな。」
廻奈はその少女をよく知っているかのように、綾乃の誰何より先に下を向いてしまった少女に話しかけた。
「あ…あの…えっとえっと…」
舌が足らぬかのように、ようやくといった様子で少女は言葉を発したが、なんの自己紹介にもなっていなかった。
「まさか、この子が…新しい…」
綾乃は極端に人見知りの激しい少女がなにか言うよりも、廻奈の言葉から少女が如何な所以のものか推測してしまっていた。
「そうだ綾乃。この子が新しい妖孤守護の、名前は咲夜だ。宜しく頼む。」廻奈が咲夜の頭をひとなでして紹介した。
「ずいぶんと内気な性格の様ですが…大丈夫なんですか?」
「この子はあたしが育てる。いっとくけど、この子の潜在能力はあんたの比でないよ、もちろんあたしもね。」
廻奈がこのように他人のハンター能力を高く評価するのは珍しい事であった、しかも初陣の娘を。その言葉に綾乃は少なからぬ不信と共に、とても優秀なハンターに見えぬ下を向いたままの少女をみて「妖孤守護・綾乃。宜しく。」と、自己紹介をした。
綾乃の見下すような視線と紹介の言葉に気づいた咲夜は、
「えっと…さ…さくやっていいます。よ…よろしくおねがいします。」
と、自分の頭の中にある言葉をふり搾るかのように、ようやく話した。廻奈はそんな咲夜をからかうでもなく、かといって叱るでもなかった。まるで愛娘でも見守るかのような視線と微笑みに、綾乃は嫉妬を禁じえなかった。「わたしがFox Shrineに入隊したときはどうだったろうか?」綾乃はそんな想いを浮かべた刹那、自らの廻奈を守るのみ、という任務を思い出し、理性で嫉妬をふりはらった。そんな綾乃を支援するかのように、聞こえてきたのは
「ほぇぇぇぇぇぇ!なんで咲夜ちゃんがここにいるですかぁぁ?」
というキサラの大きな声であった。
「ザァーーン ラァイドォォォーー。最強のォォォ米ェェェ。」
格好だけを見るとどうやら特殊テクニック使い・フォースらしい筋肉で覆われた巨大な体躯の男は可愛いイラスト付きの「六花米穀店」と書かれたプラカードを高々と掲げ、腹底から唸りを上げる様に一呼吸で商品である米の宣伝を行った。商品の米の本当の名は、「サン・ライト」というのだが、ただ大きな声をあげる事を念頭において宣伝しているユゥキにとって、米の名前はどうでも良かった。ついでに言えば「最強の米」というキャッチフレーズもユゥキ作である。
続けて第二声を発さんと、プラカードを持たぬ左手に力を込め前方へと突き出し、さらに眉間にしわを寄せ、
「さぃぎょぉぉぉ(最強)のォォォ…ごぉめ(米)ェェェ!!ザァン・ライドォォォォォ、食わんかァァァァァ!!」
と、一気に言い放った。宣伝効果を一切無視した宣伝…下手をすれば脅迫ともとれる営業活動は、まわりの人間がみな早足で立ち去る事を見るまでもなく空振りに終っていた。
「六花米穀店」の目下の営業マンである筋肉フォース・ユゥキも決して自らが営業活動に向いた人間とは思っていない。「新しい土地・新しい食材・新しい商品」というスローガンを掲げた六花米穀店はラグオルの動植物を材料とした新しい食品の開発に着手。生産を開始したが、「気持ちが悪い」という消費者の声が多数を占め、経営戦略を根底から覆させてしまった。それゆえ「六花米穀店・武闘派」として、ハンター業務を主体とするユゥキすらも大量に抱える在庫処理を推進しなくてはならず、こうやってプラカードを掲げ、声をはりあげているのであった。
「なして…おいどんがこげなこちょ…六花ぢょんの命令だば、聞かずばならんばよー。」
ユゥキの出自は不明であり、言葉には一種の訛りがあった。
「こげな臭か米…うれるわきゃーなーもって…」
大きな体に似合わぬグチをこぼしたところで何か解決するわけではない、仕方なく第三声を発したが、さらに大きくなる声量、凄まじいダミ声、血走った顔に客が寄るはずもなかった。しかしそんなユゥキに駆け寄るアンドロイドの姿があった。
「こぉらぁぁぁ、そんなんで客が来るかぁぁぁ!!」
少なくとも客ではない。
「ろ…六花ぢょん!!えぺ!!」
ユゥキは駆け寄ってきたアンドロイドの名をよぶと、ついでに蹴りを入れてきた足の重さと腹部の痛みのためにハンターズタウンの地面に這いつくばった。
六花米穀店の数人のオーナーの一人、スカイブルーにペイントされたボディを持つ六花は硬く重い蹴りを放った足をしまうと、わかりきっている営業成績をユゥキに報告させた。
「勘弁してくらしゃーせ。おいどん、こげなこちょ向かんばよ。」
「はぁぁぁ…、我ながら人選ミスだったわー。こんな営業じゃあ、在庫が減るどころか苦情のメールでパンクしちゃうわ。」
「なんかラグオルに降りる仕事ないばか?おいどんば、そのほうが気が楽ばよ。」
六花の顔の2倍ほどもありそうな手のひらを頭に当てて、ユゥキは申し訳なさそうに言う。そんな筋肉男を見て、六花は抜き打ちのような営業視察をしに来たわけを話し始めた。
「そ、それじゃ、ラ…ラグオルば降りるばか??」
「そう、人捜しの結構報酬の良い仕事が出たのよ。1週間しても売れそうにない米売ってるより、こっちのほうが確実そうだから。さっそく降りるわよ、準備して。」
「この米はどうするばか?」
「そんな超古古古古米。そこから下へでも捨てちゃって良いわよ。」
六花の言葉に釈然としないものを少しは感じたが、いちいち考えるよりも久しぶりの出陣に心浮き立ったユゥキは、言われた通り六花作のプラカードを残して、背負っていた米をすべて放りだし、自らの装備を整えるため、武器管理施設「チェックルーム」へと歓び勇んで走った。
結局、咲夜の出陣理由を聞く事は出来なかったが、ただ一人の友人との出撃はキサラにとって憂鬱な事が多い戦場において、楽しい期待が持てることといえた。しかし当然の事ながら友人であるという事が共通の敵に対して、絶対的な勝利要因となるわけではない。
「本当ならシェルと共に行きたかったね。このメンバーじゃ、どうも力不足だよ。」
廻奈のキサラに対する評価は初陣の時のままであったため、キサラを荷物としか見ていないというのも当然の事といえる。それに加え初陣の咲夜がいるのであるから、不安も増そうというものである。綾乃がキサラを守り、廻奈が咲夜を守るという戦術も成り立つのだが、守勢にまわり続ける事が勝機につながらぬ事を廻奈は良く知っていた。
今回の戦場は森林エリア中央部より下った所にある洞窟エリアである。何故かラグオルの原生生物の細胞構成は、地下に潜れば潜るほど生体フォトンの割合が大気中のフォトンの割合と比例して増大しており、それが示す事は即ち「少々の傷なら大気中のフォトンを取りこみ治癒してしまう」ということ、つまり深いところへ行くほどに敵は強大になるのである。森林エリアを突破したばかりのハンターの死亡率が高いわけはここにある。敵を舐めてかかってしまうのだ。
「お言葉ですが姉様。キサラは洞窟エリアでも充分渡り合える実力を身につけました。」
キサラの教育係であった綾乃が廻奈の懸念をいちはやく汲み取り、進言する。
「へぇぇ。そうなのかい?」
廻奈がキサラの光る目を覗くように顔を近づけると、キサラはまたなにか叱られるのではないかと「はわわわ」と萎縮してしまう。
「なら、その実力とやらを見せてもらおうじゃないか。あたしは咲夜を守る。綾乃はキサラと共に独立して敵にあたれ。ただし分散しない程度に、距離をとりすぎるな。」
「了解しました。」
廻奈が戦術方針を決めると、綾乃はそれを承諾。キサラの頭をなでると「いつもの通りやればよい。」と声をかけ、自らの衣装である地球東洋の「袴」をひるがえし、転送装置へむけて歩き始めた。綾乃の言葉にコクリと頷いたキサラとその友人である咲夜もそれに続く。ただ一人、廻奈だけは転送装置と逆の方向を凝視、動かずにいた。
「姉様。いかがいたしました?」
廻奈に気付いた綾乃が問う。
「おぃ…あれはもしかして…」
廻奈が視線を動かさずに答えた。その視線の先には、スカイブルーにペイントされたボディのレンジャーらしきアンドロイドの女の子と、全く似合っていないフォース帽をかぶった大男がなにかしら話しながら歩いてきていた。その背に可愛いイラスト付きの「六花米穀店」というプラカードを背負いつつ。
「六花の米屋だ…最高の凶兆だね。まさか、あいつらも潜るんじゃないだろうね。」
「ほぇぇぇ、お米屋さんがどーして潜るですかぁぁ?」
「キサラと咲夜は知らないんだね。いいかい?やつらの顔と名前をよく覚えておくんだ。戦場でハンターの死体の口に売り物の米をつっこんで高額の食事代をやつらは仲間に請求するんだ。やつらの商品は敵の死体をも原料にしてるらしいからね、たまに人間の死体の口に敵の死体をつっこんでるのも見た事がある。死体をみたら喜ぶハイエナといってもいいね。まぁ、さわらぬ神に祟り無しってやつで、やつらを見たら逃げるが吉だね。」
「だーれーがーハイエナかぁぁぁぁ!!」
俊足は六花の武器である。アンドロイドの集音能力で廻奈の会話を全て捉え、武器の俊足で廻奈の背後に回った。後から筋肉フォース・ユゥキがどたどた走ってくる。
「廻奈ぁぁ…あんたねぇぇ?あたしらのとんでもない噂を吹聴して歩いてるのはぁぁ!!おかげで商売あがったりだわ!!」
「本当の事だろう。死んだブーマを咥えた死体の脇で、サイフを取り出して泣いているハンター連中を何人もみたわよ。そんなことより、あんた潜るんじゃないだろうね??」
「ムッカァァァ!名誉毀損で訴えたいところだけど、生憎私達は忙しいの。え?なんでかって?なんであんたに言わなきゃなんないのよ!いくわよ、ユゥキ。」
ようやく追いついたユゥキを促して、六花は転送装置へと行こうとした。
「どうせまた死体あさりだろぅさ。たしかにあたしらには関係ないわね。」
その言葉に六花が反応するより早く反論したのはユゥキであった
「失礼なごどばゆうな。六花ぢょんは人捜しどゆう立派なハンターの仕事があるばによって…えぺ!!」
「えぺ!」とユゥキの言葉が中断されたのは筋肉で覆われたボディに六花の鋭い蹴りが入ったためである。
「人捜し?まさかアナって名前の女の子じゃないだろうね?」
「ぞうとも、ぎざまらスパイしただな…えぺ!!」
余計な事を言うなとばかりにさらに六花の2発目が炸裂する。非常にわかりやすいユゥキの言葉とそれを裏付けるかのような六花の行動から六花米穀店の動きを悟った廻奈は、
「こりゃまいったねぇ、依頼人はあたしら以外に頼むなんて一言もいってなかった。しかもよりによってライバルは六花の米屋だなんて…最悪。」
と不満を漏らした。
「わるいけど、この仕事はあたしが戴くわ。廻奈はそこのお子様のお守でもしてればぁ?」
その言葉に「お子様じゃないですぅぅ。」と反論したキサラを無視して、六花は痛む腹をさするユゥキと共に転送装置へと消えていった。
「もーーーキサラ怒ったですぅぅぅ。廻奈様ァ。はやくしないと先越されちゃうですよぉぉ。」
「あんなやつらを気にして焦る事はないさ。あいつらが戦っている間、あたしらが敵のいないエリアを進めば簡単に追いつけるしね。かといってのんびりする理由もない、そろそろ行こうか。」
転送装置の前で4人は立ち止まった、この転送装置に乗れば、次の瞬間洞窟エリアの入り口に立つことが出来る。しかしその前に傭兵隊「Fox Shrine」にはやる事があった。綾乃が背に持っている毛布から、4本の氷で作られた剣を取りだし、一人一人に渡した。作戦会議に使った酒場にいつも頼んでいるものである。四人は円になって向かい合い、それぞれの氷剣を中心へ向け、切っ先を重ね合わせる。
「ありとあまたの神、照覧あれ。この氷剣を砕くが如く。敵の撃滅と我等が勝利を。」
「撃滅と勝利を照覧されたし。」
廻奈が口火をきり、綾乃・キサラ・咲夜が呼応する。
「栄光の名と共にある我等Fox Shrine。一人は各々の為に、各々は一人の為に。続いて歓呼三声!!」
「応!応!応!」
最後の歓呼一声で、それぞれが持っているそれぞれの氷剣を地面に叩きつける。砕けた氷剣は光の粒となって辺りにただよい、その反射する光が消えぬ内に、廻奈をはじめとする「Fox Shrine」はラグオル・洞窟エリアへと旅立っていった。
つづく(つづいてるぅぅ・笑)