皮下機械の少女

 

第5戦「黒幣」

 

昨日、お父様が新しい武器をくれました。思わず悲しそうな顔をしてしまったので、キサラの思いをわかってくれたみたいです。
「苦労をかけるが、あと少しで終わる。」
と言ってくれました。
そんなお父様は最近忙しいらしくて、夜に家にいないこともよくあります。キサラががんばっているから、ということですけれど、ついさっきもらったこの変な拳銃のような武器を手に入れるのも、そんな苦労の末かと思うと「無理しないで」と何度もいってしまいます。でも、今日もキサラのお願いを聞いてくれず。どこかへ出かけられました。心配です…

 

竜の巣と化したセントラルドームに開いた大穴をくぐると、溶岩熱を熱エネルギーとして利用すべく、人為的にマグマをおしあげ、溶岩の川となっている洞窟エリア上層へと出る。
ラグオル地表・森エリアとは比べ物にならぬ敵の質と辺りを押し包む熱気。そんな灼熱地獄とでもいうべき「赤」に支配された洞窟をぬけると、そこまでに至る苦労をいやすオアシスの様にヒカリゴケの一種が放つ光と豊富で涼やかな地下水があふれる洞窟エリア中層が、汗だくのハンターを迎えてくれる。
そんな洞窟エリア中層でも、ひときわ目をひく美しさがハンター間で評判となっている通称「滝の間」そこに廻奈が持つ写真のニューマン、アナはいた。
「なぁ、嬢ちゃん。そいつをわたしなよ。」
「もう精製済みだからいいんだろぅ?」
細身のニューマンの体を隠すかのような小太りの男と中肉中背の男は、それぞれ腰の光剣をぶらつかせながらアナに詰め寄った。アナの持つなにかを欲して。
「ダメ!あなたたちに渡したら、勝手に使っちゃうでしょ?そうしたら、わたしの取り分少なくなっちゃうもの。これはわたしから直接キリークに渡すことにするわ。」
アナは小さな手に大きなシリンダーのようなものを握っていた。その中にある揺らめく紫の液体。それをあらためて見せられると、小太りのハンターは「ほぅ」と自らの口ひげをいじくりまわし、さらに小汚い顔をアナの持つそれに近づけた。
「キリークが要求する量まで、まだ少し足りないかもしれないわ。わたしは未精製分を精製してくるから、あなたたちはさらに獲物を捕まえといて。いいわね?」
アナは精製されたというその紫の液体を、まるで「おあずけ!」と言わんばかりに素早く後ろ手に隠すと、あからさまに不満顔を作る男たちを無視して「滝の間」の扉を開け、去っていった。
「なぁ兄弟。俺たちゃいつまであんな小娘の言う事聞かなきゃなんねぇ?」
おあずけを食わされた小太りの男は落胆のため息を洩らしつつ、同じくおあずけ状態となってしまった同僚のハンターに問うた。
「あの小娘の話じゃあ、次に獲物を捕まえりゃ終りのような話だったな…」
「おぃ、こないだもそんな事言ってたぜ。俺が聞きてぇのはよ。ブラックペーパーの一員ともあろうお方が、なんだって青臭ぇ娘っ子の命令で行動しなくちゃなんねぇのか…ってことだ!まったくキリークの旦那も旦那だぜ、かきあつめた高濃度フォトンを一人占めしてどぅしよぅってんだ!こっちにも分けやがれってんだよ!」
「そう尖るな。あの高濃度フォトンを作れるのは小娘だけって話だ。それにこれが終りゃ、オレらもわけまえにありつけるってもんよ。」
「そうだといいんだが、とにかく頼むぜ兄弟。」
半ば納得しきれぬ会話をした盗賊団「黒幣・ブラックペーパー」の二人は、近年この洞窟エリア内で起こっているとされる「ハンター失踪事件」の元凶であった。洞窟内に通常考えられぬほどの処理しきれぬ大量の罠をしかけ、その罠にひっかかりズタズタになったハンターを捕らえ、アナに引き渡す。そこからどういう手順があるのかは知らないが、最終的にアナの手にあるのは高精神濃度フォトンであった。その紫色の液体・高濃度フォトンを体内に注入することで起こる強烈な快楽と幻覚作用。いけすかない小娘アナに渋々とはいえ従っているのも、その魅惑的な快楽を得んが為であった。
「しかし聞いたかぃ。なんでもあの娘をさがしてFox Shrineが動き出したって話だぜ。ヤベェんじゃねぇのか?」
小太りの男はさらに別の話題をもちだした、どこからかより廻奈たちの話を聞いたようである。敵に回したくない相手として、ブラックペーパー内でもFox Shrineは充分な名声を持っていた。
「あぁ、なるほど。コイルの野郎が落ちついてなかったのはそれでか。奴はあそこのシェルティとかいう娘にご執心だったからな。今朝、野郎の若いの連れてさっさと出ていったようだが…」
「コイルの野郎のことはどうでもいい。問題はオレらだ。」
「いつものようにゴマンと機雷を置いといたろうな?そうか、なら問題は無いだろう。いくらFox Shrineの女どもだって、あんだけの量の爆弾に囲まれりゃあ…くくく、こりゃフォトンをやる前に、いいことになるかもしれねぇ。」
中肉中背の男の言葉を聞くと、やや不安げに下方に曲がっていた小太りの男の口が逆に上方へと曲がる。その不揃いのヒゲに覆われた口のさらに上、茶色によごれた目は欲望の期待に耐えられぬかのようにひしゃげ、「滝の間」の入り口扉を凝視した。否、男の目はその扉の先にあるFox Shrineの女たちの肉をくらう予定の尋常でない量の浮遊機雷をみていた。光の作用で隠された多量の機雷が立続けに轟音を発したその時こそ、つらい仕事に耐え得るだけの役得があると確信していた。

 

「六花米穀店」はFox Shrineと比べての数の点での不利をよく心得ていた。同じ場所の敵を殲滅するのにも、二人でやるのと四人でやるのとでは、単純に四人のほうが倍のスピードで行える。そのため、四人である競争相手Fox Shrineの上手を行くために、六花は自身のパワーと俊足、二人である小回りの良さを生かし、敵と極力戦わずに先に行くという戦略をとっていた。
ゆえに六花米穀店より数刻遅れて洞窟エリア中層へと続くパイオニア2から直通の転送装置を降りたFox Shrineの廻奈たちがまず見つけたのは、何か巨大なものを引きずったような跡とハンター1隊、つまり六花たちが通っていったにしては減少していない敵の気配であった。
「ユゥキ…とかいったっけ?あのフォース…六花によくついていっているもんだよ。」
「ついていっている、と言うよりも、ついて来させられていると言う方が正解でしょうね、姉様。」
「ああ、思いきり引きずられた跡がある。敵に殺されるより早く六花に殺されてしまいそうだな。」
総兵長である廻奈とその廻奈の守護「妖孤守護」の綾乃は、まるで六花のウサ晴らしの道具の様に扱われているような筋肉質のフォース、ユゥキに余り気のこもらぬ同情をすると、改めて周囲の確認を行いだした。
「正面3、右翼2、シャークだけだね。どうだいキサラ、あんたのソナーは?」
少しばかり広い部屋の、電子制御された扉の隙間から索敵を行った廻奈は索敵結果の確認のため、キサラの頭蓋に埋まっている音紋探知機の使用を促した。
キサラは意識をソナーに集中すると、眼前に大まかな部屋の見取りと、それに加えて5つの光点が浮かび上がってきた。サイボーグとしてのキサラの特殊技能である。
「ほぇぇぇ。廻奈様と同じですぅ。全部で5ですぅ。」
「よし、綾乃とキサラは右翼を速攻。あたしはテクで正面を足止めしておく、右翼が片付いたら急ぎ正面へまわれ。」
キサラの報告を受けた廻奈が作戦を通達すると、ただ一人なんの指令も受けなかった初陣の少女、咲夜が「あの…」と不安げな瞳を廻奈に寄せた。
「咲夜はあたしの後ろにいて、この前渡したラフォイエの練習でもしてればいいさ。いいかい?一つ一つに集中するんだ。今はどんな事でも咲夜のいい経験になるからね。」
「は…はい…」
かつてのキサラがそうであったように、咲夜もまた自らの内に沸き起こる不安を抑えきれぬようである。年端もいかぬ少女が、一歩歩けば死がそこにある土地へと進まんとしているわけであるから当然といえば当然ではあった。ただ、キサラが初陣であった時と違っている点は彼女のプライベートな友人が隣にいて、
「咲夜ちゃんはキサラが守るのー。だからがんばろうね。」
と励ましてくれる点であった。咲夜はその言葉にようやく解放されたかのように微笑んだ。しゃがんでいる廻奈はそんなやり取りを行う二人を慈愛の微笑みをもって見つめると、咲夜の頭を軽くなでて立ちあがり、電子扉の開放スイッチに手をかけた。
「いいかぃ、開けるよ!ぬかるんじゃないよ!」
「了解!」
綾乃・キサラ・咲夜の委細承知の言葉と共に、戦場への扉は「ゴゥン…」という音を伴って開かれた。なだれ込むFox Shrineの四人…
廻奈は光の円盤を右腕のテクニックドライヴに挿入。空間環境に干渉するための精神集中を行う。
キサラは背中のホルスターに掛かっているロングライフル「Justy−23ST」を大きな動作で背中から肩へ、肩から右腕へ回し、走り出した綾乃の支援をすべく右翼の敵へ照準をあわせる。
綾乃はすでに敵を如何に斬るか算段していた。もちろんキサラの支援能力は計算の内にいれてある。なびく綾乃の衣装「袴」の腰にささる日本刀「大蛇顎」の柄に手をかける。
咲夜は廻奈に言われた通り、ぎこちない動作ではあるが、広範囲高温発生テクニック「ラフォイエ」のディスクをドライヴに挿入、両手を胸の前で組み、廻奈に続いて集中をはじめる。

戦いが、始まった…

まずは廻奈が事を起こした。額に当てていた右手を正面の敵三体へと向ける。空間が変調を起こし始める。廻奈の挿入したテクニックディスク「ギゾンデ」は廻奈の脳波を受け、雷の輪を六ッ目人型の敵・シャーク三体の中心へ作成する。つづいて空間を裂く音と共に稲妻が走る。熟練した特殊テクニック使い・フォースである廻奈の集中力は確実に稲妻を敵に導いてゆく、一条、また一条…雷はシャークのフォトン刃と化した腕を貫き、鮫肌の皮膚でおおわれた腹部をえぐった。たとえその雷の攻勢に耐えられたとしても、その高圧電流は体細胞をマヒさせるのに充分であった。合計八つの雷の束をその体に受けた一体のシャークはマヒする間もなく倒れ、生物としての活動を停止。正面残り二体もまた傷だらけとなった体を庇う事も出来ず稲妻の直撃によりマヒ、動きを止めた。
時を同じくして、キサラのライフルが光を発した。フォトンで作られた弾丸は走る綾乃の横をぬけ、ようやく戦闘態勢をとりだした右翼のシャーク二体へと向かう。1発目、綾乃とキサラを捉えたシャークの一体の左3つの目を直撃。緑色の体液が激痛を訴えるかのように宙へ舞う、その舞った一滴の飛沫、それを貫いてさらに目を潰されたシャークの心臓部を貫いたのはキサラの2発目のフォトン弾であった。人を飲み込むほどに大きいシャークの裂けた口から緑色の血塊が滝となって流れ出る。膝をつき、頭をたれる…胸と目に穴をあけられたシャークの戦闘続行不可能は明白であった。
「ほほぅ。」キサラの腕をみて嘆息したのは廻奈である。さらにキサラは引金を引く、3発目の弾は右翼の残り一体、無傷のシャークの左手、フォトン刃の中心へと導かれ、当たって弾けた。傷を与えるには至らなくとも銃弾の衝撃は凄まじく、頭上高くへとフォトン刃つきの腕を持ち上げてしまう、そこへ綾乃が走りこんできた。
「ふっ!」ただ一息だけ綾乃は発した。さやより瞬時に抜き、瞬時に振い、瞬時に収める。光の加減が良ければ、もしかしたら綾乃の剣技「居合」の太刀筋が見える事もあるかもしれない、しかしせいぜい白い三日月のような軌跡が見えるだけであろう。その見えない三日月は今回も敵の体に吸いこまれて行き、持ち上げた腕の下、わき腹を捉えていた。「何故致命傷を負って倒れるのか?」そんな疑問を抱いただろうか?もしくはそんなことを考える間も無くキサラの援護と綾乃の「妖刀・大蛇顎」を受けたシャークは腰から上を地面に落とし、下半身も重力に耐えきれずその場へと転がった。右翼の敵は撃破された。
咲夜は足りない集中力を「ケイン」という杖でサポートしていた。組んでいた両手をケインを握る事に変え、その先端へと意識を向けて行く、右腕で回転するラフォイエディスクが「時は来れり」と輝きを増す。咲夜はあたかも廻奈がそうするかのように杖を前方の敵2体へと向ける。空間の分子が極端な運動を始め、収束してゆく…咲夜の集中の解放とともに火球がマヒして動けぬ敵2体の間で生まれる。小爆発が起こった。
高等レベルのテクニックとは言え、その性能は使う者によって大きく制限をうけてしまう。つまり、廻奈の使うラフォイエと咲夜の使うラフォイエでは威力も命中精度も天と地の差があるのだ、廻奈ならしとめていたであろうラフォイエも未熟な咲夜の腕では足をとめたシャークの皮膚を焦がすのが精一杯であった。しかし、とどめをさすべく綾乃は自陣正面の敵へと走り出していた。
キサラは再び走り出した綾乃を援護すべくスコープへと目を移し、照準を合わせる。うまく行けば綾乃が正面に到達するまえに倒せる…そう思ったが、その考えはふいに邪魔された。キサラ頭蓋のソナーが警告を伝え始めたのだ、
「か…廻奈様ァ!新手ですぅぅぅぅぅ!」
「な!?どこからだっ、キサラっ!」
不意の報告に廻奈はやや戸惑った、守る対象である咲夜がいる。不安要素は早急に取り除くべきであった。
狙撃支援をやめ、ソナーに集中するキサラ。自らを表す光点、それに重なる様に一つの光点が突然現われた。
「え?ま…真下なの??」
思わずキサラは後ずさった、今までキサラの踏んでいた地面が盛り上がり、フォトン刃が現われる。シャークのそれではない。さらに大きく長いフォトン刃は、地を薙いで、その持主が現われるだけの穴を素早く作り出すと鎧のような皮膚で覆われた長い体をキサラの眼前に披露した。その体躯はキサラのゆうに10倍はあるだろうか?カマキリのような外見はその不気味に輝く巨大な目とともに、キサラを充分に威圧していた。
「グラスアサッシン!!」
新規の敵の正体をいちはやく悟ったのは走りつづけていた綾乃であった。愛弟子の前に現われた脅威に思わず止まってしまう。
グラスアサッシン…長いカマの手から繰り出される攻撃と、その突進力は洞窟エリアの中でも随一のものであり、シャークとは比較にならぬ戦闘力を誇っていた。そしてなによりこの巨大カマキリの脅威は今キサラを包み込まんとしている捕食のための糸であった。動けないキサラをさらに止めるべく包みこむ白い糸はグラスアサッシンの口から無遠慮に吐き出されており、それが途切れる時は捕食の準備完了といったしるしである。
「あ…いや…」
キサラの四肢に糸が食い込み、体の自由を奪う。ライフルの銃口はふさがれた上に糸の圧力によって地に落ちていた。
「キサラ。今行く。」
綾乃が踵を返そうとするが、それを止めた声があった。
「綾乃ッ、戻るな!おまえは正面に集中しろ。」
正面のシャーク二体は稲妻の戒めを解かれ、いよいよ動き出さんとしていた。そんな正面の敵に今もっとも早く打撃を加えられるのは綾乃であった。今考え得る最良の戦術…廻奈の指示は適切だと解る。しかし…

 

つづく(Ver.2もやらなきゃ・笑)

 

戻る