皮下機械の少女
第6戦「絶叫」
キサラが多分一人でラグオルに降りたとしたら、多分ドラゴンまでもいけないでしょう。
ですからやはり、リコさんというハンターはすごいんです。キサラのいったことのない深い深い遺跡エリアまでたった一人で行ってしまうんですから…
おまけにいろんな助言が入ってるメッセージボードを置いていってくれてるんです。すごく助かります。
キサラもみんなを守るために、リコさんに負けないように、がんばろうと思います。
光の軌跡を残して、巨大カマキリ「グラスアサッシン」のフォトン刃は目標の回避行動を読みきり、その右肩に食らいついた。そのまま間断無く皮膚と肉…そして骨をも抵抗なく寸断していく、未練たらしく残る薄皮さえも切断し右腕を完全に攻撃対象の身体から切り離したのは一瞬の出来事であった。光剣を握ったままの右腕は主を失い、地に転がる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!」
痛みよりも違和感よりも、あるべき場所にあるべきもの−右腕−がないという恐怖に、たった今カマキリに斬られた人間が叫ぶ。叫びに呼応した助けは…なかった。
亡くした右腕を求めるかのような右肩からの血液の奔流。引き続き襲い来る痛みをこらえる事が出来ずに、少年ハンターは敵前とはいえうずくまってしまう。先の右腕を落としたカマキリの赤く染まったフォトン刃は、涙で濡れるそのハンターの首を払わんとさらに鎌首をもたげた。目を赤く腫らしたハンターは敬愛する上官が、なすすべもなくうずくまる自分を必ず助けてくれると信じていた。その鎌のようなフォトン刃が振り下ろされる瞬間もなお…少年ハンターはグラスアサッシンに狩られる瞬間、その上官の名を呟いていた。「シェルティ様…」と。
先行させた部下の叫び声を聞いて駆けつけたシェルティが見たものはフォトン刃が背から腹へと貫かれた首なし右腕なしの部下の死体と、その血肉を音を立てて食らう巨大カマキリの姿であった、無残に転がった少年ハンターの顔は、愛らしい上官の助け無きことに絶望の表情を作っている様に見える。シェルティは背負った大剣「フロウウェンの大剣」の柄を自らの至らなさに対する怒りと共に握り締めた。シェルティは一つ吼え、右手の大剣に孤を描かせた。「シェルティ様!こんな強行軍は無茶です!現にルーは!!」
「ルーは、やられてしまいました…」という2番隊副官の続きの言葉は慟哭にかきけされた。同僚である少年ハンター「ルー」を失った部下の悲しみは大きく、シェルティの普段とはあまりにも違いすぎる強行に対し批判がでるのは当然と言えた。武器管理施設「チェックルーム」にて待機していたFox Shrineの2番隊メンバーの3人は、血相を変えて走ってきた隊長・シェルティの「今日は一人で行くから良い」という言葉に不審と不安を覚え、「無理にでも付いて行く」という言葉とともに付いて行った。実際無理であったのかもしれぬ、先にカマキリの餌となってしまった少年は言うまでも無く、ここまで来る間にも同僚のフォースの消耗著しく、2番隊副官・クレイも負傷していた。
「だから、付いてくるなと言ったでしょ!」
そう叱るシェルティの目も赤くなっていた。こらえきれず涙が頬をつたう。1人で洞窟エリアに赴くと言う事、付いて来てくれた部下を自らの欲求のためだけに手足の如く使い、強行軍を指示し、そして失った事。すべてがワガママであるとシェルティは感じていた。復讐のために戦うことは不毛な事だと思うが、自らの過去と決別するにはこうするしかないのだと理屈抜きで感じていた、部下たちはこの「自分の戦い」に巻き込みたくなかった、しかし部下たちの言う通り一人では不利な戦場であった、自分の復讐を遂げるため部下の命を売ったという思念がシェルティの心を強く苛んでいた。シェルティはさらに大きく叫んだ。
失われた唯一神教のそれを思わせる巨大な聖堂。人間側にもアンドロイド側にもニューマン側にもつかぬ完全独立組織「ル・リエー」本拠。
「…自らの生を呪う莫れ、多種を嘲る莫れ、意志の尊厳を踏みにじる莫れ…」
歳に似合わぬ強壮の老人の力強い声が円形の聖堂とロウソクを軽く揺らす。
「…自然に生を受かば、其れ、自然にいずくんぞ認められん哉…」
左手の書を朗々と読む老人の前には二人、人間の少年とニューマンの少女がいた、いずれもまだ幼く、老人の言葉をただニコニコと微笑んで聞いていないようにも見える。
「…さぁ、誓いを…」
書物を閉じた老人フェイが纏ったローブに隠していた右手を二人の前に差し出すと、少年と少女は小さな手を乗せた、二人が顔を見合わせ、少しうなずくと、決められていた言葉を唱和し始める。
「ボクたちはこの戦いの日々においても、友達を信じて、皆心安らかに生きる事が出来る世界を作る事を誓う。」
少女が強くフェイの手を握る
「わたしは誓う、隣のシェフィとともに世界を作る!」
少年が強くフェイの手を握る
「ボクは誓う、隣のシェルティとともに世界を作る!」
老人は二人のやわらかな手を自らの腰の剣に導き、柄を握らせ鞘より引き抜かせた「シュル…」という金属の擦れる音が無音の空間に消える。ロウソクの光を受けて、金属剣が輝く。
「種の壁を超え、この剣を携えて行け。誓いが成就ならんことを。そして、ラグナロクの終焉を。」
老人はそう言うと、厳しい顔をくずし哀しげに、運命を共にしてこれから戦う事になる定めの幼子を見つめた。少年は、二人には重すぎる金属剣をゆっくりと床に下ろすと、「ふぅ」と緊張から解かれた様にため息をついた。隣のあどけない少女はそんな少年を見て「くすくす…」とただ笑うだけであった。
少年シェフィと少女シェルティ。
地球環境を完膚無きまでに叩きのめした戦争「ラグナロク」に「ル・リエー 異種の共存共栄」という旗を掲げ仲間と共に乗りこんで行き「八百八屍将」の称号を得るまで5年。戦争が終り、アンドロイド及びニューマンに市民権が与えられたのはそれから1年後のことであった。
シェフィの背を追い、彼の背を守った。彼の盾となり剣にもなった。彼の死は自らの死…運命共同体としての定めもある…が、それ以上にシェフィを愛していた。ただひたすらに戦場を走りぬけ、敵と呼ばれる種を撃滅していった、シェフィと共に戦えること、それが戦う理由だった。戦うことでシェフィは自らを見ていてくれる、愛してくれる。実際シェフィもシェルティを生涯の伴侶と決めていた。そして走りに走った戦争は終結した。「ラグオルへ行ってはくれぬか?」
異種間結婚を済ませた二人に待っていたのは「ル・リエー」を統べる老人フェイのこの言葉だった。
「あの若い大地は、人の欲をすべて飲み干せるほど大きくは無い。ル・リエーの名をかの地で轟かせ、欲望の抑止力となって欲しい。」
地球の二の轍を踏ませてはならぬ、という命令に正直シェルティは喜んでいた。シェフィと共に戦うことが思春期の日常だった、「このまま地球の再建に力を注ごう」というシェフィの反対意見を押し切り、シェルティと青年となったシェフィは移民艦隊パイオニア2へと乗りこんだ。
自らの命を賭ける事でようやく充実できるというハンター特有の症状に二人はかられていた。予想以上の地獄と化していたラグオルで二人だけで危ない橋を渡りつづけ、名声を得た。「ル・リエー」とシェフィとシェルティの名は半ば畏怖と共に囁かれるようになった。二人がブラックペーパーに出会うまでは…
「ル・リエー」の他の仲間たちと合流し、最深部である「遺跡エリア」に進攻するという計画は、シェルティがル・リエーの連絡係から得たものであった。合流地点である遺跡エリアの入り口に到着したのはシェルティたちが最後であり、そこにはシェルティたちのように少なからず名声を集めていたグリフィン・虎龍隊など強力なメンバーが集結していた。
シェルティはその時、補給物資調達にやや手間取っており、シェフィに先に合流地点に行き、集結済みの皆に待っておいてもらうよう指示してもらうつもりであり、そのためにやや遅れて集合地点に到着したのであった。
「異種共存共栄」のル・リエーらしく、合流地点にはいろいろなチームがいた。アンドロイド・ニューマン・人間、それら混成のチームは珍しくなかった、その中にシェフィの姿を認めるとシェルティは手を振って走り出した…その瞬間、光と轟音が辺りを包んだ。不意をついて襲い来る最初の衝撃波にシェルティは飛ばされ、溶岩のような地面に身体を強く打ちつけた、さらにめくるめく起こる爆発、跳ね飛ぶハンターたちの身体。信じられない数の浮遊機雷が、メンバーの集合地点に仕掛けられていた。一つ一つの閃光が確実にル・リエーのメンバーの命を奪っていく…立ち上がり、振動の中で戦闘態勢をとろうとするシェルティの前にも、さらに赤く光る浮遊機雷の姿があった、内部より発せられる光と熱。
シェルティは飛んだ、正確には飛ばされた。爆風にではない、シェルティを生涯の伴侶と誓い、守ると誓った青年がシェルティをかばって抱き、先ほどまでシェルティの前にあった浮遊機雷の爆風に飛ばされていた。
「シェフィ!!腕が!」
着地してのまず一声はそれであった。爆風に飛ばされたのか、シェルティをかばったシェフィの左腕は無くなっていた。
「逃げろシェル、ボクたちは騙されたんだ。」
「喋らないで、レスタつかうから。」
回復ディスク・レスタを右腕のドライヴに挿入しようとするシェルティをシェフィは残った腕で突き飛ばした、あまりの突然な事にシェルティは受身もとれず転がった。
「な…なにを…」
シェルティはそこで言葉を詰まらせた。目に映るものを信じたくなかった。シェフィの身体を貫く1本の鎌があることを。
「ぬへへへへへへへ。さすがはキリークの旦那の得物、良く斬れる。」
決してル・リエーのメンバーではない無傷の鎌の主は不気味に笑いつつ言うと軽くえぐって刃を引きぬいた、軽い痙攣と共にシェフィの血が吹き出る。
「コイルさん、あまり乱暴に使うとキリークさんにドヤされますぜ。」
鎌の主の部下らしいハンターがたしなめる。
「何言ってる、使わなきゃどんな良い武器も棒っきれだ、それよかあの娘はどうだい…ぬへへへへ、おいしそうじゃないの。」
棒立ちとなっているシェルティにコイルは寄った。目の前に起こっている事が信じられぬシェルティの青い顔はコイルの興をそそった。コイルは鎌を持たぬ左手でシェルティの震える顎をつかむとそのまま唇を吸った、目を見開きなにも感じられないシェルティに抵抗はない。
ふいにコイルは殺気を感じ、振り向いた。血をばら撒きながら転がる肉隗と化した部下の一人が脇を転がっていく、目の前には腹をえぐられ、戦闘不能になったはずのシェフィが立っていた、幼いときに使った誓いの金属剣を右手に持って…
「とどめを…」
そうコイルに言わせる暇も与えず、シェフィは踏み込んだ。「八百八屍将」の踏み込みと鋭い斬撃は手負いである事を感じさせなかった、コイルの鎌を一薙ぎで飛ばし、コイルの脇に立つ部下一人の首を刎ねた。
血に彩られた兇悪な形相にコイルは恐怖を感じ、後ずさった。腰に自らの光剣があると言う事も忘れ、まるで丸腰の様に感じていた、「この男は並じゃねぇ。機雷をいくつ積んでも勝てねぇ」そう瞬時に悟った、悟らせるほどの剣技をシェフィは持っていた。さらにシェフィの眼前に閃光が上がった、コイルの最後の機雷は目晦ましになら使えるとふんで地に叩きつけられ、その役目を終えた。コイルの姿はもう無かった。「ぬへへへへへ…」という笑い声と共に消えていた。シェフィはシェルティを守り通し、地に崩れ落ちた。最後に「シェル、約束を守って。」というはっきりした言葉と優しい顔を残して。
爆発と共に現われたコイル他襲撃者は、コイルとともに撤退していた、後にはル・リエーの仲間たちの死体が山となって転がっていた。「あたしとしたことが…遅かった…るるりん、フィルナ、生き残りの確保!」
コイルの隊でも、ル・リエーでもないチームが爆発の硝煙ただよう惨劇の舞台へと足を踏み入れた。チームリーダーらしいフォースの女性に指示をうけた「るるりん」というハンターは死体の直中にカカシのように立っている少女に声をかけた。その声にふいに反応した少女は、突如絶叫した。
「うあああああああああああ!」
そして目の前に倒れている左腕の無い血まみれの身体にしがみつく様に抱きついた。ただならぬ事と感じたるるりんはすぐに駆け寄る。
「うあああ、うああああ。」
少女シェルティは声にならぬ叫びを上げ、もはや動かぬ恋人の身体をゆすった。最愛の妻であるシェルティを守りとおす事が出来たシェフィの死に顔は安らかではあったが、当然その口から2度と言葉が発せられるはずは無かった。
「やめろ!もう死んでる。こうなったらリバーサーも効かない。」
るるりんの肩を掴んだ制止は効をあらわさなかった、「こんなはずじゃない、ラグナロクをも共に生きぬいたシェフィがこんなことで死ぬはずは無い。」そんな考えが頭を駆け巡る。その思いが強い故、目の前の現実を受け入れられなかった。
「だれが…だれがこんな事…」
シェフィの身体を地に横たえ、怒りと悲しみでガチガチと鳴る歯の間からようやくシェルティは言葉らしい言葉を発した。
「ブラックペーパーだよ、君ら厄介な奴らに狙われたね。」
落ちついたのを見て取り、安心したかのようなるるりんから解答を聞いたシェルティはうつむいていた顔を急に持ち上げると、地面に転がっているコイルの武器である鎌を確認し、これからの行動を止めるであろうるるりんを跳ね飛ばし、一跳躍で鎌の脇へ到達、鎌の柄を握ると、さらに死体の山を越えて跳んだ。るるりんにシェルティの目的はわかっていた、
「フィルナ!その子を止めろ。一人で復讐する気だ!!」
ぼんやりと生存者の捜索にあたっていた黒衣のハンター・フィルナはゆっくり顔を上げ、目の前を駆けて来る少女を興味なさげに見つめた。シェルティはそんなフィルナの右脇を素早く一気に駆けぬける。止める手も届かぬほどに素早く駆けぬけたつもりだった、しかし実際にはフィルナがゆらり…と動いた刹那、シェルティの足はもつれた様に跳ね、あふれる死体の山の上に小さな顔はうつぶし、身体もそれに続いてぐらりと崩れた。
「やりすぎだぞフィルナ、もちっと丁重に扱えよ。」
フィルナの当て身を察したるるりんが安心の顔で抗議する。
「下手に抱えると暴れだすからな。このやり方のほうが、かえって両方傷つかなくて済む。」
フィルナは笑ってそういうと、力の抜けたシェルティを持ち上げ、肩に抱え、脇に転がる鎌を手にすると、ようやく名の通りつつある傭兵隊「Fox Shrine」の暫定リーダーであるフォース・廻奈の元へと歩き出した。
「運命を共有するという事が、一緒に死ぬということなら、ボクはシェルと共には行かないよ。いい?どちらが死ぬにしても残ったほうは生き続けると約束しよう。それが誰に対してであれ、死に殉じて死ぬというのは、死んだ当人も、それが仮にボクだとしても喜ばないからね。」
そう言って約束したシェフィはシェルティをかばい、そして死んだ。生き残ったシェルティの耳に強く残っているのは、このシェフィの言葉とブラックペーパーの名とコイルの寒気を誘う笑い声だった。
「ぬへへへへへ、久しぶりじゃねぇか、嬢ちゃん。」
部下であるルーの死の悲しみ冷めやらぬシェルティの耳に入ったのは、忘れ得ぬそのコイルの笑い声だった。あまりに突然の事に驚いたシェルティは確認の顔を上げる。間違いなかった、夫シェフィを殺した相手であった。
「あんときは唇だけでおわったからなぁぁ、今度は別なものももらうぜぇ。」
不気味な笑い声はコイルだけのものではなく、シェルティ隊の前にいるコイルの部下とおぼしき3人も同じような卑屈な笑いを発していた。
ブラックペーパー遭遇の可能性を聞いていたシェルティは用意していた廻奈の武器−かつてはコイルの武器−の鎌「ソウルイーター」を腰より取りだし、柄をのばす。ようやく待っていた時が来たのだ。
「殺してやる…シェフィにやったよりも苦しんで死なせてやる…」
シェルティの得物にやや驚きの表情を見せたコイルだったが、相手が当然やる気であるのを見ると、自らの光剣を発光させた。
「シェルティ様…」
2番隊副官として数ヶ月、クレイはここまで怒気を発散させるシェルティを見た事が無かった。
シェフィが死に際に見せた以上の「八百八屍将」の踏みこみ。シェルティの手にある鎌・ソウルイーターは唸りを上げてコイルのはらわたを食らわんと疾走した。苦しい過去との決別の為に。
つづく