皮下機械の少女

 

第7戦「復讐」

 

キサラがアンドロイドなのを一番感じる時は、ご飯の時です。
みんながおいしそうにご飯を食べるのが、キサラにはものすごくうらやましく感じるんです。
キサラのご飯は、どろどろのペーストだけなんです。普通のご飯も食べられないわけじゃないですけど、体が重たくなるだけで、けっきょくみんな体の外に出しちゃう事になるのでラグオルに行くようになってからは全然食べなくなっちゃいました。そんなに味がわかるわけじゃないですし…

 

シェルティがシェフィを失い、Fox Shrineに入隊して、いくらかの戦闘技術の向上をみたように、コイルにもそれなりの成長があったようである。
シェルティの意を介して唸りをあげた鎌「ソウルイーター」はそれを回避したコイルの軽量鎧の一端を削るだけに終った。外れた事をみると、はらわたを狙った横なぐりから続けて腕を切断せんと縦の軌跡を鎌に描かせる。リーチの長い武器をまるで短刀でも扱うかのように自在に扱うシェルティの剣技には、たとえ経験を積んだとはいえ、コイルには重荷だった。回避不能と見たコイルは発光させていた「DBの剣」で鎌の動きを止めた。が、鋭く尖った鎌の刃はジリジリとコイルの黒い顔へと歩みをすすめていく。怒りが、シェルティに力を与えていた。
「この小娘がァァァァ!」
コイルの不利を見たブラックペーパーの若いハンターが耐えきれず加勢に走った、長い柄に光剣のついたような武器・長刀バルディスを背より振り下ろす。しかしそれは自殺行為となった。シェルティはコイルへの攻撃を中断することなく、体をやや開くと、長い柄の部分でバルディスの刃を受け、そして敵の斬撃を流す様に柄を返し、コイルを襲わせていた刃を一転させて背をむけた若いハンターの首に当て、一気にはらった。力を受け流された長刀は湿った地面に刺さって止まり、武器の使い手の首はシェルティの力を示すかのように天を舞い、独楽のように回転して地下水池に音をたてて飛びこんだ。シェルティの鎌はそのスピードを失うことなくバトンのように円を描き、さらにコイルへと向かった。鎌の圧力から一時的に解放されたコイルは地を蹴って間合いをとっていた、鎌が空を斬る。
「ぬへへへへへ…強いじゃないの、お嬢ちゃん。あの時はなにもできなかったのになぁ。」
シェフィ以外の男に唇を奪われた事もシェルティの心に大きな傷を作っていた。コイルの言葉はシェルティの憎悪をさらに燃やすことになった、
「殺してやるから、そこにいろぉぉ!!」
正に疾風。吼えたシェルティは次には飛んでいた。風の如く飛んだ先には…ニヤリと笑うコイル、そしてその前には浮遊機雷があった。
「あの時と同じにしてやるよ。お嬢ちゃん。」
盾をかざして、コイルは言った。鎌の薙いだ先に光る機雷、フォトン製の刃が当たる直前、それは爆発した。高圧の爆風に耐えきれず、鎌はシェルティの手を離れて飛んだ。俊敏さに定評のあるシェルティは鎌を手放した瞬時の前転で回避行動としたが、節々が爆風による痛みを訴えていた。ル・リエーの隊が全滅した時と同じように、さらに爆発が起こった。シェルティのまわりではない。爆発は後ろで待機していたFox Shrine2番隊副官クレイと同僚のフォースを襲っていた。ただでさえ消耗していた二人に爆発を回避する力はなかった、なすすべ無くFox Shrine2番隊メンバーは数発の機雷の咆哮にゆらめき、その場に倒れた。
「クレイ!!リーズ!!」
痛む両の手を地につけたままシェルティは部下の名を呼んだ。その声に答える様に体を震わせた二人が顔を持ち上げた。生存を確認してホッとしたのは少しの間だけであった、瀕死の部下の後ろにブラックペーパーの二人のハンターが剣を構え、立っていた。
「これが、どういう状況か言わなくてもわかるよねぇ?」
完全に勝利したと言わんばかりの笑みをうかべたコイルがシェルティの両腕を掴み、引っ張りあげた。
「立てるくらいの体力はあるだろぅ?Fox Shrineの2番隊長さん。」
悪鬼の形相といってもいい、シェルティは怒りに震える手を拳に変え、スキを見せれば飛びかからんとばかりにコイルを凝視して立った。部下の命を握られている以上、そんなことは出来まいと思っているコイルではあるが、触れれば斬れるような雰囲気は決して楽しいものではなかった。
「俺に愛されるんだ、すこしは嬉しそうにしなよ。シェルティちゃん。」
この男に名を呼ばれただけで、無残に犯された気分になった。当然表情をくずすことはない。
「コイルさんの言う通りするんだよ!ボケがぁ!」
部下クレイの後ろの男がクレイの髪をつかみ、首に光剣をあてた。喋る気力も無いクレイは言わぬまでも死をも辞さない覚悟である事はわかる。かといってこれ以上自分の復讐の犠牲として部下を使うつもりはなかった。唇をひきつりつつも笑顔に無理に変えていく。
「そう、笑った顔がとてもいいよ。ぬへへへへへ。おっと、こいつは邪魔だよな。」
コイルはシェルティの肩に手を回すやいなや、力任せに柔らかい体を覆う鎧の前面部分を引き剥がした。背面部分とのジョイント金具が千切れて散らばる。無防備な白いボディスーツ姿となったシェルティを、歎息をもってみつめた。
「殺してやる…どんなにされても、最高の苦痛を与えてやる。」
いまだ無駄な抵抗をみせるシェルティをコイルは許さなかった。
「まだわかってないんだねぇ…おぃおまえら、一人殺して良いぞ。叫ばせて殺せ。」
絶望に変わるシェルティの顔を期待して、シェルティの目を見ながらコイルは部下に指示した。しかし、いつまでたってもシェルティの表情を変える予定の叫び声は聞こえてこなかった。
「おぃ、なにやってんだ。」
不手際な部下に苛ついて、コイルはふりかえり、怒鳴った。その怒鳴った大きな口に突然なにかが差し込まれた。
「人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死ぬんだっけかなぁ?でも、そんな死に方も俺らしいと思うねぇ。おっと口を閉じるなよ、メシが食えなくなるからな。」
コイルの口になにかを差しこんだ男が言った。それはシェルティの部下でもなく、コイルの部下でもなかった。コイルは口を閉じるどころか、首をも動かす事も出来なかった。開きっぱなしの口をさらに大きくあけさせたそれは、紫色の光剣だった。コイルは目をなんとか動かし、部下のいる方向を見た。そこには穴だらけとなって転がる自分の部下二人と、マシンガンを構えた奇妙な仮面をつけたレンジャーがいた。
「るるりん!!」
怒りも絶望も悲しみも、全て払拭するかのような安堵の微笑をもって、コイルの恋路の邪魔人の正体を知ったシェルティが、その名を呼んだ。
「なぁ、シェル。俺ってカッコイイよなぁ?カッコイイ男ってのはこういう場面に出て来るんだよなァ?」
シェフィが死んだ時、その死から立ち直れなかった時、るるりんは救ってくれた、そして今もなお…
「あはは…ホントに…バカなんだから…」
笑ったシェルティの目から一筋の涙が落ちた。
「さて、こいつはどーするよ?」
るるりんはシェルティの夫を殺した相手が、今自分が剣を向けている相手だと知らなかった。しかし、シェルティのコイルを見つめる形相と「わたしに殺させて。」というセリフに、全てを理解した。るるりんは紫光剣ラヴィス=カノンの発光を止めると、「よっ」という発声とともに体をその場で回転させ、回し蹴りをコイルのこめかみに放ち、地へとひれ伏させた。
血を口より垂らせて転がったコイルはすぐさま立ち上がった。右手を自らの鎧の内に滑り込ませる。逃げの算段までが過去と同じであった、浮遊機雷が顔を覗かせる。
「リム!」
るるりんの指示と仮面のレンジャー・リムの動作はほぼ同じであった。リムのマシンガンがフォトン弾の摩擦音を奏でる。たとえ仮面をかぶっていても、命中精度に狂いは無かった。全ての弾丸が寸分違わず浮遊機雷に集中する。コイルの鎧から全て出ない内に逃走のための機雷は暴発した、爆発の圧力は鎧の内側と、鎧の下の皮膚、そして右手に遮られ、逃げ道はほとんどなかった。シェルティがそうなっているように、コイルの鎧は千切れ飛び、爆発の直撃をうけた血だらけの腹部をのぞかせていた。内臓をさらけだし倒れたコイルの命はいくばくも無い。しかしシェルティはコイルに近寄っていった、その手に夫シェフィが残した誓いの金属剣を握って。
「…おぃ、考えなおさねぇか?もう2度とシェルティちゃんの前には現われねぇよ。薬をくれるなら金もやる、100万あるんだ、悪くはないだろう?」
苦しさにうめきながら、命乞いを行ったコイルに対しシェルティの答えは、
「わたしの名をこれ以上言うな。下衆が!」
であった、同時に腹を押さえているコイルの左腕を根元から斬り捨てる。
「!!」
体全体を覆う苦痛に、コイルはこれ以上喋ることが出来なかった。哀願の目も、シェルティにはなんの効果も無かった。血を喰らってきらめく古代の金属剣は次にコイルの腹部中心を襲った。最大の苦痛、大量の血の噴出とともにコイルは気を失った。目をむいて舌をさらけだしたコイルの首を、次に胴から切り離すのに一切のためらいは無かった。「すとん」という軽い音を立て、シェフィを殺した仇敵、コイルは死んだ。

「シェフィ…ごめんね…あの時守れなくて…」
泣くつもりは無かった、しかし自然に大量の涙があふれた。復讐を達成したことに喜んでいるわけではない。復讐するということをシェフィが喜ぶとは限らないと思った事もあった。後悔、慙愧、憤怒、それらを含むシェフィとの想い出、甘く苦い想い出が「ふっ…」と切れた脱力感もあった。これで良いわけがない、シェフィは戻らない。けれどこうするより自分の気持ちを落ちつける方法を知らない…いろいろな考えが交錯し、それにつれて涙がよりその量を増す。もう立っていられなかった、金属剣を落とし、膝から倒れていくのを支えて抱いたるるりんの胸で、シェルティはさらに強く慟哭した。

 

 

シェルティが復讐を果たしたその時から少しさかのぼる。

 

 

廻奈は自らを覆うドレスのような上掛けを一枚取り払った、その一枚の下に廻奈の背腰部を見ていた咲夜は奇妙な形をした大きな二本の筒が上下に並んで吊るされているを見た。
廻奈は両の手でその筒を一本ずつ取ると、右手のそれを脇に抱え、左手のそれを抱えた右手の筒につなぎこんだ。
「咲夜。少し離れてな。」
廻奈はそういうと、繋がれて長くなった筒に金属の塊をおしこむ、咲夜にも廻奈に言われて前面の敵の掃討を完了した綾乃にも、廻奈が何をするのか見当がつかなかった。
「キサラっ!できるだけ腰をかがめろ!」
目の前の恐怖−グラスアサッシン−に怯えるキサラに廻奈のその声は届かなかった、届いたとしても緊縛の糸でまかれたキサラに「動け」というほうが無理である。しかし廻奈はかまわず、筒についた引き金のようなスイッチを引いた。
「ドーーーーン!」という轟音が二度起こった。一度目は筒が火を吹き、金属塊を高速で吐き出した時。二度目はその金属塊がグラスアサッシンの頭を微塵に吹き飛ばした時であった。頭を失ったグラスアサッシンは、キサラを捕えようと持ち上げたフォトン刃を振り下ろすことなく、そのままの態勢で長い体を横に倒した。
「ふぇぇぇぇぇん…」
突然の至近距離の爆発と、その轟音に驚いたキサラは堪らず泣き出してしまった。そんな愛弟子のもとに帰った綾乃は「やれやれ」と思いつつも無事を喜んで頭を撫でつつ、緊縛の糸をナイフで切り裂いた。
「それにしても姉様。いまの武器は…」
依然、廻奈の脇に抱えられた硝煙立ち昇る大筒を見て綾乃は尋ねた。
「前世紀の武器さ、バズーカだよ。コストはかかるけど、この威力だろ?いつか使えると思ってたのさ。驚いたろ?キサラ。」
そう言うと廻奈はケタケタと笑う。「相変わらずですぅ…」介抱してくれた綾乃にも聞こえないような小さな声で、泣き止んだキサラは廻奈を見て、そっとつぶやいた。
「キサラちゃん。怪我はないですか?よかったーー。」
初陣の初戦を無事きりぬけた咲夜が、友のもとに走り寄る。咲夜の笑顔を見ると、キサラも咲夜の無事を見て微笑む。
「綾乃、お前の言葉は嘘じゃなかったな。」
廻奈が乱れた袴を整える綾乃に声をかけた。
「と、いわれますと?」
「キサラは洞窟エリアでも十分にやっていける。よく育ててくれた。まぁ、これはフィルナが言う言葉であろうがな。」
「生き物を殺したくない、という自らの内にある葛藤がまだ戦場での判断を鈍らせている様です。それにしては良くやっているとは思いますが。」
「優しさは弱点にもなるが武器にもなる。いずれあの子は咲夜を守ろう…」
まるで廻奈が咲夜を守りきれぬと言っている様だ…綾乃はそう思ったが、廻奈の誉め言葉を礼をもって受け取り。戦場で無邪気に笑う皮下機械の少女たちをみつめた。

つづく

 

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