皮下機械の少女

 

第8戦「奪還」

 

いやな夢を見た朝は、どうしてもその夢を忘れられなくて不安になってしまうんです。特にそれがラグオルに関係あることだったら、よけいにいやな感じなんです。
廻奈様、シェルティ様、綾乃様、みんなが血だらけで倒れている夢を見たんです。咲夜ちゃんまでも倒れてて、それでもキサラはなにもできなくて。ただ立っているだけなんです。
黒い猫。黒い猫が一匹。みんなを食べようと口をあけるんです。でも、キサラはなにもできないんです。

 

突然、連続して起こった爆発音と振動は自分たちの待っている獲物が罠にかかった事を示していた。
ニューマンの少女アナと分かれ、自分たちの罠にかかる獲物を待つだけになった小太りの男と中肉中背のブラックペーパーの男二人は、退屈な待機を吹き飛ばしてくれる電子ロックのかかった隣室ドアの隙間から漏れる爆煙を口笛を吹きつつ見つめた。
「かかったな…しかも全弾爆発したみてぇだな…。」
「くかかかかかかか、死なねぇ程度の爆薬だ。だが、足腰はたたねぇぜぇ。」
傭兵隊Fox Shrine、特にその一番隊といえば、そのハンターとしての能力もさることながら、メンバー全員の華麗な容姿の面でも名が通っていた。いずれ劣らぬ美孤の味を知っている者はいないとされているし、知ろうとする者のその後が伝わっていないということもまた、一種の畏怖と共に名声としての美しさを引き立たせていた。
「いくら狂暴な狐だって、足腰たたなきゃ借りてきた猫だぜ。」
これからありつけるであろう獲物の質に、いやが上にも期待が高まった小太りの男の顔は引きつり、足早に扉へと向かう。
「おぃ、油断するなよ。傷ついたとはいえ、相手はFox Shrineだ。」
相棒のあまりの浮かれぶりを悟って、中背の男は警告した。しかし、当の相棒はその言葉を聞く耳を持たぬように、扉の電子ロックを解除した。中背の男も、一人占めされてはたまらんとばかりに駆け寄る。
爆圧によるダメージを少なからず受けた扉は、いくらか軋だ音をたてて完全に開放された。扉がなければ密室である部屋から、大量の爆煙が流れ込み、ブラックペーパーの二人の目を覆った。たとえ爆発によって行動不可能になっている筈、と信じていても、この爆煙に乗じて誰かが逃げ出すのではないかと二人は身構えてしまう。そして、身構えたという事は、結果的に効を奏したか奏しないかは別としても正解といえたのだった。
目が慣れてきた二人がまず見たのは煙の中央に浮かんだ小さな影だった、それがなにか確認するよりも、というよりは小さな影が見える、と思った瞬間から、小さな影はどんどん大きくなっていき、それが「何かの物」であるとブラックペーパーの二人が気付いた時には煙の海の中から「何かの物」は姿を現していた。
ボロボロの服を着ている血だらけの巨大な男…
Fox Shrineどころか女でもない、その「何かの物」は回転しつつ、まるでミサイルの如く飛来し、自らの筋肉質な身体を飾っている血をまきちらし、二人のブラックペーパー隊に突撃した。鈍い音が煙だらけの部屋に響く。
「な…なななななんだオマエはぁぁぁ!!」
中背の男は直撃を受け、筋肉質の男にのしかかられ、下敷きになってしまっていた。小太りの男は振りまわされた腕による一撃を食らってしまったとはいえ、なんとか態勢をたて、まったく予想外の容姿を持ち、想像だにせぬ出現方法をとってあらわれた男に誰何した。が、ミサイル化して突撃した男も倒れたまま、細かい痙攣をくりかえすばかりで、回答できる状況になかった。
「なーにぃ?もしかして、あんたたちなの?この機雷の束ってさ…」
いまだ漂う煙の中から女の声が突然した。すべてが予想外の出来事に思わず腰の光剣に手をかけ戦闘態勢をとってしまう。
「まったく、ユゥキがいたからいいようなものの、あたし一人だったら傷なんかつかないにしても、自分で一つ一つ撃ち落とさなきゃいけないじゃない…まったく。」
煙をかきわけて、スカイブルーにペイントされた細い足、機械に覆われたボディ、煙と同色の白い顔のアンドロイドがその顔に不満に表情を作って現われる。「六花米穀店」店主、アンドロイドの六花であった。
六花は必要最小限の敵をユゥキを振りまわす事によって撃滅し、高速で進軍した末に大量の機雷が設置された部屋に進入。自らに内蔵されたサーモグラフによって機雷の数・位置を確認すると、今まで引きずっていた筋肉フォースユゥキの首をつかまえ、高速で回転させつつ安全が確認できるまで機雷の方向・部屋の中心に向かって投げつづけた。尋常でないユゥキの体力は数十発の機雷の爆圧と、自転による遠心力に耐える事ができた。不幸なことではあるが…
「今は急いでるから、あんたなんか相手にしないけど、次うちらの邪魔したら殺すからね!!おっと。こいつは返してもらうわよ。」
小太りの男に詰め寄り、警告した六花は脇に転がっている「六花米穀店」の看板をユゥキの背に括り付けると、彼の動かない首をつかみ、引きずって行く。ユゥキは途絶えそうになる意識をなんとか持続させ、休息の必要を訴えたが「廻奈がくるからダメ。」という一言で、その提案は却下されてしまった。筋肉フォースの巨体を全く苦にしていないかのように、六花はそのまま引きずって軽やかに去っていく。小太りの男は発光させている光剣の存在も忘れ、呆然として動けなかった、筋肉の男に潰された相棒を気遣う事すらできなかった。
ようやく部屋の白煙も晴れ、生々しい爆発にえぐられた部屋の様子がはっきりしだした頃、小太りのハンターはようやく「失敗した」という結論を自らのうちに起こす事に成功し、光剣の発光を停止させた。ここは退く以外に無い。そう考えるしかなかった。

「キサラ、まだ追えているか!」
「ふぇぇぇ、今の敵をやっつけている間に、また進んだみたいですぅぅぅぅ。」
いまだ気がつかぬ中背の相棒を起こそうとした男の前に、別の一団が現われた。黒いドレスを纏った女性を先頭にした4人の女たち…
「あと一歩って所で逃げ足が速いのは変わってないね、急ぐよ!」
黒いドレスを纏った銀髪の女性は部下らしい他の3人に指示を与えると走り出した。
「Fox Shrine!!」
美孤を統べるリーダー・廻奈の顔を小太りの男は知っていた。目の前を走ってくる顔こそ、今夜の相手と想像していた相手、探していた顔であった、光剣を抜いて立ち上がる。ようやく見つけた…が、目の前の廻奈は機雷の爆発など受けておらず、無傷であった。六花とユゥキが、廻奈たちの受けるはずの機雷の全てを掃除してしまったからである。
「邪魔だよ!どきなっ!!」
目の前に立ちふさがる男をただの石ころのような存在とみて、廻奈はそう言うと、右腕を水平に振った。特殊テクニックをとくいとするフォースとはいえ、黄紅双剣をふるい、竜ですら一撃で倒してしまう廻奈の腕力をまともにくらった小太りの男の顔はひしゃげ、そのまま丸い体とともに強制的に飛行させられ、ヒカリゴケの光る壁に激突した。
「ほぇぇぇ…」
キサラと咲夜には、ただの通りすがりの男に見えた男の受難が、あまりにも哀れにみえたが、先を急ぐ廻奈と綾乃に懸命についていかねばならず、そのまま駆けていった。
壁にもたれかかった小太りの男と、筋肉塊の下敷きとなった中肉中背の男。これ以後ほどなくしてブラックペーパーを辞め、堅気の生活を送る事になるのだが、それはまた別の話である。

 

たとえその戦闘能力が尋常でないとはいえ、手負いの部下を伴って一人で戦い続けるというのは無謀といってよかった。
手負いの部下をかばって戦うということが守り手にとって大きな負担であるということは、当然その理由の第一に挙げられるのではあるが、六花の場合はそれとは違っていた。剣であり盾であり、そして部下であるユゥキの身体は六花に振りまわされるたび、敵のフォトン刃をその肉体に受け、自らの四肢を洞窟エリアの生物に激突されていたために、受けた傷がさらに広がり、自らの封傷テクニック「レスタ」を使いつづけていてもとても間に合わず、それどころか、あまりに過酷な労働によりレスタを使おうとする意識も絶え絶えになっていた。
自ら受けた傷もユゥキのレスタによって処置していた六花にとって、彼の戦闘続行不能は思わしく無い状態なため、やむなく休養をとりつつ進行したが、その結果、見事な連携を見せて着実に進軍する廻奈たちFox Shrineに先を譲ることになってしまった…六花は先に行くFox Shrineに思いつく限りの悪態をついたが、それで廻奈たちが足をとめるわけでも、ユゥキの回復が早まるわけでもなかった。

巨大なガラスシリンダーが並ぶ巨大な機械の前。紫色の液体の入ったビンを満足そうに眺めていたニューマンの少女の顔が急に驚きへと変わった。
「あ…警備はなにやってるのよ!!」
アナが最後の高濃度フォトンの精製を終了させた時と、廻奈一行がアナのいる部屋に入ってきたのは同時であった。不甲斐ない結果に終ったとみえる警護要員に不満をもらす。
「あー!あの子ですぅ。写真の子ですぅぅ。」
キサラがいち早くアナの所在を確認し、報告した。ブラックペーパーからの情報によって、自分に捜索の手があがっていると知っていたアナはフォトン精製の為の機械に乗っているハンドガンに手をかけた。
「あんたがアナだね?あんたのお姉さんからの依頼。おとなしく従ってついてきてくれると楽なんだけど…」
袴の袖で隠す様に刀「大蛇顎」の柄を握った綾乃の前に立つ廻奈が言った。キサラも綾乃に従い、長銃の収まっている背中のホルスターに手をかける。
「いやよ!あたし帰らない。お姉ちゃんとあたしは関係ない!」
ニューマンの少女アナは手にしたハンドガンを廻奈へと向けた。
「しかたない…なら力ずくでも。」
廻奈が動くより早くアナはその細い指で引金をひいた。フォトン製の弾丸が2発、空を疾走する。
「綾乃。」
廻奈が指示するまでもなく、綾乃はアナより早く動いていた。黒色の目は迫るフォトン弾を確実に捉えていた。一閃、また一閃。綾乃の袴が右手と共に二度ひるがえり、いままで前進していた弾丸が、その存在を消していた。刀の切れ味、居合の呼吸、その絶大な剣圧。それらがあわさって、まるで手品のようにアナの弾丸を消し去っていた。
続けて動いた廻奈が敵の腕より作製された短剣二振り・黄紅双剣の黄色をアナへと向かって投げた。正確にはアナのハンドガンへと向かって投げた。綾乃に弾かれたとはいえ、まだ終ったわけではない。アナはさらに引金を引いたが、二度とそのハンドガンからフォトンが発射される事は無かった。廻奈の投げた黄色に輝く短剣はアナの持つ銃を真半分にするかのように正面から真っ直ぐ突き刺さっていた。
「!!」
信じられない戦闘技術を見せつけられ、アナは不気味に光る黄剣つきハンドガンをそのまま手から落とした。
「あんたの相手はFox Shrine!いいかげんあきらめな。」
4対1という数の面だけでも、戦って勝ち目が無いという事は誰の目から見ても明らかである。それが熟練した傭兵隊が相手であればなおさらである。アナの顔から血の色が引いていった。
「お姉ちゃんに…なにがわかるっていうのよ…」
囁くようなその声は廻奈たちには届かなかった。しかし、その声を発するとともに、アナが腰の光剣をとった事を見逃さなかった。
「こんなことでもしなきゃ、あたしたちニューマンは救われないんだよぉ!!」
この場にいない姉に対してかのようにアナは叫び、手にした光剣をもってFox Shrineへ向かって走り出した。ふいに小さな炎が綾乃の脇から生まれ、競技用ボールの大きさになると走るニューマンの少女の元へと向かっていく。
「ごめんなさい…」
人に対しては使いたくなかったが、主である廻奈を守る事が一番隊「妖孤守護」の役目である。咲夜の特殊テクニック・フォイエは奇襲をうけた形になったアナの眼前で爆発した。
キサラも動いていた。テクニック発生の為の精神集中という無防備な咲夜の状態を守るべく咲夜の前に長銃を構えて立ち、集中から発生、そして爆発までの一連の作業が成功したとみるや、アナの最後の武器・光剣に狙いを定め、引金を引いた。
服は焦げ、武器をすべて失ったアナは、さらに廻奈に横面を張られ、ようやく抵抗を止め、地に尻をついて泣き出していた。
こうした一連の行動による少女アナの奪還により、Fox Shrineの任務は終了した。

 

未知の惑星という膨大な研究素材を目の前にして、奮い立たない科学者はいない。日毎更新される情報を処理するだけでも精一杯な日々を、現パイオニア2科学部主任・モンタギューは続けていた。「コーヒーはインスピレーションの元」とでも言わんばかりに、地球産の黒い飲み物を早朝から飲み続けてはいるが、作業が高速化するというわけでもないようである。机上にあるコンピュータから新規情報を読み、データに取り入れるべきは取り入れ、捨てるべきは捨てる。流れ作業のような毎日の仕事を遮ったのは、いつのまにか自室に立っていた男の存在だった。
「ほぅ、珍しい客だな、ハンターに復帰したとは聞いていないが、金にでも困ったか?まぁそれにしてもだ、秘書が部屋の前にいただろう?目をかいくぐって、こっそり入るなんてマネはするなよ。」
ちょうど良い気分転換になるとでも考えたのか、モンタギューはコーヒーで汚れた白衣を椅子にかけると、親しい知人のような男にソファーに腰かけるよう勧めた。
「エルノアを探索してもらった時だったか?それともあの赤い二本の剣を作ったときだったか、最後にあったのは?あれから腕が落ちてなけりゃ、お前さんは良い腕のハンターだ。うちにこなくたって仕事はあるだろぅ?」
長いローブを羽織った男はモンタギューの好意的な話しかけに、くだけて返す事も無く、ソファーにすわるでもなく、ただ白衣を脱いだ科学者を見つめていた。モンタギューがテーブルの上にある葉巻に手を伸ばした時、ようやく男は口を開いた。
「あんたの私的な部下がラグオルでうろついているのを耳にした。パイオニア1のオストのデータを持ちかえったときからだそうだな…」
「ああ…」
葉巻に火をつけ、口にくわえる動作にいくらかの動揺があるようだったが、決してモンタギューは口調をかえず
「データだけでは研究にはならんのだよ。少なくともうちの所員くらいの知識をもった人間が現地調査しなければな。」
「わたしは遺跡に先日行った…妙な機械があったな…」
男の言いたい事をモンタギューはすでに察していた。完全に変わった博士の顔色をみて男は虹色に光る光剣に葉巻のケースを貫かせ、そのままテーブルに立てた。高圧フォトンの熱で葉巻が焦げてゆく。
「リコに手を出すなと前にも言った!あれはわたしが使う!」
「お…俺を脅迫するのか…お前なんぞどうにでもできるんだぞ。」
「やるなら命がけでやる事だ、あんたの助力はもう必要無い、殺す事に躊躇はない。」
男は光剣の発光を止め、ローブの中へとしまいこんだ。しかし、その瞬間モンタギューの手の中には小銃が握られていた。
「ならそうさせてもらおう、ついでにお前も研究対象にさせてもらう。」
ローブの男の目が光った様に見えた。同時にモンタギューの銃からも光が放たれた。ローブの中心に銃弾の穴があいた。しかし男の身体に穴をあけてはいなかった。脱いだローブをひるがえらせ、視覚を遮る盾にして、男はモンタギューを飛び越えるその刹那、二本の赤い剣をモンタギューの首中央でクロスさせるかのように左右から深深と突き刺した。赤い剣に刺された回りはその特殊なフォトンの作用により、瞬時に壊死してゆく…痛みを感じる間も無く、モンタギューは絶命した。
「所詮あんたも人間だったか…」
男は床に広がったローブを羽織ると、主のいなくなった机へと向かい、先ほどまでモンタギューの指がのっていたコンピュータのキーボードに血のついた指を走らせ始めた。

 

つづく

 

戻る