皮下機械の少女

 

第9戦「苦戦」

 

その時、咲夜ちゃんのマグの口が大きく開いたんです。それで、物凄い声で鳴いたんです。まるで咲夜ちゃんの心の中がそのままお外に出たみたいで、キサラはその声の怖さに攻撃してくる敵から逃げるのも忘れてました。綾乃様の話だと、キサラを守りたいと願う咲夜ちゃんの心がマグに映ったからだっていうお話でした。そのあと周りが虹の色になって、3匹のお魚が物凄いスピードで空を飛んでいって、キサラの前の敵を食いちらかしたんです。
敵にやっつけられるかもしれない、という怖さもあったけど、本当はあの時震えてたのは廻奈様も見た事がないと言うほどのマグの力・フォトンブラストっていうそうです・を優しい咲夜ちゃんが使って敵をバラバラにしたという事が怖くてなんです。

 

「姉様、あとはシェルティ卿を捜さないと…」
アナのハンドガンに突き刺さった黄剣を抜いて、綾乃は言った。
「ああ…」
「どうかなさいましたか?」
黄剣を受け取った廻奈ではあったが、その目はアナが先ほどまで座っていた巨大なガラスシリンダー付きの機械に向けられていた。
「いや、なんの機械かと思ってな…まぁ良いか…関係無い事だ。それよりシェル捜しは後回しだ、アナをつれてうろうろしたくない。ブラックペーパーが取り返しに来るとも限らんからな。」
「了解しました。咲夜、キサラ、敵と遭遇する前に撤退するぞ。」
泣きつづけているアナに何事か話しかけているキサラと咲夜に指示を与えた綾乃は、次には指示される立場となった。
「伏せろ、綾乃!」
「なっ!!」
廻奈の声に何事かと確認するより早く綾乃は地を蹴り、身体を丸めた、綾乃の上半身があった空間に鎌が走る。転がりつつ廻奈をみると、彼女もまた綾乃とは逆方向に回避していた。さらに二撃目が二人を一度に仕留めようと高速で地を薙ぐように襲いかかる、回転途中の廻奈は開いている右手で地を押し、跳ねた。綾乃は「大蛇顎」の鞘で受けとめるのが精一杯であったが、予想以上のパワーに手が痺れる。熟練の二人に感じさせないほどの気配の殺し方といい、長物を軽く扱うその剣技といい、並の腕ではなかった。索敵より回避を取ったのは正解であった。
「噂通りの見事な腕だ。あの方の言葉も嘘ではないな。」
正面にいた廻奈と綾乃がはなれ、奥にいるアナまで直線行動で到達できる事を確認した襲撃者はFox Shrineの二人を賞賛すると、アンドロイドのような加速力で走り出した。否、襲撃者はアンドロイドであった。紫色の精悍なアンドロイド…
キリーク…それが彼の名前だった。
ブラックペーパーの首領として、キリークを知らないものはなかった、アナのような小娘を奪還するのに首領自ら出陣するという事に、廻奈はいくばくかの不審感を覚えたが、現にキリークは廻奈と綾乃を突破し座り込んで泣きつづけているアナの元へ走っていた。アナの目の前には咲夜がいて、テクニックを使ったことを詫びていた。キリークにとっての邪魔者は今やこの咲夜だけ、そして小娘を排除するのにキリークには一切の躊躇はなかった。そして廻奈もその事は知っていた。寒気が廻奈を襲う。
「咲夜ァ!!」
廻奈に叫ばれて振り向いた時に咲夜が見たものは冷たく笑う紫色のアンドロイドの顔だった、自らの顔の脇に巨大な鎌があることなど、キサラが咲夜自身を跳ね飛ばし、桃色の光剣「カラドボルグ」で当の鎌を受け止めるまで気づかなかった。桃色のフォトンと鎌の柄が重なりあって火花を散らす。
「咲夜ちゃんはキサラが守るの…」
咲夜より早くキリークの動きに気がついていたキサラが左手で咲夜のえりを掴み、すんでのところで咲夜の位置を変え、所持していた光剣を右手に持つと、キリークの武器・ソウルイーターを受けた。
「ふぇぇぇぇぇ…キサラちゃんが…」
咲夜が泣きそうになったのは、キサラにしては乱暴な動作に対してではなく、あまりに不釣合いな相手と剣を合わせている事に対する心配の念からであった。相手の武器を受けとめたは良いが、キサラとキリークとでは体躯も戦闘経験も何もかも違いすぎる。凄まじい力にあわてて左手を柄にあて、両手で剣を支えるが、綾乃の腕を痺れさせたキリークの力が、皮下機械の少女のチタニウムの四肢を苛み、軋みをあげさせる。あまり長い時間耐えていられない事は明白であった。
「ほぅ…やるな…!?」
いつもであれば、少女型のレイキャシールの防御など、力で押し切るキリークは自らの重い鎌を受けとめた相手であるキサラの幼い顔を見て、何故か鎌の圧力を緩めた。そして、その力の緩みを見たかのようにキサラとキリークの間に割って入った影があった。まるで風のような踏みこみにキリークはキサラより離れ、数歩後ずさった、さらに斬撃がキリークを襲う。その武器は奇しくもキリークと同じ鎌であった。
割って入った人影はさらに2・3打撃をキリークに対して与え、強制的に間合いを広げさせてから、咲夜の守護者を誉め称えた。
「よくがんばったねー、キサラちゃん。」
廻奈でも綾乃でもなかった、八百八屍将と呼ばれた白いボディスーツのニューマンの少女シェルティのその明るい声と峻烈な剣撃がキサラを救った。
「シェルティ様…よく…戻って…」
キリークの剣圧から解放されはしたが、キサラのボディはいまだ痛みを訴えていた。腰から地面に崩れ落ちる。
キリークがさらに前進する、しかし、次にその前進を阻んだのは廻奈の黄紅双剣であった。空を斬る2色の光の筋をキリークは巧みにかわし、廻奈の短刀の届かぬ間合いまで地を蹴り離れると、遠心力を最大限まで利用した鎌の一撃を廻奈に向けて放つ、受けきれぬと判断した廻奈は、黒いドレスの端を切らせるだけにとどめ、宙へと舞った。
「甘い!」
「廻奈!」
前者を叫んだのはキリークであり、後者はシェルティであった。武器のリーチの長い相手に対して飛びこんでいくのは明らかに下策であった。キリークは鎌を上段に構え、空の敵を叩き落さんと振り下ろした。彼は女だてらに過酷な戦場を戦いぬいている相手が、かような下策を取る理由を考えるべきかもしれなかった。もっとも、常勝の傭兵隊の隊長なりの回避術は想像する事すら不可能であった。
廻奈は、その振り下ろされる鎌の柄をまず、空中にいながらにして左手でつかむとそのまま自らの体を引き寄せ、刃の餌食になる事を防ぐと地に叩きつけられる事をも防ぐため、さらに柄を右手でもつかみ、それを鉄棒にみたてて一回転し、着地した。敵の刃と敵の身体に挟まれるような位置に自らを置いた廻奈は短刀を発光させ縦横に赤と黄色の線を走らせる。信じられない体術からのその二撃目がついにキリークの体をとらえた、小さな火花がキリークの機械化された体内より弾ける。廻奈はさらに攻勢に出んと前進する。しかし、懐に入られたキリークもまた「ブラックペーパー」という熟練の隊の隊長であった。右手で鎌の柄を握りつつ、体を右に左に、金属のボディを狙う廻奈の剣撃を巧みにかわしていく。さらに鎌で廻奈の首を狩ろうと間合いを広げる。そんなキリークを襲ったのもまた同じ鎌であった。
シェルティは廻奈が常にキリークの懐というポジションを維持できないとわかっていた、シェルティは廻奈の名を叫ぶと同時に右手の鎌を空へと投げていた。鎌は本来は廻奈の武器である。
鎌を引き寄せた廻奈は次には突き、そしてその場で回るとリーチを大きく生かした攻撃に出る。柄をも武器として扱いキリークを攻め立てたが、鎌を得意とするのはキリークも同じである。廻奈の斬撃を危なげもなく受けとめ、返してゆく。2合、3合の打ち合い。連続技の応酬。受けては返して斬りつけ、かわしてはその勢いをもって反撃にでた。綾乃はシェルティの元へ駆け寄り、廻奈の援護へと回ろうとしたが、全く入る隙がなかった。一進一退の攻防を見せる二人の技は互角であるように見えたが、最後に勝負の明暗を分けたのは、廻奈が特殊テクニックを得意とするフォースである事、そしてキリークは近接戦闘を得意とするハンターである事だった。
「息があがっている…これだから人間は使えぬ…」
キリークがそう言ったように廻奈は肩で呼吸するようになっていた。


「グリップを握ると、現在これが使用できるかどうか、キサラの目に表示される。SCATsys stand by という文字が表示されたらOKだ。次にスコープを覗き、目標ロック。トリガーを引けば攻撃開始だ。」
「お父さまぁ、この武器は…?」
「ふむ、わたしが現在研究中の武器なんだが、実験段階でな。信頼できる者にテストをやってもらいたいんだが、生憎と使う者を選ぶんだ…すまないキサラ…苦労をかけるが、あと少しで終る。終ったら、キサラの望む通り、平和に暮らそう。」
「…きっと、この武器もみんなを助けてくれると思うの…それにお父様のお手伝いにもなるし…キサラ、大丈夫なの。」
殊勝なことを言う娘にフィルナは微笑んで彼女の桃色の髪の頭をやさしく撫でた。
「成功しているのなら、この武器の威力・命中精度ともにどんな武器にも引けをとらぬもののはずだ、いいかキサラ、多用しては駄目だ。多用すれば危険を招く。」
「うん、わかったのー。」
キサラは笑顔で警告を発する養父に、同じく笑顔で答え、その武器を腰にぶら下げた。数週前のフィルナ宅で、その時受け取った白く輝くハンドガンのような武器は、廻奈が息を切らして鎌を振っているその時も、まだ腰にあった。
「廻奈、後退して!分が悪いよっ!」
シェルティに言われるまでもなく体力の消耗が激しいのか、それともキリークが何かの時間的焦りを感じて本来の力を出してきたのか、廻奈はキリークの圧倒的な早さの鎌から逃れるために、大幅に後退せざるをえなかった。
「シェルティ卿。援護を。」
そう言って飛び出した綾乃を援護すべく、シェルティは腰からH&S製マシンガンを取り出し、キリークへ向けて弾丸を放出し始めた。キリークは敵の戦術に変化があった事を見ると、まずシェルティの弾丸への対処法として、攻撃に使っていた鎌を回転させ、大きな丸いシールドと見たてた。光の弾丸が当たって弾ける。その時、綾乃が居合の刀に手をかけ、円形の盾と化した鎌の下から滑り込んできた。
「とった。」
しかし、綾乃の勝利の確信はすぐさま打ち砕かれた。キリークの空いた左手が綾乃の剣の柄を、綾乃が抜く前に握っていた。
キサラの目には、キリークの鋭い蹴りを腹部に食らって吹き飛ぶ綾乃の姿と、「SCATsys stand by」の文字が映っていた。廻奈もシェルティも綾乃も、皆キリークから離れている。やるなら今しかなかった。ボディはまだ痛みを訴えていたが、キサラは上体を起こし、白いハンドガンの円筒形のスコープを覗いた。目に緑色に映る文字が「SCATsys Locked」に変わり、赤く光った。スコープは確実に紫色のアンドロイドを捕えていた。いま手にしている武器に、どんな効果があるかわからなかったが、十分使える武器であるという不思議な確信があった。養父フィルナに対する信頼から来ているのかもしれなかった。

そして、キサラは引金を引いた…

 

移民艦隊パイオニア2のどの艦艇よりも小さな衛星が、ラグオル衛星軌道をどんな衛星より高速で周回していた。現軌道を保持していれば、艦隊に衝突する事はない故、だれもそんな小衛星を気にかけなかった、その為その小衛星におこったかすかな変化にも、誰も気がつかなかった。キサラの養父を除いては。
その衛星の前面とでも呼べるような箇所が少しだけ割れた、割れた中には3個のカメラのレンズらしき機器が三角形に並んでおり、その一つ一つが極めて視認しづらい透過性レーザーを数秒間照射し、再び小衛星の中へと格納された。
ラグオル地表に到達したレーザーは、そのまま地表を潜り抜けて、洞窟エリア中層へと至り、紫色のアンドロイド・キリークの右腕中心で3本のレーザーが交差した。
右腕内部から起こる凄まじい発熱は一気に広がり、キリークの右腕を完全に蒸発させていた。一瞬の右腕の変化に気付いたキリークは体をすこしずらしていた、その為にボディへの被害はかろうじてまぬがれたものの、キリークには何が起こったのか全くわからなかった。体との繋がりをうしなった右掌が手首部分を溶解させながら鎌と共に地に転がった。
「なんだ…今のは?」
廻奈が呟いた。キリークの体になにが起こったのかは、キサラを含めたその場にいる全員が理解できなかった。ただ1本の大きな紫色の光が、キリークの右腕を貫いたように見えただけだった。キリークの動作に集中していたため、その現象がキサラを原因とするものだと気付く者もいなかった。
皆が混乱している中でただ一人いくらか冷静だったのが、いままでうずくまっていたアナであった。アナは自分を捕えに来た全員が戦闘に没頭していると判断すると、縛られた手に構わず、走り出した。
「しまった!」
まだ事の成り行きに唖然としていた廻奈がアナの逃走にいち早く気付き、その距離の遠さに失敗を覚悟したものの、長く座っていたアナの足は、やや麻痺していた。手によるバランスが取れない上に足場の悪い洞窟エリアの乱雑な地形は、アナを転倒させる事に成功した。アナのウエストバッグから、紫色の液体の入ったガラスシリンダーが転がり出た。
次に動いたのは失われた右腕の付け根から、まだ煙を吐き出しつづけているキリークだった。シェルティがマシンガンを構えるより早く、アナの位置まで到達すると、残った左手でシリンダーを掴んで反転、シェルティのH&Sのフォトン弾でも追えぬスピードで戦場から離脱した。
「綾乃…立てるか?」
どうやら戦闘は終了したらしいと考えた廻奈は、草むらの中で倒れている部下に声をかけたが、どうやら骨折しているらしく、廻奈の腕につかまって立つ姿には痛々しいものがあった。
「姉様、終ったんですか?」
「あたしにも、よくわかんないね。戦う相手は逃げたから、終ったとは言えるだろうけど…」
キリークが逃走しなければ、確実にFox Shrineは敗れていた。キリークを撃った紫色の光がさらに彼を襲うとなれば話は別なのだが、その光の原因をしらぬ廻奈にとってはまったくの不確定要素である。「ブラックペーパー」のキリーク。まともには二度と戦いたくない相手だった。
「きゃはははははははは!廻奈ァ、苦戦してたねぇぇ??あたしがいて良かったねぇ?」
大口をあけて笑うシェルティが廻奈の背を叩く。
「なにいってんだ!皆がどれだけお前の事を心配したか!!だいたいお前も無事じゃないんだろうが!他の部下はどうした!!」
そういわれてシェルティは失った部下であるルーや傷ついたクレイ・リーズの事を思い出した。確かに笑える状況ではなかった。
「ごめん…廻奈…」
特にグラスアサッシンの餌食となったルーの事はシェルティの心の重石となっていた。
「フン、いっそブラックペーパーの慰み者にでもなりゃよかったのさ。部下を失うよか、そのほうが全然マシだよ。」
「…」
完全に沈黙し、うつむいてしまったシェルティの頬に廻奈は血で汚れた手を添えた。
「これ以上、優秀な手駒を失いたくは無い…無謀な事をして、あたしを悲しませるな。」
この言葉はシェルティだけでなく、綾乃をも喜ばせた。峻烈で激情の塊のような性格の中でほのかに光るやさしさ。綾乃はこういう廻奈の中に見知らぬ母親の毅い母性のようなものを見る。守られていたいと思う。シェルティは肩を振わせていた。泣いているようだった。
その時だった、
「あんたアレはどこにやったのよ!!」
Fox Shrineの誰のものでもない声がアナの方からおこった。
いつのまにか追いついてきた六花だった。六花はアナの肩を揺さぶり、何事かをたずねているようだった。
「あらら、残念だったわね。アナの手柄はあたしたちがもらうわよ。」
近づいてきた廻奈が薄笑いを浮かべて言った。
「あんたバカじゃないの?あたしらの目的はこの娘だったけど、この娘じゃないのよ!!」
「はぁ?」
「くっ…とられたのね?とられたんでしょう?キリークに!!」
六花は再度アナの肩を揺すぶった。アナが弱弱しくうなずくのを見ると、
「これだから何も知らないバカ狐はダメなのよ!」
と廻奈に悪態をつき、見るからにノックダウン状態のユゥキの首を捕まえると、キリークの消えた方向へ走り出していった。
「なんなんでしょう。あれ。」
綾乃の言葉に答えることなく、廻奈は考えているようだった。
「キリークの奴は最後にガラスのビンみたいなのを持って逃げた…なんかこれ、裏があるね。帰ったら葉常を走らせてみるか。」
葉常とは、Fox Shrine内の諜報を担当している妖孤守護の一人である。
「さぁて、帰還するかぃ。」
廻奈の無事を喜んで飛びついてきた咲夜の頭を撫でながら、廻奈は歩き始めた。

 

「お父様…なんなんですか?これは…」
そうつぶやくキサラの手の中にはキサラの恐怖そのものがあった。SCATと呼ばれる白いハンドガン。アンドロイドの硬質のボディを一瞬で融解させてしまった威力は、父フィルナが言っていた通りのものだったが、あまりにも圧倒的だった。キサラには過ぎた力だと思った。そんな力を持つ事が父の望みなのかと、キサラは養父に疑念を抱いた。それはフィルナにたいする感情として初めてのものであった。

 

つづく

 

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