奥の細道

 江戸時代の仮名遣い(3)

 「奥の細道」(「おくのほそ道」)は江戸時代前期の俳人松尾芭蕉(1644〜1694)の紀行文。作者自筆本が現存しています。(作中の句は奥の細道全句集でご覧になれます。)

 以下に複数の本のそれぞれ冒頭1ページの仮名遣いを示してみます。濁点を補いました。

 

 自筆本

月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也舟の上に生涯をうかべ馬の口とらへて老をむかふるものは日々旅にして旅を栖とす古人も多く旅に死せるありいづれの年よりか片雲の風にさそはれて漂白の思ひやまず海濱にさすらへて去年の秋江上破屋に蜘の古巣をはらひてやゝ年も暮春改れば霞の空に白川の関こえむとそゞろかみの物に付てこころをくるはせ

 刊本初版(元禄

月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也舟の上に生涯をうかべ馬の口とらて老をむかふる物は日々旅にして旅を栖とす古人も多く旅に死せるあり予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて漂白の思ひやまず海濱にさすらへ去年の秋江上の

 天保版の一つ

月日は百代の過客にして行かふ年も又旅人也舟のうへに生涯をうかべ馬の口とらへて老をむかふるものは日々旅にして旅を栖とす古人も多く旅に死せるあり予もいづれのとしよりか片雲の風にさそはれて漂白の思ひやまず海濱にさすらへ去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひてやゝ年も暮春立る霞の空に白川の関こえんとそゞろ神の物につき

 明治版の一つ

月日は百代の過客にしてゆきかふ年も又旅人也舟のうへに生涯をうかべ馬の口とらへて老をむかふる物は日々旅にして旅を栖とす古人も多く旅に死せるあり予もいづれの年よりか片雲の風にさそはれて漂白の思ひやまず海濱にさすらへ去年の秋江上の破屋に蜘の古巣をはらひてやゝ年も


 以上、この部分では初版本に一箇所の問題があるのみで、どの本でもしっかりした仮名遣いが観察されます。

 

 ついでながら芭蕉自筆本における仮名遣いをこの後についても調べてみますと、問題は次に示すように2ページ目に初めて現れ、3ページ目は再び問題ありません。問題の「お」も非活用部分ですから仮名遣いの根幹(系統的部分)に関わるものではありません。契沖の仮名遣い発表の前年に亡くなった芭蕉翁ですが、その仮名遣いは相当しっかりしていたものと見えます。

道岨神のまねきにあひて取もの手につかずもゝ引の破をつゞり笠の緒付かへて三里に灸すゆるより松嶋の月先心もとなし住る方は人に譲りて杉風が別墅に移るに
 草の戸も住替る代ぞ雛の家
面八句を書て庵の柱に懸置弥生も末の七日元禄二とせにや明ぼのゝ空朧々として月は有あけにて光さまれる物から冨士の峯かす(ママ)に見えて上野谷中の花の梢又いつかはと心ぼそし
むつまじきかぎりは宵よりつどひて舟に乗りて送る千じゆと云處にて舟をあがれば前途三千里のおもひ胸にふさがりて幻のちまたに離別の涙をそゝぐ
 行春や鳥啼魚の目は泪
これを矢立の初として行道猶すゝまず人々は途中に立ならびて後かげの見ゆるまではと見送るなるべし
此たび奥羽長途の行脚たゞかりそめにおもひ立て呉天に白髪の恨を重ぬといへども

 

 相異部分:歴史的仮名遣い
  とら
て:とらへて
  
さまれる:をさまれる

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