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歴史的仮名遣ひの原理

概要 混乱以前の表記 発音と表記の関係 表記の原理と原則 読み方 五十音 用語用語

仮名遣切替

 話し言葉の発音は歴史的に変化する運命にあります。ここでもし常に表記を発音に一致させようとすれば、同じ語の表記が時代によって異なることになり、折角の「文字の記録性」の意義が大きく損なはれます。過去に書かれた文書が容易には読めなくなってしまふのです。
 この事態を避けるためには個々の語の表記を歴史的に一貫したものにする必要があります。ではそれはどのやうにすれば実現できるのでせうか。
 いま、ある言語にまったく新しく文字を与へるとしたらその近代的方法は一般的には次のやうになります。

 1.その言語で言ひ分ける音の種類をリストアップする。
 2.その音一つごとに、発音のしかた(音価)が定義された文字を宛てる。
 3.標準辞書を作成する。
 4.教育を徹底する。
 5.標準辞書は時代を経るごとに語の表記は変へずに発音についての注釈を加へながら改訂する。

 このやうな手続きにより、現在から未来に向けて誰でもいつでも容易に読める一貫した書き言葉の歴史の積み重ねが出来上がっていくことになります。

 現実の日本語においては仮名文字発明後、意識的にこのやうな手続きが取られたわけではありませんでした。1.2.は自然発生的に行はれ、その後3.以降が近代的方法論によって遺漏なく行はれることのないまま推移したのです。そこで仮名遣ひは話し言葉の発音が変化するにつれて当然のやうに乱れ始めました。
 この混乱を正さうとする試みは鎌倉時代から始まりましたが、最初はどこに範を取ればよいのかよく分かりませんでした。

 平仮名が発明されたのは平安時代です。そして仮名文字表記が盛んになり、字数も安定してからしばらくの間、仮名遣ひの混乱がほとんど全くなかった時期がありました。その時期の表記を究明してそれを規範とすれば語の表記の歴史的一貫性は、途中の混乱はあったとしても、一応は回復できることになります。
 正確にこのやうに意図されたわけではありませんでしたが、結果的に研究が実を結んだのはずっと降った江戸時代のことでした。そこで明らかにされた仮名遣ひが後に歴史的仮名遣ひと呼ばれることになります。
 言ひ方を変へれば、もし平安時代以降、実際に冒頭に挙げた3.4.5.の手続きがうまく取られてゐたなら今に至るまで一貫して行はれてゐたであらう仮名遣ひ、それが歴史的仮名遣ひです。(あるいは藤原定家のやうに由緒正しい仮名遣ひに興味を持つ人間がもう少し各時代に頻繁に現れてゐたなら今に伝はってゐたはずの仮名遣ひ、とも言へるでせう。)

その時期はおほよそ十世紀半ばから十一世紀初頭までのことですが、表記された仮名と実際の発音が、濁音・撥音・促音・拗音などの表記法は別にして(五十音について参照)すべて一致してゐました。この時期は今に伝はる仮名で表記できる日本語の最遠遡及点です。それよりも以前の音韻体系をいろは47文字の仮名で書き分けることはできないのです。
 「歴史的仮名遣ひ」を平安時代の発音に基づいてゐる表記であると表現すると誤解を招くことがあります。発音はもっと古い時代にまでいくらでも遡れるのに、なぜその時代の発音が特に選ばれたのかといふ疑問が生じるのです。そこで誤解を避けるためには、歴史的仮名遣ひとは平安時代の「表記」に基づいてゐる表記(平安時代の表記そのもの)であると捉へるのがよいでせう。「仮名遣ひ」は何れかの時代の発音に基づいて決まるものではなく、語によって決まってゐる(一貫してゐる)べきものと考へれば、規範は「いちばん最初の表記」に求めざるを得ません。47文字の仮名で表記する日本語としてのいちばん最初の表記はこの時代に求められるのです。

 そこで、現代における歴史的仮名遣ひの根本原則は

当該文字に関して仮名遣ひの混乱が起こる時代以前の表記の通りに表記する。

 といふことになりますが、現実的な指針としては

濁音、撥音、促音、拗音などは当初の表記の不備を補ひ、分かりやすく表記する。

 といふ項目も追加されなければなりません。

古来濁音は清音の変種に過ぎぬと捉へられてゐたため仮名書きでは殊更に書き分ける習慣がなく、また撥音、促音、拗音は当時はまだ馴染みのない音であったので明示的に表記され得なかった。(参考

 

 歴史的仮名遣ひがこのやうなものであり、そして平安時代の仮名文字がそのまま現代まで伝へられてゐるといふことは、この仮名遣ひが平安時代以降のどの時代の日本語を書き表すのにも適用可能なものであることを意味してゐます。
 仮名遣ひが安定してゐた時代から乱れ始めた時代、そして歴史的仮名遣ひによる教育が開始された時代までのさまざまな時代の古典が今に伝はってゐますが、現代の我々一般人が鑑賞するそれらの作品は、実は多くの場合、どの時代のものであっても一応原文の仮名遣ひに歴史的仮名遣ひと異なる部分がある場合はそれを正しい歴史的仮名遣ひに書き改めて刊行されてゐるものなのです。もし、あくまで原文通りの仮名遣ひに拘泥しようとすれば、必要な古語辞典はくだくだしく、古文の読解は大変煩雑なことになってしまふでせう。
 古典文学世界において語の表記の歴史的一貫性を求めるとすれば、それは歴史的仮名遣ひによって実現するしか方法がありません。現代においても、また未来に亘っても歴史的仮名遣ひの意義が失はれない理由がここにあります。

江戸時代の一部のジャンルのものは余りに仮名遣ひが荒唐無稽なので、却ってその情緒を生かすために原文のまま刊行されてゐる。

 ところで、現在学校教育では「歴史的仮名遣ひ」は古くて今では使はれないものとしてしか教へられてゐません。したがって、私たちは自然にそれを現代仮名遣ひとは違ふ不合理なものであると考へてしまひ勝ちです。そしてなぜその古臭い仮名遣ひが普通の国語辞典の各語の見出しの下にわざわざ併記されてゐるのかと戸惑ってしまひます。
 国語の授業にただ一言、現代仮名遣ひは元々の仮名遣ひを覚えやすく簡略化参照したものであり、国語の本来の形を知るには歴史的仮名遣ひを参照しなければならないのだと付け加へるだけで多くの学生たちの疑問は解消されるでせう。辞書の見出しはいはば現住所表示であり、本籍が異なる場合は必ずその下に明記してあるのです。


混乱が起こる時代以前の表記とは

 和語について留意すべき主なものは次の通りです。

1.現代仮名遣ひで「い、え、お」と書かれてゐるものの一部が元は「ゐ、ゑ、を」と書かれてゐた。(「ゐ、ゑ、を」は「い、え、お」と異なる発音であったが、その後同じになった。)

2.現代仮名遣ひで「じ、ず」と書かれてゐるものの一部が元は「ぢ、づ」と書かれてゐた。(「ぢ、づ」は「じ、ず」と異なる発音であったが、その後同じになった。)

3.現代仮名遣ひの語頭以外で「わ、い、う、え、お」と書かれてゐるものの多くが元は「は、ひ、ふ、へ、ほ」と書かれてゐた。(語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」が後に「わ、い、う、え、お」と同じ発音に転呼した。)

4.現代仮名遣ひで「こう、そう、・・・」と書かれてゐるものの一部が元は「かう、さう、・・・」などと、「きゅう、しゅう、・・・」と書かれてゐるものが元は「きう、しう、・・・」などと、「きょう、しょう、・・・」と書かれてゐるものが元は「けふ、せう、・・・」などと書かれてゐた。(それぞれ後に転呼した。)

仮名がその置かれた位置、条件によって本来の音とは異なる音で発音されることを転呼といひます。  参考:転呼のメカニズム


音の変化と表記の関係

●昔と今とで発音に違ひがあるのに表記を変へなくてもよい理由は、変化したのは仮名の発音の習慣の方であって、語自体が別のものに変はったわけではないからです。

 発音の変化(転呼)は自然に発生し、同じ条件のすべての語に及びました。例へば和語の語頭以外の「は」の仮名はこぞって「ワ」と発音されるやうになりました。個々の語の発音が個別にいろいろと変化したわけではありません。このやうな場合には当然個々の語が別のものに変化したのだとは言へず、単に人々の発音の習慣の方が変化したに過ぎないと言はなければなりません。発音の変化以前と以後の語は同一ですから、表記が同一なのは自然なことです。

 「川」といふ語は「かは」と書き「カファ」と発音されてゐましたが、後に「カワ」と発音されるやうになりました。それは人々が「川」のことを別の言ひ方で表現しようとしたのではなく、相変はらず同じ語を口にしてゐたのですが、知らず知らずのうちに発音の習慣が変化して「カワ」と言ふやうになっていったのです。「カワ」と言ふやうになったときに「カファ」と発音する語が別に存在したわけではありません。

 現代において私が「川」と言ひ、別の地方の人が「川」と言ったとき、その発音が微妙に異なってゐたとしてもそれは同じ語です。私にとっても別の地方の人にとっても「川」といふ語は一個しかなく、それは同一の一個です。
 それと同じやうに、現代の私が「川」と言ひ、古代の人が「川」と言ったとき、その発音が異なってゐたとしてもそれは同じ語です。私にとっても古代の人にとっても、「川」といふ語は一個しかなく、それは同一の一個です。

 「現代仮名遣ひ」には助詞の「は」が残ってゐるので分かりやすい例を挙げることができます。例へば「これは」といふ語は「コレファ」と発音されてゐましたが、その語「コレワ」と変化しました。しかし今でも「これは」と書いてゐます。昔の人に言はせると今の人は訛ってゐるけどちゃんと正しく書いてゐるな、といふことになるでせう。

 

書き言葉の性質

 書き言葉は話し言葉と違って目に見える形をしてゐます。したがって一旦その形に慣れてしまふとその見た目の形(綴り)自体が語の概念と密接に結びつき、その語をその形以外で表すことが考へられなくなります。書き言葉が変化しにくいのにはこのやうな理由もあるのです。
 例へば現代仮名遣ひで「そうです」と書く語を発音に合はせて書くとしたら「そおです」となりますが、現代仮名遣ひに慣れた者にとっては大きな違和感を避けることができません。中には「いや、自分はソオデスなどと発音してゐない、ちゃんとソウデスと発音してゐる。」と思ひ込んでさう言ひ張る人もゐます。それほど表記の習慣は体に染み込むものなのです。

 

仮名文字とその音の関係についての確認

 日本語の「せ」は昔は「シェ」と発音されてゐただらうと言はれます。それが今では「セ」と発音されますが、文字は相変はらず同じ「せ」です。発音が変はったからといって文字を変へることなどはしません。
 「ち、つ」の発音は昔は「ティ、トゥ」だったらしいのですが、今では「チ、ツ」と発音します。しかし文字は昔のままに「ち、つ」と書きます。
 「は」が昔は「ファ」と発音されてゐたのは相当確かなことです。今では「ハ」と発音されますが文字は相変はらず同じ「は」です。
 「を」は昔は「ウォ」と発音されました。今は「オ」と発音され「お」の発音と同じですが、「を」のままに書きます。
 漢字の音読みの「おう、こう、・・・」などは昔は「オウ、コウ、・・・」と発音されました。今は「オー、コー、・・・」と発音され「おお、こお、・・・」の発音と同じになりましたが、「おう、こう、・・・」のままに書きます。
 これらと同じやうに、語頭以外の「は」が「ワ」と発音され「わ」の発音と同じになりましたが、「は」の仮名を変へることはしないのです。

 

●なほ、発音と表記の関係については次の点に注意する必要があります。
 子音や母音の省略など、発音の省力化(ぞんざいな発音)によって元の語形とは別に新しい語形(音便形・縮約形など)が生まれた場合は当然新しい表記によらなければなりません。元の語形は新しい語形とは別にあらたまった言ひ方として残ります。両者は明らかに別の語なのです。

 古代の人が「咲きて」と言ふ意味で「サイテ」と言ったのは、「き」といふ仮名が「イ」と発音されるやうになったからではありません。ある程度意識的に(子音を省略して)新しいこなれた言ひ方を作ったのです。(「咲きて」と書けばあくまで「サキテ」と読まれました。)
 新しくできた「サイテ」といふ言ひ方は当然「咲きて」と書かれることはあり得ず、「咲いて」と書かれました。
 つまり音便の現象は「何々が何々に変化した」と捉へるのではなく「何々から何々が生まれた」と捉へるべきなのです。

 分かりやすい例です。「あんた」といふ語は「あなた」から(母音を省略して)出来ました。しかし「アンタ」と言って「あなた」と書くことはできません。また「アナタ」と言って「あんた」と書くことはできません。二つは別の語ですからそれぞれ書き分けなければならないのです。

発音(カタカナ)の変化と表記(ひらがな)

   発生前 発生後

性質

転呼 カファ
かは
カワ
かは
同じ文字で発音が変化する
音便 サキテ
さきて
サキテ
さきて
文字も発音も別の語となる
- - サイテ
さいて

「転呼」は一つの語の発音の推移を意味します。元の発音はされなくなります。これに対して「音便」は別の語派生を意味します。
転呼と音便の違ひを理解するための喩へをごらん下さい。

・座ってゐる座布団が少しづつ横滑りしていった(転呼)。元の位置には何もない。
・座ってゐる座布団の隣に新しい座布団を敷いてヒョイと移る(音便)。元の座布団はそのままなのでいつでも座れる。

・Aさんは子供の時とはずいぶん顔貌が変はってゐる(転呼)がAさんはAさんである。
・Aさんの息子B君(音便)はAさんに良く似てゐるが、もちろん別人である。Aさんも生きてゐる。

・ある道具を使ってゐるうちにその道具の角が取れて別の道具と同じ形に変はっていった(転呼)が、そのまま使ひ続ける。
・ある道具よりも別の新しい道具(音便)を使った方が楽に同じことができるのでそれを使ふやうにする。元の道具も使へるので時々使ふ。

・ある職業の家が外見は変貌しながらも(転呼)永く続いてゐる。表札は変はらず。
・分家(音便)が本家と似た仕事をしてゐる。表札は異なる。



それではまとめです。

歴史的仮名遣ひの原理ともいふべきもののエッセンスは、

 イ:語を最初に仮名で表はしたときには発音の通りに書いた。以後もその通りに書き、語の発音が変化しても書き方を変へずにいく。

 ロ:従来なかった新語ができたときはその発音の通りに書いた。以後もその通りに書き、語の発音が変化しても書き方を変へずにいく。

に尽きます。具体的には次のやうな原則を弁へておくべきだといふことになるでせう。

イ:仮名の発音のし方の変化(転呼)があつても同一の語の表記は元のまま変はらない。

1 語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」の仮名が「ワ、イ、ウ、エ、オ」と発音されるやうになった(転呼)が、元のままに「は、ひ、ふ、へ、ほ」と書かれる。

例  かは(川) 会ひます 使ふ まへ(前) おほい(多い)

2 一語中で「あ段」の仮名に「ウ」音の仮名(「う」または「ふ」)が続いたものが「オ段」の長音として発音されるやうになった(転呼)が、元のままに書かれる。

例  あふぎ(扇) 行かう さうです ありがたう たふとい(尊い) 死なう

3 一語中で「い段」の仮名に「ウ」音の仮名(「う」または「ふ」)が続いたものが「ウ段」の長拗音として発音されるやうになった(転呼)が、元のままに書かれる。

例  きうり(胡瓜) 美しう

4 一語中で「え段」の仮名に「ウ」音の仮名(「う」または「ふ」)が続いたものが「オ段」の長拗音として発音されるやうになった(転呼)が、元のままに書かれる。

例  けふ(今日) しませう

5 仮名の発音の区別がなくなっても表記は変はらない。「じ、ぢ」「ず、づ」、「い、ゐ」「え、ゑ」「お、を」は元のままに書かれる。

ロ:(転呼以外の)発音の変化により発生した別の語形は発音の通りに書かれる。

1 「い」「う」以外の仮名である部分をぞんざいに「イ」「ウ」と発音してできた語(イ音便、ウ音便)ではそれぞれ「い」「う」と書かれる。

例  赤い(<赤し) 書いて(<書きて) あいつ(<あやつ)
    問うて(<問ひて) 美しう(<美しく) たうげ(峠)(<たむけ)

2 別の仮名である部分をぞんざいに撥音、促音で発音してできた語(撥音便、促音便)ではそれぞれ「ん」「つ」と書かれる。(この場合の「つ」の文字の大きさに決まりはない。)

例  噛んで(<噛みて) 有って(<有りて)

3 転訛(訛り)、融合、短縮などによる新語形の変化部分は元の語の表記に関係なく発生時の発音の通りに書かれる。(詳しくは

例 しんまい(<しんまへ) えばる(<ゐばる) めえる(<まゐる) わらお(<わらはう)

イの1(転呼)とロの1(音便)を混同しないこと。
 「会ます」「使」が「イ」「ウ」と発音されるのはその文字自体の発音が変化したもの。
 「書て」「美し」が「い」「う」となるのは敢へて元の語と異なる言ひ方をした新語。

歴史的仮名遣ひのみ方について

 冒頭で述べたやうに、歴史的仮名遣ひは「昔の発音」を表すものといふよりは「昔の書き方」を表すものです。発音は変化して来たが書き方は最初のまま変化させずに来たといふ原理のものですから、今これを読むときには当然今の発音によって読みます。

 基本的な読み方は「読み方の決まり」参照。

 なほこの「読み方の決まり」には次のやうな例外や追加項目があります。

●語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」を「ワ、イ、ウ、エ、オ」と読む―――の例外と追加項目

 ある、あれる、あ、ことぐ、しば、そこか、はなだ、は、はり、ほる、ほゑむ、〜まし、まろば、ものの、やり などはそのまま読む。(語源意識や他の語と紛れるのを避ける意識などによるもの、ハ行転呼が新たに起らない時代になってできた語など。)
 あふひ、あふぐ、あふむく、あふる、たふす、たふれる の「ふ」は「オ」と読む(
参考)。

●「あう、あふ、かう、かふ、・・・」を「オー、コー、・・・」と読む―――の例外と追加項目

 現代文における「会ふ」「向かふ」類の動詞語尾の「あふ、かふ、・・・」は「アウ、カウ、・・・」と読む。(現代標準語が東京語由来のため。もし関西語が標準語であり続けてゐたならば「オー、コー、・・・」であったかもしれない。参照
 あふれる の 「あふ」は「アフ」と読む。あやふい の「やふ」は「ヤウ」と読む。はふり の「はふ」は「ハフ」と読む。
 あふひ、あふぐ、あふむく、あふる、たふす、たふれる の「あふ」「たふ」は「アオ」「タオ」と読む。
 固有名詞の「あかほ」「あをみ」「あをめ」「なほがた」「まをか」などは「アコー」「オーミ」「オーメ」「ノーガタ」「モーカ」などと読む。
 「なほし(直衣)」を「ノーシ」と読む。

●「えう、えふ、けう、けふ、・・・」を「ヨー、キョー、・・・」と読む―――の例外

 現代文における「憂ふ」は「ウレウ」と読む。(現代標準語が東京語由来のため。もし関西語が標準語であり続けてゐたならば「ウリョー」であったかもしれない。)

●現代仮名遣ひでも適用されてゐるので見過ごされやすい項目の確認

 「おう、おふ、こう、こふ、・・・」を「オー、コー、・・・」と読む。

●漢語においての追加項目

 せけん(石鹸)、がき(楽器)、がかう(学校) などの「き」「く」は促音化する。
 さうそく(早速)、なふとく(納得) などの「う」「ふ」は促音化する。
 いんん(因縁)、くわんん(観音)、てんう(天皇)、はんう(反応) などは な行音化する。

●その他

 省略

詳しくは各種転呼のメカニズム参照。

 古・文語文の読み方については以下を理解してください。

●古文では「会ふ」「買ふ」・・・の類の動詞も原則通り「オー」「コー」・・・と読む参照。これは近代以前(江戸時代)に行はれてゐた標準的な読み方を引き継がうといふ、明治以来の伝統的な考へ方によるもの。
 しかし最近はこれらの動詞を分かりやすく現代標準語的に「アウ」「カウ」・・・と読むこともよく行はれる。もちろん間違ひではない。
 ただし補助動詞としての「〜さうら(候)ふ」は現代語としての発音はないので専ら「〜ソーロー」と読むのがよい。「〜たま(給)ふ」などもこれに準じる。参考
 音便形の「会うて」「買うた」・・・などはあくまでも「オーテ」「コータ」である。「アウテ」「カウタ」では理解できないし、「アッテ」「カッタ」と読めば違う語になってしまふ。
 参考1 参考2

●「ゑふ」「うれふ」は原則通り「ヨー」「ウリョー」と読む。しかし「エウ」「ウレウ」と読むことも行はれる。
 音便形の「ゑうて」「うれうて」などはあくまでも「ヨーテ」「ウリョーテ」である。

●古文の助動詞の「む」を「ん」と読む―――の追加項目

 おむな、をむな、かむなづきなど かむ(神)〜の各語、やむごとなし、いむべ、よむべ などの「む」も「ン」と読む。(参照

●古文における濁音、半濁音、撥音、促音、拗音の無表記などについて

 明示されてゐなくても濁音、半濁音であることが明らかであればそのやうに読める。
 「ん、つ」で表されてゐなくても撥音、促音であることが明らかであればそのやうに読める。
 拗音が「や、ゆ、よ」を使はずに書かれてゐる場合、例へば漢語由来の語が「さう」と書かれてゐても当時「シャウ」と読まれてゐたことが明らかであれば「しやう」の表記の場合に準じて「ショー」と読める。

 例:「ながえほう(ポン)とうちおろすを」「むげにこころにまかするな(ナン)めり」「なぬかのせ(セッ)くのおろしなどを」「きたのさう(ショー)じにかけがねもなかりけるを」(「枕草子」より)

 ただし以上は濁音以外については判断が難しいことが多いので、現実にはふつうの場合の読み方で済ます方式も採られる。

●なほ、古文をある程度往時の発音を生かして読むといふケースが考へられる。その場合にはそれぞれの時代の発音により、転呼のし方や個々の仮名の音価についても様々なバリエーションが考へられる。参考1 参考2

●近・現代の文語文も古文に準じて読むのがふつうである。

古文の読み方の一例(枕草子)

 

 注:読み方を示す時の片仮名の発音について

発音を表す記号として使はれてゐる片仮名の「ウ」は引き音ではないことに留意してください。例へば「コウ」「ショウ」と発音されると示されたものは無意識に現代仮名遣ひの読み方(転呼)に惑はされて「コー」「ショー」だと受け取り勝ちですが、これらはあくまでも「コ・ウ」「ショ・ウ」の発音を示してゐるものです。同じく「エイ」「ケイ」などと発音されると示されたものの「イ」も引き音ではありません。



 

参考

五十音について

 いろは歌ができた当時(十世紀終りごろ)の日本語の音節数は67であった。
 当時の清音は次のやうに10行×5段のうち3ヶ所が「あ」行と同じ発音であったので47文字を数へた。

 このほかに「が、ざ、だ、ば」行の音(濁音)が20個存在し合計67音となる。

これより古い時代の発音の特質:
 濁音は元々清音が語頭以外にあるときに自然に濁って発音されたものであったために清音とは別の音であると意識される度合ひが小さく、原則として語頭で発音されることもなかった。また、「ら」行の音も語頭には立たないといふ性質があり、「あ」行の音は逆に語頭のみにしか現れなかった(
参考)。撥音(ン)、促音(ッ)は発音としては存在したが独立した音として意識されてはゐなかった。

 漢語の輸入といふ経験を経たこの時代には語中の「い、う」、語頭の「ら」行音、語頭の濁音も一般的となり、したがって清濁の区別がはっきり意識されるやうになったが、まだ濁音は清音の仮名をそのまま使って書かれてゐた。また拗音(キャ、キュ、キョ、・・、クヮ、・・)が盛んになったが表記は一定しなかった。撥音、促音も独立した音として盛んになったが、しばらくは表記されないことが多かった。参考

その後の発音の変化:
 「は」行の音はファ、フィ、フ、フェ、フォのやうに口をすぼめて息を吹きながら発音するものであったが、語中にあるときは発音を省力化したために「わ」行と同じワ、ウィ、ウ、ウェ、ウォの発音になり、やがて(「わ」行自体も「わ」以外は省力化で「あ」行と同じになったため)最終的にはワ、イ、ウ、エ、オの発音となった。これとは別に語頭の「は」行音も後にはハ、ヒ、フ、ヘ、ホとなった。
 「ぢ」は元々ディ、「づ」はドゥのやうな音であったがその後それぞれ「じ」「ず」の音に近くなり、最終的に発音の区別がなくなった。
 かうして、いま我々が発音する「ワ」は元々は「は」・「わ」のいづれか、「イ、エ、オ」は「い、え、お」・「ひ、へ、ほ」・「ゐ、ゑ、を」のいづれか、「ウ」は「う」・「ふ」のいづれか、また「ジ、ズ」は元々は「じ、ず」・「ぢ、づ」のいづれかであったことになる。

や行の「い」とわ行の「う」があ行と同じ発音になるのは音声学的に極めて自然なことだが、や行の「え」はさうとまでは言へない。47文字になる少し前(十世紀半ば)まではや行の「え」とあ行の「え」の発音は異なってゐた。その区別がもう少し存続してゐれば、歴史的仮名遣ひは今より1文字多いものになってゐただらう。 や行の「え」について いろは歌等 参照。


用語について

 仮名がその置かれた位置、条件によって本来の発音とは異なって発音されることを「転呼」といふ。
 和語の語頭以外の「は、ひ、ふ、へ、ほ」は「ワ、イ、ウ、エ、オ」と発音されるやうになった。これを「ハ行転呼」といふ。
 以下はその他の主な転呼音。
 一語中において「あ段」の仮名に「ウ」音の仮名(「う」「ふ」)が続いたものは「アウ、カウ、サウ、・・」と発音されてゐたが後に「アー、カー、サー、・・」と「オー、コー、ソー、・・」の中間のやうな発音(便宜的に「アォー、カォー、サォー、・・」のやうに示す)に転呼した。これを「開音」(「口を開いた音」の意味)といった。
 これに対して一語中において「お段」の仮名に「ウ」音の仮名が続いたものは「オウ、コウ、ソウ、・・」と発音されてゐたが後に「オー、コー、ソー、・・」と転呼した。これを「合音」といった。
 開音もその後「オー、コー、ソー、・・」に変化し、現在は合音との違ひはなくなってゐる。
 また一語中において「え段」の仮名に「ウ」音の仮名が続いたものは「エウ、ケウ、セウ、・・」と発音されてゐたが、後に「ヨー、キョー、ショー、・・」に転呼した。これも「合音」である。
 これら、二拍の発音が長音に変化したものを「ウ転呼」または「連母音転呼」あるいは「長音化転呼」といふ。

 「あひる」「あふれる」「あほ」「ことほぐ」「しばふ」「そこはか」「はなはだ」「はは」「はふり」「ほふる」「ほほゑむ」「〜まほし」「まほろば」「もののふ」「やはり」(ハ行転呼なし)、動詞の「あふ、かふ、・・・」(長音化転呼なし)などのやうに転呼しない発音をするものもある。
 歴史的に当該転呼現象が終息した後にできた新しい語(例:「あひる」)については転呼は起こらない。

 「転呼」は語が変化したものではなく発音の習慣の自然変化であり、表記には関はらない。
 これに対して「音便」は文字の発音習慣の変化ではなく別の語形の誕生であり、当然表記に関はる。
 また「転訛」は訛り、「融合」は音が混ざった発音、「縮約」は融合により拍数を減らした発音のことで、表記は音便と同様に扱ふ。

 歴史的仮名遣ひにおいて綴り字通りの発音をしないものを一括して「転呼」といふ概念で捉へることとすれば、
 「む」が「ン」、「たふす」が「タオス」、「あをめ」が「オーメ」となったりするものは、特定の語のみに起こる特殊な転呼と見なすことができる。
 「せきけん」「はんおう」と書いて「セッケン」「ハンノー」と読む類のものは前者は「促音便」、後者は「連声」に属するものであるが、綴り字通りの発音は行はれないので転呼の一種と見なすことができる。

 転呼は現代仮名遣ひにおいても見られる。現代仮名遣ひ参照。
 転呼の全貌については
歴史参照。

 「和語」とは漢語到来以前から日本語を構成してゐた語種。
 「準和語」とは元々漢語や外来語であるがその由来が忘れられて和語と同じやうに意識されてゐる語種。
 「字音」とは漢字の音読みのこと。漢字音。

 漢字音について「くわ、ぐわ」と書いて「クヮ、グヮ」と発音するものを(「キャ、キュ、キョ」などの「開拗音」に対して)「合拗音」といったが、現在ではこれは「カ、ガ」に転呼してゐる。

 「現代標準語」はふつう標準語と呼ばれるもの。東京語に近い。僅かにニュアンスが異なるが共通語と呼ばれることもある。

 「定家仮名遣ひ」は元の綴りを明らかにしようとして作成された単語集であるが、方法が徹底せず誤りを含んでゐる。
 「契沖仮名遣ひ」は徹底した研究により作成された解説付き仮名遣ひ字典。またはそれによる仮名遣ひ全体像。
 「歴史的仮名遣ひ」は前項の敷衍によるシステムを言ふ。また広義には過去の伝統的仮名遣ひ全体を言ふことがある。
 「現代仮名遣ひ」は前項を現代の発音に合はせて大幅に簡略化したもの。
 (
参照


© 「歴史的仮名遣教室」 2005

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